知的財産権
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一般的に、知的財産は無体物であり、有体物のようにある者が利用すれば別の人が利用することができなくなるわけではないため、それを他人が無断で利用しても、知的財産を創造した者が自己の利用を妨げられることはない。しかし、他人が無制限に知的財産を利用できると、創造者はその知的財産から利益を得ることが困難となる。知的財産の創造には費用・時間がかかるため、無断利用を許すと、知的財産の創造意欲を後退させ、その創造活動が活発に行われないようになるといった結果を招く。このような理由から、知的財産を他人が無断で無制限に利用できないように法的に保護する必要がある[2]。
その性質から、「知的創作物(産業上の創作・文化的な創作・生物資源における創作)」と「営業上の標識(商標・商号等の識別情報・イメージ等を含む商品形態)」および「それ以外の営業上・技術上のノウハウなど、有用な情報」の3種類に大別される(知的財産基本法2条1項参照)。
定義
「知的財産」および「知的財産権(知的所有権)」は、各種の条約や法令においてさまざまに定義されている。
この協定の適用上、「知的所有権」とは、第二部の第一節から第七節までの規定の対象となるすべての種類の知的所有権をいう[3]。 — 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書1c)第1条2
「知的所有権」とは、文芸、美術および学術の著作物、実演家の実演、レコードおよび放送、人間の活動のすべての分野における発明、科学的発見、意匠、商標、サービス・マークおよび商号その他の商業上の表示、不正競争に対する保護に関する権利ならびに産業、学術、文芸または美術の分野における知的活動から生ずる他のすべての権利をいう。 — 1967年7月14日にスウェーデンのストックホルムで署名された世界知的所有権機関を設立する条約 第2条(ⅷ)
類型
知的財産権は、特許権・意匠権・著作権等の創作意欲の促進を目的とした「知的創造物(知的創作物)についての権利」と、商標権・原産地表示・地理的表示等の使用者の信用維持を目的とした「営業標識についての権利」に大別される[4]。
具体的に各国の国内法や国際法で定められる知的財産権には、以下のようなものがある[5][6]。
産業財産権
- 実用新案権 - 物品の形状等に係る考案を保護する(実用新案法)。
- 意匠権 - 工業デザインを保護する(意匠法、パリ条約、TRIPS協定)。
- 商標権・トレードマーク・サービスマーク - 商標に化体した業務上の信用力(ブランド)を保護する(商標法、パリ条約、TRIPS協定)。
この4つは代表的なものとして『知財四権』とも称される。
著作権
- 著作隣接権 - 実演、レコード、放送・有線放送を保護する(著作権法、実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約:ローマ条約、TRIPS協定)。
不正競争行為からの保護
- 商品表示(著名標識・周知表示)(著名表示冒用行為の禁止・周知表示混同惹起行為の禁止)- 他人の周知な商品等表示を使用して、自己の商品・営業を他人の商品・営業と混同させる行為、著名な商品等表示と同一もしくは類似の標識、需要者の間に広く認識されている商品等表示。
- 商品形態(商品形態模倣行為の禁止)- 販売されてから3年以内(不正競争防止法19条1項5号イ)の商品形態。
- インターネット上のドメイン名(不正にドメインを使用する行為の禁止)- インターネットにおける識別情報(周知商標の保護規則に関する共同勧告「WIPO勧告」)。
- 営業秘密(営業秘密の保持・不正入手の禁止)- 秘密として管理されている有用な技術・営業上の情報(民法・刑法の不法行為)。
- 原産地表示・地理的表示(原産地等誤認惹起行為の禁止)- ある商品の地理的原産地を特定する表示(TRIPS協定第22条)。
- 限定提供データ(不正取得、不正使用等の禁止)- 業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄積され、および管理されている技術上または営業上の情報。平成30年不正競争防止法改正で追加。
その他の権利
- 回路配置利用権 - 半導体回路配置を保護する(半導体回路配置保護法、集積回路についての知的所有権に関する条約:IPIC条約)。
- 育成者権 - 種苗の品種を保護する(種苗法、UPOV条約)。
- 商号権 - 商人が名称を商号として利用する表示(商法第14条、パリ条約)。
- 肖像権(人格権)- 肖像が持ちうる、人格権にかかわる権利(憲法第13条、民法第710条)。
- パブリシティ権(財産権)- 肖像が持ちうる、財産権にかかわる権利(東京高裁平成3年9月26日判決(判例時報1400号3頁)「おニャン子クラブ事件」)。
- 実務上は、知的財産基本法に列挙されていないパブリシティ権なども知的財産権の一種として扱われている。
- タイプフェース - 日本では、原則として保護されず、著作物として保護されるには、独創性と美的特性を備え、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となりうる美的特性を備えていることが必要である旨が判示されている[8]。一方で、フォントデータについては、プログラムの著作物として保護されるとの主張があり、実際に立件された例がある[9]。なお、タイプフェイスを保護する条約として、タイプフェイスの保護及びその国際寄託に関するウィーン協定が作成されているが、締約国数の不足により発効していない。
注釈
- ^ ただし、2004年の特許法・商標法・意匠法改正により、侵害訴訟においても、特許等の無効事由を差止請求や損害賠償請求を否定する根拠として主張できるようになった(特許法104条の3等、いわゆる無効の抗弁)。この点は、アメリカ、イギリス、フランスと同様である一方、侵害訴訟と特許等の有効性などを争う訴訟を厳密に分けるドイツとは異なる。
