要塞砲
要塞砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/02 01:24 UTC 版)
自動装填には動力が必要になるので、本来なら野戦にはむかない装備である。艦艇や戦車なら動力を得ることはたやすいし、また、内燃機関の装備が容易な現代では動力の有無はあまり問題にならないが、そうでは無い時代には大きな問題となった。このため機力装填装置を備えられる陸砲は設備が完備した要塞に備えられた要塞砲が多かった。同時に要塞は機動性を備える必要が無く、威力の増大を求めて弾薬が巨大化していったため、砲弾の装填を機力で行う必然性があったといえるだろう。 日本の要塞には軍縮で退役した戦艦の艦砲を砲塔ごと再利用した要塞砲があったが、当然これらには装填装置が最初から備わっていた。
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要塞砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/16 16:19 UTC 版)
1941年(昭和16年)、帝国陸軍の関東軍特種演習ならびに要塞建設に刺激されたソ連は、本要塞の火砲の射程圏内にあると思われたウスリー河対岸のシベリア鉄道イマン鉄橋を国境より15km迂回させた(イマン迂回鉄橋)。シベリア鉄道が迂回されたことを危惧した帝国陸軍は、1920年代に開発されそのあまりの大きさと運用コストのため日本国内で事実上放置されていた試製四十一糎榴弾砲の配備を決定した。同年10月に輸送が開始され(虎頭要塞への搬入は秘匿のため夜間に行われた)、翌1942年(昭和17年)3月に配備が完了している。また、もとは東京湾防備のため富津射撃場に配備されていた最大射程50km(大和型戦艦の主砲・四十六糎砲の最大射程は42km)を誇る九〇式二十四糎列車加農も、上述の理由のため改軌を経て試製四十一糎榴弾砲の移動と同時に本要塞に配備されている。 虎頭要塞の主要火砲(要塞砲)は、帝国陸軍のみならず陸海軍において、屈指の威力ないし長射程を誇る先述の試製四十一糎榴弾砲および九〇式二十四糎列車加農を筆頭に、既存要塞砲であった七年式三十糎長榴弾砲・四五式二十四糎榴弾砲、重加農たる九六式十五糎加農・四五式十五糎加農の大口径長射程重砲であった。
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「要塞砲」の例文・使い方・用例・文例
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