しんめいき 【申命記】
申命記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/11 07:21 UTC 版)
| 申命記 | |
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| Deuteronomii | |
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申命記31–32章の写本(フアード・パピルス、紀元前1世紀)
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| 基本情報 | |
| 宗教 | ユダヤ教、キリスト教 |
| 作者 | モーセ(伝承) 複数の匿名書記官(高等批評) |
| 言語 | ヘブライ語 |
| 時期 | 紀元前15–前14世紀頃(伝承) 紀元前7–前5世紀[1](高等批評) |
| 章節 | 34 |
| 詳細は聖書正典を参照 |
| 旧約聖書 |
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伝統的には、申命記を含むトーラーはモーセに帰されるが、批判的な学者のほとんどは申命記の成立を紀元前7世紀から紀元前5世紀としている[1]。申命記法典(12〜26章)は、この書の中で最も古い部分と考えられている[2]。
列王記及び歴代誌の記述によれば、紀元前7世紀にヨシヤ改革を行ったユダ王国のヨシヤ王の治世下で、イェルサレム神殿の修理中に、祭司ヒルキヤによって「モーセの律法書」が発見された(列王記下22章8節、歴代誌下34章14節)。学術的な共通見解では、この「律法書」が申命記の写本、又は申命記の元になった文書のいずれかであると考えられている[3][4]。
名称
この書はヘブライ語では冒頭の語にもとづいて『デヴァリーム』(devarim)と呼ばれ、これは「言葉」という意味である[5]。一方、七十人訳聖書(ギリシア語訳)では『デウテロノミオン』(Δευτερονόμιον)、ウルガータ聖書(ラテン語訳)では『デウテロノミウム』(Deuteronomium)の名称で呼ばれている。どちらも「第二の律法」の意味だが、これは七十人訳の訳者が17章18節にある「律法の写し」という言葉を「第二の律法」という意味に誤訳したことから付けられた名称である[6]。日本語における『申命記』という書名は漢語訳聖書での名称から来ており、「繰り返し命じる」という意味の漢語である[6]。
構成
『申命記』は、死を前にしたモーセがモアブの荒れ野で民に対しておこなった3つの説話をまとめたものである、と伝承されてきた。
- 第一の説話(1章 - 4章):40年にわたる荒れ野の旅、神への忠実。
内容
十戒
並行箇所:出エジプト記20:2–17、申命記5:6–21
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。—申命記5章6–21節(新共同訳)
モーセの死
モーセがカナンに入ることを許されなかった理由については「メリバの水」を参照。
—申命記34章4節(新共同訳)
著者・成立年代
『申命記』に著者を示す記述はなく、その作者が何者かをめぐって議論が存在する。また、それと関連して第1章第1節の解釈にも揺れが生じている。
伝統的解釈
古代以来、伝承ではモーセ五書はすべてモーセが書いたとされていた。タルムードが初めて、モーセがモーセ五書のすべてを書いたという伝承に関する議論を提起した。どうやってモーセが自らの死を記述しえたのか、という疑問が示されたのである。あるラビはモーセが自らの死と埋葬を予言的に記述したという見解を述べたが、多くのラビたちはモーセの死と埋葬に関する部分のみヨシュアが書いたとすることで、この疑問への答えとした[要出典] 。
中世の解釈
中世に入ると12世紀のユダヤ人聖書学者アブラハム・イブン・エズラが、初めてモーセ五書に関する学術的と言える研究をおこなって、『申命記』の記述のスタイルや文体・語法が他の四書と明らかに異なっていることに注意を向けた[要出典] 。彼は古代以来の伝承に従って、スタイルの違いは他の四書の記者であるモーセと『申命記』の記者であるヨシュアの違いによるものだろうと考えたが[要出典] 、15世紀のドン・アイサック・アブラヴァネルは著書『申命記詳解』の序文で、『申命記』のみ他の四書とは異なる(ヨシュアでもない)別個の著者の手によるものとする見解を示した[要出典] 。
近代の解釈
