異郷訪問
『古事記』上巻 ホヲリ(=山幸彦)は、塩椎神(しほつちのかみ)の教えで无間勝間(まなしかつま)の小舟に乗り、潮路にそって海神宮(わたつみのみや)に到る。彼は海神の娘トヨタマビメと結婚し、その国で3年を過ごした〔*『日本書紀』巻2「神代下」、第10段・本文では、塩土老翁(しほつちのをぢ)が、ヒコホホデミ(=ホヲリ)を籠に入れて海に沈めた、と記す。一書第1では、「一に云はく」として、竹籠を筏にして浮かべ、そこにヒコホホデミを細縄で結びつけて沈めた、という別伝を記す〕。
『古事記』中巻 〔第11代〕垂仁天皇は、海の彼方にある常世の国にタヂマモリを遣わして、時じくのかぐの木の実(=橘)を捜させた。しかし、タヂマモリが木の実を得て帰って来た時には、垂仁天皇はすでに崩御されていた。タヂマモリは天皇の御陵に木の実をささげ、泣き叫んで死んだ〔*『日本書紀』巻6では、垂仁天皇90年(A.D.61)2月1日にタヂマモリを派遣、99年(A.D.70)7月1日に天皇140歳で崩御、翌年3月12日にタヂマモリ帰還、と記す〕。
『三宝絵詞』上-4 大施太子は、海中の如意珠を求め船出する。宝の山を過ぎて船を捨て、徒歩で水を渡り、銀沙の浜・金沙の浜・青蓮の咲く所・紅蓮の咲く所などを経て、龍王の宮に到る。太子は、龍王の左耳中の珠を得る。
『和漢三才図会』巻第56・山類「補陀山(ふだらくせん)」 〔第87代〕四条天皇の代(1232~42)、下河辺(しもこうべ)六郎行秀入道知定房は那智から船に乗り、南海へ向かった。船の楼(やぐら)を釘づけにして閉じ、中で『法華経』を読誦し続け、30余日にして補陀洛山(ふだらくせん)に到着した。その山は険しく岩谷は幽邃で、山頂には池があり石の天宮があった。ここは観世音の遊行の地である。知定房は止住すること50余日で、また船に乗って帰朝した。
*海・湖・池・滝が龍宮へ通ずる→〔龍宮〕1a・1b・1c・1d。
*海の世界は、そのまま天上世界に通じている→〔海〕6aの『丹後国風土記』逸文(浦島)。
『剪燈新話』巻2「天台訪隠録」 明の人徐逸は、5月5日の端午の節句に、薬草を採りに天台山の奥深く入って、渓流に瓢(ひさご)が流れ来るのを見た。渓流に沿って上ると、40~50軒の集落がある。宋の末期に戦乱を逃れた人々が、ここに住みついていたのだった。陶という老人が、宋代の思い出をいろいろと語ってくれた。生まれ年から計算すると、陶老人は140歳になるはずだが、50~60歳くらいにしか見えなかった→〔道しるべ〕4。
『捜神後記』巻1-5 晋の太元年間(376~396)、漁夫が両岸に桃林を見つつ谷川をさかのぼり、山奥の一村に到る。そこは数百年前、秦末の戦乱を避け、隠れ住んだ人々の子孫の村だった。漁夫は村人に歓待され、数日間滞在した。
『遠野物語』(柳田国男)63 女が蕗を取るため小川沿いに山へ入り、谷の奥深くまで遡ると、立派な黒い門の家がある。花が咲き、鶏や牛馬が飼われ、中には多くの膳碗が用意され、湯もわいている。しかし人影はなく、女は恐ろしくなって逃げ帰る。これはマヨイガというものである→〔川〕5a。
『蒙求』344所引『続斉諧記』 山で道に迷った2人の男が、谷川にかぶら菜の葉と椀が流れて来るのを見る。人家が近いのだろうと考え、谷川を渡り山を越えて大勢の仙女の住む里へたどり着く。2人は半年ほど仙女と夫婦暮らしをした後に故郷に帰り、7代目の子孫と会う。
★3.地底。
『河童』(芥川龍之介) 「僕」は上高地から梓川を遡り、1匹の河童に出会う。これを追いかけて熊笹の中の穴に落ち、地下の河童の国へ到る。「僕」は、詩人トック・哲学者マッグ・音楽家クラバック・漁夫バッグなど、多くの河童たちと親交を結び、河童世界と人間世界とを対比していろいろなことを考える。1年前後を河童の国で過ごした後、一軒の家の天窓から下がっている綱梯子を攀じ登り、「僕」は地上へ帰る。
『古事記』上巻 オホナムヂ(=大国主命)は木の国に行き、木の股を経由して根の堅州国を訪れる。根の堅州国で彼はスセリビメに出会い、その父スサノヲからさまざまな試練を受ける。オホナムヂは試練を乗り越え、スサノヲが眠っている間に、スセリビメを背負って逃げ去る。オホナムヂはスセリビメを正妻として、出雲国に大きな宮殿を造る〔*『老いたる素戔嗚尊』(芥川龍之介)では、根の堅洲(=州)国は地下世界ではなく、遠い海の向こうにある島、と設定している〕。
