スズメバチ
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毒
スズメバチ類は強力な毒を持つものが多く、他者への攻撃性も高い非常に危険な蜂である。他のハチと同様に、毒針、毒嚢、毒腺は生殖器が変化した物で、刺すのは雌だけである[14]。女王蜂も毒針こそ持つものの攻撃性は低く、刺すことはほとんどない。雄は毒針を持たないので刺すことは無いが、威嚇のため刺す姿勢だけは取る[13]:48。
毒針の構造
毒針は、鋸状の細かい刃が密生した2枚の尖針が刺針の外側を覆うという構造をしており、この尖針が交互に動くことにより、皮膚のコラーゲン繊維を切断しながら刺さっていく。ミツバチと違い一度刺しても自身が死ぬことはない。刺針の鋸状の刃は、ミツバチのような「返し」状の粗大なものでなく、皮膚のコラーゲン繊維に引っかかって抜けなくなることはないため、毒液が残っている限り何度でも刺してくる。
また、毒液は刺して注入するだけでなく、空中から散布することもある。散布された毒液は警報フェロモンの働きをし、仲間を集めて興奮させるため、集団で襲ってくる。特別な装備がなければ早急にその場から離れるのが望ましい。
防護服を着ていても刺される場合がある他、呼吸孔から顔へ毒液を飛ばす場合もある。目に入ると失明する他、皮膚に触れると炎症を起こす。
成分とメカニズム
毒液は様々な微量の生理活性物質の複雑な混合物であり、別名「毒のカクテル」と呼ばれる[15]。各成分の比率や組成は、種毎に異なっている[16]。
- ヒスタミン - 炎症作用を持つ
- 神経毒(セロトニン、アセチルコリン)- 量が多いと呼吸不全や心肺停止の原因となる
- ペプチド(ホーネットキニン、マストパラン、マンダラトキシン、ベスパキニン) - アナフィラキシーショックの原因となる
- タンパク質(細胞膜を分解するホスホリパーゼ、タンパク質を分解するプロテアーゼ) - これもアナフィラキシーショックの原因となる
これらの毒物質の多くは人を含む動物の免疫系や神経系に関係した情報伝達物質でもあり、毒液に含まれる動物組織の構成物質を分解する酵素によって消化、破壊された組織を通じて、速やかに皮下組織に拡散、さらには血管系を通じて全身を巡り、免疫系や神経系の情報処理機構を攪乱。それによって激しい痛みや免疫系の混乱による急性アレルギー反応(アナフィラキシーショック)などを引き起こす。よって、刺された場合には、ごくまれではあるが、アナフィラキシーショックにより、蕁麻疹のように赤く腫れる場合がある。(実際に、アナフィラキシーショックによって引き起こされる蕁麻疹もあり、魚などのヒスタミンに反応して起こる場合がある。だが、スズメバチの毒との関連性は不明である。)
刺されないための対応
行動上の注意点
スズメバチ類は巣や縄張りの強い防衛行動をもつため、巣や縄張りから10m以内に近づくと警戒行動をとり接近者の周囲を飛び回る。また一部は好戦的な性格であるため、攻撃目的で刺してくることもある。蜂の接近に驚いて声高に騒いだり、はたき落そうとしたりすると、却って蜂が興奮して危険度が増す。興奮したオオスズメバチは非常に好戦的であるが故に余計に危険な存在となる。
スズメバチは対象が巣に近づいたり睨み合ったりなどすると、左右の大顎を噛み合わせて打ち鳴らし、「カチカチ」という警戒音を出し威嚇してくることもあるが、これは最終警告の段階であり、それでもその場から立ち去らないと、仲間の蜂を呼び寄せて集団で攻撃してくる。
ただし、オオスズメバチやキイロスズメバチは巣への接近者に対し、警戒音を出すことなく突然攻撃してくる場合も多く、状況によらず巣に近寄るのは大変危険である。特にオオスズメバチは、他のスズメバチ類が基本的に自らの巣のみを防衛するのに対し、夏季には、クヌギなどの樹液の浸出部を、樹液を成虫の餌とするため同じ巣のメンバーで占拠した場合、自らの巣と同様に防衛行動の対象とすることがある。また秋季には、集団攻撃によってミツバチや他種のスズメバチの巣を襲撃し、反撃するその成虫を根絶やしにした後、それらの巣から幼虫やさなぎを自分たちの幼虫の餌として搬出するという行動をとるが、行動中はそれらの巣もまた自らの巣と同様に防衛行動の対象とするので、危険である。
オオスズメバチが他種のスズメバチの巣を襲う秋季(特に9月以降[2])も、多くのスズメバチ類がオオスズメバチへの警戒態勢を強めて巣の防衛行動をより一層強く活性化させていることから、注意を要する。