近代に入って旧約聖書と古代イスラエルの歴史に関する学術的な研究が進むと、19世紀の初頭に『列王記 下』の終盤と『歴代誌』34章に記されたヨシヤ王治下での宗教改革と『申命記』を結びつける説が、ヴィルヘルム・M・L・デ・ヴェッテによって唱えられた[7][8][9]。『列王記 下』と『歴代誌』の記述によれば紀元前621年、ヨシヤ王は聖所から偶像崇拝や異教の影響を排除し、その過程で大祭司ヒルキヤの手によって当時失われていた律法の書物が新たに発見された[10]。ヒルキヤはヨシヤ王にこの書物を見せ[10]、2人は女預言者フルダにこれが失われた律法の書であることの確認を求めた[11]。フルダがこれこそが本来の律法であると告げたため[11]、王は民衆の前でこの書を読み上げて、神と民の契約の更新を確認し、以後の儀式がこの書に基づいておこなわれる旨を告げた[10]。タルムードに収められたラビたちの伝承と同じく[要出典] 、以降の研究者たちもこの「失われた書物」こそが『申命記』に他ならないと考えた[12]。『申命記』はモーセ五書の中で唯一、「ただひとつの聖所」の重要性を訴えており[13]、当時、多くの場所に存在していた聖所を一箇所にまとめること、それによって王権を強化することがヨシヤ王の改革の狙いだった、と考えられたのである[14]。このことから、ヨシヤの改革を「申命記改革」(「申命記革命」「申命典革命」とも)と呼ぶ[15][注釈 6]。
ラビたちは、なぜヨシヤ王とヒルキヤの2人は女預言者フルダにのみ書物を見せ、同時代のより重要な預言者エレミヤとゼカリヤに見せなかったのか、という重要な疑問も提示している。ラビたちの解答は、ゼカリヤは病気であり、エレミヤは遠出していたためだ、というものであった[要出典] 。この疑問に答えて研究者たちは、『申命記』は発見されたのではなく中央集権化を狙ったヨシヤ王とヒルキヤの政治的意図に基づいて新たに作出されたものであり、2人は『申命記』をモーセ五書に加えることでモーセの権威を付与したのだ、という説を立て、だからこそ2人は『申命記』を在野の預言者たちには見せず、自分たちの側に立つフルダにのみ見せたのだ、と解答している[要出典] 。申命記を後代の作書とするデ・ヴェッテの学説を基盤に、近代旧約学の父と呼ばれるユリウス・ヴェルハウゼン[18]は19世紀後半にイスラエル宗教進化の史観に基づく発展文書説を提唱した[要出典] 。リベラル派の立場に立つ者では、『申命記』の著者がモーセではないとするデ・ヴェッテの文書仮説をそのまま受け入れる人は少ない[9][要出典] 。しかし、申命記の成立を紀元前7世紀とする立場は、現代のほとんどの聖書学者が受け入れる定説となっている[19][20]。M・ワインフェルドは、その根拠として申命記の構成が前7世紀のアッシリヤ国家の条約文の表現形式に影響されていることを挙げている[要出典] [21]。それに対し、保守的聖書学者のケネス・A・キッチンは、『申命記』1章-32章の構造は前2千年期(紀元前20世紀)後半の宗主権条約の形式に合致しており、その著作年代を紀元前7世紀とする必要はないと主張している[22]。
現代の保守的解釈
ユダヤ教正統派やキリスト教福音派では『申命記』の著者がモーセであり、実際に失われてヨシヤの時代に再発見されたとされている[要出典] 。
本文
外部リンク
- 申命記(新共同訳) - YouVersion
- 申命記(ヘブライ語・英語対訳) - biblebento.com
影響
宗教思想
文化芸術
脚注
注釈
- ↑ 上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。(新共同訳)
- ↑ みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。(新共同訳)
- ↑ あなたの神、主が命じられたとおりに。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。(新共同訳)
- ↑ あなたの神、主が命じられたとおりに。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生き、幸いを得る。(新共同訳)
- ↑ 隣人の家、畑、男女の奴隷、牛、ろばなど、隣人のものを一切欲しがってはならない。(新共同訳)
- ↑ ヨシヤによる改革の実際については、1955年に発見され1958年に出版された考古資料「エサルハドン王位継承誓約文書」(略称: ESOD)、さらに2009年のESODタイナト版の発見以降、多くの議論が提起され、さまざまな見解が提出されている[16]。また少数説だが、ヨシヤによる改革(申命記改革)そのものを歴史的事実ではないフィクションと考えるグスタフ・ヘルシャーやオットー・カイザー (学者)などによる研究も存在する[17]。
一次資料対応箇所
出典
- 1 2 Stackert, Jeffrey (2022). Deuteronomy and the Pentateuch. Anchor Yale Reference Library. Yale University Press. ISBN 978-0-300-16751-1. p. 136.
