光ファイバー 光ファイバーの概要

光ファイバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 22:15 UTC 版)

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光ファイバー
Perspex社製アクリル棒に入射された光が内部を伝わる様子

特徴

電磁気の影響を受けずに極細の信号線で高速信号が長距離に伝送出来るため、デジタル通信を中心に多くの通信用途に使用されている。2008年現在、1本の光ファイバーの伝送能力は100 Tbpsを越える程度である。無中継での伝送では100 km間隔[2]のものが実用化されている[3]

構造

光ファイバーはコア(core)と呼ばれる芯とその外側のクラッド(clad)[注 1]と呼ばれる部分、そしてそれらを覆う被覆の3重構造になっていて、クラッドよりもコアの屈折率を高くすることで、全反射屈折により出来るだけ光を中心部のコアにだけ伝播させる構造になっている。コアとクラッドはともに光に対して透過率が非常に高い石英ガラスまたはプラスチックでできている[4][3]

また、被覆がないコアとクラッドのみの状態を単に「光ファイバー」と呼び、光ファイバーの表面をシリコーン樹脂で被覆したものを「光ファイバー素線」、光ファイバー素線をナイロン繊維で被覆したものを「光ファイバー心線」、光ファイバー心線を高抗張力繊維と外皮で被覆したものを「光ファイバーコード」とする呼びかたもある。複数の光ファイバー心線に保護用のシースと呼ばれる被覆をしたものを光ファイバー・ケーブルと呼ぶこともある。

特性

屈折率と透過率

一般的な石英ガラスを使った光ファイバーのコアとクラッドの屈折率の差は、わずかに0.2ないし0.3パーセント程度である。石英ガラスの屈折率はおよそ1.5なので、1秒間に地球を5周程度回る速度(約20万 km/s)(1kmあたり約5μs)で光信号が伝わってゆく(物質中の光の伝播速度は、光速を屈折率で割ったものになる)。

損失

光ファイバーの中で失われる光の量(伝送損失)は1 kmあたり数パーセント程度(値にして0.2ないし0.4 dB/km[5])である[注 2]。 光ファイバー中の光の減衰は以下の多くの要素が関係している。低損失で長距離伝送が可能な光ファイバーの製造にはこれらの影響を小さくすることが求められる。したがって光ファイバーに使われる材料は特に高純度なものを所定の屈折率になるよう微量の添加物を入れたものを、組織の歪みができないよう注意して製造される。

素材固有要因

外的要因

  • 吸収損失
    • 遷移金属イオンによる吸収
    • ヒドロキシ基による吸収
  • 散乱損失
    • 構造不完全性による散乱
    • 結晶などの異物による散乱
  • 放射損失
    • 光ファイバーの曲がり(曲げによる放射損失、マイクロベンディング・ロス)
  • 接続損失
    • 光ファイバの接続面からの反射(フレネル損失)
    • 光ファイバの接続時のずれ
    • 発光素子、受光素子の結合損失

歴史

17世紀に、波動の屈折の法則が、ヴィレブロルト・スネルによって定式化された。

1820年に、ガラス板の中に光が閉じ込められる条件が、オーギュスタン・ジャン・フレネルによって定式化された。

1840年ごろ、反射による光の誘導の公開実験が、Daniel Colladonとジャック・バビネによってパリで行われた。

1870年ジョン・ティンダルが光の全反射の条件を記し、水流で光を曲げる実験をロンドンで行った。

1880年、音声を可視光線の信号に乗せ通信を行うPhoto-Phone実験が、アレクサンダー・グラハム・ベルによって行われた。

1888年ごろ、初期のテレビ画像伝送の試みとして、曲がったガラスパイプやガラスロッドに光を通す方法がウィーンやフランスで考案された。

このころから、テレビの画像通信や潜望鏡、胃カメラなどにさまざまな光の導波路を用いる試みがなされた。

1910年、光の閉じ込めをガラス繊維に拡張した条件が、ホンドロス(D. Hondros)とピーター・デバイによって定式化された。

1925年、空洞のパイプやガラス・プラスチックロッドをつなげた光の伝導路で画像を伝送する方法の特許が、ジョン・ロジー・ベアードによって出願された。

1930年、ドイツのハインリッヒ・ラム (Heinrich Lamm) が、ガラス繊維の束に光を導く実験を行った。これが、ガラスファイバーの束に光を通す初めての試みとなった。

