オーストラリアンフットボール
歴史と沿革
オーストラリアンフットボールは、正式名称をオーストラリアン・ルールズ・フットボールといい、クリケット選手がオフシーズンである冬期間に体力を養うためのトレーニングとしてトム・ウィルス氏が考案したといわれています。
1858年に初のクラブチームである、メルボルンフットボールクラブ(現メルボルン・デーモンズ)が設立され、翌年1859年にはジーロングフットボールクラブ(現ジーロング・キャッツ)が設立されました。1866年にはルールも改定され、定期戦も開催されるようになります。
こうして、オーストラリアンフットボールは瞬く間に発展を遂げ、1897年にはオーストラリアンフットボールのプロリーグ戦として、後のオーストラリアン・フットボール・リーグ(Australian・Football・league)の前身であるビクトリアンフットボールリーグ(VFL)が創設されます。
設立当時は、メルボルンを中心とする8クラブのみの構成でしたが、1980年代~1990年代にかけて、VFLは全国リーグへの展開を開始します。西オーストラリア州、南オーストラリア州といったフットボールが盛んな州だけでなく、ラグビーリーグが盛んな、ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州にもクラブを創設し、1990年には名称をVFLからAFL(オーストラリアン・フットボール・リーグ)へ変更。プロ選手で構成される全国リーグへと変遷させました。現在では、オーストラリアで最も人気のあるスポーツに成長し、商業面でも成功を収めています。
競技方法

オーストラリアンフットボールは、通称フッティー、オージールールズ、オージーボールとも呼ばれるオーストラリア式のフットボールで、オーストラリアでは最も人気のあるスポーツです。
毎年9月には、メルボルンクリケットグランド(MCG)に10万人以上の大観衆を集めグランドファイナルが行われます。
オーストラリアで最も規模が大きく、最も古い歴史を持つスポーツで、1858年からプレーされ今日ではシーズンである冬の間には全国で試合が行われるまでになりました。
サッカーのように走り、ラグビーのようにタックルし、バスケットボールのようにドリブルし、バレーボールのようにジャンプする、オーストラリアンフットボールは、スピーディな展開とダイナミックな個人技でオーストラリアでは不動のNo.1スポーツとして知られており、いわば世界で最も激しい球技の一つです。
ルール
オーバル(Oval)と呼ばれるグランドに1チーム18人、計36人もの選手が出て戦います。ゲームは、1クォーター20分で4クォーター行われます。ゲームの開始はセンターサークル内で審判がボールをグランドに叩きつけ、バウンドしたボールを奪い合って始まります。

オーストラリアンフットボールはキックとハンドでボールをつなぐことがゲームの基礎となっており、パスの手段もこのキックとハンドボールの2つとなります。ハンドボールといっても投げることは反則で、ボールを片手にのせ、もう一方の手で拳を作り、パンチして飛ばします。ボールを持って走る場合には15mおきに地面にボールをつけるか、バウンドさせなければなりません。
キックされたボールを、ノーバウンドでキャッチできると「マーク」となります。マークを取ると、プレーヤーはその地点からのフリーキックか、試合続行かを選ぶことができ、大変有利になります。そのため、試合中はこのマークを得ようとして激しくぶつかり合う場面がよくあり、どんなマークの取り方をするかが、見所の1つとなります。特にゴール前でのマーク合戦は見ものです。
道具、コートなどの説明
ボール: 皮製でラグビーボールと同じように楕円形をしていますが、ラグビーボールよりひとまわり小さいサイズです。

コートイメージ
コート: オーバル(Oval)と呼ばれる、オーストラリアンフットボールのグラウンドは特徴的であり、長直径135m~185m、短直径110m~150mの楕円形になっています。両端にはそれぞれ4本のポールが立てられており、中の2本の間にボールを蹴り込めばゴールで6点、外の2本の間に蹴り込めば「ビハインド」といって1点得点することができます。
オーストラリアンフットボール
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/03 03:20 UTC 版)
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オーストラリアンフットボール | |
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オーストラリアン・フットボール・リーグの試合(2007年シーズン)
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統括団体 | オーストラリアン・フットボール・リーグ委員会 |
通称 | フットボール、フッティ、オージールールズ |
起源 | 1859年、オーストラリア・メルボルン |
競技登録者数 | 693,052 (全体) (2008) 130,000 (大人) (2007) |
クラブ数 | 2,659 |
特徴 | |
身体接触 | フルコンタクト |
選手数 | 22 (フィールド内は18) |
男女混合 | Single (at senior level) |
カテゴリ | 屋外 |
ボール | 楕円形 |
実施状況 | |
オリンピック | 1956年 (公開競技)[1] |


オーストラリアンフットボール(英語: Australian Football)は、楕円球形のボールを用いて1チーム18人の2チーム間で行われるフットボールである。
日本でオーストラリアンフットボールを統括する一般社団法人日本オーストラリアンフットボール協会によると、オーストラリアで最も人気のあるスポーツの一つであり、オーストラリアではフッティー(Footy)、オージールールズ(Aussie Rules)とも呼称される。また、日本ではオージーボールとも呼ばれる[2]。
インターナショナルルールで、GAAのアイルランド代表チームとの国際親善試合が実施されている。競技は冬にクリケット競技場(楕円形のため、オーヴァルと呼ばれる)で行われる。
概要
1858年にメルボルンでトム・ウィルスによって始められた。 オーストラリア国内ではラグビーリーグ、クリケットと並ぶ人気スポーツで、オーストラリアの主要な冬のスポーツである。特にオーストラリア南部や西部で盛んで、シドニーやブリスベンにもプロチームがある。
ルール

