無形
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「奈良県指定文化財一覧」の記事における「無形」の解説
邑地の神事芸能〔奈良市〕 ほうらんや火祭 〔橿原市〕 - 東坊城町。
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無形
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「長崎県指定文化財一覧」の記事における「無形」の解説
無形民俗文化財には2種ある。国指定重要無形民俗文化財には、長崎くんちの奉納踊・平戸神楽・平戸のジャンガラ・ヘトマト行事・壱岐神楽の5件がある。国選択無形民俗文化財は18件。全県下で選択対象となったのは、年齢階梯制・田植に関する習俗・長崎「かくれ切支丹」習俗の3件である。地域性が高いのは、長崎くんちの竜踊、野母の盆踊、大村の黒丸踊・寿古踊・沖田踊、的山大島の須古踊、北松浦のきねかけ祭りとお蔵入れ、五島には大宝郷の砂打ちとオーモンデー、壱岐の船競漕行事、対馬では亀卜習俗・厳原の盆踊・美津島の盆踊・命婦の舞が選ばれた。 名称位置指定日解説貝津の獅子こま舞 五島市三井楽町貝津郷 1972年8月15日 正月2・3日に行われる貝津神社の獅子舞。2日に獅子起こしの儀を行い、3日に氏子の家を巡る。獅子は二人立ちの男獅子・女獅子で、天狗面の猿田彦が率いる。天狗が神に獅子舞を捧げようとし、抵抗する獅子と威力比べをするさまが四曲の舞で表現されている。 佐世保のヤモード祭り 佐世保市松原町 2004年2月25日 1月26日に行われる豊穣祈願の祭で、100年ほど前から確認される。淀姫神社に稲藁で編んだ大注連縄を捧げる。指揮を執る青年2人がヤモードで、「山の人」が訛ったものといわれる。春に山から里に下りて村を守り、秋の収穫とともに山に帰る神にヤモードを見立てている。 木場浮立 佐世保市黒髪町 1960年3月22日 4月第1日曜に披露される雨乞い・五穀豊穣祈願の浮立。元禄3年(1690年)に佐賀藩有田の龍泉寺檀家から伝承された。大名行列を模した隊列で入場し、7つの舞を連ねる。従来は成人男子のみが参加したが、後継者不足で女性・子供も加わっている。 千綿の人形芝居 東彼杵町千綿宿郷 1964年3月16日 旧暦6月15日、水神宮の祇園祭で披露される。伝承では、神楽舞を奉じて疫病と天変地異を払った神官と氏神に感謝を込め、神官に似せた人形を作り、神楽舞を再現したことを起源とする。大村藩の保護を受け、維新後も明治・大正期の最盛期には全国巡業をしていた。 井崎まっこみ浮立 諫早市小長井町井崎 1977年5月4日 7~10月に淀姫神社の祭で行われる。入場の際は、隊列が一列で渦を巻いて中央に集まり、拍子木の合図で外周の隙間をすり抜けて出る「ビナ尻巻込み」が行われ、名の由来となっている。道中の笛の曲は多彩で26番あり、道中の演奏と舞踊も重視される。 平島のナーマイドー 西海市崎戸町平島 2003年3月25日 新暦7月20日(旧暦時代は6月15日)に行われる供養行事。心中した和尚と庄屋の娘の鎮魂が発端とされ、200年続くという。数珠に見立てた大綱を担ぎ、「南無阿弥陀仏」から転じた「ナーマイドー」を唱和しながら村中を練り歩く。最後に大綱を海に流して不浄を払う。 チャンココ 五島市上大津町・下大津町 1954年4月13日 旧盆三箇日に行われる念仏踊り。福江島各地で行われるが、指定されたのは大津町のもの。語源は鉦と太鼓の縁を叩く音といわれる。首に掛けた鳴り物を叩きつつ、新盆の家や墓を練り歩いて祈りを捧げる。伝承では文治3年(1187年)には既に行われていたという。 度島の盆ごうれい 平戸市度島町 1977年5月4日 旧暦7月16日に行われる豊作豊漁祈願の祭。伝承によると、松浦重信の治世に当たる寛文10年(1670年)に始まるという。島中の総勢200人が大名行列を模して幟組・棒組・須古踊組・奴踊組・子踊組に分かれ、島内の寺社を巡回して奉納する。 大島のジャンガラ 平戸市大島村大根坂 1973年9月4日 新暦8月14・15日に行われる先祖供養の念仏踊。鉦と太鼓の演奏、顔を隠す布など、同系統の国指定文化財・平戸ジャンガラと共通する面はある。古式に則り、巡回の行列は華麗な平戸ジャンガラとは対照的に、物静かな動作を反復し、唱え歌を唱和しながら進む。 