集中豪雨
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/31 06:06 UTC 版)
用語
日本の気象庁は以下の2つの用語を使い分けているが、一般的にはどちらも「集中豪雨」と呼ばれる[5]。
- 局地的大雨 - 単独の積乱雲によりもたらされる、数十分の短時間に、数十mm程度の雨量をもたらす雨[6]。
- 集中豪雨 - 積乱雲が連続して通過することによりもたらされる、数時間にわたって強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨。局地的大雨が連続するもの[7]。
本項ではこの両方について述べる。なお気象庁は、災害の恐れのある雨を「大雨」[8]、著しい災害に至った雨を「豪雨」[9]と呼んでいて、「豪雨」「集中豪雨」は過去の災害に対してのみ用い、(予報の場面などの)これから起こる大雨に対しては用いない[7][9]。
学術的には、「大雨」は単に大量の雨が降ること、「豪雨」は空間的・時間的にまとまって災害をもたらすような雨が降ること、「集中豪雨」は空間的・時間的な集中が顕著な豪雨を指すとされるが、区別は明確ではない[4]。
似たような言葉として、雨の降る範囲に関係なく短い時間に多くの雨が降る事を指す「短時間強雨」[10]、雨の継続時間に関係なく狭い範囲に多くの雨が降る事を指す「局地豪雨」、予測が困難な突発的な大雨を指す「ゲリラ豪雨」[11]がある。これらは、集中豪雨とされる事例に対しても用いられる場合がある。
集中豪雨の概念は各国共通のものではないが、類似語がある。英語には突然の激しい雨、土砂降りを意味する"cloudburst"[12]、"downpour"などの言葉がある。韓国語では日本語がそのまま移入され"집중호우"(集中豪雨)として用いられている。
集中豪雨という用語が初めて公に使用されたのは、1953年8月14日-15日にかけて京都府の木津川上流域で発生した雷雨性の大雨(南山城豪雨、南山城水害をひきおこした)に関する、1953年8月15日の朝日新聞夕刊の報道記事とされている。この報道以降、主に新聞などで使われはじめ、一般語としても気象用語としても定着していった[1][13]。また、用例はあったが普及していなかった「ゲリラ豪雨」という呼称は、集中豪雨が日本国内各地で続発した2008年夏以降一般に広く使用されるようになった[注 1]。
メカニズム
一般的に、地面に対して水平方向に発達する層状の雲(乱層雲など)に比べて、地面に対して垂直方向に発達する積雲や積乱雲の方が、激しい雨(驟雨)をもたらす。これには、積雲や積乱雲の内部の対流(積雲対流)が関係している。積雲や積乱雲がもくもくと発達して急激に雲頂の高さを増すことからも分かるように、積雲対流中の上昇流の速度は他の循環による上昇流に比べて桁違いに大きく[注 2]、これによって雲中で雨粒や氷晶の急激な発達が起こり、激しい雨となる[14]。
にわか雨と局地的大雨・集中豪雨の違い
先の説明の通り積雲や積乱雲は激しい雨をもたらすものの、そうした雨の多くは、散発的で急に降りだしてすぐ止んでしまう一過性の雨(にわか雨[注 3][15])である[16]。例えば、日本の場合は夏に散発的な積乱雲が発生しいわゆる夕立をもたらすが、その多くがにわか雨で、夕立の積乱雲のすべてが集中豪雨を降らせるわけではない[5]。
これは、にわか雨の時には、複数の積乱雲の塊(降水セル)が雑然と集まっていてそれぞれが独立的に活動しているからである。このようなタイプの降水セルをシングルセル(single cell、単一セル)といい、雷雨の分類上は「気団性雷雨」という。上空が単一の気団に覆われていて、一般風[注 4]の鉛直方向でのシアーが弱いときに発生しやすい[16]。
降水セルの大きさはふつう、水平方向に5 - 15km、寿命はおおむね30 - 60分ほどで、雨はその中でも30分程度しか続かない。そのため、降水セルが雑然と集まっただけでは雨が長続きしない[17][18]。
しかし、大気が不安定であるなどの要因で積乱雲が発達すると、雨量が増して数十分で数十mm程度に達する。このような雨を気象庁の呼び方では「局地的大雨」という[5][6]。