- ↑ Van Seters, John (1998). "The Pentateuch". In Steven L. McKenzie; Matt Patrick Graham (eds.). The Hebrew Bible Today: An Introduction to Critical Issues. Westminster John Knox Press. ISBN 9780664256524.
- ↑ Sweeney, Marvin A. (2001), King Josiah of Judah, Oxford University Press, p.137. ISBN 978-0-19-513324-0.
- ↑ Na'aman, Nadav (2011). "The Discovered Book and the Legitimation of Josiah's Reform". Journal of Biblical Literature. 130 (1): 47–62. doi:10.2307/41304187. ISSN 0021-9231. JSTOR 41304187. S2CID 153646048.
- ↑ 「申命記」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』。コトバンクより2022年2月2日閲覧。
- 1 2 「申命記」『日本大百科全書(ニッポニカ)』。コトバンクより2022年2月2日閲覧。
- ↑ 山我 2017, pp. 14–16, “実は申命記という文書はこの、紀元前7世紀末に行われたユダヤの王ヨシアの宗教改革に関連していると考えられています。このことを、デ・ヴェッテというドイツの学者が、19世紀の最初に指摘し、それが今でも基本的には受け入れられています。[...] このように、申命記がヨシヤ王の時代の宗教改革と関連するというのは、先に述べましたように、19世紀の最初にデ・ヴェッテというドイツの旧約学者が指摘して以来定説化しているわけですが、[...}”.
- ↑ 髙橋 2017, p. 4.
- 1 2 後藤茂光「申命記」『新聖書辞典』いのちのことば社、1985年、661ページ。
- 1 2 3 山我 2017, pp. 13–16, 29–30.
- 1 2 西満「旧約聖書正典の形成と決定原理」『キリストと世界 : 東京基督教大学紀要』第3巻、東京基督教大学、1993年3月、2-3頁、CRID 1050564287523155456、 ISSN 0916-9881。
- ↑ 髙橋 2017, p. 4, “この書物〔ヨシヤの神殿修復の際発見された書物〕は1805年にデ・ヴェッテ(1780-1849)によって申命記と同定され、後にヴェルハウゼンに受け継がれることによって、ほとんどの研究者の間で一致をみる数少ない事項のひとつとなった。”.
- ↑ 山我 2017, pp. 12–13.
- ↑ 山我 2017, p. 15.
- ↑ 「申命記改革」『世界大百科事典〈旧版〉』。コトバンクより2024年3月9日閲覧。
- ↑ 髙橋 2017, pp. 10–16, 「六 楔形文字文書と申命記の関係」.
- ↑ 髙橋 2017, p. 5-7.
- ↑ 髙橋 2017, p. 2.
- ↑ 山我 2017, pp. 14–16.
- ↑ 髙橋 2017, p. 4, “そしてJ資料やE資料の存在さえ疑われている現在でも、多くの研究者によって申命記の年代はヨシヤ時代の前7世紀だということが受け入れられている。”.
- ↑ 髙橋 2017, p. 11, “〔ESOD〕出版後ただちに申命記28章の祝福と呪いのリストとの類似が指摘され、ワインフェルド(1925-2009)がもっとも説得的な説明を与えた。”.
- ↑ K・A・キッチン 著、津村俊夫 訳『古代オリエントと旧約聖書』いのちのことば社、1979年、170ページ。
- ↑ 山我 2017, pp. 8–9.
参考文献
- 山我哲雄「講演 聖書に学ぶ : 旧約聖書の歴史観 特にいわゆる「申命記史書」を中心に」『紀要』第16巻、藤女子大学キリスト教文化研究所、2017年3月、14-16頁、 CRID 1050282677860004864、 ISSN 1348-3870。
- 髙橋優子「「ヨシヤ改革」研究史 : タイナト版「エサルハドン王位継承誓約文書」発見を受けて」『宗教研究』第91巻第1号、日本宗教学会、2017年6月、1-23頁、 CRID 1390001205953845376、 doi:10.20716/rsjars.91.1_1、 ISSN 2188-3858。
関連項目
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