出典
- ^ 小泉直樹 2010(Kindle版、位置No. 195-211/2165)
- ^ 茶園成樹『著作権法 第3版』有斐閣 2021年 ISBN 978-4-641-24351-4 pp.2
- ^ 第二部・第一節 著作権および関連する権利、第二節 商標、第三節 地理的表示、第四節 意匠、第五節 特許、第六節 集積回路の回路配置、第七節 開示されていない情報の保護
- ^ “知的財産権について”. 特許庁. 2024年1月28日閲覧。
- ^ “スッキリわかる知的財産権”. 経済産業省 特許庁. 2021年8月8日閲覧。
- ^ “知的財産権とは”. 日本弁理士会. 2021年8月8日閲覧。
- ^ 不正競争防止法 - e-Gov法令検索
- ^ 平成10(受)332 著作権侵害差止等請求本訴、同反訴事件
- ^ デジタルフォントとデータベースの著作権侵害、法改正後初めて立件 - ASCII24、1997年12月9日
- ^ “春秋”. 日本経済新聞 (2019年3月3日). 2021年6月13日閲覧。
- ^ 田中一郎「ヴェネツィア特許法と技術導入」(pdf)『技術と文明:日本産業技術史学会会誌』第17巻第2号、2012年8月30日、1-18頁、NAID 10031003149。
- ^ “米、中国に通商法301条検討 不公正貿易なら制裁も”. 日本経済新聞 (2017年8月1日). 2018年9月17日閲覧。
- ^ “技術移転の強制ない、商務省が米に反論”. NNA ASIA (2017年9月22日). 2018年9月17日閲覧。
- ^ “米、追加関税発動=中国報復で「貿易戦争」-世界経済に影響”. 時事通信社 (2018年7月6日). 2018年9月17日閲覧。
- ^ 小泉直樹 2010(Kindle版、位置No. 103/2165)
- ^ a b c 小泉直樹 2010(Kindle版、位置No. 167/2165)
- ^ 小泉直樹 2010(Kindle版、位置No. 163/2165)
- ^ 鮫島正洋 2014, pp. 15–16, 19–32
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- ^ 鮫島正洋 2014, pp. 18–19, 47–67
- ^ 知財総合支援窓口とは(2018年6月11日閲覧)
- ^ "権利付与型の知的財産法(著作権法、特許法、実用新案法、意匠法、商標法等)による保護を受けない場合でも、不正競争防止法による保護を受けられる場合があるが、さらに、不正競争防止法による保護を受けられない場合に、なお民法上の不法行為が成立する場合があり得るか" 上野. (2023). 民法不法行為による不正競争の補完性 ―「知的財産法と不法行為法」をめぐる議論の到達点―. 別冊パテント, 76巻, 29号.
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- ^ "北朝鮮事件の最高裁判決以降の下級審裁判例においては、同判決のフレーズが知的財産法一般に転用されている" p.22 より引用。上野. (2023). 民法不法行為による不正競争の補完性 ―「知的財産法と不法行為法」をめぐる議論の到達点―. 別冊パテント, 76巻, 29号.
- ^ "北朝鮮事件の最高裁判決後の下級審裁判例においても、知的財産法によって保護されない場合における不法行為の成否が問題になることは少なくないが、そこでは、同判決のフレーズが広く反復されており、結論として不法行為の成立を認めたものは公刊されている限り存在しない" p.10より引用。上野. (2023). 民法不法行為による不正競争の補完性 ―「知的財産法と不法行為法」をめぐる議論の到達点―. 別冊パテント, 76巻, 29号.
- ^ 知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間
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- ^ アセアン特許庁シンポジウム[リンク切れ]
- ^ Gladys Mirandah(シンガポール弁理士、シンガポール・ブルネイ弁護士)「東南アジア諸国連合とインドにおける知的財産の保護 その急速な歩みと発達をたどる」
- ^ 外国知的財産権情報(特許庁)
- ^ 途上国支援について(特許庁)
- ^ ASEAN-JAPAN PLAN OF ACTION 2011-2015
- ^ 「知的財産政策に関する基本方針」平成25年6月7日閣議決定
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- ^ JICA知的財産権保護強化プロジェクト
- ^ 福井信雄「インドネシアにおける強制執行、民事保全及び担保権実行の法制度と運用の実情に関する調査」
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- ^ 今井光 (2020年3月31日). “広島県行政書士会の会長声明に対する抗議文”. 広島弁護士会. 2021年6月13日閲覧。
- ^ “知的財産管理技能士とは何をする人ですか?”. 一般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産教育協会. 2021年6月13日閲覧。
- ^ “管理状況”. 一般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産教育協会. 2021年6月13日閲覧。
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