香水や黒い服もスズメバチを興奮させる恐れがあるので、夏・秋に山や森に行く場合は香水や黒い服を控えるべきである。というのも、香水には、しばしばスズメバチ類の警報フェロモンと同じ物質が含まれているからである。特に多くの果物にも含まれている2-ペンタノールは、オオスズメバチの場合最も活性が強いとされている。黒い服は、スズメバチ類がしばしば幼虫やさなぎの捕食者として攻撃標的とするからである。ヒトを含む大型哺乳類の弱点が黒色部分(眼や耳孔など)であることから、黒色あるいは暗色部分を識別することによって攻撃行動を活発化させる行動特性を刺激するという説もある。実際、スマトラのヤミスズメバチは人の目を狙って刺しにくることが多く、刺された場合には失明することも多い[4]:18また、防護服などは概ね白いが、だからといって白い服なら安全というわけではない。例えば夜になると白い服でも積極的に攻撃されることがあり、これは色のコントラストを識別してのものと考えられる[17]。興奮したスズメバチは、昼間に白い色でも攻撃する(黒い色のものをより攻撃する)[13]:102。
バーベキュー等アウトドアでの飲食する場合に散見されるのは、飲み残しや飲んでいる最中に一時手を離して放置された清涼飲料水やアルコール飲料の缶内にスズメバチが潜り込み、再度飲もうとするときなどに口などを刺される事故である。スズメバチは成虫の活動に必要な糖分を求めてビールや缶チューハイと呼ばれる一連のアルコール飲料や、各種清涼飲料水に誘引されるので、飲まないときはクーラーボックスにしまう、飲み終わった缶は水ですすぐ、缶入り飲料を避けるなどスズメバチを寄せ付けないよう注意を払う必要がある。
屋内においてスズメバチが1匹程度飛び回っている場合は、むやみに手で振り払ったり直接強く握ったりしない限り、刺されることはまずないといってよい。人間の身体に接近して飛び回るのは興味本位からの警戒行動であり、積極的な攻撃に移る可能性は非常に低いのだが、身体の大きさや羽音に驚いて手を出して刺激してしまうことがハチ被害の主な原因となっている(近年都会でヒメスズメバチのオス蜂が単独で探索行動をし、マンションなどの屋内に飛来する事例が増えているが、オスには毒針が無いため刺される心配はない)。
蝿や蚊などのスプレー式殺虫剤で駆除することも可能だが、ハチには効きにくく、弱って息絶えるまでに長時間かかる上、却って激しく飛び回るので、数秒間ある程度の距離(1-2m)をとり、直接数秒間噴霧した直後は室内を完全に締め切り、弱って動きが全くなくなるまで現場を離れることで被害を大幅に防ぐことが可能である。もし、襲って来たら、姿勢を低くすることも有効とされる。これは、スズメバチは上下の動きが苦手であるためである。また、スズメバチは花の香りの成分である2-フェニルエタノールおよびその誘導体を忌避する[18]。
ハチは毒針を上向きにして仰向けで死んでいることが多く、たとえ死体が腹部のみであっても触ると反応して刺してくることがあるため、注意して扱う必要がある。
巣の駆除
防護服や装備を着用した上、夜間ハチの活性が低下した状態で煙幕や強力な殺虫剤を併用し、巣ごと取り去る。
経験のない一般人による巣の駆除は危険であり、駆除専門の業者に依頼することが望ましい。自治体によってはスズメバチの駆除費用は自治体負担で請け負ったり、防護服の貸し出しを行っていたりする場合がある[19]。巣が大きいほど殺虫剤の必要量も多くなるため、特に、風通しが悪い場所では人間側も殺虫剤を吸引しすぎないように注意しなければいけない。
焼却による駆除法に関して、2013年9月7日には、巣を火でいぶして駆除しようとしたためにその火が家屋に燃え移り、火災になったという事例も発生している[20][21]。
高圧放水やゴム弾により巣ごと破壊する試みもあるが一般的ではない。また、巣の材料やスズメバチの体液などが飛散し、付近を汚す可能性もある。
養蜂家の間では、清涼飲料水と酒を混ぜた液体を入れたペットボトルによるトラップや、ネズミ取り用の大型粘着シートで効率的に駆除出来ることが知られている。
2020年には、エサを巣に持ち帰らせて全滅させる殺虫剤が発売され、大掛かりな装備の用意や巣に近寄ることをせずに駆除できる手段として話題となった[22]。
刺された場合の対処法
近くに巣がありスズメバチの毒液のにおいに誘引されて仲間の蜂も集まってくる危険性があるので、まずはその場所から離れて応急処置を行う[2]。
応急処置
- 医師から処方を受けるなどの方法で事前にアドレナリンを主剤とした自己注射薬のアドレナリン製剤(エピペンなど)を入手している場合は、これを用いることによって一時的にアナフィラキシーショックの症状を緩和することが出来る。ただし、これも補助的な役割を果たすだけに過ぎない。
