女護が島とは? わかりやすく解説

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にょご‐が‐しま【女護が島】

読み方:にょごがしま

女性だけが住むという想像上の島。近世日本では八丈島がこれに擬せられた。にょごのしま

女性ばかり居る場所。古く大奥吉原遊里などをたとえていう。


女護が島

1.女人だけが住む島。

好色一代男巻8「床の責道具世之介世間遊女町を残らず巡り、ついに60歳達した。彼は財産整理し、仲の良い友人とともに総勢7人で、新造の船・好色丸(よしいろまる)に乗り組んだ強精剤・春画性具などを多量に積み込んで天和2年(1682)神無月の末に、伊豆国から女護の島めざして船出し行方知れずになった

★2.女護が島の女たちは、風を口や性器受けて身ごもる

御曹子島渡御伽草子御曹子義経蝦夷が島を目指し船出し途中さまざまな島を過ぎて女護が島に到る。そこでは、南州国から吹く南風女たち呑みこんで、子を産む。産まれるのは女ばかりである。義経女たち捕らわれるが、「多くの男を連れて来る」と偽って、島を後にする

風流志道軒伝平賀源内)巻之5 浅之進(志道軒)と百余人乗った船が女護が島に漂着する島の女たちは日本方に向かって帯を解き、風を受ければ懐胎し女子を産むので、男がいない。そのため浅之進たちは女郎ならぬ男郎にされる→〔身代わり4b

女人国の女たちが、臀部突き出して風にさらす→〔風〕5の『なぜ神々人間つくったのか』(シッパー)。

★3a.西洋の女護が島。

『アルゴナウティカ』アポロニオス第1歌羊皮求めてコルキス国へ向かうアルゴ船が、女ばかりの住むレムノス島寄港するイアソン以下の勇士らは、島の女たちに歓待され何日逗留し続ける。見かねたヘラクレス非難言葉発し、ようやくイアソンらは島を後にする

ケルト神話井村君江)「ダーナ神族妖精常若の国」 アイルランドの男ブラン前に乙女現れ、「海の彼方の楽しい国へ行きましょう」と誘う。ブラン27人の仲間とともに船に乗って女性だけが住む島に到り美食美女囲まれ日々を送る。やがて故郷恋しくなり、ブランたちは帰国の途につくが、その間アイルランドでは数百年が経過していた。仲間たち岸辺に足をつけたとたん、灰となってしまった。ブランは船から降りず、いずくともなく去って行った

★3b.南島の女護が島。

南島神話後藤明第2章「愛と豊饒神話」 カイタルギ島には、女だけが住んでいる。浜辺着いた水夫たちを見つけると、女たち寄って来て性交強要する1人の男に、次々と女たち挑んでくる。男が性交不能になれば、女は、男の鼻・耳・手足の指を使って性交をする。こうして男たち死んでしまう。性交結果男子生まれても、女たち酷使され少年のうちに死んでしまう(メラネシアトロブリアンド諸島)。

南島神話後藤明第2章「愛と豊饒神話ある男が、海に流され呑まれて、女だけの島にたどり着いた。そこでは娘が、タコノ木を夫として欲求満たしていた。男は、ヒナ・イ・ヴァイノイという娘と結婚した。島では、腹を切り裂く出産法しか知らなかった島の女年老いても、波乗りをすればまた若返ったポリネシアマルケサス諸島)。

中国女人国→〔妊娠〕4の『西遊記』百回本第53回

★4.女護が島の起源

椿説弓張月後篇巻之1第17回 鎮西八郎為朝三宅島沖の「女護の嶋」を訪れ、嶋の娘長女(にょこ)から、嶋の起源聞いた。昔、徐福不老不死の薬求め(*→〔不死〕3の『史記』・『太平広記』)、童男童女百人ずつを引き連れて日本紀州熊野へやって来た。時に孝霊天皇御代(BC290~215であった。しかし不死を得ることができぬまま、徐福熊野没した。それに先立って徐福は、童男たちを「男(を)の嶋」、童女たちを「女(め)の嶋」に住まわせた(*→〔性交〕9)。これが「女護の嶋」の起源である。

★5.女護が島の廃止

椿説弓張月後篇巻之1第17回~巻之2第18回 「女護の嶋」の風習(*→〔性交〕9)を聞いた鎮西八郎為朝は、嶋の娘・長女(にょこ)と夫婦になって双子太郎丸次郎丸)をもうけ、男女同居して海神のたたりはないことを、嶋人たちに示した。嶋人たちは喜び、「男(を)の嶋」の男の3分の2が「女護の嶋」へ、「女護の嶋」の女の3分の1が「男の嶋」へ移住して男女一緒に暮らすようになった

★6.女護が島と思ったら、鬼が島だった。

『今昔物語集』5-1 天竺の人・僧伽羅と5百人商人たち南海船出し逆風吹かれ大きな島へ漂着する。そこは男がおらず、美女ばかりの住む島だったので、僧伽羅たちは皆、美女を妻として楽しく暮らす。しかし美女たち正体羅刹鬼であり(*→〔部屋2b)、それを知った僧伽羅たちは、あわてて逃げ出す→〔馬〕6a

仙境異聞平田篤胤)上-2 天狗界で修行した寅吉少年は、日本の東海上約4百里にある女嶋を訪れ10日ほど隠れて様子見たことがあった。女ばかりの国なので、男が漂着すると、皆で食ってしまう。懐妊するには、束ねた笹葉各々手に持って西方拝み、女どうし互いに夫婦のごとく抱き合って、はらむのである

本当の話ルキアノス「私」仲間たち乗る船がたどり着いた島には、大勢美女がいた。女たちは、「私」たちを家へ招いてもてなそうとするが、よく見れば、あたりにたくさんの人間の骨や頭蓋散らばっている。女の足もとをのぞくと、驢馬の蹄(ひづめ)だった。かれらは「驢馬の脛」と称する海の女どもで、島を訪れた旅人餌食として暮らしているのだ。「私」たちは急いで船まで駆けつけ、帆を上げて島を離れた


女護島

(女護が島 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/27 02:43 UTC 版)

女護島(にょごのしま、にょごがしま)は、日本に伝わる伝説上の地名である。海上にある女性のみが暮らしているであるとされる。女護ヶ島などとも表記される。

概要

女護国(にょうごこく)[1]とも。女護島では女性のみしか生まれない、または育たないとされており、漂着するなどして男性が足を踏み入れると容易に帰ることは出来ないなどといわれる。女子国の記述がもとになっていると考えられる伝承である。

曲亭馬琴椿説弓張月』では源為朝が遠征した八丈島に比定されている。

井原西鶴による浮世草子好色一代男』では、主人公である世之介が最終的に向かう土地として登場している。江戸時代を通じて、物語や絵画にたびたび描写されている。映画『フランキー・ブーチャンの続あゝ軍艦旗 女護が島奮戦記』(日活1957年)でも題材に使われており、女性だけの一族「ワンワン族」の住む島として登場する。

慣用句

伝説を受け、遊里あるいは男子禁制の場所などを「女護島」と言い表したりする。また、明治期にはアマゾーン(Amazónes)のことも「女護島」あるいは「女護国」と翻訳されていた[2]

題材および名称を使用した創作

脚注

  1. ^ 佐藤鶴吉『元禄文学辞典』 藝林舎 1976年(再版。初版は1928年) 465頁
  2. ^ 梶山彬『才媛と逸話』 春畝堂 1910年 77 - 78頁

関連項目



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