ペストとは? わかりやすく解説

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ペスト

ペストは、腸内細菌科属す通性嫌気性グラム陰性桿菌Yersinia pestis起因する全身性の侵襲性感染症で、ノミやエアロゾルを介して伝播する感染ルート臨床像によって腺ペスト肺ペスト、および敗血症型ペスト分けられる

臨床症状
1 )腺ペスト
腺ペストはヒトペストの8090%を占めペスト菌含有ノミ咬傷や、稀に感染したヒトあるいは動物への接触により、傷口粘膜から感染する侵入部位にほとんど変化起こすことなく近く局所リンパ節伝播するリンパ節壊死膿瘍形成しクルミないしアヒルの卵大に腫大する。その後リンパ流、血流を介して脾臓肝臓骨髄経て心臓肺臓など全身伝播して敗血症起こす
臨床症状としては、通例3~7日潜伏期の後、40前後の突然の発熱見舞われ頭痛悪寒倦怠感不快感食欲不振嘔吐筋肉痛疲労衰弱精神混濁などの強い全身性の症状現れる通例発症後3 ~4 日経過後に敗血症起こしその後2~3日以内死亡する。なお、稀にノミの刺咬部位皮膚、または眼に化膿性潰瘍出血性炎症形成する場合がある。その場合は特に皮膚ペスト、眼ペストと呼ぶこともある。
2 )敗血症型ペスト
ヒトペスト全体の約10%占め局所症状がないまま全身伝播して敗血症引き起こす臨床症状としては急激なショック症状、および昏睡手足壊死紫斑などが現れその後通例23日以内死亡する
3 )肺ペスト
非常に稀な事例ではあるが、最も危険なタイプである。腺ペスト末期敗血症型ペスト経過中に肺に侵入して肺炎続発し肺胞壊れて、痰やペスト菌エアロゾル排出するうになると、この患者感染源になってヒトからヒトへと素早く伝播する肺ペスト発症する潜伏期間通例23日であるが、最短1215時間という報告例もある。発病後1224時間発病後5時間の例も記載あり)で死亡すると言われている。臨床症状としては、強烈な頭痛嘔吐3941発熱急激な呼吸困難鮮紅色泡立った血痰を伴う重篤肺炎像を示す。


疫学
1 )世界の状況
ペストは本来、森林原野ペスト菌常在地域生息する齧歯類感染症である。ペスト菌常在地域に近づいたハンターやきこりがノミを介して罹ったり、時には地震水害などによる環境の悪化に伴い森林原野野ネズミ田畑や人居地域まで下りてきて、家ネズミヒトにまでペストを伝播する悪条件重なると大きな流行も起こる。また、少数ではあるが、これらの地域ネコイヌクマラクダブタヒツジなどへのペスト感染事例や、これらのペットや家畜からヒトへの感染事例報告されている。
人間に対して感染力が高いノミはケオピス、セラトフィルス、ノソフィルスなどで、いずれも家住ネズミ寄生するノミである。その中でもケオピスは貪食頻繁に吸血し、人間好んで吸血するため、ヒトペストに大きく関わっている。

