神社本庁 神社本庁の概要

神社本庁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/22 03:30 UTC 版)

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神社本庁
神社本庁(東京都渋谷区代々木1-1-2)
前身 皇典講究所
大日本神祇会
神宮奉斎会[1]
設立 1946年(昭和21年)2月3日[1]
種類 宗教法人[1]
法人番号 9011005000422
本部 日本
東京都渋谷区代々木一丁目1番2号
座標 北緯35度40分46秒 東経139度42分10秒 / 北緯35.67944度 東経139.70278度 / 35.67944; 139.70278座標: 北緯35度40分46秒 東経139度42分10秒 / 北緯35.67944度 東経139.70278度 / 35.67944; 139.70278
会員数
日本全国約8万の神社[1]
主要機関 地方機関として47の都道府県神社庁。市郡にその支部[2]
関連組織 全国神社総代会、
神道政治連盟
全国敬神婦人連合会、
神道青年全国協議会、
全国神社保育団体連合会、
全国教育関係神職協議会、
全国神社スカウト協議会、
全国氏子青年協議会[3]
ウェブサイト www.jinjahoncho.or.jp
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「庁」と付くが、官公庁ではなく宗教法人法に基づく文部科学大臣所轄の包括宗教法人である[4]

概説

神社本庁は、神道系の宗教団体として日本最大であり、約8万社ある日本の神社のうち主要なものなど7万9千社以上が加盟している[5]。都道府県ごとに神社庁を持つ[6][5]内務省の外局であった神祇院の後継的存在であり[7]宗教法人法に基づく包括宗教法人である。

神社本庁の宗教法人としての規則である「神社本庁庁規」では、神社本庁の目的を、包括下の神社の管理・指導、神社神道の宣揚・神社祭祀の執行・信者(氏子)の教化育成・本宗である伊勢神宮の奉賛・神職の養成・冊子の発行頒布を通じた広報活動などとしている[要出典]

歴史

前史

1872年(明治5年)、伊勢神宮の少宮司で教部省にも所属した浦田長民が神宮教会を設立した。

1875年には全国の神道諸派を結集させた行政団体として神道事務局が創設され、総裁には有栖川宮幟仁親王、副総裁には岩下方平が就任した。1882には神道事務局から生徒寮を分離独立させて神職の中央機関である皇典講究所が創設。神道事務局のほうは1884年、神道本局と改編された。1885年には会通雑誌社『会通雑誌』が創刊され、皇典講究所と神道本局の録事や官報、外国の彙報、官国幣社の祭日などが報じられていた[8]

1890年(明治23年)11月29日に施行された大日本帝国憲法第28条により、国民の「信教の自由」が認められると、神道も仏教、キリスト教とともに宗教団体として国家の公認を得ることになったが、一方で、神社は国家から宗教として扱われないまま国家祭祀を公的に行う位置づけとされた[9]

1898年(明治31年)に全国神職会が結成され、全国の神社の連携が強化された[10]。1900年(明治33年)、社寺局から独立するかたちで、内務省社寺局が神社局と宗教局として再編され、神社と仏教が区別されることとなる[11]。全国神職会は後に大日本神祇会と改称し、神社本庁の前身団体の一つとなる[11]

1899年には神宮教会が神宮奉斎会に発展。

1909年1月30日、国鏡社の社主飯山正秀により、皇道学と教育勅語の普及を目的とした教育団体である日本奨学義会が創立[12]

明治末期になると、皇室祭祀関連の規定も整備され、大正に入ると全国神社の祭祀・祭式の形式も整う[13]

1918年(大正7年)には今泉定助が皇典講究所の理事に就任し、次いで1921年(大正10年)には神宮奉斎会の会長となる。

昭和期に入り、1938年には日本大学皇道学院が設立され今泉定助が院長に就任[14]。1940年に神祇院が設置される[15]

