宮とは? わかりやすく解説

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く【九/久/丘/究/宮】

読み方:く

〈九〉⇒きゅう

〈久〉⇒きゅう

〈丘〉⇒きゅう

〈究〉⇒きゅう

〈宮〉⇒きゅう


きゅう【宮】

読み方:きゅう

[音]キュウ(漢) グウ(慣) (呉) [訓]みや

学習漢字3年

[一]キュウ

王などの住む大きな建物。「宮城宮中宮廷宮殿王宮月宮後宮迷宮離宮

五刑の一。生殖機能を奪う刑罰。「宮刑

天球区分。「十二宮

[二]グウ

王などの住む建物。「行宮(あんぐう)・東宮竜宮

神社。「宮司(ぐうじ)/参宮神宮遷宮

[三]〈ク〉皇居。「宮内

[四]〈みや〉「宮家宮様大宮仮宮若宮

名のり]いえ・たか

難読外宮(げくう)・春宮(とうぐう)・内宮(ないくう)・守宮(やもり)


きゅう【宮】

読み方:きゅう

宮殿

中国・日本音楽階名の一。五声基音となる第1音

宮刑」の略。

黄道(こうどう)を30度ずつ12区分したそれぞれの部分。「白羊—」


ぐう【宮】

読み方:ぐう

⇒きゅう


み‐や【宮】

読み方:みや

《「御(み)屋(や)」の意》

神を祭る建物神社神宮。「—参り」「—前」

皇居御所宮城(きゅうじょう)。「大津の—」

皇族御殿また、皇族敬っていう語。「后(きさき)の—」

一家を立てた親王称号。「高松の—」「—様」

仏堂。寺。

「仏の像を造ること既に訖(をは)りて、—に入ることを得ず」〈推古紀〉


みや【宮】

読み方:みや

名古屋市熱田区神戸(ごうど)町・伝馬(でんま)町付近の古称熱田神宮門前町東海道五十三次宿駅で、桑名への七里の渡し乗船場があった。


ぐう 【宮】

漢字の宮はウ(屋根)に口(戸口)が二つで幾棟もの建物意味する呉音クウ漢音キュウグウ慣用音だが、和訓ミヤ御屋、つまり立派な建物のことだ。それで神社称号用いるが、ふつう「神社」号より「宮」号のほうが上である。「神宮」「大神宮」(大はタイとも)は特別の社柄にいった。宮を司るのが宮司(宮は皇族尊称にも用いるが、貴人なので直接指さず建物呼んだわけである。また仏堂を堂ということもあった)。→ 神宮

みや 【宮】

→ 宮

読み方:みや

  1. 宇都宮地方。〔第七類 雑纂
  2. 宇都宮の略。〔犯罪語〕
  3. 宇都宮地方を云ふ。
  4. 宇都宮。〔掏摸
  5. 宇都宮地方をいう。

分類 掏摸犯罪

隠語大辞典は、明治以降の隠語解説文献や辞典、関係記事などをオリジナルのまま収録しているため、不適切な項目が含れていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


読み方:ミヤmiya

所在 山形県長井市


読み方:ミヤmiya

所在 千葉県東金市


読み方:ミヤmiya

所在 千葉県鴨川市


読み方:ミヤmiya

所在 東京都日野市


読み方:ミヤmiya

所在 新潟県南魚沼市


読み方:ミヤmiya

所在 京都府福知山市


読み方:ミヤmiya

所在 和歌山県岩出市


地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

読み方
きも
つかさ
みや
みやぎき
みやさき
みやさりき
みやざき
みやたか

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/17 15:13 UTC 版)

(みや、きゅう、ぐう、く)




「宮」の続きの解説一覧

宮(みや)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/01 08:03 UTC 版)

SILVER DIAMOND」の記事における「宮(みや)」の解説

24歳本名は、夜三夜(よるばし みや)。宮処にいる夜橋夜明(よるばしよるあき)とは双子兄弟容姿瓜二つ双子のうち宮だけが数字の子として隔離されていたため、夜明との面識ほとんどない文字オタクで名前の漢字当てはめたりするのが得意。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 18:19 UTC 版)

ニニギ」の記事における「宮」の解説

『日本書紀』に宮の記載はないが、吾田長屋笠狭岬に留まったとあるのでここに宮があったと考えられる『古事記』では高千穂大きな宮を作った記載されている。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/06 06:44 UTC 版)

景行天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では纒向日代宮(まきむくのひしろのみや)。伝承地現在の奈良県桜井市穴師。 また晩年景行天皇58年には、近江国行幸して、志賀高穴穂宮しがのたかあなほのみや現在の滋賀県大津市穴太か)に滞在したと見えるその他の宮については上記年譜参照景行天皇向日代宮跡碑(奈良県桜井市高穴穂宮趾碑(滋賀県大津市