坂本浮立 東彼杵町坂本郷 1959年5月19日 新暦8月16日に行われている。万治3年(1660年)、藤津郡岩井川内の金春太夫正冬が「外山流一伝記」の巻物をもたらして始まった。道囃子と座浮立で構成され、浮立は茣蓙敷の座で舞う神楽と融合しているため、「神楽浮立」と呼ばれる。 皿山の人形浄瑠璃 波佐見町皿山郷 1954年4月13日 8月21日に披露される。享保の大飢饉の余波で波佐見焼磁器の売上が激減したため、副収入源として始まったとされる。阿波流浄瑠璃を朝日林五郎に学び、各地で興行した。脚本・操演・音楽はもとより、歴代50個の人形や衣装の精緻さも注目されている。 田結浮立 諫早市飯盛町里名 1980年2月29日 8月最終日曜の歳神社八朔祭で披露される五穀豊穣・雨乞い祈願の舞踊。垣踊り・竜踊り・浮立・池下踊りが盛り込まれ、演目が細かく、道具立ても多彩である。伝承では奈良時代起源だが、室町末期の垣踊りから江戸中期の笛までの技芸を盛り込んでいる。 長崎くんち奉納音曲(シャギリ・竹ン芸囃子・角力踊道中囃子) 長崎市田中町 「中尾獅子浮立と唐子踊保存会」 1965年5月31日 10月7~9日の諏訪神社例祭「長崎くんち」は多数の無形文化財を含む。シャギリは踊り町の先導曲3曲からなる。竹ン芸は14・15日に若宮神社でアンコールされる八百屋町の演し物、角力踊は旧西古川町が明治大正期に披露していた演し物で、それぞれの曲が指定された。 長崎くんち奉納音曲(シャギリ) 長崎市東長崎地区 「長崎シャギリ保存会」 2014年3月25日 10月7~9日の諏訪神社例祭「長崎くんち」は多数の無形文化財を含む。シャギリは踊り町の先導曲3曲からなる。先述の保存会とは違う音曲で、長崎くんちには参加するものの、竹ン芸・角力踊には参加せず、矢上くんちでもシャギリを演奏する。 間の瀬狂言 長崎市平間町 1968年4月23日 矢上くんちをはじめ、10月を中心に演じられる浮立。滝の観音の門前でもあり、奉納した経歴がある。上方訛りの台詞回しや仕草・道具立てから、室町時代から始まると推測される。猿に扮した子役とのコミカルなやり取りが展開されることから「猿狂言」の通称がある。 鷹島の島踊 松浦市鷹島町全域 1987年3月3日 不定期の雨乞い行事で、出演者は400人を超える。伝承では元寇の戦勝祝賀を起源とし、豊臣秀吉が文禄・慶長の役で名護屋城に滞在した折に所望したという。六本幟・須古踊・奴踊・浮立からなり、鷹島海中ダム堰堤に幟が描かれ、鷹島の象徴といえる。 田助ハイヤ節 平戸市田助町・大久保町 2008年2月22日 全国に流布する酒盛り歌「ハイヤ節」の一つ。鹿児島ハイヤ・牛深ハイヤとともに古い部類とみなされている。太鼓・三味線・囃子で構成され、艶唄を基調に徐々にテンポアップしていく。昭和43年(1968年)に振付が一新され、現在はこの新調の振付で演じられる。
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無形
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本来の戦闘スタイル。正式な二虎の弟子として学んでいる為、「技の深度」において蠱毒から途中で出奔した加納を上回っている。
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「無形」の例文・使い方・用例・文例
- 無形資産
- 無形資産と架空資産は混同されることがある。
- 無形資産.
- 知識は無形の財産である.
- 氏には有形無形の恩顧を受けた.
- あの方には有形無形のご援助を頂いております.
- 有形無形の財産
- 無形の損害の方が有形の損害よりも大きい
- 彼からは有形無形の助力を受けている
- 有形無形の援助
- 無形名詞
- 人は有形無形の二分子よりなる
- 無形化する、または実態をなくならせる
- その無形の物−−魂
- 無形の精神
- 無形のパン生地
- エネルギーの無形の構成要素−ジェームズ・ジーンズ
- 好意などの無形物
- 人またはものを囲んでいる独特の、無形の性質
無形と同じ種類の言葉
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