1945年(昭和20年)10月4日に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)が「思想、宗教、集会及言論の自由に対する制限」を撤廃し「天皇、国体及日本帝国政府に関する無制限なる討議」を認める「自由の指令[16]」を公布する[17]。12月15日には、「神道指令」を日本政府に命じて神祇院を廃止し、西洋で見られる緩やかな政府と宗教の分離とはかけ離れた、国家から宗教的要素を完全に分離させることを目的とする過激な内容を実施しようとした[18][17]。これにより、12月28日に「宗教団体法」が廃止されるとともに、「宗教法人令」が公布され即日施行される[19]

1946年(昭和21年)1月23日、神道指令に伴い、大日本神祇会皇典講究所神宮奉斎会の3団体が中心となり、神社本庁を設立した。

神社本庁の設立

神祇院は占領軍の圧力を想定せず、神社非宗教の立場で現体制を維持出来るものと思っていたが、「神道指令」の発布と同日に廃止された[20]。一方で、葦津珍彦は厳しい弾圧があると想定しており、皇典講究所吉田茂神宮奉斎会の宮川宗徳とともに打開策を探っていた[20]

1945年(昭和20年)10月25日、葦津の「神社制度改革に対する私見」が、大日本神祇会、皇典講究所、神宮奉斎会の関係者に提示され、民間主導により、神社界の生き残りをかけた話し合いの場がもたれる[20][21]。葦津案は、「正確な情報の伝達と統一ある処理を行う全国組織の構築」、「各神社の緩やかな連合体としての神社連盟」、「この神社連盟には教義についての採決権を与えない」とする内容であった[20]。11月7-8日に、第2回の民間三団体の合同懇親会が開催され、「三団体は合同する」、「準備事務局を神祇会館に設ける」、「合同についての原案を作成して審議会を開催する」という3点が可決された[20]。しかし、11月13日に、一つの宗教団体のように教義採決権や傘下神社の人事権をもつとする、大日本神祇会の「神社教(仮称)教規大綱案」が、設立準備審議会に提出される[20]。これに対し、葦津は、「教義を固定化することは神社神道の本質に反し、占領下で強力な中央集権組織を造れば占領軍の干渉に有利に働く」と主張し、大日本神祇会案に強く異議を唱える[20]。翌14日に、葦津案を基調とした折衷案が、宮川宗徳から提出され、改めて、検討されることとなった[20]。こうして、審議会は、葦津案を中心に神社界の組織構想を練り上げ、1946年(昭和21年)1月23日、「全国神社の総意に基き、本宗と仰ぐ皇大神宮の許に、全国神社を含む新団体を結成し、協力一致神社本来の使命達成に邁進し、以て新日本の建設に寄与せんことを期す。」として神社本庁設立に関する声明が発せられて宗教法人である神社本庁が発足し、2月3日をもって設立する[20][22]。神社本庁の発足に従い、宗教法人法(宗教法人令)のもと、神社も、他の宗教と同じく宗教団体として扱われることとなった[11]

本庁の設立の際、神宮奉斎会から10万円が神社本庁に寄付され、奉斎会の地方本部奉斎所のうち「相当ノ設備ヲ有スル」(宮川による説明より)ものは神社として再発足した[23]。たとえば東京の奉斎会本院は1946年(昭和21年)3月に神社本庁に神社設立を申請し、東京大神宮として再発足した[23]

1956年(昭和31年)5月、神社信仰の基本となる指針として「敬神生活の綱領」を掲げ、氏子・崇敬者の教化育成に努めている。また、1980年(昭和55年)7月から「神社本庁憲章」を施行し、神社本庁の精神的統合の基本的規範を確立した[24]




