直立二足歩行
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直立二足歩行(ちょくりつにそくほこう、英: bipedalism)とは、脚と脊椎を垂直に立てて行う二足歩行のことである。現存する生物のうち、直立二足歩行が可能な生物は、ヒトだけである。
ヒト以外の二足歩行
外見上、直立二足歩行を行っているように見えるペンギンであるが、これは体の厚みのためそう見えるだけで、実際にはペンギンの大腿骨は脊椎に対してほぼ直角であり、下腿骨のみが垂直(従って、常に膝を曲げた状態)となっているため、実際には直立二足歩行ではない。 常時二足歩行を行う動物は鳥類全般やカンガルー、トビネズミなど、一時的な二足歩行を行う動物にビーバー、イヌやクマ、サル(特に類人猿)、エリマキトカゲなどがいる。有羊膜類に属する鳥類・爬虫類・哺乳類いずれにも存在しており、二足歩行自体は然程珍しい性質ではない。 しかしいずれも骨盤と大腿骨の構造上、大腿骨を脊椎に対して垂直に立てることはできず(無理にやれば脱臼する)、直立二足歩行とは言えない。
ヒトの直立二足歩行
ヒトの場合、胴体の真下に下肢が付き、股関節が体の中心軸に近く、左右の揺動が少なく済むような構造になっている。胴体が垂直に立っているため、胴体の重心位置は股関節よりかなり上に位置することになり、偏心モーメントを発生することになる。ヒトの場合、胴体の重心位置はみぞおちのやや上、全身の重心位置はへそのやや下になる。そのため、ヒトが歩行を始めると、その反動が胴体にモーメント力(回転力)として伝わることになる。このモーメント力を床面まで伝えて打ち消す必要があるので、太い脚と大きな足裏、それを動かすための余分なエネルギーが必要となる。自然界で直立二足歩行があまり見られないのは、エネルギー効率が悪いためであると考えられている[要出典]。
二足歩行には幾つか種類があり、その違いを歩様(歩容、歩法と書く場合もある)という。二足歩行の歩様にはウォーク(常足、なみあし)、トロット(速歩、はやあし)、ギャロップなどがある。単に歩行と言った場合は、トロットのことと考えて差し支えない。トロットとは交互に軸足が切り替わり、常にどちらかの足が地面に付いている、跳躍期のない歩き方のことを言う。軸足は瞬間的に入れ替わり、両方に体重がかかっている期間はないか無視できるほど短いものとされる。トロット歩行の場合、歩行という一見複雑な運動を、軸足の接地点を回転中心とした回転運動として捉えることができる。
歩行が回転運動だとすると、遠心力が発生するはずである。このときの遠心力
直立二足歩行の欠点
一方で、ヒトの直立二足歩行には、以下に挙げる難点がある。
- 重力の関係上、痔、胃下垂、ヘルニアなどの疾患に罹患しやすい。ヒト以外の動物はこれらの病気になることは極めて稀である。
- ほとんどの姿勢で頭部が安定しているため、首が細く弱い。
- 重い頭部が高い位置にあるため、バランスが悪く、転倒すると危険である。特に、後ろに倒れると、急所である後頭部を打つ危険が高い。
- 喉、心臓、腹部、股間等の急所が多い胴部前面を常に晒してしまう。
- 内臓を保持するために骨盤底を発達させる必要がある。そのため出産に困難がともない、胎児が小さく未熟な状態で出産しなければならない。
- 四足歩行と比べて、高度な身体能力が求められるため、習得するのに長期間の身体の成熟と訓練を必要とする。個体差もあるが、直立二足歩行を行うには生まれてから1年程度の時間を要するため、それができるまでは四足歩行(這い歩き/これも個体差があるが、生後半年ほどで可能になる)を余儀なくされる[11]。
脚注
- ^ a b c 多賀厳太郎 2002, p. 96.
- ^ 多賀厳太郎 2002, p. 97-98.
- ^ 多賀厳太郎 2002, p. 98.
- ^ a b c 多賀厳太郎 2002, p. 99.
