生物学 生物学の概要

生物学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/16 01:54 UTC 版)

広義には医学農学など応用科学総合科学も含み[要出典]、狭義には基礎科学理学)の部分を指す[要出典]。一般的には後者の意味で用いられることが多い。

類義語として生命科学生物科学がある(後述の#「生物学」と「生命科学」参照)。

概要

生物学とは、生命現象を研究する分野である。 日本の『生化学辞典』によると、生物学は生物やその存在様式を研究対象としている[3]、ということになっており、 Aquarena Wetlands Project glossary of termsの定義では、生物学の研究対象には構造機能成長発生進化分布分類を含む[4]ということになっている。

扱う対象の大きさは、一分子生物学における「細胞内の一分子挙動」から、生態学における「生物圏レベルの現象」まで幅広い。

歴史

現代の生物学が成立したのは比較的最近だが、関連し含まれていた科学は古代から存在した。自然哲学はメソポタミア古代エジプト古代インド古代中国で研究されていた。しかし、現在に繋がる生物学や自然研究の萌芽は古代ギリシアに見られる[5]

一般に、諸研究に先駆しているという意味で、古代ギリシャアリストテレスをもって生物学史の始めとする[6][7]。「アリストテレスは実証的観察を創始した[8]」「全時代を通じて最も観察力の鋭い博物学者の一人[9]」などとされ、生物の分類法を提示するなどし、後世に至るまで多大なる影響を及ぼしたのである。アリストテレスの動物学上の著作として残っているものとしてはHistoria animalium動物誌』、De generatione animalium動物発生論』、De partibus animalium動物部分論』、De anima心について』(『霊魂論』とも)がある。[10]『動物誌』では、500を越える種の動物(約120種の魚類や約60種の昆虫を含む)を扱っており、随所で優れた観察眼を発揮している[11]。植物に関する研究も行い著作もあったとされるが、失われ現在では残っていないとされる。アリストテレスの生物に関する研究の中でも動物に関する研究は秀でており、特に動物学の始原とされる。分類、生殖発生、その他の分野において先駆的な研究を行い、その生命論や発生論は17世紀や18世紀の学者にまで影響を与えた。

ただし、アリストテレスの生物学は、今日の視点から見れば生気論目的論的であり、その意味では哲学的といえる[12]

古代ギリシアの哲学者たちは有生物と無生物を区別する原理として「プシュケー」という用語を用いて説明していたが、アリストテレスはこのプシュケーを、可能態において生命を持つ自然的物体の形相(エイドス)、と定義し、プシュケーは生命の本質をなしており、自己目的機能であり 起動因だ、と記述した[13]

中世には、イスラム世界ジャーヒズ(781年-869年)やAbū Ḥanīfa Dīnawarī(828年-896年)らが植物学の著作を残した[14]

現代生物学は、アントニ・ファン・レーウェンフックが発明した顕微鏡の普及とともに発展した。科学者らによる精子バクテリア・滴虫類、そして生命が持つ驚くべき奇妙さと多様性が次々と明らかにされた。ヤン・スワンメルダムの調査は昆虫学に対する関心を新たにし、顕微鏡を用いた解剖や標本用染色の技術を向上させた[15]

17世紀にロバート・フックが顕微鏡を用いた観察で細胞を発見し、18世紀のカール・フォン・リンネによる生物の系統的分類の発表を経て、チャールズ・ダーウィン進化論グレゴール・ヨハン・メンデル遺伝子法則などが認められるに及び、それまでの博物学の一領域に過ぎなかった生物についての知識が、ひとつの学問分野を成り立たせるに充分にまで蓄積された事で成立した[3]。19世紀前半には、細胞の中心組織が重要な役割を持つという認識が広がった。1838年と1839年、マティアス・ヤーコプ・シュライデンテオドール・シュワンは、(1)有機体の基本単位は細胞であり、(2)個別の細胞がそれぞれ生きて、多くの否定的意見があったが(3)全ての細胞は分裂によって生じるという考えを促進する役割を果たした。1860年代には、ロベルト・レーマクルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ヴィルヒョウの仕事によって細胞説として知られる上記3説は多くの支持を受けるようになった[16]

