食物
『古事記』上巻 イザナミは火の神を産んだために、身体を焼かれて黄泉の国へ去った。夫イザナキが連れ戻しに行くが、その時すでにイザナミは黄泉の国の竈(かまど)で煮炊きした物を食べており、現世に戻れなくなっていた〔*『日本書紀』巻1・第5段一書第6に同様の記事〕。
『デメテルへの讃歌』 女神デメテルの娘ペルセポネは、草原で花を摘んでいたところを、冥王ハデスにさらわれた。ハデスはペルセポネに、ざくろの実を食べさせる。そのため彼女は、巡り行く年を3つに分けた一季(=冬)を、冥界のハデスの館で暮らさねばならなくなった〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第5章に同様の記事。『変身物語』(オヴィディウス)巻5では、プロセルピナ=ペルセポネはざくろの実を7粒食べたため、1年のうち6ヵ月を冥界で暮らすことになった、と記す〕。
*イザナミもペルセポネも、ともに冥界の食物を口にするのだが、イザナミは冥界の火で煮炊きした物を食べ、ペルセポネは生のざくろを食べた、という違いがある。
★2.異郷の食物を口にしない。
『諏訪の本地』(御伽草子)兼家系 甲賀三郎兼家は地底の異郷に落ち入り、人里を求めて歩くうちに、粟畑の中にやぐらを作って鹿を追う翁と出会う。翁は、「ここは維縵国であり、もし汝が再び日本に帰ろうと思うならば、この国の物を一口も食うな」と教える。
『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」 騎士ウルリヒは狩りに出て道に迷い、馬に乗った死者の一行(5百人の騎士と同数の婦人)に出会う。彼は一行の宿泊地までついて行くが、死者の1人である婦人がウルリヒに、「料理をすすめられても、いっさい手をつけないように」と禁ずる→〔十字架〕2b。
『山城国風土記』逸文 宇治の橋姫が、行方知れずの夫を尋ねて海辺へ行く。老女の家で問うと「その人は龍神の婿になっているが、龍宮の火で煮炊きしたものを忌んで、ここで食事をする」と教えられる。隠れて見ていると、夫が龍王の輿に乗って来て食事をする。橋姫は夫と言葉を交わして泣く泣く別れるが、後には、異郷のものを食べなかったおかげで、夫は戻って来て彼女と一緒になった。
『山の音』(川端康成)「蝉の羽」 62歳の尾形信吾は、死んだ知人から、ざるそばを御馳走になる夢を見る。目覚めてから「死人に出されたものを食うと死ぬのだろうか」と思うが、どうも食べないで目が覚めたようであった。
*冥府の酒食を口にしない→〔冥府往還〕1の『今昔物語集』巻9-31。
『アダパ物語』(古代アッカド) エア神の手で造られた人間アダパが、天上のアヌ神の所へ行く。前もってエア神が「天上で出された物を飲み食いしてはならない」と忠告しておいたので、アダパは何にも手をつけない。そのため彼は神になる機会を逃し、人間のまま地上に戻って来る。
『黄金のろば』(アプレイウス)第6巻 人間の娘であるプシュケと、愛の神エロス(クピード)との結婚を、ゼウスが認める。ゼウスはメルクリウスに命じ、プシュケを天上に連れて来させる。彼女はアムブロシアを食べ、ネクターを飲んで、永遠の命を得て神々の仲間入りをする。
『太平広記』巻325所引『甄異記』 夏侯文規は、死後1年して家に現れた。彼は「北海大守」と称し、従者が数十人いた。家人が食事を用意すると食べ尽くして去ったが、後に見ると、器の中はもとどおり食物が満ちていた。
*北斗星と南斗星が、人間界の酒食を口にする→〔碁〕3bの『捜神記』巻3-6。
『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」 9月9日の夜、義兄弟の赤穴(あかな)宗右衛門が遠方から帰って来たので、丈部(はせべ)左門は酒を暖め、肴を並べて勧める。赤穴は酒肴の臭(にお)いを嫌い、袖で顔をおおう。彼は「自分は死霊であり、仮に人間の姿をしているだけだ」と告げ、しばらく語り合った後、「これで永遠の別れだ」と言って姿を消した。