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 07:48 UTC 版)

成務天皇」の記事における「宮」の解説

都は志賀高穴穂宮しがのたかあなほのみや現在の滋賀県大津市穴太)。『日本書紀』には都の記載は無いが、先代景行天皇行宮そのままとなった推定される『古事記』に「若帯日子天皇近つ淡海志賀高穴穂宮坐しまして、天の下治らしめしき」とある。「若帯部」が美濃国にあったことが、大宝2年702年)の戸籍にみえる。。成務天皇架空と見る立場からは、天智天皇近江宮モデル過去投影した創作とする。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/08 11:41 UTC 版)

菟道稚郎子」の記事における「宮」の解説

菟道稚郎子菟道宮(うじのみや:『日本書紀』)または桐原宮(きりはらのひげたのみや:『山城国風土記逸文)に住んだといい、その地は京都府宇治市宇治上神社北緯3453分31.44秒 東経135度48分41.18秒 / 北緯34.8920667度 東経135.8114389度 / 34.8920667; 135.8114389 (宇治上神社菟道伝承地)))または宇治神社北緯3453分27.77秒 東経135度48分38.52秒 / 北緯34.8910472度 東経135.8107000度 / 34.8910472; 135.8107000 (宇治神社菟道伝承地)))に比定されている。両社合わせて延喜式神名帳に「山城国宇治郡 宇治神社二座」と記されている式内社で、明治分かれるまでは一社として「宇治離宮明神」と称していた。 また『山城国風土記逸文によると、この郎子の宮が営まれたことが「宇治」の地名の由来という。しかしながら前述のように、この記述には疑問呈されている。 なお『万葉集』には「兎道乃宮子宇治のみやこ)」という記載見られるが、これはこの歌を詠んだ額田王近江行幸する際に泊まった仮宮指したのである

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 08:37 UTC 版)

ウガヤフキアエズ」の記事における「宮」の解説

『日本書紀』は、鸕鶿草葺不合尊崩御した地を「西州之宮(にしのくにのみや)」と記す。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 08:40 UTC 版)

ホオリ」の記事における「宮」の解説

『日本書紀』に宮の記載はなく、第十第二一書に「本宮(もとのみや)に戻る」とのみある。先代から変わらず田長屋笠狭岬にあるということになる。 『古事記』には、火遠理命の宮として高千穂宮記載がある。鹿児島神宮鹿児島県霧島市)はこの高千穂宮跡地伝えられる。ただ高千穂宮もまた『古事記』邇邇芸命建てた高千穂峯の宮と同一思われ先代から宮が変わっていないことに違いはない。また青島神社宮崎県宮崎市)も火折尊の宮の跡と伝えられる

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 09:35 UTC 版)

安寧天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では片塩浮孔宮かたしおのうきあなのみや)、『古事記』では片塩浮穴宮。 宮の伝説地については、次の3説がある。 奈良県橿原市四条町付近 (『帝王編年記』『和州旧跡幽考』) 奈良県大和高田市三倉堂・片塩町 (『大和志』『古都略紀図』) 大阪府柏原市 (『古事記伝』『大日本地名辞書』) 安寧天皇前後の諸宮が全て奈良盆地中に位置することから、候補としては第1・2説が有力視されるが明らかでない大和高田市では石園座多久虫玉神社境内に「片塩浮孔宮阯」碑が建てられている(北緯3430分28.76秒 東経135度44分31.63秒 / 北緯34.5079889度 東経135.7421194度 / 34.5079889; 135.7421194 (伝・片塩浮孔宮阯))。なお、現在の大和高田市に残る「片塩」「浮孔」といった町名施設名(例:浮孔駅)は、全て第2説を基にした近代以降復古地名になる。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 09:32 UTC 版)

孝昭天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では掖上池心宮(わきのかみのいけごころのみや)、『古事記』では葛城掖上宮。 宮の伝説地は、現在の奈良県御所市池之内周辺伝承される同地には「掖上池心宮阯」碑が建てられている(北緯3427分18.10秒 東経135度44分42.52秒 / 北緯34.4550278度 東経135.7451444度 / 34.4550278; 135.7451444 (伝・掖上池心宮阯))。この説は、『日本書紀』推古天皇21年613年11月条に造られた「掖上池」の所在地付近に想定したことによる実際に掖上池が「掖上池心宮」の宮名の由来であったとすれば、宮の語り出し推古朝の造池以後になると指摘される

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 23:00 UTC 版)