20世紀になると、生物学的知識は膨大かつ複雑になったため、これらを統一的に理解しようとする試みが重視されるようになった。さらに、生物を高度に組織化された分子の集合体と捉え、環境の中からどのように自己の秩序と維持を満たすかという視点から、分子工学的な理解を強める傾向にある。そのため、従来の記述を主体とした学問から、原理的そして実体論的な学問へと変貌しつつある[3]。1990年には一般的なヒトゲノムを図像化する計画(ヒトゲノム計画)が実行に移され、2003年に完成した[17]

名称

英語の biology はギリシア語βίος(bios、生命)に接尾語 -λογία(-logia、〜の学問)である[18]。これは、K.F.ブルダッハ1800年)、ゴットフリート・ラインホルト・トレフィラヌス1802年)、ジャン=バティスト・ラマルク(1802年)らによって、それぞれ独立に用いられはじめ[19][20][21]、広まることになった(→#「生物学」と「生命科学」)。

特徴

人体:現代の生物学において、ヒトは「万物の長」とはされないが、ヒト研究は重要な位置を占める

現代の生物学者は、基本的に唯物論或いは機械論の立場を取り、生物は有機化合物などの物質から構成された複雑な機械であると見なす。一つ一つの要素を解明していく還元主義が有効である場面は依然存在するが、還元主義だけで複雑な生命現象を理解する試みには限界があることが理解され始めたため、生物を複雑系として扱う考えかたも発展してきている。

生物学では、一般的にヒトを特別な生物種としては扱わない。しかし、我々自身がヒトであり、その研究は医療産業などと関連しているため、生物学の中でヒト研究は重要であり関心も高い。生物学研究の成果は医療や農業における基礎を提供し、応用面で人類に大きな利益をもたらしている。生物学に関連する産業はバイオ産業と呼ばれ、IT産業と並び発展性のある大きな市場を形成し、経済的にも重要な位置にあるとされる。生物学の知見や技術は生命の根幹に大きく関わるようになり、倫理的・社会的な影響も注目されている。

生物学の研究

ドイツの植物学者オットー・ヴィルヘルム・トーメによるシダ植物の記載(1885年)

生物学では、他の自然科学分野と同様に、記載実験理論といった科学的方法によって研究が行われる(ここでの「理論」は方法論としての理論を指す)。これらは独立したものではなく、それぞれが関連し合って一連の研究を形作る。

記載とは、詳細な観察に基づいて基礎となる事象を明らかにすることであり、研究において最も始めに行われる。生物種同定するための形態学的観察をはじめとして、実験操作を加えない状態での発生現象や細胞構造の観察、生理条件下での生理活性物質の測定、ひいてはゲノムの解読も記載と言える。

また、個々の事例の記載を基礎とし、それらを比較することからより一般的な知見を得ることは、特に生物学では重視されてきた。これは一つにはその構造や現象が複雑で,研究史の初期において実験系を作りにくかったこと、他方で生物が多様であり、その背後に進化があることからそれを比較によってあぶり出すことに大きな意味があったからである。たとえば比較解剖学比較発生学はそれぞれの分野の発展の中では大きな意味を持ち、それらは直接に進化論の発展に結びついた。

実験は人為的に操作を加えることにより通常と異なる条件を作り出し、その後の変化を観察・観測することで、生物に備わっている機構を解明しようとする実証主義的な試みである。突然変異の誘発や、遺伝子導入、移植実験などさまざまな手法を使う。現代生物学は実験生物学の性質が強くなっている。実験操作は科学的方法に基づき、対照実験再現性の確認などにより、実験者の主観が除かれる必要がある。

三葉虫化石: 化石は生物進化を探る手がかりである

一方、進化生物圏レベルの生態学研究のように実験による証明が困難である場合は、様々な観測データや古生物化石などを用い、比較や構造化など理論による説明を試みる。またバイオインフォマティクスのように膨大なデータを統合して理解しようとする場合も、理論によるアプローチに重点が置かれる。実験を行う前に仮説を立て結果を予想したり、実験結果を解釈して抽象化や普遍化させて法則や規則性を見いだしたりすることも理論の一部である。このような理論面に重点を置いた分野を理論生物学数理モデルを用いる分野を数理生物学とよぶ。これらの分野は高度に抽象化するため、対象の生物学的階層には捕われない性質がある。

新たな方法論として、蓄積したデータに基づいてコンピュータ上に仮想システムを構築することで構造を理解したり、そのパラメータを変化させるシミュレーションにより実験の代わりとするシステム生物学も登場している。