- 競技は楕円形のクリケット競技場に4本の柱を立てて、1チーム18人・交替要員4人で行う。交替は試合中いつでもできる。
- 試合は、1クォーター20分・4クォーター制の合計80分間で行われ、2クォーター終了後にハーフタイムとなる。
- プレイヤーはボールを蹴るか、ハンドボール(一方の手に持ったボールを、拳を丸めたもう一方の手で打つ。)をして進める。ラグビーのように投げるのは反則。また、ボールを持って15メートル以上進む際、フィールドにボールをつけるかバウンドさせなければならない。
- 一方が蹴り上げ、15メートル以上飛んだボールをもう一方がノーバウンドで捕球する「マーク」は、その時点からのフリーキックか、攻撃続行かを選べる。
- 真中の柱(ゴールポスト)、2本の間にボールを蹴り込むと6点(「ゴール」。ラグビーや フットボールと違い横棒はない)。ただし、キック以外の方法だと1点。キックでゴールラインを越えても、他のプレーヤーに当たっていたら1点。キックかどうかに関わらず、端の柱(ビハインドポスト)と真ん中の柱の間に通した場合、または真ん中の柱自体にボールを当てた場合は1点(「ビハインド」)、端の柱にあたった場合はボールがフィールド外に出たと見なされる。オウンゴールは、相手チームに1点が与えられるが、ゴールポストの間に蹴り込んだとしても6失点にならないため、相手チームによる「ゴール」の危険性が高いとき、敢えてオウンゴールをすることがある。ゴールポストに柱の近くにはレフェリーが待機しており、ゴールが決まると、レフェリーは真中の二本の間に立ち、両手の人差し指を体の前に向けて出すことで、正式に得点が記録される。端の一本と真中の一本の間に通すなどして1点のみの得点になる場合は、片方の人差し指のみを体の前に向けて出す。その後、レフェリーは旗を振ってもう一方のゴールに居るレフェリーに得点を知らせ、互いに現在の得点を確認する。
- キックオフ時、及びゴールが決まった場合は、グラウンド中央でレフェリーがボールを地面に叩き付け、フライボールとなったところをどちらかのチームの選手が捕球してゲームが開始される。またボールがグラウンドの外に出た場合は、その場所でレフェリーがグラウンドに背を向ける体制を取ってから、ボールをグラウンド内に放り投げる事で試合再開される。
- ラグビー同様、タックルが可能だが、膝下、または肩上へのタックルは反則とされる[3]。
- 正式な試合では、選手への処分の裁定は試合中でなく、後日の裁定委員会で行われる。
インターナショナルカップ
オーストラリアンフットボールの世界大会で、3年に1回オーストラリア・メルボルンで開催される。
各国のリーグ
オーストラリア
日本
その他
出典
- ^ “Reference_ 1956 Olympic Demonstration Sport - Aussie Rules Match” (英語). Boyles Football Photos. 2020年10月4日閲覧。
- ^ “オーストラリアンフットボールとは?”. AFL Japan キッズクラブ. 日本オーストラリアンフットボール協会 (2015年). 2020年10月4日閲覧。
- ^ このような行為は公式戦では必ず禁止されます
関連項目
外部リンク
オーストラリアンフットボール
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/05 09:42 UTC 版)
「ティウィ諸島」の記事における「オーストラリアンフットボール」の解説
オーストラリアンフットボールはティウィ諸島で最も人気のスポーツで、1941年に宣教師のジョン・パイとアンディ・ホウリーによって持ち込まれた。1969年からはティウィ諸島フットボールリーグも開かれている。 ティウィ諸島フットボールリーグのグランドファイナルは毎年5月に開催され、3,000人もの観衆を集める。ティウィ諸島フットボールリーグには島民約2,600人のうち900人が参加しており、オーストラリアで最も高い参加率(35%)である。 ティウィのフットボール選手は絶妙な「ワンタッチ」スキルで有名である。多くの選手は裸足で行うことをよしとする。また男子の選手の多くはダーウィンのセントメアリーフットボールクラブでもプレーしている。これは1950年代に、ティウィの選手がノーザンテリトリーフットボールリーグ(英語版)でプレーできるように特別に組織されたものである。 ティウィ・ボンバーズ・フットボールクラブは、2006-07年のシーズンからノーザンテリトリーフットボールリーグにチームを送り出している。 国内のVFLもしくはAFL大会に出場したことのあるティウィ諸島出身の有名な選手としては、ロニー・バーンズ、モーリス・リオリ、シリル・リオリ、ダニエル・リオリ、ディーン・リオリ、マイケル・ロング、マルコルム・リンチ、オースティン・ウォナエアミリ、デヴィッド・カンティラ、アンソニー・マクドナルド=ティプングティなどがいる。モーリス・リオリとマイケル・ロングはともにシリル・リオリのおじであり、3人は全員、AFLグランドファイナルの最優秀選手に選ばれてノーム・スミス・メダルを獲得している。 ティウィ諸島フットボールクラブは2009年に、アボリジニに注目を当てるABCのテレビ番組Message Stickで「In A League of Their Own」と題したシリーズの主役となった。
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