そしてさらに条件が整うと、1時間で数十mmの局地的大雨が数時間あるいはそれ以上継続し、総雨量が数百mmに達して気象庁が呼ぶような「集中豪雨」となる。その条件は、寿命が限られた積乱雲が世代交代をして次々と発生・発達し、かつその積乱雲群が連続して同じ地域を通過することである[5]。
局地的大雨も集中豪雨も、1つ1つの積乱雲(降水セル)の寿命は30 - 60分ほどであるが、集中豪雨では積乱雲が世代交代ながら連続して通過することで大雨が数時間以上に亘る[17]。なお、特に前線や台風などで、豪雨をもたらす大気場がほとんど変化しない状況下、稀に十数時間から数日に亘って強い雨が続く場合もある。ただその場合も、雨量は例えば2 - 3時間の周期で増減するなど変化を示すことが知られている[19]。
このような世代交代は、降水セルが線状あるいは団塊状にまとまるマルチセル型雷雨にみられるほか、単一の巨大な降水セル(スーパーセル)によるスーパーセル型雷雨にも見られる。マルチセル型雷雨はメソ対流系と呼ばれる複数セル間の相互作用により生じ、一般風の鉛直方向でのシアーが強いとき[注 5]に発生しやすい[16][20]。
また、集中豪雨の範囲は、おおむね水平方向に2 - 200km(メソβ(ベータ)スケールからメソγ(ガンマ)スケール)程度である[21]。日本における梅雨前線帯での豪雨でも、個々の事象は概ね100km程度である。しかし年によっては、梅雨前線による豪雨が日本列島各地を右往左往しながら数週間もの長期に亘り断続的に豪雨をもたらすことがある(例えば、昭和47年7月豪雨などがある)[19]。
マルチセルとスーパーセル
数時間にわたって強い雨が続く「集中豪雨」をもたらしうるのは、既に述べたとおり積乱雲が世代交代するマルチセル型雷雨やスーパーセル型雷雨である[4][20]。
マルチセル型雷雨の分類は研究者により異なる。Bluestein, Jain(1985)はアメリカ オクラホマでの気象レーダー観測をもとに、破線(Broken line)型・バックビルディング(Back building)型・破面(Broken areal)型、埋め込み(Embedded areal)型の4種類に分類されるとした[22][23]。これに対し、マルチセル・ライン(Multicell line)型とマルチセル・クラスター(Multicell cluster)型の2種に分けられるとする資料もある[24]。小倉(1991)はBluesteinらの分類を踏まえて1980年代の集中豪雨13例を分類し、ほとんどがバックビルディング型であることを報告している[25]。日本で発生する集中豪雨では、クラスター型も観測されているが、バックビルディング型のものが多い。
バックビルディング型とは、成長期・成熟期・衰退期など異なるステージの複数の降水セル(積乱雲)が線状に並びつつ一般風の方向に移動しており、成熟期や衰退期のセルからの冷気外出流により移動方向とは反対の風上方向に新たなセル(積乱雲)が生まれる[注 6]タイプのものをいう。日本の梅雨期の事例として、加藤、郷田(2001)は1998年8月上旬に新潟県下越・佐渡で起きた集中豪雨(平成10年8月新潟豪雨)を解析し、梅雨前線上の一部で対流活動が一定以上継続すると収束が生じ、風上方向に新たなセルを生む原因になると報告している[25]。このメカニズムが線状降水帯を発生させる要因と考えられている。
一方、その1998年下越・佐渡の集中豪雨では、降水帯の先端だけではなく側方からも積乱雲が湧き出す現象が観測された。小倉はこのタイプをBluesteinらの分類に倣ってバックアンドサイドビルディング(Back and Side building)型と名付け、瀬古(2001)、津口、榊原(2005)らがこれを論文に用い、日本で用いられるようになっている[25]。
これら2つはいずれも降水セルの長径方向と一般風の風向が近いものだが、降水セルの長径方向に対して一般風の風向が直角のマルチセルも存在する。これは一般的にはスコールラインと呼ばれるが、瀬古(2010)、草開ら(2011)は先述の名付け方に倣う形でスコールライン型と呼んでいる[26][27]。
メソ対流系の階層構造
100 - 300km程度の大きさの積乱雲の大きな塊を雲クラスターという。熱帯ではよく見られるほか、東アジアの梅雨前線帯や北アメリカでも見られる。北アメリカのものは特にメソ対流複合体(Mesoscale convective complex)と呼ばれて研究が行われている。雲クラスターは更にメソβスケール(20 - 200km)、更にその中にもメソγスケール(2 - 20km)の対流システム(メソ対流系)があり、階層構造を持っている。これらの系は、大きな系が小さな系を強化させる時もあれば逆もあり、相互作用を持っている[28]。
