アポロ計画 背景

アポロ計画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/20 21:58 UTC 版)

背景

アポロ計画は、1960年初頭アイゼンハワー政権下において、マーキュリー計画の後継のプロジェクトとして着想された。マーキュリー宇宙船は、一人の飛行士を乗せて低軌道を周回させることしかできなかったものの、アポロ宇宙船では三人の飛行士を乗せ月を周回し、さらに月面に着陸することが目標とされた。計画名は当時のNASA長官エイブ・シルバースタイン英語版が、ギリシャ神話の太陽神アポロンにちなんで名づけたものである。後に彼は「まるで自分の子供に命名するような気持ちで名づけた」と語っている[2]

しかし、NASAが立案を開始した時点では予算の見通しは立っておらず、特にアイゼンハワー大統領の有人宇宙飛行に対する態度もあいまいなものであった[3]

1961年1月20日、ジョン・F・ケネディがアメリカ合衆国第35代大統領に選出された。選挙期間中、ケネディは宇宙開発やミサイル防衛の分野においてアメリカをソビエト連邦に優越たらしめることを公約としていた。宇宙開発を国家の威信の象徴とし、ミサイル・ギャップ(当時の米ソ間に想定されていた弾道ミサイルの技術および配備状況の格差)について警鐘をならすとともに、アメリカをこれに勝利させることを約束した[4]

しかし、この言葉とは裏腹に、大統領に選出された後もケネディはアポロ計画について直ちに決定を下すことはなかった。彼は宇宙開発技術の詳細についてよく知らず、また有人月面着陸に必要とされる莫大な予算に対し二の足を踏んでいたのである。NASAの長官ジェイムズ・ウェッブが13パーセントの予算増額を要求した際、ケネディはNASAの大型ロケットの開発促進は支持したものの、より大きなレベルでの決断は先延ばしにしていた[5]

1961年4月12日、ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが、ボストーク1号で史上初の有人宇宙飛行を成功した。これを目の当たりにしたアメリカ国民はソ連との宇宙開発競争において立ち後れているという不安を増大させた。ガガーリンの飛行の翌日に開かれた下院科学・宇宙航行学委員会英語版では、アメリカがソ連に確実に追いつくことを目的とした緊急プログラムの支持を多数の議員が表明した[6]

しかし、ここでもケネディは慎重な反応を示しソ連に対するアメリカの対応については明確にすることはなかった[7]

4月20日にはケネディはリンドン・ジョンソン副大統領に覚書を送り、アメリカの宇宙開発の現状と、NASAに追いつく可能性を与えられる計画について検討するよう指示した[8]。ジョンソンは翌日の返答で、「我々はいまだ、合衆国を世界の先頭に立たせるためのいかなる最大限の努力も果たしていないし、成果も出してはいない」との見解を示し、また有人月着陸の実現は近くはない将来であり、だからこそアメリカが世界で初めて達成できる可能性があると結論づけた[9]

1961年5月25日の上下院合同議会で、月着陸計画の決定を発表するケネディ大統領

1961年5月25日、ケネディは上下両院合同議会での演説で、アポロ計画の支援を表明した。

まず私は、今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させるという目標の達成に我が国民が取り組むべきと確信しています。この期間のこの宇宙プロジェクト以上に、より強い印象を人類に残すものは存在せず、長きにわたる宇宙探査史においてより重要となるものも存在しないことでしょう。そして、このプロジェクト以上に完遂に困難を伴い費用を要するものもないでしょう。
First, I believe that this nation should commit itself to achieving the goal, before this decade is out, of landing a man on the Moon and returning him safely to the Earth. No single space project in this period will be more impressive to mankind, or more important in the long-range exploration of space; and none will be so difficult or expensive to accomplish.[10]

[11]

ケネディがこの演説をした時点では、アメリカは、そのわずか一ヶ月前に一人の飛行士を宇宙に送ったばかりであり、しかもそれは、砲弾のように単に上昇して下降してくる弾道飛行にすぎず、地球を周回する衛星軌道に乗ったものではなかった。NASAの関係者の中にさえ、ケネディのこの公約の実現性を疑う者がいた[12]

1969年の終わりまでに人間を月面に着陸させるというケネディの挑戦に応えるためには、平時にはいかなる国も実現したことのない規模の技術面での躍進的な進歩と、巨額の予算(250億ドル)とが必要とされた。アポロ計画は、ピーク時には40万人の従業員を雇用しており、アポロ計画をサポートしていたのは2万以上の企業や大学に及んでいた[13]