『諏訪の本地』(御伽草子) 甲賀三郎は、兄の奸計で蓼科山の人穴の底に置き去りにされる。三郎は地底の国々を遍歴して維縵国に到り、国王の婿となって10年を過ごした後に地上へ帰還する→〔再会(夫婦)〕1。
★4.天上。
『天稚彦草子』(御伽草子) 長者の末娘が、天稚彦(=天稚御子)の妻になる。天稚彦が天に昇ったまま帰らないので、妻は一夜ひさご(*→〔瓢箪〕5)を伝わって天へ昇り、夫を捜し求める。天稚彦の父鬼から難題を与えられた後、2人は結婚を許される。天稚彦は彦星、妻は七夕(織姫)となり、1年に1度、7月7日に逢うことになった。
『源五郎の天昇り』(昔話) 源五郎が拾った太鼓をたたくと鼻が天までのび、杭代わりに天の川の橋の欄干にくくり付けられる。太鼓の裏をたたくと鼻は縮み、源五郎の身体が天までたぐり上げられる。源五郎はそこで雷の手伝いをし、地上に雨を降らせる(長崎県南高来郡)。
『天人女房』(昔話) 夫が、天人女房のあとを追って天に昇る。女房の親の出す難題をやり遂げるが、瓜を切ったために、瓜から出た大水に流されて女房と別れ別れになる。2人は年に1度、7月7日にしか逢えなくなる(香川県三豊郡)。
*→〔天〕1の『ジャータカ』第494話・『神曲』「天国篇」。
★5a.異郷を再度訪れようとしても道がわからず、二度と行くことができない。
『太平広記』巻16所引『続玄怪録』 義方は嫁いだ妹に会うべく、遠方の山里にある婿の屋敷を訪れる。そこは鳳凰が飛ぶ仙郷であり、義方は黄金を土産にもらって帰る。何年も経て後、義方は再び妹を訪れようとするが、山と川が入りくんで道がなく、行きつけなかった。
『ドイツ伝説集』(グリム)9「よろず開きの根」 羊飼いが王女に導かれて、洞穴から山の内部に入る。よろず開きの根を近づければ、閉じた扉や通路は次々に開き、山の真中まで来ると、宝石や金に満ちていた。羊飼いはそれらをポケットに詰め込むが、王女の「いちばん大事なものを忘れるな」との忠告にもかかわらず、よろず開きの根を置き忘れて家に帰る。そのため、山への入口は2度と見つけ出せなかった。
『遠野物語』(柳田国男)64 男が山中で道に迷いマヨイガにたどり着くが、恐ろしくなって村に引き返す。「マヨイガから膳碗を取ってくれば長者になれる」というので、大勢の村人が男の案内で山の奥へ入り、マヨイガを捜す。しかしついに見つからなかった。
*目印を道々つけておくが、それでもわからなかった→〔道しるべ〕4。
★5b.いつもとは違う道から町へ入ったために、異郷をかいま見る。
『猫町』(萩原朔太郎) 北越K温泉に逗留する「私」は、近くのU町へよく出かけた。ある時「私」は道に迷って方向感覚を失い、いつもと違う方角からU町へ入った。そのため前後左右の逆転した町並み、いわば景色の裏側を見て、「未知の土地に来た」と錯覚した。一瞬「私」は、猫の集団が街路を歩き、家々に住んでいるさまを幻視した。
★6.少年少女の異郷訪問。
『オズの魔法使い』(ボーム) カンサス地方を襲った大竜巻で、ドロシーは愛犬トトとともに家ごと巻き上げられ、魔法使いオズの国に着地する。そこで出会った、かかし・ブリキの木こり・ライオンと一緒に、ドロシーは旅をして、オズの住むエメラルドの都へ行く。しかしオズに面会すると、オズが魔法使いなどではなく、ただのペテン師の老人だったことがわかる。ドロシーは魔法の銀の靴をはいて、故郷カンサスへ帰る。
『ピーター・パン』(バリ) ピーター・パンは、ダーリング家の3人の子供ウェンディ、ジョン、マイケルを連れ、2つ目の横町を右、それから朝までまっすぐ飛んで、ネバーランドの島へ行く。彼らはそこで海賊フック一味をやっつけ、手に入れた海賊船に乗って帰って来る。
*→〔穴〕2の『不思議の国のアリス』(キャロル)・〔鏡〕5の『鏡の国のアリス』(キャロル)・〔クリスマス〕1aの『青い鳥』(メーテルリンク)・『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)。