環境要因
基本的要因は次の通り。
- 数時間続くような「集中豪雨」の環境要因
- 上空の一般風が強く鉛直方向にシアーがあること。一般風が強いと線状のメソ対流系が発達する[18]。
- 1時間以内の継続時間で時間雨量100mmを超えるような猛烈な「局地的大雨」(いわゆる「ゲリラ豪雨」)の環境要因
集中豪雨が起きるとき、積乱雲が発達し、それがメソ対流系を形成して積乱雲が世代交代しながら同じ地域を連続して通過するような環境要因がいくつか挙げられる。次より3セクションに分けて説明する。
積乱雲の発達要因
積乱雲が発達する環境要因として、以下が挙げられる。すべてが揃わなくとも、例えば下層の相当温位が非常に高いときには上空に寒気が無くても積乱雲が発達するような場合がある[18]。
- 下層の相当温位が高いこと
- 相当温位が高い(=暖かく湿った)大気が流れ込むことを暖湿流の流入という。相当温位が高い領域では、下層の収束などの働きで上昇気流が起こったときに、積乱雲が発生しやすく発達しやすい[注 7]。また、相当温位が高いほど雲底高度が低くなり、冷気域の広がりが抑えられる働きによって、積乱雲の世代交代が通常よりも親雲に近いところで起き、雨雲の移動が抑制される傾向にある[18]。
- なお、湿舌といって細長い舌の様な形をした相当温位の高い領域が現れることがあり、集中豪雨と関連があることが知られている。ただし、高度約3,000m(700hPa面)や約1,500m(850hPa面)における湿舌に限ると[29]対流活動が活発な領域を示しているに過ぎず、積乱雲が発達しやすい領域(集中豪雨が発生する可能性がある領域)はその南側に分布する。一方、高度約500m(950hPa面)に限る場合は積乱雲の発達が始まる層で相当温位の高い領域を直接示しており、積乱雲が発達しやすい領域に重なる。日本付近では、高度約500mで相当温位355K以上の領域では集中豪雨が発生する可能性がある[18][30]。特に、梅雨前線帯の集中豪雨の場合は、湿舌や下層ジェットが現れることが多い[31]。
- 上空に寒気や乾燥した大気の流入があること
- 下層に収束があること
メソ対流系の形成要因
メソ対流系(線状降水帯)の形成に関わる環境要因として以下が挙げられる。
- バックビルディング型の環境要因
- 下層と中層の風向が同じで、下層が弱く、中層が強いこと。下層では積乱雲消滅期に冷気域ができ、これに乗り上げる形で風上に上昇流ができて新たな積乱雲が発生する。下層の風が弱く冷気域の広がりが抑えられていればこれがほとんど移動しないため、長時間同じ所から雲が湧き続ける。一方、中層の強い風によって積乱雲本体は同じ方向に流されるづけるので長時間同じところに雨が降り続けることになる[32]。
- 下層と中層の風向が正反対であること。この場合でも長時間同じ所から雲が湧き続け、同じ所に雨が降り続ける。ただし、あまり起こらない。
- バックアンドサイドビルディング型の環境要因
- 下層の風向が、中層の風向に対して直角に近い方向であること[33]。
- スコールライン型の環境要因
- 下層と中層の風向が正反対であること[34]。
総観規模から見た環境要因
一般的な天気図で確認できる総観スケールの現象では、前線、熱帯低気圧(台風)、温帯低気圧、寒冷低気圧(寒冷渦)[注 9]の付近で激しい雨が起こりうる。
前線の場合、前線面が地面に対して垂直に近い角度をとっているところの上空で、強雨をもたらす積乱雲が発達しやすい。これは前線を覆う幅の広い層状の雲の先端部で起こることが多い[35]。寒冷前線付近に収束線や暖湿流が重なると積乱雲が発達しやすいが、温暖前線付近、例えば梅雨前線帯の低気圧に付随する温暖前線で集中豪雨が起こる例もある[4]。
梅雨の時期には、東アジアを横切る梅雨前線帯の中、よく報告されている例では中国大陸付近で雲クラスターができ、これが東に進んでサブシノプティックスケール(1,000km程度)あるいはメソαスケール(200 - 1,000km)の低気圧に発達する過程で、その中の発達した積乱雲が集中豪雨をもたらすパターンがよくみられる。雲クラスターは気象衛星の雲画像で明瞭に確認できるが、集中豪雨が発現するのはその中の限られた部分である[4][28]。
