近畿方言 近畿方言の概要

近畿方言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 21:53 UTC 版)

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関西弁(かんさいべん)とも呼ばれるが、「関西弁」と「近畿方言」では指す範囲が必ずしも一致せず、近畿中央部の方言だけを指して「関西弁」ということもあれば、逆に漠然と「西日本の方言」という意味合いで「関西弁」ということもある[1]

概要

古代より近畿地方は畿内低地帯(奈良盆地大阪平野京都盆地)を中心に発展した。中世以降は京都、近世以降は大阪(大坂)が最大都市となって文化圏を形成し、言語面でも京都・大阪を中心に比較的まとまった方言圏が形成された。京都・大阪の方言を合わせて上方語(上方言葉・上方弁)や京阪語とも言う。

近畿地方周辺では、四国方言北陸方言に近畿方言的性格がよく認められ、特に近畿地方との交流が活発な徳島県は言語面でも影響が強く、また兵庫県淡路島との対岸同士では方言差がほとんどない(阿波弁参照)[2]岐阜・愛知方言も文法や語彙で近畿方言との共通点が多く、西濃の一部ではアクセントも近畿方言的である(美濃弁参照)。近畿・四国北陸の方言に共通点が多い背景には、かつては陸路よりも海路による交通の方が容易であり、瀬戸内海日本海に沿って言葉がよく伝播したためと考えられる[2]

近畿方言の主な特徴としては、5母音をはっきりと発音すること、京阪式アクセント、「よーゆーた(良く言った)」のようなウ音便、「はよしー(早くしなさい)」のような連用形による命令、断定「や」、否定「ん」と「へん」の併用、「はる」に代表される敬語体系などが挙げられるが、文法語彙に関しては近畿地方に留まらず西日本で広く共通しあうものが多い。ただし、京都・大阪など近畿中央部では「いる」の使用やサ行イ音便の消失など東日本方言と共通する要素もある。

物語などの書き言葉が発達していた近畿では、言葉の変化が比較的少なく、古いアクセントが保たれやすかった。特にアクセントについては千年前からほとんど変わっていないとされる[3]

方言区画

奥村三雄が1968年に発表した区分案[4]。中近畿式方言()と外近畿式方言に大分し、中近畿式方言を「いわゆる関西弁」としている。外近畿式方言をさらに北近畿式方言()・西近畿式方言()・南近畿式方言()・東近畿式方言()に細分している。京都対大阪の違いよりも、大阪対播磨や京都対伊勢の違いを重視している。但馬北部・丹後西部・紀伊半島の一部は近畿方言から除外している()。

近畿方言内での方言区画には様々な案が提唱されているが、自然地理的・文化的条件を考慮しつつ、京阪からの距離を考えて区画されることが多い(方言周圏論的)。すなわち、京阪とそれを取り巻く近畿中央部(大よそ半径50km圏内[5][4])ほど一般に近畿方言的とされる特徴を多く備え、京阪から離れた周辺部(北近畿紀伊半島など)ほど他の近畿方言との違いが大きくなる一方で古い言語状態を保っている[2]

兵庫県但馬但馬弁)と京都府丹後西部(丹後弁)は、行政上は近畿地方であるが、方言においては東京式アクセントであるなど違いが大きく、中国方言に分類される。また紀伊半島で特に山岳が険しい奈良県奥吉野言語島として有名で、近畿方言的な特徴がほとんど現われない[6]。経済活動や広域放送などの面で中京圏に含まれる三重県に関しては、愛知県との県境付近の揖斐川にアクセントなどの言語境界が走り、奥吉野などよりも遥かに京阪方言に近く、近畿方言に含まれる[7]

近畿地方の主要都市である大阪・神戸・京都の方言を比較すると、音声上はアクセントが僅かに違う(大阪・神戸の「行きました」と京都の「行きました」など)程度で、問題とされやすいのは語法上の違いである。とりわけ「どす」と「だす」など京阪の違いがよく対比され、近畿中央部の方言を京言葉圏と大阪弁圏に二分する考え方もある(後述)[2]。しかし、アスペクト(継続と完了の区別の有無)の点では神戸と京阪の間に著しい違いがある[1]

