異郷の時間
★1.山奥・仙界などの異郷で短期間を過ごしてから帰ると、現世では、異郷での十倍・百倍あるいはそれ以上の年月が経過していた。
『異苑』52「山中の双六」 ある人が馬で山道を行き、洞窟中で2老人が双六をするのを見る。下馬して鞭を杖がわりに観戦するうち、気づくと鞭が腐朽してばらばらになっていた。馬も骸骨と化し、帰宅しても見知った人はいなかった。
『西遊記』百回本第4回 孫悟空は天上に昇り弼馬温に任命されるが、それが位の低いただの馬番だと聞かされ、怒って花果山水簾洞に帰る。天上の1日は下界の1年なので、悟空が天上に半月余りいた間に、地上では10数年が過ぎていた。
『丹後国風土記』逸文 水の江の浦の嶼子(=浦島)は神女に誘われ、仙界で3年暮らした後に、郷里の筒川に帰った。村里を見回すとすっかり様子が変わっており、誰も知る人がいないので嶼子は驚いた。仙界で3年を過ごす間に、郷里筒川では3百余年が経過していた〔*『浦島太郎』(御伽草子)では、浦島太郎が龍宮城で3年暮らす間に、故郷では7百年が過ぎていた、と記す〕。
『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「2番目の話」 ある家の女中が、「一寸法師たちの赤ん坊の名づけ親になってほしい」と頼まれる。女中は、一寸法師たちの住処の山の穴へ行って、3日滞在する。帰宅すると見知らぬ人がいるので、女中は驚く。現世では7年が過ぎており、その間にもとの主人は死んでいたのだった。
『酉陽雑俎』巻2-67 符秦の時(350~394)、李班という男が、衛国県の瓜穴(かけつ)をくぐり抜けて、異郷の宮殿に迷いこんだ。白髪の男が「お前は戻った方がよい。長くとどまるのはよろしくない」と言うので、李班は外へ出る。穴の口にある瓜を取ったら、石に変わってしまった。もと来た道をたどって家へ帰ると、40年が過ぎていた。
『酉陽雑俎』巻2-71 晋の太始年間(265~274)のこと。蓬球という男が、芳香に誘われて山中の宮殿にいたり、4人の美女と言葉をかわした。突然、鶴に乗った女が飛来して、「なぜ俗人を入れたのか!」と怒るので、蓬球は恐ろしくなって門外へ出る。家に帰り着くと、すでに建平年間(399~405)で、村落は廃墟になっていた。
*地底で9年7ヵ月、地上では3百年→〔再会(夫婦)〕1の『諏訪の本地』(御伽草子)。
*桃を2つ食べると、2年が経過→〔桃〕2の『酉陽雑俎』巻2-68。
*女性たちと島で暮らすうちに、数百年が過ぎていた→〔女護が島〕3aの『ケルトの神話』(井村君江)。
★2.逆に、異郷で長い時間を過ごしたと思っても、現世ではわずかな時間しかたっていなかったというばあいもある。
『今昔物語集』巻16-17 好色な賀陽良藤は、美女(実は狐)に誘われ一軒の家に連れて行かれて、女と夫婦になり楽しく暮らす。後に救出された良藤は、女のもとで13年間すごしたと思っていたが、実際は13日間だった。
『杜子春伝』(唐代伝奇) ある日の日没頃。杜子春は、「ものを言ってはならぬ」との道士の戒めを守り、丸薬を飲む。杜子春は地獄に落ちて責苦を受け、女として現世に生まれ変わり、成長して結婚し子供もできる。しかし終始無言だったので、夫が苛立って2歳の子供を殺す。杜子春は思わず声をあげるが、気がつくと道士の前におり、時刻は翌朝の午前4時頃だった。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)後編第22~23章 ドン・キホーテは、綱で身体を縛ってモンテシーノスの洞穴の底へ降り、1時間ほどして引き上げられる。しかしドン・キホーテは、「洞穴の底で3日3晩過ごした」と主張する。
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治) 11時少し前から、次の第3時過ぎまで、ジョバンニはカムパネルラと一緒に銀河鉄道に乗っていた(*→〔天の川〕6)。ジョバンニは丘の上で目を覚まし、いっさんに丘を駆け下り、牛乳屋へ寄って牛乳瓶を受け取り、橋の方へ走って河原におりる。カムパネルラのお父さんが、「もう駄目です。(カムパネルラが)落ちてから45分たちましたから」と言う〔*ジョバンニは丘の上で眠ったわずかな時間内に、銀河鉄道での数時間を体験したのである〕。
『猿の惑星』(シャフナー) テーラー隊長らを乗せて地球を飛び立った宇宙船が、1年6ヵ月後に、約320光年彼方の、オリオン星座に属する未知の惑星に不時着した。宇宙船内の「地球時間計」を見ると、3978年を示している。宇宙船内での1年6ヵ月の間に、遠く離れた地球では2千年が経過しているのだった→〔逆さまの世界〕2。
『剪燈新話』巻4「鑑湖夜泛記」 初秋の夕暮れ時、成令言は舟に乗って天の川まで行き、織女に会って帰って来た(*→〔天の川〕7)。ほんのちょっとの間のことと思っていたが、下界へ戻って見ると、いつのまにか星は西へ傾き、鶏が鳴いて、もう夜明けの時刻であった。
*銀河系の中心部に18時間滞在して地球へ戻ると、地上では1秒が経過しただけだった→〔空間移動〕5の『コンタクト』(ゼメキス)。
*光速度に近い恒星船内で数年を送る間に、宇宙では数十億年、数百億年が経過する→〔宇宙〕2bの『タウ・ゼロ』(アンダースン)。
★4.不死の神々の住む異郷では、人間世界とは時間のあり方が異なる。
『古事記』上巻 オホクニヌシは、スサノヲの6世の孫である〔*スサノヲを初代とすると7代目にあたる〕。オホクニヌシは、6代前の祖先スサノヲが住む根の堅州国へ行き、スサノヲと対面してさまざまな試練を受ける。スサノヲの娘スセリビメ〔*スセリビメの母は誰か不明〕がオホクニヌシを助け、彼らは駆け落ちする。オホクニヌシはスセリビメを正妻として、出雲国を治める〔*オホクニヌシにとって、スセリビメは妻であると同時に、何代か前の先祖でもある〕。
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