  1. ^ a b c d じんじゃほんちょう【神社本庁】 世界大百科事典第2版
  2. ^ 神社本庁 > 神社本庁のご案内 > 神社庁一覧
  3. ^ 神社本庁 > 神社本庁のご案内 > 関係団体一覧
  4. ^ 宗教年鑑 平成30年版 文化庁(編) p.103
  5. ^ a b 『宗教年鑑』平成19年 2-4ページ
  6. ^ 神社本庁 神社庁一覧
  7. ^ 神社庁とは”. 岡山県神社庁. 2020年5月4日閲覧。
  8. ^ 会通雑誌社『会通雑誌』、NDLJP:3567527国立国会図書館、図書館送信閲覧対象。
  9. ^ 松本久史 2011, pp. 78-79.
  10. ^ 神社本庁研修所 2005, pp. 216-218.
  11. ^ a b c 松本久史 2011, pp. 80-81.
  12. ^ 「日本奨学義会規則」、飯山正秀編『成功名家列伝』、国鏡社。1910年。NDLJP:778190/5
  13. ^ 神社本庁研修所 2005, pp. 215-221.
  14. ^ 1936年成立の思想犯保護観察法により、東京市渋谷区千駄ヶ谷4-658の住所(旧住所)には思想犯保護観察所が設置され、東京・千葉・埼玉・山梨で思想犯とされた集団の保護観察に当たっていた。
  15. ^ 神社本庁研修所 2005, pp. 232-234.
  16. ^ 用語解説|日本国憲法の誕生”. 国立国会図書館. 2016年5月3日閲覧。
  17. ^ a b 神社本庁研修所 2005, pp. 244-246.
  18. ^ 松本久史 2011, p. 83.
  19. ^ 神社本庁研修所 2005, pp. 245-248.
  20. ^ a b c d e f g h i 神社本庁研修所 2005, pp. 252-253.
  21. ^ 『神道』 136頁。
  22. ^ 神社本庁 設立
  23. ^ a b 武田 幸也「神宮奉斎会から神社本庁へ」神社本庁総合研究所紀要 (20), 1-43, 2015-06
  24. ^ 文化庁 (2015年3月20日). “宗教年鑑 平成25年版”. 文化庁. p. 4. 2016年4月27日閲覧。
  25. ^ 神社本庁教学研究室編『神社本庁憲章の解説』神社本庁、1985
  26. ^ 神社本庁編『新編神社実務提要』神社新報社、2001年
  27. ^ 神社本庁編『神社本庁規程類集』平成25年度版、神社新報社
  28. ^ a b c d e f 「全国10万社の頂点に鎮座 比類なき伊勢神宮の威力」、週刊ダイヤモンド、2016年4月16日。
  29. ^ 神社本庁データベース、宗教情報リサーチセンター、2016年5月9日閲覧。
  30. ^ 神社本庁 関係団体一覧
  31. ^ 会社概要 / 神社界唯一の新聞社 神社新報社
  32. ^ 本会のあゆみ – 神道文化会 | 伝えたい日本のココロとカタチ。
  33. ^ 神社本庁編『神社本庁規程類集』平成25年度版、神社新報社
  34. ^ a b c d e 堀幸雄『最新右翼辞典』2006年、「神社本庁」の項、295ページ
  35. ^ http://www.sinseiren.org/ouenshiteimasu/ouensimasu.htm
  36. ^ 神社本庁編『神社本庁規程類集』2002年(平成14年)度版、神社新報社、2002
  37. ^ a b “続報真相 改憲急ぐ安倍首相を応援する人々 「美しい日本の憲法」とは”. 毎日新聞. (2016年3月18日). http://mainichi.jp/articles/20160318/dde/012/010/017000c 2016年3月18日閲覧。 
  38. ^ 大阪府神社庁 第六支部 東大阪市参照。なお、ここにおける単立神社には式内社石切剣箭神社等も含まれている・
  39. ^ 「強権発動で宮司人事にも介入 完了・世俗化する神社本庁の罪」、週刊ダイヤモンド、2016年4月16日。
  40. ^ 「気多大社 人事で混乱 宮司2人 法廷頼み」、朝日新聞、2006年9月17日
  41. ^ 「最高裁、神社規則の変更認める 羽咋市の気多神社訴訟」、共同通信、2010年4月20日
