人類の進化 心と行動の進化

人類の進化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/17 02:05 UTC 版)

心と行動の進化

人類の心と行動を進化させた要因については異なるいくつかの説がある。かつては脳の巨大化が二足歩行といった「知的な」行動の原因となったと考えられていた。しかし進化は目的論的には働かないと言う認識が深まりこの説は放棄された。何故ならヒトの祖先であるアウストラロピテクスはチンパンジー並みの440mlという非常に原始的な形態を示す脳を持つと同時に、完全に直立した下肢を持ち、大頭骨孔も頭の真下に位置し、二足歩行をしていた。の発達が人類進化の原点であるという20世紀初頭の考えは、アウストラロピテクスの発見により完全に否定されたのである[76][信頼性要検証]

知能の発達に関する説の一つはレイモンド・ダート狩猟仮説である。動物を追い、効率よく狩りをするために予測や想像といった知性の発達が必要である。肉食による摂取エネルギーの増加は脳の増大を許容したかもしれない。狩猟仮説は戦争暴力も狩猟活動の名残ではないかと予測する。しかし多くの生物で攻撃行動は捕食行動とは異なる部位の脳を活性化させる。また種内と種間の攻撃性は区別する必要がある。

一方、ドナ・ハートとロバート・サスマンは『ヒトは食べられて進化した』でヒトは長い間、捕食者ではなくてむしろ被食者であり、捕食を回避することが知能発達の選択圧になったと主張している。人類学者パスカル・ボイヤーは暗闇に対する恐怖、幽霊の錯覚のような認知的錯誤の一部が捕食者回避によって発達したのではないかと考えている。

米国・ユタ大学のデニス・ブランブル (Dennis Bramble) とハーバード大学ダニエル・リーバーマン英語版2004年、初期人類は、動物遺体から屍肉を集め、石を使って骨を割り、栄養価の高い骨髄を得ることを生息手段とする、一種の腐肉食動物であったとの仮説を提唱した[77]。 人類は競合者に先駆けて動物遺体を手に入れるため、発汗による高い体温調整能力を始めとし、弾性のあるアキレス腱や頑丈な脚関節といった「速いピッチでの長距離移動の能力」を進化させ、広い地域を精力的に探し回る者として特化したとするものである。 このような適応の傾向と栄養価の高い食物が大きなの発達を可能にしたのではないかと説いた。

心理学者ニコラス・ハンフリーは複雑化する社会活動が重要な選択圧だと考えて社会脳仮説を提唱した。協力行動や騙し、騙しの発見などを行うには相手の心を読み、複雑な人間関係を理解する必要がある。心の理論の発達はこの一部であったかもしれない。霊長類学者ロビン・ダンバーは霊長類の大脳新皮質の大きさと様々な生活上の変数(食性、配偶システムなど)を比較し、群れの大きさとのみ相関があると指摘した。群れの巨大化は個人関係の複雑さに繋がる。社会脳仮説の支持者はダンバーの発見を証拠の一つと考えている。

認知考古学者スティーブン・ミズンは心のモジュール説を受け入れ、異なる神経構造を基盤に持ついくつかのモジュール化された心的機能(例えば言語能力、心の理論、直観的な物理の理解など)が個別に発達し、一般的知能が異なるモジュールの相互作用で完成したのではないかと考えている。

言語の利用

発声を扱ううえで、初期のヒト属(250-80万年前)の言語を扱う能力に関して著名な説がある。解剖学的に、350万年前ごろのアウストラロピテクスにおいて発達した二足歩行という特質が頭蓋骨に変化をもたらし、声道をよりL字形にしたと信じている学者もいる。頸部の比較的下の方に位置する声道や喉頭といった構造はヒトが作り出す多くの音声、特に母音を作るうえで必須な必要条件である。喉頭の位置に基づいて、ネアンデルタール人ですら現生人類が作り出す全ての音を完全に出すのに必要な解剖学的構造を具えていないと信じている学者もいる[78][79]。さらに別の考え方では、喉頭の位置の低さは発声能力の発展とは無関係とされる[80]。詳細は「言語の起源」を参照のこと。