ペスト
ペスト
1. 世界におけるペスト患者推移
図2. 世界におけるヒトペスト、動物ペストの発生地域1998年

近年ペスト菌常在地域にも文明化押し寄せ人間ペスト菌直接的間接的に接触する機会増えてきた。WHOの報告(図1)では、1991年期にヒトペストは増加一途をたどり、1997年には患者5,419死者274 )で、1996 年患者3,017(死者205)より大幅に増加している。特に、アフリカ大陸顕著な増加見られる。図2に19701998 年患者発生国24カ国と、現在、危険なペスト特別地域示した。それらは、
(1)アフリカ山岳地帯および密林地帯(2)東南アジアヒマラヤ山脈周辺ならびに熱帯森林地帯(3)中国モンゴル亜熱帯草原地域(4)アラビアからカスピ海西北部(5)北米南西部ロッキー山脈周辺(6)南米北西部アンデス山脈周辺ならびに密林地帯、などである。
2 )日本状況
1899年にペストが日本輸入されてから27年間に大小流行起こり、ペスト患者2,905人(死者2,420 )が発生した。しかし、日本がペストの根絶成功したのは、ペスト菌発見者である北里柴三郎や、彼の指導下でダイナミックに動いた当時日本政府のペスト防御対策(特に、ペストネズミの撲滅作戦)にある。お陰で、ペストが、家住ネズミから撲滅不可能な山野齧歯類伝播するのを阻止できた。その結果1926年大正15年)を期に今日までペスト患者出ていない。
しかし、昨今事情変わり海外との交流盛んになるにつれ、開拓進んだペスト菌常在地域訪れ日本人観光客商社マンなどが年々増えている。また同時に日本市場自由化に伴いペスト菌常在地域からの資材食物だけでなく、ペット輸入顕著に増加している。アメリカCDC は、輸出予定のプレリードッグがペストに感染して多量に死亡した事実から危険性察知して、プレリードッグの輸出入および売買禁止するよう指導しているが、日本にも多くアメリカ産プレリードッグが輸入されていることが明らかになった。過去には年間3~5万頭との推定もある。厚生労働省直ち研究班作り実態調査行った幸いにして検査した結果全て陰性であったが、注意怠らないようにする必要がある

病原体  
ゲノム配列解析から、Yersinia pestis は1,500 ~2 万年前にYersinia pseudotuberculosis serotype O:1b から進化したで、ゲノム内では多数の他の細菌ウイルス遺伝子組み替え頻繁に繰り返され痕跡や、不必要な病原菌生活時代遺伝子(約150 個)の不活化示されたことなど、ゲノム大規模な変動経て極めて毒性の強い進化したことが明らかになった。ペスト菌は約4.65Mb の染色体遺伝子と、96.2kb,70kb,9.6kb の3 種類のヴィルレンスプラス ミドから構成されている。9.6kb プラスミドにはプラスミノーゲンアクチベーター、ペスチシン1 、コアグラーゼが、70kbp プラスミドにはYersinia外膜蛋白(Yops)が、96.2kb プラスミドには莢膜抗原Fraction 1)、murine toxinコードされている。
ペスト菌非運動性グラム陰性多形形態を示すが、組織内および培養などの新鮮なでは、約1.5 ×0.7μm両端の丸い楕円形の桿菌で、単染色法では特徴ある明瞭な極小体が観察される発育適温2830で、1~45 発育するペスト菌特徴ある形態学性質莢膜抗原)の発現には37℃適している。その発育は他の一般的なよりも遅く血液寒天でさえ集落明らかに認められるのは48 時間培養後で、また溶血像は見られない液体培養では沈殿発育する

病原診断
ペストの判断基準
1 )疑似患者
(1)ペスト流行地への渡航歴や、バイオテロ巻き込まれ可能性がある場合で、ペストの臨床症状示し、さらに、臨床材料からグラム陰性両端染色性を示す桿菌や、診断抗原莢膜抗原)に対す抗体蛍光抗体に対して陽性を示す検出され場合
(2)ペスト菌特異的なプライマー用いたPCR 法で、特異的なバンド検出され場合
(3)患者血清中の抗Fraction 1 抗体価が、passive haemagglutination test16 倍以上を示した場合
2 )確定患者
(1)臨床材料から分離したが、顕微鏡所見明らかな極小体を示すグラム陰性桿菌で、莢膜抗原対す抗体蛍光抗体陽性示しペスト菌特異的なプライマー用いたPCR 法陽性示しペスト菌特異ファージに対して感受性示し生化学的性状ペスト菌性状一致することなどから総合的に判断しペスト菌Yersinia pestis)と同定され場合
(2)Passive haemagglutination test で、診断抗原対す回復期抗体価が、感染初期抗体
価の4 倍以上上昇している場合