- ^ リチャード・リーキー 著、馬場悠男 訳『ヒトはいつから人間になったか』草思社〈サイエンス・マスターズ〉、1996年(原著1994年)。ISBN 4-7942-0683-6。
- ^ 堀寛 著「分子生物学から見た進化⑨ ヒトの起源と進化」、上野俊一 編『動物たちの地球』 第12巻 からだ作りの神秘、朝日新聞社、東京〈週刊朝日百科〉、1993年7月25日、286–288頁 。
- ^ リチャード・ドーキンス 著、垂水雄二 訳『祖先の物語 : ドーキンスの生命史』 上、小学館、2006年(原著2004年)。 ISBN 4-09-356211-3。
- ^ 中務真人 著「類人猿との分岐点」、山極寿一 編『ヒトはどのようにしてつくられたか』岩波書店〈ヒトの科学〉、2007年、53–79頁。 ISBN 978-4-00-006951-9。
- ^ Thorpe, S.K.S.; Holder R.L. and Crompton R.H. (2007). “Origin of Human Bipedalism As an Adaptation for Locomotion on Flexible Branches”. Science (American Association for the Advancement of Science) 316 (5829): 1328–1331. doi:10.1126/science.1140799. ISSN 0036-8075 .
- ^ 林 夕美子、高野 幸子『親子で楽しむためのベビー&チャイルドスイミング』芙蓉書房出版、1997年。 ISBN 4-8295-0199-5。 OCLC 675526828。
- ^ 水泳も人間にとって訓練を必要とする技能であるが、生後半年ほどの子供も訓練で水泳が可能となる[10]。その意味において直立二足歩行は、水泳よりも習得困難な技能であると言える。
参考文献
- R.マクニール・アレクサンダー 著、東昭 訳『生物と運動 : バイオメカニックスの探求』日経サイエンス社、1992年。 ISBN 4-532-52017-7。
- 多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達』金子書房、2002年。
関連項目
直立二足歩行
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「アウストラロピテクス・アファレンシス」の記事における「直立二足歩行」の解説
アウストラロピテクス・アファレンシスの運動行動については現在でも議論がある。アウストラロピテクス・アファレンシスは平地でほぼ完全な直立二足歩行をしていたと考える学者もいれば、一部樹上生活を送っていたと考えている学者もいる。手・足・肩の関節の形態からは、後者の説が支持されている。また指や爪先の骨の湾曲具合からは、木を掴み、登るのに適していたことが分かっている。さらに手首を固定する機構があったことから、手をついて四足歩行することもあったと推測される。肩の関節も、現代のヒトと比べて頭の側に偏っている。 しかしアウストラロピテクス・アファレンシスが、直立二足歩行をしていたことを強く示唆する証拠もいくつもある。骨格全体を見ると骨盤の形は類人猿のものよりもヒトのものに近く、腸骨は太くて短く、仙骨は幅広くて股関節と大腿直筋に直結している。さらに、大腿骨の角度も尻から膝の方に向いている。このことによって、体の中心線に沿って足を下ろすことが可能となり、直立二足歩行を行っていたことが強く示唆される。現存する動物の中ではヒトの他に、オランウータンとクモザルだけがこの特徴を持っている。また足の爪先は大きく、後肢で枝を掴むのは困難であったという指摘もある。踵の関節の形状も、ヒトと非常に近い。 骨格の慣性モーメントと運動学を計算に入れたコンピュータシミュレーションを行った結果、アウストラロピテクス・アファレンシスはヒトと同じように直立二足歩行できたが、チンパンジーと同じようには歩けなかったという結論が得られた。直立歩行は膝と腰を折り曲げて歩くより効率的で、エネルギー効率は2倍も良いのである。これらのことからアウストラロピテクス・アファレンシスは短い距離は直立二足歩行をしていたと考えられ、またラエトリでの足跡の化石から、その速度はおよそ1.0m/sであったと見られている。これは現代人が市街で歩く速度とほぼ同じである。 一般に、直立二足歩行はチンパンジーやゴリラのような腰を曲げて手を突いて歩く歩き方から進化したと考えられているが、チンパンジーとヒトが分化したと考えられている約500万 - 約800万年前に生きたオロリン・トゥゲネンシスも二足歩行をしていたことを示す証拠がある。また現代の類人猿やその祖先の化石を見ると、木に登るために直立する骨格を進化させてきたことが分かる。これらのことから、直立歩行自体は、樹上生活する必要性から進化してきたと考えられる。スマトラ島のオランウータンによる研究の結果、これらは大きな安定した枝の上を歩く時や細い枝の下を渡る時は四足を用い、直径4cm以下の細い枝の上を歩く時には腕でバランスを取りながら二足を用いて歩行することが明らかとなった。このような行動によって、樹冠の果物を取ったり、他の木の枝に移ったりすることが可能となった。約1100万 - 約1200万年前に気候が大きく変わったことにより、アフリカ東部から中央部の森林の様子が大きく変わり、樹上生活を諦め地上に降りてきたヒトの祖先と、樹上生活により適応しようとしたゴリラやチンパンジーの祖先が分かれた。
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