道具の使用

道具の使用は知性の存在の象徴と解釈され、また道具の使用は人類の進化の特定の面(特に脳の継続的な増大)を刺激したかも知れないと推測されている。研究者は何百万年も続くこの負担の大きな器官の増大をまだ説明できていない。現代人の脳は20ワット(一日400キロカロリー)を消費し、人体の全消費量の20%にも達する。さらなる道具の使用は狩りと、植物よりエネルギーが豊富な肉の消費を可能にした。研究者は初期のヒト科が道具の作成と使用能力の増大を促すような選択圧のもとに置かれたと主張している[81]

初期の人類が道具を使い始めた正確な時期を特定するのは難しい。というのも原始的な道具(例えば鋭利な石)は人工物なのか自然にあるものか判別できないからである。アウストラロピテクスが400万年前に骨を道具として用いていた可能性を示す証拠があるが、これは議論の的である。

石器

石器は、約260万年前に初めてその証拠が現れる。東アフリカホモ・ハビリスはいわゆる礫器、単純に打ち付けて割った丸い小石を用いていた[82]。これは旧石器時代の始まりを意味する。旧石器時代は最終氷期の終焉期(約1万年前)に終わる。旧石器時代は前期(約35万年~約30万年前まで)、中期(約5万年~約3万年前まで)、後期に分けられる。約70万年から約30万年前の時代はアシュール文化 (cf. en:Acheulean) としても知られている。ホモ・エルガステル(またはホモ・エレクトゥス)は火打石珪岩から大きな石斧を使っていた。最初(初期アシュール時代)には全く粗雑な作りであるが、のちには破片の縁で微妙に打ち付けることでより「加工された」道具を作った。

約35万年前にはより洗練されたルヴァロワ技法英語版による石器作りが行われた。ルヴァロワ技法による石器の作成は完成予定の石器の形を正確に思い描かなくてはならず、抽象思考の証拠と考えられている。打ち付ける技術が洗練されると、(こて)、スライサー、なども作られるようになった。約5万年前にはネアンデルタール人と移住してきたクロマニョン人によって、より洗練され、特化された火打石やナイフ、刃物、毛皮などを剥くスキマーなどが作られた。この時期には骨からも道具が作られた。

火の利用

ヒトは、火を調理に使い、暖を取り、獣から身を守るのに使い、それによって個体数を増やしていった。火を使った調理は、ヒトがタンパク質炭水化物を摂取するのを容易にした。火を利用することによって寒い夜間にも行動ができるようになり、あるいは寒冷地にも住めるようになり、ヒトを襲う獣から身を守れるようになった[83]

ヒト属による単発的な火の使用の開始は、約170万年から約20万年前までの広い範囲で説が唱えられている[84]。最初期は、火を起こすことができず、野火などを利用していたものと見られる[85]が、日常的に広範囲にわたって使われるようになったことを示す証拠が、約12万5000年前の遺跡から見つかっている[86]

周口店の北京原人遺跡北京原人はホモ・エレクトゥスの一種であり、火を使っていたと考えられている。

ヒトの生活は、火とその明るさで大きな影響を受けた。夜間の活動も可能となり[87]、獣や虫除けにもなった[83][84]。また、当初は火を起こすのが難しかったため、火は集団生活で共用されるべきものとなり、それにより集団生活の必要性が増した[88]

火の使用は栄養価の向上にも繋がった。タンパク質は加熱することで、栄養を摂取しやすくなる[83][89][90]。黒化した獣の骨から分かるように、肉も火の使用の初期から加熱調理されており、動物性タンパク質からの栄養摂取をより容易にした[91][92]。加熱調理された肉の消化に必要なエネルギーは生肉の時よりも少なく、加熱調理はコラーゲンのゼラチン化を助け、炭水化物の結合を緩めて吸収しやすくする[92]。また、病原となる寄生虫や細菌も減少する。

また、多くの植物には灰汁が含まれ、マメ科の植物や根菜にはトリプシンインヒビターやシアングリコーゲンなどの有毒成分が含まれる場合がある[88]。また、アマキャッサバのような植物に有害な配糖体が含まれる場合もある[93]。そのため、火を使用する前には植物の大部分が食用にならなかった。食用にされたのは種や花、果肉など単糖や炭水化物を含む部分のみだった[93]ハーバード大学リチャード・ランガム英語版は、植物食の加熱調理でデンプンの糖化が進み、ヒトの摂取カロリーが上がったことで、脳の拡大が誘発された可能性があると主張している[94][95][96]