★5a.食物を呪う。
『あいごの若』(説経)5段目 愛護の若は継母の奸計によって家を追われ、方々をさすらう。穴太(あなふ)の里(=滋賀県大津市)まで来て、垣根の桃を食べて老婆に杖で打たれ、麻の中に隠れようとしてまた打たれる。愛護の若は、「穴太の里に桃なるな。麻はまくとも苧(を)になるな」と呪う。それ以来、穴太の里では、花は咲いても桃はならず、麻の種をまいても苧(=麻の古名)にならない。
*いちじくを呪う→〔呪い〕10aの『マタイによる福音書』第21章。
『黄金伝説』3「聖ニコラウス」 聖ニコラウス(=サンタ・クロース)が司教をしていた地方に、飢饉が起こった。彼は寄港している商船から少量の小麦をもらい、2年の間その土地のすべての人々に分け与え続けたが、小麦はなくならなかった。種まきにする分もたくさん残った。
*パンを大勢に与える→〔パン〕5の『マタイによる福音書』第14章・『列王記』下・第4章。
*酒や肉を大勢に与える→〔無尽蔵〕1aの『捜神記』巻1-18。
『凶器』(松本清張) 若い未亡人・島子は、好色な老人・六右衛門に迫られ、干した海鼠餅(なまこもち)で六右衛門の頭を殴って殺した。海鼠餅は硬く、丸太ン棒で一撃するのと同じ効果があった。島子は凶器の海鼠餅をいくつにも切り、黄粉餅やぜんざいを作って、近所の主婦や子供たちにふるまう。事件を捜査する刑事も、それを食べる。凶器が見つからないので、この殺人事件は迷宮入りになった。
*→〔氷〕3の『おとなしい兇器』(ダール)と同様の展開である。
*松本清張は、フランスパンを凶器として用いる小説も書いている→〔パン〕3の『礼遇の資格』。
白米城の伝説 毛利の大軍が鳥取の亀尾城を取り囲み、滝の水を断ち切って、城内へ水が行かないようにする。籠城する侍たちは、白米を注いで軍馬を洗い、水が豊富にあるように見せかける。しかし水で洗った時とは異なり、軍馬の毛が濡れ髪色に変わらないので、水のないことを見破られ、まもなく落城した(鳥取県日野郡日南町。類話は全国に数多くある。*小鳥が白米をついばんだので見破られた、という形もある)。
*熱いおかゆを坂に流して、敵が寄れないようにする→〔坂〕5のおかゆ坂の伝説。
三浪長者(高木敏雄『日本伝説集』第6) 三浪長者が「何か面白いことをしたい」と考え、夏に雪見の遊びをした。大釜で炊いた飯を、広い庭一面にまき散らし、召使いたちに深履(ふかぐつ)をはかせて、飯の上を歩かせた。三浪長者は、それを眺めて手を叩いた(越後国西頸城郡青海村大字大沢)。
*餅を弓の的にする→〔餅〕1aの大原長者の伝説・『豊後国風土記』速見の郡田野。
*パンを、消しゴム代わりにする→〔パン〕4の『善女のパン』(O・ヘンリー)。
『助六由縁江戸桜』 吉原三浦屋の店先で、くわんぺら門兵衛が饂飩(うどん)かつぎの若者にからむ。助六が仲裁に入り、蒸籠の饂飩をくわんぺら門兵衛の後ろから頭にかける。饂飩が冷たく垂れてくるのを門兵衛は血と思い、「切られた」とうろたえて腰を抜かす。
*つぶれた柿を、血と誤認する→〔落下〕2の『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻439話。
『聊斎志異』巻6-234「山神」 男が山を歩き、地面に敷物をしいて酒を飲む数人を見る。男は宴席に引き入れられ、楽しく飲食するが、酒の味が薄くて渋かった。そこへ山神が来たので、皆は逃げ去った。男がよく見ると、小便を入れた陶器と、蜥蜴を盛った瓦があるだけだった。
*→〔穴〕7の『九郎蔵狐』(落語)・〔狐〕3の『東海道中膝栗毛』4編上・〔狐〕4の『王子の狐』(落語)に関連記事。