ライス大学でアメリカの宇宙計画について演説するケネディ大統領。1962年9月12日
我々が10年以内に月に行こうなどと決めたのは、それが容易だからではありません。むしろ困難だからです。この目標が、我々のもつ行動力や技術の最善といえるものを集結しそれがどれほどのものかを知るのに役立つこととなるからです。その挑戦こそ、我々が受けて立つことを望み、先延ばしすることを望まないものだからです。そして、これこそが、我々が勝ち取ろうと志すものであり、我々以外にとってもそうだからです。
We choose to go to the moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard, because that goal will serve to organize and measure the best of our energies and skills, because that challenge is one that we are willing to accept, one we are unwilling to postpone, and one which we intend to win, and the others, too.(宇宙開発の国家目標について、ライス大学でケネディが行った演説から)[14]

[15]


注釈

  1. ^ 初期には月周遊船 (Lunar Excursion Module, LEM) とも呼ばれていた。
  2. ^ アポロに比べて貨物や乗員が地表に近いスペース・シャトル計画では、大量の水を散布して音響を抑制する方式が採用され、現在のスペース・シャトルでも継続して使用されている。Cf. Sound Suppression Water System

出典

  1. ^ United States. Congress. House. Committee on Science and Astronautics. (1973). 1974 NASA authorization: hearings, Ninety-third Congress, first session, on H.R. 4567. Page 1271. Washington: U.S. Govt. Print. Off.
  2. ^ Charles Murray, Catherine Bly Cox (2004) (英語). Apollo. South Mountain Books. pp. p. 39. ISBN 978-0976000808 
  3. ^ Charles Murray, Catherine Bly Cox (2004) (英語). Apollo. South Mountain Books. pp. p. 45. ISBN 978-0976000808 
  4. ^ Michael R. Beschloss, "Kennedy and the Decision to Go to the Moon," in Roger D. Launius and Howard E McCurdy, (eds.) (1997) (英語). Spaceflight and the Myth of Presidential Leadership. University of Illinois Press. pp. p. 45. ISBN 978-0252066320 
  5. ^ Michael R. Beschloss, "Kennedy and the Decision to Go to the Moon," p. 55.
  6. ^ "Discussion of Soviet Man-in-Space Shot," Hearing before the Committee on Science and Astronautics, U.S. House of Representatives, 87th Congress, First Session, April 13, 1961.
  7. ^ Sidey, Hugh (1963) (英語). John F. Kennedy, President. Atheneum. pp. p. 114 
  8. ^ Kennedy to Johnson, "Memorandum for Vice President," April 20, 1961.
  9. ^ Johnson to Kennedy, "Evaluation of Space Program," April 21, 1961.
  10. ^ John F. Kennedy, "Special Message to the Congress on Urgent National Needs", May 25, 1961
  11. ^ President Kennedy's Man on the Moon Speech - 1961 | Today in History | 25 May 16 British Movietone
  12. ^ Charles Murray, Catherine Bly Cox (2004) (英語). Apollo. South Mountain Books. pp. pp. 3 - 4. ISBN 978-0976000808 
  13. ^ NASA Langley Research Center's Contributions to the Apollo Program, NASA Langley Research Center.
  14. ^ John F. Kennedy,"Address at Rice University on the Nation's Space Effort"
  15. ^ "Why go to the moon?" - John F. Kennedy at Rice University Rice University
  16. ^ Report of the Apollo 204 Review Board, Findings and Recommendations
  17. ^ Chariots for Apollo, Ch 7-4
  18. ^ Charles Murray, Catherine Bly Cox (2004) (英語). Apollo. South Mountain Books. pp. p. 240. ISBN 978-0976000808 
  19. ^ James Papike, Grahm Ryder, and Charles Shearer (1998). “Lunar Samples”. Reviews in Mineralogy and Geochemistry 36: 5.1–5.234. 
  20. ^ Burrows, William E. (1999). This New Ocean: The Story of the First Space Age. Modern Library. p. 431. ISBN 0375754857. OCLC 42136309 
  21. ^ NASA to boldly go... with Lockheed Martin - space - September 1, 2006 - New Scientist Space
  22. ^ Technology Review: Part Apollo, Part Boeing 787
  23. ^ NASA is borrowing ideas from the Apollo - USATODAY.com
  24. ^ Burrows, William E. (1999). This New Ocean: The Story of the First Space Age. Modern Library. p. p. 429. ISBN 0375754857 
  25. ^ 特別番組「アポロ11号発射」 ~ケネディ宇宙基地から衛星中継~ - NHKクロニクル
  26. ^ 引田惣弥『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』講談社、2004年、103-105頁、226頁。ISBN 4062122227
  27. ^ http://www.nasa.gov/mission_pages/apollo/40th/
  28. ^ a b "Houston, We Erased The Apollo 11 Tapes". National Public Radio, July 16, 2009.
  29. ^ a b Borenstein, Seth for AP. "NASA lost moon footage, but Hollywood restores it". Yahoo news, July 16, 2009.
  30. ^ 立花隆『宇宙からの帰還』(中央公論社、1983)
  31. ^ アル・ゴア (2007年3月17日). “An Inconvenient Truth Transcript”. Politics Blog -- a reproduction of the film's transcript. 2007年7月29日閲覧。






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