  42. ^ 週刊ダイヤモンド編集部 (2017年7月5日). “神社本庁「恐怖政治」の実態、地方の大神社で全面戦争も(2/4)”. 週刊ダイヤモンド (ダイヤモンド社). http://diamond.jp/articles/-/134148?page=2 2017年12月14日閲覧。 
  43. ^ “富岡八幡宮、神社本庁に6月離脱通知、9月に認証”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2017年12月9日). https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201712090000123.html 2019年10月14日閲覧。 
  44. ^ a b c 神社本庁の「政治力」と「資金力」、不気味がるほどではなかった!、週刊ダイヤモンド、2017年6月28日。
  45. ^ “日本会議研究 憲法編 中 国民投票へ 賛同拡大運動”. 朝日新聞: p. 朝刊14版 3面. (2016年3月24日) 
  46. ^ a b c 塚田穂高 2015, pp. 44-48.
  47. ^ ジェフ・キングストン, Contemporary Japan: History, Politics, and Social Change since the 1980s, p.160 ISBN 978-1-118-31506-4
  48. ^ 上杉聰。「日本における『宗教右翼』の台頭と『つくる会』『日本会議』」戦争責任、39、2003年 53ページ。
  49. ^ a b c 皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢・「皇室典範改正問題に関する神社本庁の基本見解」・「皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢について2005年(平成17年)12月2日
  50. ^ 「靖国神社のA級戦犯分祀「あり得ない」 神社本庁が見解」2005年6月10日朝日新聞朝刊4ページ
  51. ^ 靖国神社をめぐる諸問題に関する神社本庁の基本見解 呉竹会
  52. ^ a b 山口県上関町・八幡宮宮司 林春彦「人間・自然破壊の原発に神の地は売らず 神社、鎮守の森の永続は村落の永続」、『現代農業増刊 新ガーデンライフのすすめ 庭、里山、鎮守の森』(農山漁村文化協会)2002年5月1日発行、pp.224-229
  53. ^ a b エンジョウトオル 「神社本庁が安倍の地元で鎮守の森を原発に売り飛ばし!反対する宮司を追放」2/4 リテラ、2014年10月19日
  54. ^ 山口県上関町・八幡宮所有地の上関原発建設用地への財産処分承認申請書に対する承認の可否 『神社新報』平成16年8月30日
  55. ^ 「時代の正体<260>日本会議を追う(2)国民投票への『名簿』」神奈川新聞、2016年2月17日
  56. ^ a b 神社本庁研修所 2005, pp. 254-255.
  57. ^ 津地鎮祭事件の最高裁判決”. 文部科学省. 2016年5月5日閲覧。
  58. ^ 神社本庁研修所 2005, pp. 254-257.
  59. ^ 神社本庁で不可解な不動産取引、刑事告訴も飛び出す大騒動勃発、週刊ダイヤモンド、2017年6月21日。
  60. ^ a b 神社本庁を元幹部提訴へ 癒着疑い告発で懲戒「違法」、東京新聞、2017年10月6日
  61. ^ a b 神社本庁元幹部ら、解雇処分無効など訴え提訴 不動産売却めぐり癒着指摘、2017年10月17日。
  62. ^ “こんぴら、神社本庁離脱へ 「大嘗祭巡り不信感」”. 産経WEST(産經新聞). (2020年6月13日). https://www.sankei.com/west/news/200613/wst2006130010-n1.html 2020年6月13日閲覧。 
  63. ^ “金刀比羅宮、神社本庁を離脱へ 「大嘗祭巡り不信感」”. 一般社団法人共同通信社. (2020年6月13日). https://this.kiji.is/644358101140358241 2020年6月13日閲覧。 


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