孝霊天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』『古事記』とも黒田廬戸宮(くろだのいおどのみや)。 宮の伝説地は『和名類聚抄』の大和国城下郡黒田郷と見られ現在の奈良県磯城郡田原本町黒田周辺伝承される同地では、法楽寺境内に「黒田廬戸宮阯」碑が建てられている(北緯3434分4.77秒 東経135度46分30.21秒 / 北緯34.5679917度 東経135.7750583度 / 34.5679917; 135.7750583 (伝・黒田廬戸宮阯))(詳しくは「庵戸宮」を参照)。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 09:30 UTC 版)

懿徳天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では軽曲峡宮(かるのまがりおのみや)、『古事記』では軽之境岡宮(かるのさかいおかのみや)。 宮の伝説地は、現在の奈良県橿原市大軽町周辺伝承される同地付近白橿町では、「軽曲峡宮伝承地」碑が建てられている(北緯3428分18.25秒 東経135度47分38.03秒 / 北緯34.4717361度 東経135.7938972度 / 34.4717361; 135.7938972 (伝・軽曲峡宮阯))。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/09 02:32 UTC 版)

摂津国」の記事における「宮」の解説

古代摂津国内には、難波長柄豊碕宮難波宮難波京)等、度々天皇住居(宮)が構えられている(「皇居#歴代皇宮参照)。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 09:28 UTC 版)

孝安天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では室秋津島宮(むろのあきつしまのみや)、『古事記』では葛城室之秋津島宮。 宮の伝説地は、『和名類聚抄』の大和国葛上郡牟婁郷と見られ現在の奈良県御所市周辺伝承される同地では八幡神社境内に「室秋津島宮阯」碑が建てられている(北緯3426分34.33秒 東経135度44分4.80秒 / 北緯34.4428694度 東経135.7346667度 / 34.4428694; 135.7346667 (伝・室秋津島宮阯))。 『日本書紀』『古事記』では日本本州異称として「秋津島秋津州)」が使用されるが、元々は上記の宮が営まれ奈良盆地西南部の葛城地方指した地名であったとする説がある。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 22:59 UTC 版)

孝元天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では軽境原宮(かるのさかいはらのみや)、『古事記』では軽之堺原宮。 宮の伝説地は、現在の奈良県橿原市大軽町見瀬町周辺伝承される見瀬町では、牟佐坐神社古くは「境原天神」とも)境内が宮跡にあたるとして参道に「軽境原宮阯」碑が建てられている(北緯3428分29.38秒 東経135度47分44.63秒 / 北緯34.4748278度 東経135.7957306度 / 34.4748278; 135.7957306 (伝・軽境原宮阯))。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 22:55 UTC 版)

崇神天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)、『古事記』では師木水垣宮(しきのみずかきのみや)。伝承地奈良県桜井市金屋志貴御県坐神社

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 22:57 UTC 版)

開化天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では春日率川宮かすがのいざかわのみや)、『古事記』では春日之伊邪河宮。 宮の伝説地は、現在の奈良県奈良市本子守町周辺伝承される同地では、率川神社境内が宮跡にあたるとされる北緯3440分52.62秒 東経135度49分32.64秒 / 北緯34.6812833度 東経135.8257333度 / 34.6812833; 135.8257333 (伝・春日率川宮阯))。この説は開化天皇陵にも近く優勢であるが、一方で奈良市春日野町の東の四恩廃寺付近とする説もある。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 01:15 UTC 版)

神武天皇」の記事における「宮」の解説

『古事記』によると日向では高千穂宮にいた。東征中に宇佐の足一騰宮(あしひとつあがりのみや、『日本書紀』では一柱騰宮)、筑紫岡田宮安芸の多祁理宮(『日本書紀』では埃宮)、吉備高島宮立ち寄った即位後の宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では「橿原宮かしはらのみや)」、『延喜式』では「畝傍橿原宮うねびのかしはらのみや)」、『古事記』では「畝火の白檮原宮(うねびのかしはらのみや)」と記す。(なお白檮カシ読みブナ科常緑高木アラカシ別称である。)このほか、『万葉集』にも「可之波良能宇禰備乃宮(かしはらのうねびのみや)」がみえる。伝承地奈良県橿原市畝傍町橿原神宮。 「橿原」の地名早く失われたために宮跡は永らく不明であったが、江戸時代以来多く史家が「畝傍山東南橿原地」の記述を基に口碑古書蒐集行っており、その成果蓄積されていった幕末から明治には、天皇陵治定きっかけ在野からも聖蹟顕彰機運高まり明治21年1888年2月奈良県県会議員西内成郷内務大臣山縣有朋対し、宮跡保存建言した(当初の目的建碑のみ)。翌年明治天皇勅許下り、県が「高畠」と呼ばれる橿原宮跡(の推定地現在の外拝殿前広場)を買収京都御所内侍所を賜って本殿神嘉殿を賜って拝殿現在の神楽殿)と成し橿原神社明治23年1890年)に神宮号宣下官幣大社)が創建された。 明治44年1911年)から第一次拡張事業始まり橿原神宮創建時の2159坪から3600坪に拡張される。その際周辺民家畝傍8戸、久米4戸、四条1戸)の一般13戸が移転し(『橿原神宮規模拡張事業竣成概要報告』)、洞部落208戸、1054人が大正6年1917年)に移転した宮内庁畝傍沿革史」)。 なお、昭和13年1938年)から挙行され紀元2600年記念事業に伴い末永雅雄指揮による神宮外苑発掘調査が行われ、その地下から縄文時代後期晩期の大集落跡橿巨木立ち木のまま16平方メートルにも根を広げて埋まっていたのを発見した鹿沼景揚(東京学芸大学名誉教授)が記したところによると、これを全部アメリカミシガン大学持ち込み炭素14による年代測定をすると、当時から2600年前のものであり、その前後誤差は±200年ということであった。このことから記紀神武伝承にはなんらかの史実反映があるとする説もある。 またこの時期第二次拡張事業昭和13年15年1938年1940年)がなされる。社背の境内山林隣接する畝傍及び長山部落共同墓地境内以西畝傍山御料林以南東南部深田池東側民家などを買収。「境内地としての風致将来した。」(「昭和二十一年稿 橿原神宮史」五冊-三、五冊-五(橿原神宮所蔵)) なお、この事業国費および紀元2600年記念奉祝会費賄われた。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 01:16 UTC 版)