1936年逓信省研究所の関杜夫と根岸博(清宮博)が、ガラスロッドの湾曲部にプリズム・レンズを用いて、全反射によって光線信号を伝送する光線導管による光通信を考案し、特許を出願した[6]

1958年になるとガラスファイバーの芯を違う種類のガラスで巻くという、コアとクラッドによって構造される石英ガラスファイバーがインド人物理学者のナリンダー・シン・カパニーによって考案される[7]。これにより、ケーブル内の屈折率の違いによって光を全反射で誘導するという光ファイバーの基礎が確立され、このとき初めてオプティカル・ファイバー(光ファイバー)と名づけられた。ナリンダー・シン・カパニーは光ファイバーの発明者とされ、光ファイバーの父と称される[8]

1961年、Elias Snitzerによって、シングルモード光ファイバーが提案された[9]

1964年西澤潤一、佐々木市右衛門は、ガラスファイバーのコア内の屈折率を中心から周辺に向かって連続的に低くなるように変化させ、入射角の異なる光をファイバー内で収束させる自己集束型光ファイバー(今日にいうGI型光ファイバー)の概念を特許出願により提案し[10]、自己集束型光ファイバーによる光通信の可能性について言及した。しかし特許庁は意味がわからないと不受理にした[11]

同様の構造の光ファイバーは、ベル研究所のスチュワート・ミラーによっても提案されている[12]。ミラーは、ガラスが効率的な長距離伝送の媒体となることを理論的に示した。

1965年チャールズ・K・カオの論文により、ガラスの不純物濃度を下げれば光の損失を低減できるので、損失率が20 dB/kmであれば通信用の光ファイバーに利用できる旨の提案がなされた。これまでに確立された理想的なガラスファイバーの理論から、不純物を含む現実的なガラスファイバーでの光の減衰特性の理論を唱えた画期的なものであった。

これにより、ガラスファイバーの不純物を下げる研究が活発に行われるようになり、光ファイバーは実用化に向けて大きく前進した。

カオは、光通信用の光ファイバーに対する先駆的な貢献により、1996年に日本国際賞、2009年にノーベル物理学賞を受賞した[13]

1965年、世界初の光ファイバーによるデータ転送システムのデモンストレーションがドイツの物理学者マンフレッド・ベルナーによってテレフンケン研究所で行われ、このシステムの特許が1966年に申請された[14] [15]

1966年には、西澤の研究は日本板硝子日本電気によってセルフフォーカスファイバー「セルフォック」として実現される。その時点では60 dB/kmが限度であった。

1970年、アメリカのコーニング社が通信用光ファイバーを実用化したと発表し、光ファイバの製造法とカオ論文に示された光ファイバの構造を始めとする基本特許(米国特許第三六五九九一五号)を得た。コーニングの光ファイバーは非常にもろく、まだ実用化にはほど遠いものであったが、カオの理論通りに20 dB/kmの損失を達成した[16]。日本の特許庁はそれが西澤と類似するものであることを知りながら口をつぐんだ[11]

またコーニング社の発表に続く形で、不純物のドーピングによる多層結晶成長の技術によって、常温で連続作用可能な半導体レーザーがベル研究所のパニッシュと林厳雄によって試作された。

同時期に、同研究所のアーサー(A. J. Arthur)とチョー(A. Y. Cho)が新たな結晶成長方法、分子線エピタキシー(MBE)を考案した。MBEで作った新素子は寿命100万時間を達成した。