実際、ホモ・エレクトゥスの歯や歯の付着物から、加熱調理無しには食べるのが難しい硬い肉や根菜などが見つかっている[97][98]

現代人と「偉大な飛躍」論争

約5万年から約4万年前にかけて、石器の使用は徐々に進歩していったと思われる。おのおのの段階(ホモ・ハビリスホモ・エルガステルホモ・ネアンデルターレンシスなど)は前の段階よりも高いレベルで始まり、後退したことはなかった。しかし一つの段階の中の技術の進歩は遅かった。言い換えると、これらの種は文化的に保守的であった。しかし、約5万年前以降、現生人類の文化は明らかに大きな速度で変わり始めた。『人間はどこまでチンパンジーか?』の著者ジャレド・ダイアモンドや他の人類学者はこれを「大躍進」と描写する。

現代の人間は丁寧に死者を埋葬し、隠れ家で衣類を作り、高度な狩猟技術をあみだし(穴を罠として使う、崖に動物を追い詰めるなど)、洞窟壁画を描き出した[99]。この文化の変化のスピードアップは、現生人類、つまりホモ・サピエンスの誕生とその習性に関係しているようにみえる。集団の文化が進むと、異なる集団は既存の技術に新しい知識を取り入れる。釣り針ボタンと骨製の針のような5万年以前は存在しなかった人工物は異なる人類の集団間の差異を示唆する。一般的にネアンデルターレンシスの集団は同時代の他のネアンデルターレンシス集団と同じような技術を用いていた。

理論的には現代の人間行動は次の4つの能力を含む:

  • 抽象思考(具体的な例に依存しない概念)
  • 計画(さらなるゴールを目指すためのステップを考える)
  • 発想力(新たな解決法を見つける)
  • 記号的な行動(儀式や偶像)

人類学者は現代的行動の具体例に以下を含める:

  • 道具の専門化
  • 宝石の使用や洞窟壁画のようなイメージの使用
  • 居住空間の整備
  • 副葬品を伴う埋葬のような儀式
  • 専門的な狩猟技術
  • 厳しい環境への進出
  • 貿易ネットワークの構築

など。

しかしこれらの急激な出現が生物学的な革命的変化、「人間の意識のビッグバン」を意味するのか、より段階的な変化であったかの議論は続いている。コネチカット大学のサリー・マクブレアティとジョージ・ワシントン大学のアリソン・ブルックスは5万年以前の現代的行動の遺物を示し、革命説がアフリカの一部しかサンプルとしていないと主張して革命的進化はなかったと指摘した[100]


注釈

  1. ^ 動物精霊・神霊・幽霊など人ならざる者ではない、人。
  2. ^ 英語human日本語音写形ヒューマン)は、ラテン語 homō形容詞hūmānus日本語音写例:フーマーヌス)に由来する。
  3. ^ 今でいう「生物」という概念が当時はまだ成立しておらず、神話・伝説上の生き物と現実の生き物の科学的な分別を手探りで始めた段階にある。リンネは結果として分類学の基礎を築いたが、研究対象としたのは博物すなわち神羅万象であり、なかでも"実際に生きていると思われる万象"であった。
  4. ^ ドイツのミュンスターにあるヴェストファーレン国立博物館 (Westfälisches Landesmuseum) により、2007年制作。
  5. ^ アメリカの国立自然史博物館により、2012年制作。
  6. ^ 仮名表記は、英語での発音案内「Gawis (pronounced "gow-wees")」[58]に準じて「ガーウィーズ」とした。
  7. ^ インディアナ大学ブルーミントン校 (en) の石器時代研究所英語版
  8. ^ 検索 [ Naomi E. Cleghorn anthropology]
  9. ^ ヨーロッパ大陸の最終氷期は特に「ヴュルム氷期 (en)」と呼び、アジア大陸およびアフリカ大陸はこれに準ずる。アメリカ大陸の最終氷期は「ウィスコンシン氷期 (en)」と呼ぶが、この時期の人類史とは無関係に等しい。

出典

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