軍服 (大日本帝国陸軍)とは?

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軍服 (大日本帝国陸軍)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/21 14:13 UTC 版)

この記事では、明治維新の建軍から第二次世界大戦敗戦による解体まで、大日本帝国陸軍軍人が着用した制服について解説する。軍服一般については軍服を参照。


注釈

  1. ^ 錦織は明治5年の天長節から着用としているが[2]、刑部は翌年6月としている[3]
  2. ^ なお、海軍の第一種軍装および正装・礼装では将官を示す袖章の線が、一般の大将は太線2本に中線3本であるのに対し中線が4本あった。
  3. ^ ちなみにイギリス王室においては海軍軍装が優先。
  4. ^ 詰襟型であり、天皇は同年11月8日に新御服を着用し伊勢神宮に参拝した。
  5. ^ 勅令の規則上では、将官の場合が上下端の大線が幅6分(18.2cm)で、間隙(濃紺絨部分)3条のそれぞれの幅は1分(0.3cm)、小線2条のそれぞれの幅は間隙に同じのものとされ、濃紺絨の生地に緋絨の線を4本縫い付けることとなっていた。佐尉官も同様の規定となっていた。

出典

  1. ^ 刑部 p 66
  2. ^ a b c 錦織 p 76
  3. ^ a b 刑部 p 67
  4. ^ 錦織 p 78
  5. ^ 明治19年7月勅令第48号(陸軍将校服制改正)及び明治19年12月内閣達第14号(陸軍服制中下士以下服制改正)
  6. ^ 篠田雄次郎1977『日本人とドイツ---猫背の文化と胸を張る文化』光文社:68


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