ノスタルジア ノスタルジアを想起する理由とその対象

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ノスタルジア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/16 16:27 UTC 版)

ノスタルジアを想起する理由とその対象

ノスタルジアの代表格とも言える夕焼け。夕焼けそのものに対して「懐かしさ」を感じるのではない。

ノスタルジアの感情は人間の五感視覚聴覚触覚味覚嗅覚)全てから得ることができる。嗅覚は嗅細胞嗅球を介して大脳辺縁系に接続されているため、記憶や感情を呼び起こしやすいと言われている(プルースト効果)[12]。視覚は既視感(デジャブ)から想起される可能性もある[13]。また前項で述べたように想像や推測によってこの感情が誘起されることもあり得るため、言語・文化の相違が影響することはない。

自伝的記憶によって引き起こされるノスタルジアの感情は、過去のある時期における情報への接触頻度の高さと、接触時期から現在までの長い時間経過が考えられる[13]。過去における事物との頻繁な接触があり、その後全く接触がない長い空白期間、そして現在において過去に接触した事物または類似した事物に再び接触することである[13]。その事物が手がかりになって、強い懐かしさの感情とともに、その当時の個人的思い出や社会的出来事などが連鎖的に思い出され、過去へのタイムスリップが起こると考えられる[13]

想像や推測から得られるノスタルジアの感情は、その一見理解し難い生起機序から「前世の記憶」、「人類共通の記憶」といったオカルト的な要素に結びつけられることがある。しかしながらその多くは自己投影・感情移入の容易さに関連していることは周知の通りである。一般的に想像や推測から得られるノスタルジアの感情は視覚からの情報が主(発端または引き金)であり、また完全な自然物よりも、人工物とそれに付随する自然物や空間によって想起される。それは事物に関わる人々や空間に対して自己投影・感情移入がしやすいことで、推測によって体験が擬似的に行われるためである。それがあたかも過去に経験したかのような錯覚を生じさせている。個人本位の無機的対象から有機的対象への意識の変換[注釈 1]である(メタファーの作用にも関連する[14][15][16])。この過程は無意識下に行われるため、感情を自らコントロールすることは難しい。またその変換は視覚情報から聴覚、嗅覚情報へと拡大するため、空白期間の後に聴覚や嗅覚の情報のみ与えたとしても以前に得たノスタルジアが想起される。

一例として里山の風景が挙げられる。里山を単にとして捉えた場合はあくまで自然物であり人間の存在を感じさせない事物である。山に無機的な印象が生まれるため、ノスタルジアの感情は想起されにくい。しかし山の麓に民家田畑神社といった人工物が存在することで、そこに住む/住んでいたであろう人々に対し自己投影が働く。必然的に山に対しても身近で有機的な印象を受けるため、(そこで実際に生活したことがなくとも)その風景に「懐かしい」という感情を生じさせる。その反応はセミの鳴き声や田畑の匂いといった聴覚、嗅覚情報にまで拡大していく。

一方でこういったノスタルジアの想起には個人差があることも事実である。過去に推測によって得たノスタルジア感そのものが自伝的記憶となっていたり、マスメディアや映画・小説・漫画等によってその印象が増幅されている可能性もある。「懐古主義」とも関連する。あるいは集合的無意識との関連性も考えられるなど、解明されていない点が多くある。

例えば、博物館の展示において、白黒写真をあえてセピア調にする、あるいは展示室の照明を暖色系にして夕焼けのイメージに近づけるなどの手法は、いずれもノスタルジックな演出として有効とされるが[17]、その法則について根本的な解明には至っていない[3]

消費者行動や広告研究の流れの中でB.B.スターンは、「生まれる以前の古き良き時代の、歴史的物語や歴史上の人物への感情移入によって生じるもの」を「歴史的ノスタルジア」として定義したが[18]、堀内圭子によれば、歴史的知識がノスタルジックなものになるための条件は十分に解明されていないとし、たとえば「年表を眺めていてもなかなかノスタルジックな気分にならない」ことの意味を問う必要があると指摘する[3][17]

対象の例

子供にとって母親の存在は大きく、母親というアイコンそのものがノスタルジアに置き換えられることがある(例として、特攻隊員の母親への手紙や、「おふくろの味」など)。また青春も同様にして記号化され、ノスタルジアを表す言葉として置き換えられることが多い。

流行(ブーム)から生まれた一連の事物は、一時代を象徴するとともに新たな流行の到来によって現実世界から分離されるため、「懐かしさ」を感じやすい[13]。通常はファッション髪型化粧法を含む)、楽曲自動車字体CMなど、デザインや表現に一定の自由を有し、常に変革が求められる物に適用される。建築物は、歳月を感じさせる現象が物理的劣化として如実に顕在化するため、これもまた「懐かしさ」を誘起させる(→廃墟マニア)。他にも、漫画アニメにおける作画のタッチ、写真音響・映像の撮影方法・記録方法に伴う画質や音質、楽曲に使用される楽器の音色など、潜在的な部分で特定の時代背景や歴史的変遷を窺わせるようなものは凡ゆる場面で見出すことができ、人々に「懐かしさ」を想起させる。

旅行(中でも一人旅放浪)は、その土地々々における人々との出会いと別れ、一期一会の感覚(これ以降もはや一生再会することはないだろうという思い)がノスタルジアを増幅させやすく、作品として昇華されることも多い。同様の考え方としては、失恋人の死なども、ある種ノスタルジアと密接に関連した事象と言える。

