印章
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/03 00:16 UTC 版)
印(いん)[1]、判(はん)[2]、印判(いんばん)[3][1][2]、印形(いんぎょう)[4]、印顆(いんか)[4][注釈 1]、印信(いんしん)、ハンコ(判子[注釈 2])[1][2]、スタンプなどともいう。
しばしば世間一般では、正式には印章と呼ばれるもののことをハンコ、印鑑(いんかん)と呼んでいるが[2]、厳密には印章あるいはハンコと同じ意味で「印鑑」という語を用いるのは正確ではない[2]。古くは、印影と印章の所有者(押印した者)を一致させるために、印章を登録させた。この印影の登録簿を指して「印鑑」と呼んだ。転じて、日本では印鑑登録に用いた印章(実印)を特に印鑑と呼ぶこともあり[7]、更には銀行印などの登録印や、印章全般もそのように呼ぶ場合もある[8]。
概要
印章の材質としては、木、水晶、金属、石のほか、動物の角・牙などが用いられ、近年[いつ?]は合成樹脂も用いられる。これらの素材を印材と呼ぶ。印材の特定の面に、希望する印影の対称となる彫刻を施し、その面に朱肉、印泥またはインクを付け、対象物に押し付けることで、特有の痕跡を示すことができる。この痕跡を印影と呼ぶ。印章を押すことを、押印(おういん)、捺印(なついん)、押捺(おうなつ)といい、条約などに署名や押印をすることを調印(ちょういん)という。
現代で用いられる印章の種類を大別すれば、証明のために用いられる生活・実用品としての印章と、篆刻のように印影を趣味や芸術として鑑賞するための印章に分けられる[9][10]。古代においては印章そのものを宗教的な護符として尊重した時代もあり[10][11][12]、現代においても開運商法の商材としての印章では印材の超自然的な効用が重視されることもあるが[13]、宗教的な意味を失った印章では専ら印章そのものよりも、押された時に印影として現れる内容が重視される[14]。文明の発祥と共に生まれ、世界各地で独自の発展を遂げた印章の歴史の中では様々な形態のものが作られた[15]。文字に芸術性を見いだす表現性を持った漢字文化圏や古代エジプトでは専ら印影(印面)に文字が用いられ、楔形文字を用いる古代メソポタミアや古代ペルシアなどでは絵画的な図案を用いる版画のような印章が用いられた[16]。現代日本における実用印では、印影(印面)には文字(印字)が使用され、漢字を用いる場合の書体には篆書体、楷書体、隷書体が好まれる。印字は、偽造を難しくしたり、防止したりするため、既存の書体によらない自作の印を使う者もいる[要ページ番号]。
日本の印章は古くは中国から伝来したものだが[17]、その用法は伝来した当時から中国のそれとは異なっており[18]、江戸時代から現代にかけては中国やその他のアジア諸国とも様相の異なる[19][20]、「ハンコ社会」や「ハンコ文化」などと形容される日本独自の印章文化が社会に根ざしている[19][20]。一方の中国では印章の歴史は日本より長いものの、身近な日用品としての印章はほとんど民間に定着しなかったが[21]、書道などの芸術と結びついて独自の印章文化が形成された。ヨーロッパ文化圏ではかつて印章が広く使用された時代もあったが、19世紀頃から廃れて使われなくなり、印章ではなくサイン(署名)が用いられる[22]。
現代日本で生活・実用品として用いられる印章は、市町村に登録した実印、銀行などの金融機関に登録された銀行印、届け出を必要としない認印の3種類に大別され、そこから更に細分化することができる[9]。文書の電子化に伴い、署名の分野では2000年の電子署名法の施行により電子署名が登場しているのに対し、印章の分野では印影の画像を電子文書に添付する機能を有する電子印鑑(デジタル印)が登場している[23][24]。
一部金融業などの業界では上司に申請する際に、「控えめにお辞儀」するように左に傾けた形で捺す(正立状態は最高承認者である社長のみ)といった独自の習慣も生まれており、前述の電子印鑑(デジタル印)にもこの機能をサポートするものがある[25]。「封建の名残で前時代的な悪習」とのインターネット上の批判もあったが、一方で左に傾けた場合も「右肩が上がる」という縁起の良さを感じるという向きもあるようである[25]。
語源
日本語の「印章」という単語の語原は中国の秦や漢の時代に遡る。それ以前の時代において印章は「鉨」(じ)と呼ばれていたが、秦の始皇帝は、皇帝が持つもののみを「璽」(じ)、臣下の持つものは「印」と呼ぶよう定義し、更に後の漢時代になると丞相や大将軍の持つものは「章」と呼ばれるようになった[26][27]。これら印と章を総称するものとして「印章」という単語が生まれた[26][27]。
ハンコの語原は「版行」で[6]、後に当て字で「判子」とも表記されるようになった[6]。
英語におけるsealをはじめ、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語で印章を意味する語は、ラテン語の単語であるsigillumを語原としている[27]。またsigillumは、しるしを意味するラテン語signumから派生した単語である[27]。
注釈
- ^ 1981年10月1日に常用漢字表が告示されると、行政指導により表外漢字を含む「印顆」は使わないようにという行政指導がなされたが、それ以前にはよく使われていた表現であった[5]。
- ^ ハンコを「判子」と書くのは当て字である[6]。
- ^ この意味における「印鑑」という語の用法としては公証人法第21条の「公証人ハ其ノ職印ノ印鑑ニ氏名ヲ自署シ之ヲ其ノ所属スル法務局又ハ地方法務局ニ差出スヘシ」などがある。
- ^ 例えば、かつて織田信長は「天下布武」の印章を純金で作らせようとしたものの、これが印材として適さず印影がうまく出なかったため、金と銅の合金を用いることによって解決したという[116]。その一方、金を印材とする金印は古代ギリシア末期や[84]古代ローマ末期[117]の印章、中国から古代日本へと伝わった漢委奴国王印など古くから例があり、その他にも明治時代に作られた大日本國璽など、様々な国の国璽の印材として用いられている。
- ^ なお、「印相学」は登録商標である[130][131]。
- ^ 例えば陰刻の登録を認めないことを明文化した規定がある自治体の一例として、青森県青森市[133]、埼玉県さいたま市[134]、東京都北区 [135]、東京都新宿区[136]、長野県長野市[137]、愛知県名古屋市[138]、和歌山県和歌山市[139]、山口県山口市[140]、香川県高松市[141]、佐賀県佐賀市[142]などがある。外枠部分の有無の規定があるものの文字部分については明文化された規定がない自治体もあるため、外枠部分を設けることで陰刻印章による印鑑登録を認められる場合もある。
出典
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