北日本新聞 北日本新聞の概要

北日本新聞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/09 02:16 UTC 版)

北日本新聞
北日本新聞社本社
種類 日刊紙
サイズ ブランケット版

事業者 北日本新聞社
本社 富山県富山市安住町2番14号
代表者 駒澤信雄[1]
創刊 1884年1月18日(中越新聞)
前身 中越新聞、富山日報
言語 日本語
価格 1部 140円
月極 3,380円
発行数 208,161部
(2022年6月、日本ABC協会調べ[2]
ウェブサイト https://webun.jp/
株式会社北日本新聞社
THE KITANIPPON SHIMBUN
本社所在地 日本
〒930-0094
富山県富山市安住町2番14号
事業内容 新聞・雑誌・書籍の発行
設立 1940年7月31日[3]
業種 情報・通信業
資本金 4億9500万円(2020年時点)
売上高 97億9690万円(2021年3月期)
従業員数 290人(2022年4月時点)
決算期 3月
主要子会社 北日本新聞開発センター
北日本新聞サービスセンター
富山シティエフエム
とやまソフトセンター
など
外部リンク https://www.webun-saiyo.jp/outline
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概要

発行部数208,161部(2022年6月現在、一般社団法人日本ABC協会調べ)、県下普及率は53.86%(2019年時点[4])で第1位。特に県東部でのシェアが高い。日本新聞協会共同通信社加盟。

名実ともに富山県を代表する言論機関であり新聞以外にも『富山大百科事典』の刊行や地域文化行事への助成は数多い。

富山県は新聞の競争が激しく、北日本新聞以外にも正力松太郎が富山県出身であったことから進出した読売新聞石川県北國新聞系列である富山新聞、さらには北日本新聞が設立にかかわった北陸新聞をルーツとする北陸中日新聞などが展開している。

かつては朝夕刊セットで発行されていたが、2009年12月28日付をもって夕刊の発行を休止し[3]朝刊単独紙に移行した。1面コラムのタイトルは「天地人」、連載中の4コマ漫画は『ゴンちゃん』。

なお、1901年8月には高岡市で同名の『北日本新聞』を発行していたことがある(1903年12月廃刊)[5]

沿革

主催する文化事業

その他

  1. ^ 新聞協会 2019, p. 229.
  2. ^ “22年6月ABC部数”. 新聞情報. (2019年5月18日) 
  3. ^ a b c d e f g h i j 新聞協会 2019, p. 230.
  4. ^ 読売新聞メディアデータ2020 上位3紙朝刊販売部数・世帯普及率 (PDF)”. 読売新聞広告局. 2020年1月19日閲覧。
  5. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月15日、459頁。 
  6. ^ 北日本新聞 2004, p. 282.
  7. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、13頁。 
  8. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)283頁。
  9. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、21-22頁。 
  10. ^ a b c 北日本新聞 2004, p. 288.
  11. ^ a b 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月15日、452頁。 
  12. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、462頁。 
  13. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)341頁。
  14. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月15日、482頁。 
  15. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、485 - 486頁。 
  16. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、487頁。 
  17. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月15日、228頁。 
  18. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月15日、232、489頁。 
  19. ^ a b 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)491頁。
  20. ^ 北日本新聞 2004, p. 396.
  21. ^ 北日本新聞 2004, p. 399.
  22. ^ 前日の4月30日付朝刊までは1行1文字の縦書きとなっていた。
  23. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、496頁。 
  24. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、497頁。 
  25. ^ 北日本新聞 2004, p. 402.
  26. ^ 『中日新聞社の130年』中日新聞社、2016年9月1日、38頁。 
  27. ^ 北日本新聞 2004, p. 403.
  28. ^ a b 北日本新聞 2004, p. 404.
  29. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、281、499頁。 
  30. ^ a b c d 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)500頁。
  31. ^ 北日本新聞 2004, p. 398.
  32. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)502頁。
  33. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)503頁。
  34. ^ a b c d 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)504頁。
  35. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)508頁。
  36. ^ a b 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、509頁。 
  37. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、510頁。 
  38. ^ 北日本新聞 2004, p. 607.
  39. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、515頁。 
  40. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)516頁。
  41. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月15日、北日本新聞社発行)517頁。
  42. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、521 - 522頁。 
  43. ^ 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、524頁。 
  44. ^ a b 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』北日本新聞社、1984年10月5日、526頁。 
  45. ^ a b 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)6 - 7頁。
  46. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)8頁。
  47. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)7、8、622頁。
  48. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)16 - 17頁。
  49. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)16頁。
  50. ^ a b c d 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)12頁。
  51. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)626頁。
  52. ^ a b 北日本新聞 2004, p. 18.
  53. ^ 北日本新聞 2004, p. 160.
  54. ^ 『福井を伝えて一世紀 福井新聞百年史』福井新聞社、2000年3月27日、889頁。 
  55. ^ 北日本新聞 2004, p. 227.
  56. ^ 北日本新聞 2004, p. 220.
  57. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)630頁。
  58. ^ 「さようなら夕刊 越中座で印刷見学会」『北日本新聞』夕刊、2009年12月28日、1面。
  59. ^ 「本社 読売の印刷受託で合意 来春から 県内、石川向け」『北日本新聞』、2010年4月7日、23面。
  60. ^ 「本社が読売新聞印刷」『北日本新聞』、2011年3月11日、35面。
  61. ^ 北日本新聞 2019年3月28日 1面(社告)
  62. ^ 『北日本新聞社百二十年史』(2004年12月20日、北日本新聞社発行)11、12頁。
  63. ^ J SPORTS 3、J SPORTS 4は未掲載
  64. ^ スターチャンネル2、スターチャンネル3は未掲載
  65. ^ 掲載されていた放送局はMROテレビ石川テレビテレビ金沢新潟放送新潟テレビ)の5局。このうちMROテレビは1990年10月のチューリップテレビ開局まで、最終面にフルサイズで掲載されていた
  66. ^ 『北日本新聞』1967年9月16日、1969年3月31日、1969年4月1日付各朝刊、テレビ欄。
  67. ^ 『北日本新聞』1965年10月4日付朝刊、テレビ欄。
  68. ^ 『北日本新聞』1959年4月15日付朝刊、テレビ欄。
  69. ^ 1967年9月16日当時のテレビ欄には、県内・石川・新潟の各TV局・ラジオ局(当時は新潟ラジオ(BSNラジオ)も含まれていた)に加えてCBCテレビ東海テレビ(1969年3月31日まで)、名古屋テレビラジオ岐阜CBCラジオ東海ラジオ日本短波のTV・ラジオ欄も記載されていた[66]。さらに1965年10月4日当時のテレビ欄には、CBCテレビを除く東海のテレビ局が未掲載である代わりに日本放送東京放送文化放送と、関東のラジオ局も記載されていた[67]。また、1959年4月15日当時のテレビ欄には、ABCラジオの番組表も掲載されていた[68]
  70. ^ 富山シティエフエム会社概要


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