綏靖天皇」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では葛城高丘宮かずらきたかおかのみや)、『古事記』では葛城高岡宮。 宮の伝説地は『和名類聚抄』に見え大和国葛上郡高宮郷と見られ、『大和志以来現在の奈良県御所市森脇周辺推定される同地には「葛城高丘宮阯」碑が建てられている(北緯3426分56.58秒 東経135度42分43.93秒 / 北緯34.4490500度 東経135.7122028度 / 34.4490500; 135.7122028 (伝・葛城高丘宮阯))。

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宮(みや)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/08 10:00 UTC 版)

嵐の伝説」の記事における「宮(みや)」の解説

分吾の友人クラスメイト。分吾の話では授業中ウンコ漏らしたことがあるという。清純派アイドル清原ジュンファンである。「裁きの日」後の状況不明

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 09:53 UTC 版)

河内国」の記事における「宮」の解説

河内国内に設けられ天皇宮殿(宮・京)は、次の通り樟葉宮 - 第26代継体天皇 由義宮 - 第48称徳天皇

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/28 01:39 UTC 版)

大和国」の記事における「宮」の解説

大和国内には、これまでに度々天皇住居(宮)が構えられている(詳細皇居#歴代の皇居参照)。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 14:29 UTC 版)

孤獨の人」の記事における「宮」の解説

皇太子A組生徒生徒たちには「宮」または「殿下」と呼ばれる。週のうち3日学生寮で過ごす。吉彦たちにとっては当たり前な外出男女交際など、青春時期らしい自由を宮内庁役人たちによって制限されている。鳥羽頼子思いを寄せる宮内庁反対により叶わなかった。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 16:39 UTC 版)

筑前国」の記事における「宮」の解説

筑前国内に設けられ天皇の宮は次の通り橿日宮 - 第14代仲哀天皇比定地福岡県福岡市東区香椎朝倉橘広庭宮 - 第37斉明天皇比定地福岡県朝倉市内。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 06:14 UTC 版)

仲哀天皇」の記事における「宮」の解説

『日本書紀』では行宮のみが記される即位2年2月先帝志賀高穴穂宮出て角鹿の笥飯宮(けひのみや)に滞在3月紀伊国で徳勒津宮(ところつのみや)に滞在6月から熊襲を討つため穴門豊浦宮滞在即位8年筑紫橿日宮滞在『古事記』では以下の2つが宮とされるが、いずれも『日本書紀』では行宮である。 穴門豊浦宮(あなとのとゆらのみや山口県下関市長府宮の内町忌宮神社伝承地筑紫橿日宮(つくしのかしいのみや福岡県福岡市東区香椎香椎宮伝承地

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/08 04:34 UTC 版)

神功皇后」の記事における「宮」の解説

宮(皇居)の名称は、『日本書紀』では磐余若桜宮(いわれのわかざくらのみや、奈良県桜井市池之内に稚桜神社がある)。後の履中天皇の宮と同名である。 若桜神社奈良県桜井市谷)の伝承地

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出典:『Wiktionary』 (2021/10/23 11:29 UTC 版)

発音(?)

名詞

  1. (みや、キュウ) 権力者住処狭義では、天皇住処
    接尾辞としては「キュウ」と読む。)
  2. (みや) 皇族宮家のこと。
  3. (みや) 神社のこと。

熟語


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