*飢えたために、食物ではないものを食べる→〔飢え〕2aの『黄金狂時代』(チャップリン)・『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻440話。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章 地獄に落とされたタンタロスは湖中にあり、果実のなった木をそばに見ながら罰せられている。水は彼のあごに触れているが、飲もうとすると乾いてしまい、果実を取ろうとすると、風で枝が吹き上げられる。
*タンタロスの物語を発想源として創り上げられたのが、→〔飢え〕5の『密室の行者』(ノックス)であろうか。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 ミダス王が手でパンに触れると、それはたちまち固くなった。料理を噛み砕こうとすると、歯に当るのは金箔だった。葡萄酒を飲めば、口に流れ込むのは溶けた黄金だった→〔願い事〕3。
『この世に死があってよかった』(チェコの昔話) 鍛冶屋が死神の動きを封じ(*→〔椅子〕1)、「これで自分は死なずにすむ」と喜んで、お祝いに豚を殺してハムを作ろうとする。ところが、斧で豚を打っても豚は死なず、逃げて行ってしまう。鵞鳥の肉を食べようと思ってナイフで切っても、鵞鳥は平気である。鍛冶屋はハッと気づく。死神が活動できないので、人間も動物も死ななくなったのだ。おいしい肉は、もう永遠に食べられないのだ→〔死の起源〕5。
『断食芸人』(カフカ) サーカスの一座に、断食芸人がいた。昔、彼の40日間に渡る断食芸は大人気で、観客が大勢押し寄せた。しかし時代が変わり、今ではもう、誰も関心を示さない。サーカスの監督が、彼の所へ来て問う。「まだ断食しているのかね?」。彼は答える。「わたしは、自分に合った食べ物を見つけることができなかった。だから、断食するよりほかに仕様がないのだ」。そう言って彼は息絶えた。
『かぶ焼き甚四郎』(昔話) 甚四郎は毎日、かぶばかり焼いて食べていた。彼は朝日長者の娘を嫁にとったが、嫁が甚四郎の家へ行くと、たいへんな貧乏所帯で、飯を炊こうとしても米は1粒もなかった。甚四郎は「飯はいらないよ」と言って、いつものように、かぶを焼いて食べたが、嫁は米の飯が欲しいと思った〔*その後、甚四郎はりっぱな家と米倉を持つ長者になる→〔同音異義〕1a〕(岩手県上閉伊郡)。
『正法眼蔵随聞記』第6-3 ある僧が死んで、冥土へ行った。閻魔大王は、「この僧は命分(みゃうぶん。寿命)がまだ尽きていないので、現世へ返せ」と命じた。冥官が「命分は残っておりますが、食分が尽きております」と説明すると、閻魔大王は「荷葉(かえふ。蓮の葉)を食べさせよ」と言った。僧は蘇生して後、人間界の食物を食べることができず、ただ荷葉だけを食べて、余命を保った。
『徒然草』第40段 因幡国の某入道の娘は美貌だというので、多くの男が求婚した。ところが、この娘は、ただ栗だけを食べて、米などの穀類をまったく食べなかった。そのため、父入道は「このような異様な者は、人に嫁ぐべきではない」と言って、娘の結婚を許さなかった。
★11.身体から食物を出す。
穀物の神・矮姫(サヒメ)の伝説 穀物の神様・大食之姫(オオゲツヒメ)は、常に口・目・鼻・尻などをこすっていろいろの食べ物を出し、人々に御馳走していた。ある時、口から米を出して神様に御馳走しようとしたところを、その神様が見て、「汚いことをする」と怒り、大食之姫を斬り殺してしまった(島根県那珂郡三隅町)〔*神様が、「大食之姫の身体にはどんな仕掛けがあるのか」と思って斬った、「身体の中に宝物が隠されている」と思って斬った、などの伝えもある〕→〔死体〕2a。
*金の卵を生む鵞鳥の中身は金だろう、と思って殺す→〔卵〕2の『イソップ寓話集』87「金の卵を生む鵞鳥」。
*人が一生の間に食べる量。余命の指標としての食物→〔寿命〕4bの『太平広記』巻98所引『宣室志』・『聊斎志異』巻7-280「禄数」。
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