ユニコーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/24 09:18 UTC 版)
ユニコーンの角
ユニコーンの角(アリコーン, alicorn[8])には解毒作用があると考えられ、教皇パウルス3世(1468 – 1549年)は大枚をはたいてそれを求めたという。また、フランス宮廷では食物の毒の検証に用いられたと伝えられる。言い伝えによれば、ユニコーンの角は毒に触れると無毒化する効果があるとされたが、後に毒物の成分が含まれた食物に触れると、汗をかくとか色が変化するなどの諸説も生まれたようである。ドイツ中世の詩人ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの『パルチヴァール』には、聖杯王アンフォルタスに仕える家臣は、毒を塗った槍を受けて局所に傷を負った王の苦痛をいやすために様々な処置を施したが、一角獣については、その「角の下の部分で、ちょうど前頭骨の上部にあたる場所に生じるざくろ石を取り出した。そして石で王の傷を外から軽くこすって、傷口に押し入れた」(482,28-483,3)と記されている[9]。
しかしこれらは北海に生息するイッカク(ウニコール)の角(実際には牙である)であった。これにより後々まで、ウニコールの名称で貴重な解毒薬や解熱剤・疱瘡の特効薬として珍重され、イッカククジラの角は多数売買された。しかし一部には、これらウニコールと偽って、セイウチの牙を売る事例も後を絶たなかったようだ。またその一部はオランダ経由で、江戸時代の日本にも輸入されていた。
当時の医学書には、真面目にウニコールの薬効に関しての記述があった程である。特に疱瘡の治療薬という部分に関しては、ペストの流行により、非常に高価であったにもかかわらず、飛ぶように売れたという記録も残っている。
これは元々、中国で毒の検知にサイの角を用いたのが伝播の過程で、一部の夢想家によって作り変えられたもののようだが、実際問題として、当時用いられた毒物でも、酸性やアルカリ性の毒物の場合は、動物性タンパク質の変化により、黄変するなりして、毒の検知に役立ったと思われる。またウニコールは動物性由来カルシウム器質なので、同様に上記の毒物には黄変する・脆くなるのでその代用とされた。同様の理由により銀のスプーンもイオン交換により変色するので中世以降は貴族のカトラリーには毒を感知するための銀器が多く使われるようになった。また中国ではサイの角の粉末を解熱剤・精力増強剤として扱っているが、興味深いことに、ウニコールが西欧から持ち込まれた際に、龍の角とも蛇の角とも言われ、解毒や毒の検知に非常に珍重されたとのことである。
- ^ ギリシア語 Μονόκερως = μόνος 「一つ」+ κέρας 「角」
- ^ 偶蹄目の蹄。よく「割れている」と誤解されるがそうではなく、ヒトで言えば中指と薬指に相当する。
- ^ ゾウと戦うユニコーン。『クイーン・メアリー詩篇集』(The Queen Mary Psalter)第100葉裏より、1310 – 1320年頃、大英図書館蔵。
- ^ プリニウスの『博物誌』(Naturalis historia)第8巻第29(20)章第71節 や アエリアヌスの『動物の特性について』(Περὶ Ζῴων Ἰδιότητος)第17巻第44章 では、サイがゾウとの戦いに備え、角を岩で研ぐとある。
- ^ アルベルトゥス・マグヌス 『動物について』(De animalibus)第22巻第2部第1章第106節「ユニコーンについて」 より。
- ^ 尾形希和子 『教会の怪物たち』 講談社〈講談社メチエ〉、2013年、90頁。
- ^ レオナルド・ダ・ヴィンチ 「一角獣をつれた貴婦人」 1470年代、ペン画、アシュモレアン博物館、オックスフォード。
- ^ Odell Shepard, The Lore of the Unicorn, London: Merchant Book Company Limited, 1996. シェパードは一角獣の方を unicorn、その武器である角の方を古いイタリア語の形式の alicorno (ポルトガル語では alicornio)に基づいて、alicorn と使い分けている。
- ^ ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ『パルチヴァール』(加倉井粛之、伊東泰治、馬場勝弥、小栗友一 訳) 郁文堂 1974年 ISBN 4-261-07118-5。改訂第5刷 1998年、256頁上・下、482-483詩節。
- ^ アストラガロス(Άστραγάλους)とは、くるぶしの間にある距骨(ターロス、Talus)と呼ばれる動物の骨の部分で、古代ギリシア人やローマ人は、この骨をサイコロとして使っていた。
- ^ ここに出て来るヘラジカ(Alces)には、後肢の膝関節がなく、一度横たわると二度と起き上がれないと言う(カエサル『ガリア戦記』第6巻第27節)。これと似た話が プリニウスの『博物誌』第8巻第16(15)章第39節 にも見られる。そこにはアクリス(Achlis)というヘラジカに似た生き物が紹介されているが、後肢の関節を持たないことなどカエサルの言うヘラジカ(Alces)と内容が一致している。
- ^ 逸名作家『西洋中世奇譚集成 東方の驚異』(池上俊一訳)講談社学術文庫 2009 (ISBN 978-4-06-291951-7)、122頁。
- ^ 中世のラテン語訳聖書では h が付いたり付かなかったりする。
- ^ ノアの方舟に乗らないユニコーンたち。Tobias Stimmer, Neue künstliche Figuren Biblischer Historien, Basel 1576 の中の木版画。ユニコーンのつがいが、ノアの方舟に乗り込むことを拒否している。
- ^ バールラームとヨサファートの物語は、中世ヨーロッパにおいて、沢山の異本が知られており、6世紀のビザンチンに起源を持つという。さらに、いくつかの物語は、仏陀の生涯にかなり類似しているという。
- ^ The Worshipful Society of Apothecaries of London
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