台風や熱帯低気圧はそれ自体が相当温位の高い空気で構成されており、前線に近づくと集中豪雨を起こしやすい。また台風は移動速度が速いため全域で集中豪雨となることは少ないが、スパイラル・バンドや外縁部降雨帯の積乱雲が連続して通過すると集中豪雨になりやすい。
注釈
- ^ 平成20年8月末豪雨、2008年夏の局地的荒天続発を参照。
- ^ 例えば、Battan and Theiss(1966)はアメリカ西部で発生した積乱雲の鉛直ドップラー・レーダー解析から、最盛期には対流圏上層で20メートル毎秒(m/s)という地上の強風に匹敵する上昇流を観測したと報告している。
- ^ 冬の日本海側でこのような雨が断続的に続くものはしぐれと呼び分ける場合もある。
- ^ 地表の摩擦の影響を受ける地上付近の風に対して、摩擦の影響が少なく大局的な気圧配置の影響に支配される上空の風を一般風という。
- ^ 鉛直方向のシアーが強いということは地上付近と上空の風向が異なる事を意味する。積乱雲が発生するためには地上付近に暖かく湿った空気の流れがあって、かつ大気が不安定であることが必要である。大気が不安定になるためには、気温や湿度(水蒸気量)の差が大きくならなければならない。地上から上空まで同じ風向では、地上も上空も暖かく湿った空気が占めてしまい、不安定度はあまり大きくない。一方風向が異なると、例えば地上は暖かく湿った空気、上空は冷たく乾燥した空気という構造で不安定度が大きくなり、積乱雲が発達する。
- ^ 積乱雲の成熟期や衰退期には、氷晶・雨粒が空気を押し下げるとともに空気から昇華熱・気化熱を奪い、冷たい下降気流を生み出す。これを冷気外出流(cold outflow)といい、この強いものをダウンバースト、持続性のものをガストフロントという。冷気外出流は寒冷前線と同様に地面を這うように周囲に広がるため、そこにある暖気を押し上げて強制的に上昇気流を作り、雲を生む。
- ^ 「積乱雲が発生しやすい」とは、自由対流高度(LFC、積乱雲が外部からの上昇気流ではなく自身の浮力で発達し始める高度)が低く、通常より弱い上昇気流で積乱雲が発生することを意味する。また「積乱雲が発達しやすい」とは、中立高度(LNB、積乱雲が浮力を失い発達が弱まる高度)が高く、通常より大きなエネルギーで積乱雲が発達する事を意味する。
- ^ 暖湿流の流入と同様に、中立高度(LNB)が高くなって積乱雲が発達しやすくなる。また、潜在不安定が発達する場合があり、その時には通常より弱い上昇気流で積乱雲が発生するため、積乱雲が発生しやすくなる。
- ^ メソスケールの場合もある。
- ^ アメリカでは、下層への暖湿移流と中層への寒気移流が重なるものをdifferential advectionといい、雷雨の典型的なパターンとされている。
- ^ 特別警報の基準値には、数十年に一度の大雨に相当する値として過去の災害を参考に設定した土壌雨量指数・表面雨量指数・流域雨量指数を用いる。なお、2022年6月までは50年に1度の値を予め算出して用いていた[72]ため「50年に1度の大雨」という表現がしばしば用いられた。
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- ^ “令和5年6月29日からの大雨等による被害及び消防機関等の対応状況(第21報・R5.7.11更新)”. 国土交通省 (2023年7月11日). 2023年7月11日閲覧。
- ^ “秋田県で記録的大雨、河川の氾濫相次ぐ”. 秋田魁新報社 (2023年7月15日). 2023年7月15日閲覧。
- ^ “大雨の建物被害1000棟超える 秋田市の全容把握これから”. 秋田魁新報社 (2023年7月18日). 2023年7月18日閲覧。
- ^ “7月15日からの大雨に関する被害状況等について(第12報)”. 国土交通省 (2023年7月28日). 2023年7月30日閲覧。
- ^ “「令和5年7月14日から16日の秋田県の記録的な大雨」”. 秋田地方気象台 (2023年7月28日). 2023年7月29日閲覧。
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