また季節の「」は、外出・レジャーの機会が多いことや夏休みお盆休みという大型連休があることも相まって、個人的思い出が形成されやすく、自伝的記憶によるノスタルジアが誘起されやすくなる。また他の季節に比べ、草木の色や匂い、昆虫の鳴き声などの視覚、嗅覚、聴覚を刺激する現象が多いことも個人的思い出が形成されやすい一因と考えられる。

ロリータ・コンプレックスは自分が幼少の頃の同年配の少女への思いが個人的なノスタルジアとなっていると解釈できるだろう。


注釈

  1. ^ ここでいう「無機的」とは、”自身(または人類)の介入がない、あるいは人知を超越した超自然”、また「有機的」とは、”因果性因縁)を持った、自身(または人類)にあたかも直接的な関連性があるかのような空想”である。
  2. ^ 舞台が1950年代から1960年代であるにもかかわらず、大正時代以前を思わせる装飾がなされた家具がみられる。

出典

  1. ^ a b 松岡正剛の千夜千冊。フレッド・デーヴィス『ノスタルジアの社会学』」編集工学研究所
  2. ^ F. デーヴィス [著] ; 間場寿一, 荻野美穂, 細辻恵子訳『ノスタルジアの社会学』p.27
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 金子淳「ノスタルジー研究の現在と博物館における昭和ノスタルジーのゆくえ」(2013, 静岡県民俗学会, 静岡県民俗学会誌(巻28-29), p.6-16(p.9-14))
  4. ^ F. デーヴィス [著] ; 間場寿一, 荻野美穂, 細辻恵子訳『ノスタルジアの社会学』p.15
  5. ^ 石井清輝「消費される「故郷の誕生ー戦後日本のナショナリズムとノスタルジア」(2007, 『哲学』117, 三田哲学会)
  6. ^ 心理的なwell-beingに対するノスタルジアの機能に関する研究の動向 三宅幹子, 2018年, 岡山大学
  7. ^ 「懐かしい気持ち」がもたらす、意外なメリット 2015年2月17日, ライフハッカー日本版
  8. ^ J ・ゲバウェル、 C・セディキデス(『別冊日経サイエンス』編集部訳) 2011「ノスタルジーの効用」 『別冊日経サイエンス』178
  9. ^ 守屋愛「Svetlana Boym, The Future of Nostalgia, Basic Books, 2001, 404pp+xix」(Slavistika : 東京大学大学院人文社会系研究科スラヴ語スラヴ文学研究室年報(20),2005, p.136-138(136))
  10. ^ a b c d "「良き時代への懐古」が意味するもの――『昭和ノスタルジアとは何か』"じんぶん堂
  11. ^ 禧美智章「アニメーションと〈新〉植民地主義ーアニメーターの搾取構造と東南アジアへのまなざし」(2010, 立命館言語文化研究21(3))
  12. ^ においと記憶 日本医師会
  13. ^ a b c d e 楠見孝・松田憲・杉森絵里子「TVコマーシャルにおける懐かしさ感情の生起要因 」(2007年)
  14. ^ 田邊敏明,「ドラマを構成するメタファーに関する一研究 : 「冬のソナタ」を例にして」『教育実践総合センター研究紀要』 第21号 2006年 p.79-94(p.80), 山口大学教育学部附属教育実践総合センター, ISSN 1346-8294
  15. ^ 酒谷粋将, 門内輝行,「メタファーによる思考における発散と収束のプロセス」「日本建築学会計画系論文集』 80巻 707号 2015 p.54, 日本建築学会, doi:10.3130/aija.80.53
  16. ^ 一橋大学イノベーション研究センター編『一橋ビジネスレビュー2015Spring62巻4号 デザインエンジニアリング』(東洋経済新報社, 2015) 91頁。
  17. ^ a b 堀内圭子「消費者のノスタルジア—研究の動向と今後の課題—」(成城大学文芸学部『成城文芸』: (201), 198-179, 2007-12)
  18. ^ Stern, B. B. (1992). Historical and personal nostalgia in advertising text: The fin de siècle effect. Journal of Advertising, 21, 1122.
  19. ^ 別れの曲『贈る言葉』『なごり雪』等の秘話と著名人の思い出”. 2021年5月26日閲覧。
  20. ^ 歌詞トピックのトレンド変化を探る~2017年と2019年上半期JAPAN HOT 100の歌詞トピックを比較”. billboad JAPAN. 阪神コンテンツリンク (2017年5月14日). 2020年7月2日閲覧。
  21. ^ 音楽における「歌詞」の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視”. ORICON MUSIC. オリコン株式会社 (2015年4月24日). 2020年7月2日閲覧。
  22. ^ スタジオジブリ『スタジオジブリ・レイアウト展 高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。』(スタジオジブリ, 2009)
  23. ^ 寅さんにハマる理由は?初めて見る人必見!『男はつらいよ』入門ガイド”. 和楽. 小学館 (2019年12月26日). 2020年7月2日閲覧。
  24. ^ 吉岡志朗「『となりのトトロ』に見る「なつかしさ」と「ノスタルジア」」(2010, ぺりかん社, 日本思想史懇話会『季刊日本思想史』77)
  25. ^ 大塚英志『仮想現実批評』(1992, 新曜社)p.22


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