還元主義と複雑系

共生関係にあるクマノミイソギンチャク: 生物と環境が作り出す生態系は複雑である

20世紀半ばの分子生物学の台頭以降、その周辺分野では、一つの遺伝子タンパク質の機能に注目する還元主義的なアプローチが主体だった。この手法は強力で、さまざまな生命現象を解き明かしてきた。しかし、分子レベルで明らかにしたことを組み合わせるだけでは、脳の活動や行動など複雑な現象は理解しがたく、還元主義のみでは限界があることもわかってきた。このことへの反省もあり、物理学的還元主義への傾倒から抜け出し、21世紀に入ってからは生物を複雑な系としてそのままあつかうオーミクスシステム生物学等のアプローチも盛んになっている。一方、生物多様性をあつかう伝統的な生物学や生態学では、生物の作りだす系が複雑であることは自明だったため、複雑系のような全体論は目新しいものではない。生物学の両輪である、生物の多様性と普遍性に関する知見は、ゲノム解析によって結びつけられつつある。

大きなパラダイムシフト

生物学のパラダイムを大きく変えたものには細胞の発見、進化の提唱、遺伝子の示唆、DNA の構造決定セントラルドグマの否定、ゲノムプロジェクトの実現などがある。細胞の発見やゲノムプロジェクトは主に技術の進歩によってもたらされ、進化や遺伝子の発見は個人の深い洞察によるところが大きい。

ボツリヌス菌: 顕微鏡は、微生物や細胞を見る「目」となった

17世紀に発明された顕微鏡による細胞の発見は、微生物の発見をはじめとして、動物植物がいずれも同じ構造単位から成っていることを認識させ、動物学植物学の上位分野として生物学を誕生させることになった。また自然発生説の否定によって、いかなる細胞も既存の細胞から生じることが示され、生命の起源という現在も未解明の大きな問題の提示につながっている。

進化はチャールズ・ダーウィンをはじめとする数人の博物学者によって19世紀に提唱された概念である。それまでは経験的にも宗教的にも、生物種は固定したものとされていたが、現在では、同じ種の中でも形質に多様性があり、生物の形質は変化するものとされ、種の区別が困難なものもあるという指摘がされている。単純な生物から多様化することで現在のような多様な生物が存在すると考えることが可能になり、生命の起源を研究可能なテーマとすることができるようになった。進化論は社会や思想にも大きな影響を与え、近代で最も大きなパラダイムシフトの1つであった。

複製されるDNA: 二重らせんがほどけて複製されることは、遺伝の最も根源にある物理的現象である

遺伝自体は古くから経験的に知られていた現象である。しかし、19世紀後半、メンデルは交雑実験から遺伝の法則を発見し、世代を経た後にも分離可能な因子、すなわち遺伝子が存在することを証明した。さらに染色体が発見され、20世紀前半の遺伝学・細胞学による研究から、染色体が遺伝子の担体であることが確証づけられた。この過程において古典的な遺伝学が発展し、その後の分子生物学の誕生にもつながった。

1953年ジェームズ・ワトソンフランシス・クリックらが、X線回折の結果から、立体模型を用いた推論により遺伝物質 DNA二重らせん構造を明らかにした。DNA構造の解明は、分子生物学の構造学派にとって最大の成功である。相補的な2本の分子鎖が逆向きにらせん状構造をとっているというモデルは、染色体分配による遺伝のメカニズムを見事に説明しており、その後の分子生物学を爆発的に発展させた。

DNAからRNAへの転写、RNAからタンパク質への翻訳、遺伝暗号などの解明により、セントラルドグマと呼ばれる「DNARNAタンパク質」といった一方向の情報伝達がまるで教義のように思われた時期もあったが、これを裏切るかのように逆転写酵素リボザイムといった発見も20世紀後半に相次いだ。

ゲノムという概念は、ある生物種における遺伝情報の総和として提唱された。ゲノム genome という語は遺伝子 gene と、総体を表す接尾語 -ome の合成語である。技術発展によりゲノムプロジェクトが可能になり、ゲノム研究は、生物学における還元論と全体論、普遍性と多様性を結びつける役割をもつようになった。生物種間でのゲノムの比較により普遍性と多様性理解への糸口を与え、還元的な研究に因子の有限性を与えることで、個々の研究を全体論の中で語ることを可能にした。他にも様々な総体に対する研究が始まっている。

Vernon L.が1995年に主張したところところによると、([いつ?]の生物学においては)特に重要な題材は、以下に挙げる5つの原則で、それらは「基本公理とも言える」と言う:[22]