これらの技術により、光ファイバーのレーザー光源の技術が確立された。

1974年、ベル研究所のジョン・マクチェスニーはMCVD(内付気相堆積)法での光ファイバーの製法を編み出した[17]。 この結果、損失率は1.1 dB/kmに低下した。

1977年日本電信電話公社(現在のNTT)の茨城電気通信研究所の伊澤達夫が、VAD(気相軸付け)法による光ファイバーの製造方法を発明した[16][18]

1980年には、VAD法によって、損失値は0.20 dB/kmに達した。 現在、VAD法の製造スピードはMCVD法の約100倍となっている[19]

1985年サザンプトン大学のプール(S. B. Poole)が、エルビウムという元素を光ファイバーのガラスに少量加えると、光だけで動作する増幅器を作れることを発見した。この発見をもとに、サザンプトン大学のペイン(David Payne)とミアーズ(P. J. Mears)、ベル研究所のドゥスルヴィルが、エルビウム添加ファイバー増幅器(EDFA; Erbium Doped Fiber Amplifier[20])を開発した。これにより、レーザー中継による光信号増幅器よりも効率の良い伝送を行うことが可能となった[21][22]

同年、連邦通信委員会は国際回線における光ファイバーの私的所有を認可した。

同年2月、日本では北海道旭川と鹿児島間をつなぐ日本縦貫光ファイバーケーブル網が整備された[23]


注釈

  1. ^ 「clad」は基本的に日本国内で用いられる呼称。英語圏では「外装」を意味する「cladding」が用いられる
  2. ^ 以下、損失は dB/km の単位を用いて記す。
  3. ^ TOSLINKは東芝が開発した光デジタル音声端子の規格である。

出典

  1. ^ 斎藤和彦, 「プラスチック光学繊維」『高分子』 1973年 22巻 8号 p.436-441, doi:10.1295/kobunshi.22.436
  2. ^ 大河原 2008
  3. ^ a b c 須藤, 横浜 & 山田 2006
  4. ^ 岩崎 & 福井 2006, p. 126
  5. ^ 光ファイバ、dB、減衰および測定の概要シスコシステムズ、2008年1月24日
  6. ^ 東方 2009
  7. ^ http://www.sikhfoundation.org/people-events/dr.-narinder-kapany-the-man-who-bent-light/
  8. ^ Prathap, Gangan (March 2004), “Indian science slows down: The decline of open-ended research”, Current Science 86 (6): 768-769 [769] 
  9. ^ Bellis 1998
  10. ^ 板垣 2008
  11. ^ a b 高山 2017.
  12. ^ The Royal Swedish Academy of Sciences 2009, p. 3
  13. ^ The Nobel Prize in Physics 2009”. Nobel Foundation. 2009年10月6日閲覧。
  14. ^ DE patent 1254513, Dr. Manfred Börner, "Mehrstufiges Übertragungssystem für Pulscodemodulation dargestellte Nachrichten.", issued 1967-11-16, assigned to Telefunken Patentverwertungsgesellschaft m.b.H. 
  15. ^ US patent 3845293, Manfred Börner, "Electro-optical transmission system utilizing lasers" 
  16. ^ a b NTT 2007
  17. ^ NAS 1996
  18. ^ 長井 2006
  19. ^ VAD法の開発”. NTT技術資料舘. 2011年2月2日閲覧。
  20. ^ 光増幅器”. 映像情報メディア学会. 2018年2月12日閲覧。
  21. ^ Mears & Reekie 1987
  22. ^ 日本セラミックス協会 2006
  23. ^ 総務省 昭和60年版 通信白書
  24. ^ 光ファイバ接続の基礎知識”. 住友電工 Optigate. 2019年9月10日閲覧。
  25. ^ [ http://www.kuraray.co.jp/products/plastic/psf.html 放射線検出用光ファイバー]






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