各方言の詳細は各項目を個別に、周辺の他方言との比較については日本語の方言の比較表を参照。

下位方言


注釈

  1. ^ ここまで、阪口篤義編『日本語講座第六巻 日本語の歴史』(大修館書店、1990年)の徳川宗賢「東西のことば争い」を参考文献とした。

出典

  1. ^ a b c 『国語学大辞典』東京堂出版、1995年、国語学会編、188頁。
  2. ^ a b c d 楳垣編 (1962)、5-14頁。
  3. ^ NIKKEI STYLE エセ関西弁、なぜバレる(謎解きクルーズ) 関西大学 日高水穂教授
  4. ^ a b 奥村三雄「関西弁の地理的範囲」『言語生活』202号、1968年。井上ほか編 (1996)にも収録(60-69頁)。
  5. ^ 楳垣実「近畿」『国文学解釈と鑑賞』「方言の日本地図」号、1954年。
  6. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、117-124頁。
  7. ^ 井上ほか編 (1996)、63頁。
  8. ^ 当時上方では「くゎんねん」と発音しており、「かんねん」は関東訛りとされていた。
  9. ^ 「立派な」の上方訛り。
  10. ^ 金水 (2003)、22-27頁。
  11. ^ 前田 (1977)、13頁。
  12. ^ 保科孝一『最近国語教授上の諸問題』、教育新潮研究会、1915年、29頁。
  13. ^ 梅棹忠夫「第二標準語論」『言語生活』第33号、筑摩書房、1954年。
  14. ^ 「新日本語の現場」方言の戦い 38 「吉本弁」ほとんど共通語、2006年6月8日付読売新聞
  15. ^ 「彼と一緒に暮らす」のような用法は共通語に元からあるが、「私と彼は趣味が一緒だ」のような「同一」という意味の用法は近畿方言から広まったもの。
  16. ^ 語自体は近畿方言に由来するが、現在全国で広く使われる「ゆったりと」という用法は本来の近畿方言ではあまり一般的でない。
  17. ^ 「吐き気がする」という用法は共通語に元からあるが、「腹立たしい」という用法は近畿方言から広まったもの。
  18. ^ a b 陣内正敬「コミュニケーションの地域性と関西方言の影響力についての広域的研究」、2003年。
  19. ^ 真田信治『地域語の生態シリーズ 地域語のダイナミズム―関西』おうふう、1996年。
  20. ^ Facebookが関西弁に対応、「いいね!」は「ええやん!」に” (日本語). GIGAZINE. 2019年11月22日閲覧。
  21. ^ 関西弁のネイティブスピーカー・ボランティア翻訳者、大募集! | Vivaldi日本語公式ブログ” (英語). Vivaldiブラウザー日本語公式ブログ (2019年11月15日). 2019年11月22日閲覧。
  22. ^ a b c d e 金水 (2003)、81-101頁。
  23. ^ 中央公論新社中央公論』2010年5月号
  24. ^ 鹿浦佳子「関西の大学生の関西弁受容意識 -関西出身大学生と非関西出身大学生の意識調査をもとに-」『関西外国語大学留学生別科 日本語教育論集第4号』1994年。
  25. ^ 例として、2011年7月8日に配信されたNEWSポストセブンの「エアコンガンガン使う女性「金払い電力使うの何で悪いんや」」など。
  26. ^ 「【新聞に喝!】関西大学副学長・黒田勇」2009年10月31日付産経新聞。
  27. ^ a b c 山下好孝「『ブランド』としての関西弁」『北海道大学大学院国際広報メディアジャーナル1』2003年。
  28. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 楳垣編 (1962)、15-29頁。
  29. ^ 楳垣実は「わたしの姓なども、東日本の人は[m「me」ŋaki]と発音するが、近畿人は[「u」megaki]と発音する人が多い。」と述べている。楳垣編 (1962)、19頁。
  30. ^ 牧村史陽は「ウの次にマ行の音が来る場合には、そのウはすべてンとなる。」と述べている。牧村史陽『大阪ことば事典』講談社、1984年、754頁。
  31. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、10頁。
  32. ^ 大阪コンベンション協会「大阪弁完全マスター講座 第三十四話 よろがわ」、2010年5月6日閲覧。
  33. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、11頁。
  34. ^ 郡司隆男・西垣内泰介編著『ことばの科学ハンドブック』研究社、2004年、196-197頁。
  35. ^ 前田 (1977)、63-64頁。
  36. ^ 前田 (1977)、59頁。
  37. ^ a b c d e f 楳垣編 (1962)、30-36頁。
  38. ^ 井上ほか編 (1996)、246-247頁。
  39. ^ 井上ほか編 (1996)、250頁。
  40. ^ 井上ほか編 (1996)、248頁。
  41. ^ 「おる」に尊敬語を接続させるのは京阪では一般的でなく(通常「おらはる」や「おおりやす」などは誤用)、「おられる」はあくまで共通語として用いる。
  42. ^ 楳垣編 (1962)、392-393頁。
  43. ^ 近代初期までは江戸・東京でも敬体と「だ」を併用することがあった。
  44. ^ 東京の「です」も江戸後期の成立当初は限られた階層の表現であり、中流以上では用いなかった。(1917年『口語法別記』)
  45. ^ 東京の「です」とは別に、近世上方にも独自の「です」があったとする説もある。