- 傷口を強く絞ったり吸引器を用いる方法で毒液を体内から外に出す。この際、口で毒液を吸い出してはならない(口に傷があった場合、そこから毒が染み込む可能性があるため)[23]。
- 傷口を流水ですすぐ(患部の冷却と毒液の排出のため)[23]。
医師による治療の例
- 神経毒への対処:酸素吸入、強心剤、昇圧剤、利尿剤の投与。
- アレルギー症状への対処:アドレナリンの筋注、抗ヒスタミン剤[23]、副腎皮質ホルモン剤、ステロイド[23]の投与。
- 刺傷部位への対処:抗ヒスタミンクリーム (Antihistamine Cream) や、ヒドロコルチゾンクリーム (Hydrocortisone Cream) などの副腎皮質ホルモン剤ステロイド外用薬の塗布。
日本国の平成15年人口動態統計では24人がスズメバチによる刺傷で死亡している[24]。これは熊による死者数の数倍で、有毒生物による生物種類別犠牲者数では最も多い。死因はアナフィラキシーによるショック死が主で、毒液の直接作用によるものは少ないとされる[25]。多量のハチ毒注入による直接作用もアナフィラキシー様反応が起き、アナフィラキシーとして扱う場合がある[26]。
刺されると、直後から非常に強い痛み、数分後には患部の炎症と腫れ、体温の上昇等の症状が起こる。またハチ毒の中には神経毒の成分も含まれるため、一度に大量のハチに刺され、注入された毒の量が多いとハチ毒そのものが原因で麻痺が起き、やがて呼吸不全や心停止に至る。特に数百匹単位での集団攻撃を受けるとひとたまりもなく瞬時に死に至ることもある。
刺された場合は、更に集団で襲われることがあるので、スズメバチの攻撃行動をより刺激する危険のある大きな身振りを控えつつ、速やかにその場から離れる。そして、患部を冷やしながら出来るだけ早く病院に行くべきである。毒液が目にはいると最悪の場合角膜の潰瘍を引き起こし失明するおそれがあるので、すぐに水で目をすすぎ病院で治療を受ける必要がある。過去に刺されたことがある場合は、たとえ前回大事に至らなくても短時間でアナフィラキシーショックを起こす可能性が高くなり、場合によっては死に至ることもあるので非常に危険である。アナフィラキシーショックを起こしている場合は、気道内の浮腫や大量の分泌物による閉塞により呼吸困難に陥り死亡する。刺されてから1時間以内の死亡例が多く報告されている[27]。
以下の場合は、直ちに救急車等で病院へ向かう[28][23]。
- 発疹、頭痛、気分が悪い、吐き気等の症状が出た場合や数十分以内に症状が出た場合。
- 顔がほてり、目が痒く、涙が出て目がイガイガして呼吸が苦しくなる場合。
- 目を刺された場合。
- 以前ハチに刺され、発疹や吐き気等の症状が出た者が再度刺された場合。
- 沢山刺された場合(首、頭、顔、心臓に近い所は特に注意)。
- 刺された部分以外の皮膚に痒い赤み、蚯蚓腫れが出る場合。
抗ヒスタミン剤やステロイド系抗炎症薬を含む軟膏があれば、それを塗るのもよい[23]。
なお、俗に言われる「ハチの毒にはアンモニアが効く=アンモニアが含まれる尿をかけるといい」というのは迷信である[2]。これは、同じハチ目であるハチとアリの毒液成分の分析がまだ十分でなかった時代に、例外的に刺針を有しないヤマアリ亜科のアリが、ギ酸を大量に含む毒液を水鉄砲のように飛ばして敵を攻撃することが知られていたことから、他のハチ目の毒の主成分も同じであろうと拡大解釈したことによる誤解と考えられる。ヤマアリ亜科以外のハチ目の毒にはギ酸は含まれておらず、アンモニアによる中和効果は期待出来ない。そもそも、ヒトの尿に含まれる窒素排泄物は尿素であり、これを腐敗させて尿素を分解しない限りアンモニアを得ることはできない。
注釈
出典
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- ^ 凶暴なオオスズメバチを虫網で捕まえてはちみつ漬をつくる! ただし、「虫網での捕獲は危険」との注意書きがある。
- ^ スズメバチも蜂蜜をつくる?
- ^ スズメバチ酒製造法
- ^ 生きたスズメバチで作った焼酎を飲んでみた→塩っぽい味がした→「その毒成分です」
- ^ “串原にへぼミュージアム 恵那農高生が整備”. 岐阜新聞Web. 岐阜新聞社 (2017年11月2日). 2017年11月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年11月2日閲覧。
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