  1. 生命の基本単位は細胞である
  2. 新しいと遺伝的特徴は進化によってもたらされる
  3. 遺伝子は形質遺伝の基礎である
  4. 生物は体内環境を調整し、一定の状態を安定して維持する
  5. 生きている生物はエネルギーを消費し変換する

生物学の今後

生物学が自然史学の一部だった時代には、記載生物学が主体だった。現代生物学は、実験が主体になっている。さらに将来は、ゲノムやプロテオーム研究などで蓄積された膨大なデータをコンピュータで処理し、そこから生命の原理に迫る生物情報学が主体になるかもしれない。急激なコンピュータの高速化と並行して、実験や観察技術、新たな分析手法の発見など技術発展も進むだろう。

純粋生物学に残された大きなテーマには生命の起源、ヒトの精神あるいは心理過程、地球外生命体などがある。すでに起きてしまった生命の起源や進化は、実験で再現できない。ただし、生物物理学的・生化学的に生命(細胞)の誕生を再現する試みはある。

心理学はヒトやほかの動物の行動や心理過程を研究しているが、生物学と心理学とは、従来よりおもに神経メカニズムという観点から関係をもってきた。しかし、とくにヒトの高次心理過程は、いまだ現在の生物学の知見を超える部分が大きい。今後、そういった高次心理過程も、心理学における行動・認知レベルの研究に加えて、生物学における分子レベルの、細胞レベルの、皮質のグローバルなレベルでの研究を進めることにより、両分野のあいだで統合的に説明できるようになるかもしれない。

地球以外に生命は存在するかという問題は、まだ生物学のテーマではないと、現在の多くの生物学者は考えている。しかし、火星やその他の惑星、衛星の探索が進み、生命やその痕跡が発見されれば、重要なテーマの一つとなり、現在の生物学に大きな改変が迫られる可能性がある[3]

また、医学や農学、薬学や化学工学などへの重要性は増し、応用は今後もますます増加していく[3]




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  1. ^ biologiaはビオロギアと読む。
  2. ^ 平凡社『世界大百科事典』第15巻、p.418【生物学】
  3. ^ a b c d e f g h i 生化学辞典第2版、p.725 【生物学】
  4. ^ Aquarena Wetlands Project glossary of terms.の定義に基づく。
  5. ^ Magner, A History of the Life Sciences
  6. ^ 『岩波生物学事典』 第四版、p.760
  7. ^ 平凡社『世界大百科事典』第15巻、p.418【生物学】
  8. ^ 『岩波生物学事典』p.33【アリストテレス】
  9. ^ 『ブリタニカ国際大百科事典』第11巻、p221【生物学】
  10. ^ 『岩波生物学事典』【生物学】
  11. ^ 『動物誌』は、翻訳が岩波文庫でも出ている。上・下二巻の大部で(アリストテレース『動物誌 上』1998、ISBN 978-4003860113、および『動物誌 下』1999、ISBN 978-4003860120。岩波文庫)
  12. ^ 『ブリタニカ国際大百科事典』第11巻、【生物学】p.220
  13. ^ 『岩波哲学思想事典』岩波書店 1998年 1371頁【プシュケー】。
  14. ^ Fahd, Toufic. “Botany and agriculture”. p. 815. , in Morelon, Régis; Rashed, Roshdi (1996). Encyclopedia of the History of Arabic Science. 3. Routledge. ISBN 0415124107 
  15. ^ Magner, A History of the Life Sciences, pp 133–144
  16. ^ Sapp, Genesis, chapter 7; Coleman, Biology in the Nineteenth Century, chapters 2
  17. ^ Noble, Ivan (2003年4月14日). “BBC NEWS | Science/Nature | Human genome finally complete”. BBC News. http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/2940601.stm 2006年7月22日閲覧。 
  18. ^ Who coined the term biology?”. Info.com. 2012年6月3日閲覧。
  19. ^ 『岩波生物学事典』 第四版、p.760
  20. ^ 平凡社『世界大百科事典』第15巻、p.418【生物学】
  21. ^ ブリタニカ国際大百科事典』第11巻、p219【生物学】
  22. ^ Avila, Vernon L. (1995). Biology: Investigating life on earth. Boston: Jones and Bartlett. pp. 11–18. ISBN 0-86720-942-9. 
  23. ^ 平凡社『世界大百科事典』第15巻、【生物学】p.419







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