  46. ^ 「『デアル』トイフ詞ニハ『花ヤ』『綺麗ヤ』『賑ヤカヤ』ナド『ヤ』トイフ 又『花ドス』『綺麗ドス』『賑ヤカドス』ハ従来一般ニ用ヰラレタル語ナリト雖近来漸次減少シテ『花デス』『綺麗デス』『賑ヤカデス』ノ方ニ移リ行ク傾キアリ」(1906年『口語法調査報告書(下)』の京都からの報告)
  47. ^ 宮治弘明「近畿方言における待遇表現運用上の一特質」『国語学』151集、1987年。
  48. ^ 楳垣 (1962)、56-57頁。
  49. ^ あるアメリカの旅行者が大阪の市バスの運転手に「次の駅止まりますか?」と聞いたところ「止まりま」と言われたため、関西弁を知らない人にはよくわからない返事の仕方に腹が立った旅行者は新聞に投書したという。
    末延岑生『ニホン英語は世界で通じる』〈平凡社新書〉2010年 ISBN 9784582855357 p16
  50. ^ 兵庫県高等学校教育研究会国語部会編『兵庫県ことば読本』東京書籍、2003年。
  51. ^ 富山県高岡市周辺でも使用される。
  52. ^ みなと舞鶴ちゃったまつりなるイベントが開催されるほど「ちゃった」は舞鶴弁の特徴とされるが、「ちゃった」の使用地域は丹波や播磨の一部(兵庫県多可町加美)にも分布する。
  53. ^ 大阪大学岡島昭浩「雑文・雑考「させて戴く」」、1996年7月4日、2009年11月29日閲覧。
  54. ^ 札埜(2006)p38-40、42
  55. ^ a b 鳥谷善史「関西若年層の新しい否定形式「~ヤン」をめぐって」『国立国語研究所論集』、国立国語研究所、2015年。
  56. ^ 「せう」の転。「しょう」がさらに転じたものが共通語の「しよう」とされる。
  57. ^ 楳垣 (1962)、55頁。
  58. ^ BBCニュースCongo word 'most untranslatable'」、2004年6月22日、2009年11月29日閲覧。
  59. ^ 札埜(2006年) p124
  60. ^ 前田 (1977)、167頁。
  61. ^ 前田 (1977)、170-172頁。
  62. ^ この用法は「嘘やん」以外では稀。
  63. ^ 前田勇(1949)『大阪辯の研究』
  64. ^ 前田 (1965)、202頁。
  65. ^ 『上方語源辞典』34頁。
  66. ^ 堀井令以知『上方ことば語源辞典』東京堂出版、1999年、46頁。
  67. ^ ある時、大鯛がとれ、若者6人で料理したが、1人がエラで指にけがをした。その際に「エラいたい、えらい鯛じゃ」と言ったことから、大きなものに対して「えらい」と言うようになったという。
    札埜(2006)p90-91
  68. ^ 朝日新聞 2003年6月5日
  69. ^ 札埜(2006)p148
  70. ^ 札埜(2006年) p116-117
  71. ^ 『上方語源辞典』131頁。
  72. ^ 札埜(2006年) p129
  73. ^ 札埜(2006年) p143
  74. ^ 札埜(2006)p83では「もし求愛の場面で『きしょい人!』と言われたら、もう脈はないと思うべし」と言葉のその意味合いについて記述されている。
  75. ^ 解釈学会編『解釈』第43巻(1997年、教育出版センター)に掲載された大阪府立阿部野高校教員の岡本利昭の「新科目『現代語』の授業の一思案 阿倍高の言葉・『きもい』『きしょい』考」という54人の高校生に試みた質問紙調査によると、「きしょい」について「強い不快感を感じる時に使う」と答えた生徒は26%、「それほど強い嫌悪感が無いときに使う」と答えた生徒は15%。「きもい」に対して「軽い不快感を感じる言葉」と答えた生徒は33%、「強い不快感、見るのも嫌なものに対する言葉」と答えた生徒は20%であった。
    札埜(2006)p74
  76. ^ 札埜(2006年) p143-144
  77. ^ 東京では本来「明日→あさって→やのあさって→しあさって」の順だった。
  78. ^ 例えば『大阪ことば事典』 (講談社学術文庫、1984年) ISBN 978-4061586581 には掲載されていない。
  79. ^ 札埜(2006)、p67-68
  80. ^ a b 札埜(2006年) p131
  81. ^ 『上方語源辞典』262頁。
  82. ^ 札埜(2006年) p152
  83. ^ 札埜(2006年) p128
  84. ^ 元来より総じて否定的な意味で使われる言葉であった。そのため、2001年にエプソンが優香を起用して「どキレイ」というキャッチコピーを、2003年に日清食品が上戸彩を起用して「どうまい」というキャッチコピーを発表したことに関しては言語学の専門家による非難の対象になり、前者は2002年に開かれた「なにわことばのつどい」第20回記念総会(テーマ「大阪辯の誤用・悪用を正す」)の中でも批判された。
    札埜(2006年) p45
  85. ^ ど根性大根」のように肯定的に用いるのは戦後からの用法で、元は「腐った根性」「曲がった根性」といった意。
  86. ^ 札埜(2006年) p47では「こういうときは『まん真ん中』というと美しい」とする「なにわことばのつどい」代表世話人の中井正明の意見が引用の形で掲載されている。
  87. ^ 札埜(2006年) p175
  88. ^ 札埜(2006)p149
  89. ^ 朝日新聞 2004年5月21日
  90. ^ a b 札埜(2006年) p119-120


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