治 療
ペストの治療には抗菌薬が非常に良く効くため、早く治療えすればもう昔のように怖い病気ではない。予後良好で、後遺症は殆ど残らない肺ペスト場合病気進行極めて速いので、特に抗菌薬早期投与必須である。
日本でペストの治療薬として保険適用されているのは、ストレプトマイシンだけである。ストレプトマイシンはペストに最も効果があるが、副作用があるので過度投与避けたほうが良い
新生児未熟児乳児小児対す安全性はまだ確立されていないその他にアメリカCDC、WHO によって推奨されている抗ペストがあるので、以下にそれらの薬剤記述した。なお、日本人体格的にも人種的に欧米人とは異なるため、用量は「今日の治療薬南江堂)」を参考にして戴きたい治療期間すべての抗菌薬において10 日超えないこと。
1 )アミノ配糖体
ストレプトマイシンゲンタマイシン全てのペストに最も効果がある。
2 )テトラサイクリン系
テトラサイクリンドキシサイクリン腺ペストおよび肺ペスト治療に、アミノ配糖体適宜に併用して使用する
3 )クロラムフェニコール
ペストによる髄膜炎胸膜炎、内眼球炎などの治療用いる。腺ペストまたは敗血症型ペスト治療には、アミノ配糖体適宜に併用して使用する
4 )ニューキノロン系
ニューキノロン系抗菌薬全般的にペストに対して優れた効力示しその中でも特にレボフロキサシンスパルフロキサシン優れているので、副作用腎障害聴力障害)の強いアミノグリコシド系よりペストの治療期待持てる

予 防
1)抗菌薬予防投与
患者直接接触した人や肺ペスト患者接近した人など、発病する可能性の高い人や、流行地への旅行者どのように短期間ペストの暴露を受ける可能性がある人に対して予防のためにWHO、CDC抗菌薬テトラサイクリンドキシサイクリンST合剤)の予防投与勧めている。投与量は、治療用いる量の1/2 ~同量経口投与する。
2)ワクチンの接種
長期渡ってペスト菌常在地域にいる人で、ペスト菌濃厚に暴露される可能性が高い人は、ワクチンの接種を受けることが勧められている。例えば、ペスト患者接す医療従事者、ペスト流行制圧するために派遣されJICA やWHO の専門家など、ならびにペストネズミやノミ曝される危険性のある海外協力隊員自衛隊員などの野外作業員、また時には流行地に赴任したジャーナリスト商社マンなども対象になる。ペストワクチンは厚生労働省依頼国立感染症研究所製造し検疫所入手可能である。

感染症法における取り扱い
ペストは1類感染症定められており、診断した医師直ち最寄り保健所届け出る報告のための基準以下の通りとなっている。
診断した医師の判断により、症状所見から当該疾患疑われ、かつ、以下のいずれか方法によって病原体診断なされたもの
材料臨床材料血液リンパ節腫吸引物、痰、組織等
病原体検出
例、ペスト菌Yersinia pestis )の分離同定染色塗抹標本の鏡検も参考となる)など
抗原検出
例、エンベロープFraction I 抗原抗原対す蛍光抗体法など
病原体遺伝子検出
例、ペスト菌特異的遺伝子PCR 法による検出など
疑似症診断
臨床所見、ペスト流行地ヘの渡航歴齧歯類寄生しているノミによる咬傷有無参考診断しまた、以下の鑑別診断なされたもの
鑑別診断
Burkholderia pseudomallei (臨床症状肺ペスト類似
野兎病臨床症状腺ペスト類似し、かつ共通抗原決定基を持つ)など
なお、血清抗体価については診断参考として用いることができる(抗Fraction I 抗体価passive haemagglutination testPHA)で10 倍以上が目安
備考
当該疾患を疑う症状所見はないが、病原体抗原検出されず、遺伝子抗体のみが検出されたものについては、法による報告要しないが、確認のため保健所相談することが必要である。

学校保健法における取り扱い
ペストは第一種伝染病であり、出席停止期間の基準としては「治癒するまで」と規定されている。



国立感染症研究所細菌部 塚野尋子)





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