『カンディード』(ヴォルテール)第17~18章 ヨーロッパから南米に渡ったカンディードは、従者カカンボとともに小舟で川を流れ漂い、エルドラドに到る。そこは、宝石や黄金が往来に小石のごとくころがっている理想郷であり、2人は1ヵ月間滞在した後、多くの宝石と黄金をもらってヨーロッパへ戻る→〔従兄弟・従姉妹〕1・〔追放〕2。
『草枕』(夏目漱石) 日露戦争中の春、東京の画工である「余」は、九州・那古井の温泉を訪れ、出戻り娘の那美さんに出会う。那美さんは深夜に歌いながら歩いたり、浴室にいる「余」の前に裸身をさらすなどして、「余」を翻弄する。旧夫に再会した那美さんの顔に憐れの表情が浮かぶのを見て、「余」は那美さんの絵姿を胸中に描く。
*無為徒食の西洋舞踊研究家島村は、国境の長いトンネルを抜けて雪国に到る→〔異郷訪問〕9の『雪国』(川端康成)。
★7b.異郷の女と、家で待つ妻。
『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A)「夜行列車」 妻子ある初老の男が、喪黒福造にそそのかされて、会社から家へ帰らず夜行列車に乗る。男は見知らぬ町で降り、居酒屋の美人おかみと親しくなって、そこの2階で暮らす。2週間後、喪黒福造が現れ、「お宅へ1度電話なさったら?」と勧める。男が電話をかけると娘が出て、「パパ、すぐ帰って来て。ママが倒れたのよ」と言う。家へ帰る列車の中で、男は「さようなら。楽しい夢を見させてくれてありがとう」と1人つぶやく。
★8a.夢の中の異郷訪問。
『不思議の国のアリス』(キャロル) 夏の昼下がり、少女アリスは土手の上で読書する姉のそばにすわっているうち、すっかり退屈し、眠くなる。アリスは、走る兎を追って不思議の国に到り、奇妙な体験をするが、気がつくと姉の膝に頭をのせて眠っていたのだった。
『列子』「黄帝」第2 黄帝は昼寝の夢で、何千万里も彼方の華胥の国に遊んだ。そこには君主などはなく、人々は自然のままで欲望がなく、若死にする者もなく、一切の恐怖・危険もなく、形体を超えた精神の自由に満ちた理想郷だった。目覚めた黄帝は、思案工夫からは得られぬ道の極致を悟り、以後、天下は華胥の国のごとくよく治まった。
*→〔クリスマス〕1aの『青い鳥』(メーテルリンク)・『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)・〔夢オチ〕1の『隠れ里』(御伽草子)・『枕中記』(唐代伝奇)・『南柯太守伝』(唐代伝奇)。
『天路歴程』(バニヤン)第1部 荒野を歩く「私」は、穴窟(あなむろ)で眠り、以下のような夢を見る。背中に重荷(=原罪)を負った男(名はクリスチャン)が、書物(=『聖書』)を開き見て、自分の住む町が天からの火で滅びる運命であることを知る。彼は救いを求めて巡礼の旅に出、苦難の後に天の都に到り着く〔*第2部では、「私」は、クリスチャンの妻と子供たちもあとを追って巡礼の旅に出る、との夢を見る〕。
★9.一般に、異郷は一度だけ訪れるものであるが、異郷を三度訪れる物語もある。
『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話) ジャックは豆のつるを攀じ登って、天上に住む人食い鬼の家を3度訪れる。人食い鬼が眠るすきに、ジャックは1度目は金貨の袋を盗んで帰り、2度目は純金の卵を産む鶏を盗んで帰る。3度目には黄金の竪琴を盗むが、人食い鬼は目をさまし、豆のつるを伝って追いかけて来る。ジャックは斧でつるを切り、人食い鬼は地上に落ちて死ぬ。
『雪国』(川端康成) 東京に妻子のある、無為徒食の西洋舞踊研究家・島村は、雪国を3度訪れる。1度目はある年の5月で、島村は芸者・駒子と関係を持つ。2度目はその年の12月、島村は駒子の妹分・葉子を知る(→〔乗客〕2)。東京へ帰る日、駒子のいいなずけだった青年が病死する。3度目は、翌年の晩秋から初冬にかけての長逗留になる。もはやここを去らねばならぬと思った日、火事が起こる(→〔狂気〕4)。
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