安政南海地震とは?

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安政南海地震

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/05 01:21 UTC 版)

安政南海地震(あんせい なんかいじしん)は、江戸時代後期の嘉永7年11月5日1854年12月24日)に発生した南海地震[注 2]である。




注釈

  1. ^ a b 震度分布による推定で、断層破壊開始点である本来の震源、その地表投影である震央ではない。
  2. ^ 「南海地震」とは、本来1946年南海地震を指していたが、南海トラフ沿い西側半分の南海道沖を震源域とする地震も一般的に南海道地震と呼ばれてきた。2001年の「東南海、南海地震等に関する専門調査会」設置以来、土佐湾から紀伊水道沖を震源域として発生するとされる固有地震の名称としても使われ始め、「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(平成14年法律第92号)に明記された。
  3. ^ この笠松は宝永地震後に植えられた2代目であり、初代笠松は宝永津波で流失した(『谷陵記』、『南路志』、『皆山集』「夜須笠松ノ記」)。

出典

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