1970年のテレビ (日本)とは? わかりやすく解説

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1970年のテレビ (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/23 00:53 UTC 版)

1970年のテレビ(1970ねんのテレビ)では、1970年昭和45年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

地方の民放UHFテレビ局がこの年10局開局。(「#開局・放送開始」の項を参照)
  • 特に4月1日に開局した8局は全て、今まで民放テレビが1局しか視聴できなかった地方地域が、開局により2局の民放テレビが視聴できるようになった地域である。


NET(当時。後のテレビ朝日)のニュースネットワーク「ANN(オールニッポン・ニュースネットワーク)」が1月1日に結成・発足。
  • 発足当初、加盟局はNETを含め計12局。その後、UHF新局の開局により加盟局が増加する。
  • これに伴い、いままでNETで放映していた『NETニュース(朝日新聞制作)』は、全てANNニュースに変更・統一する。


テレビ番組
この年からは、ほとんどの新番組・特別番組がカラー放送となる(特記がある以外は全部カラー)。
この年と翌年は全国番組の全面カラー化に向けて、モノクロ番組のカラー化が最も顕著な2年となる。
  • この年、4月に日本テレビが、10月にはTBSフジテレビNETがゴールデンタイムの全国ネット番組を全面カラー化[2]
  • この年から、民放の朝・昼の平日・土曜日の生ワイドショーのカラー化が相次ぐ。1月3日開始の毎日放送・NET系の新番組『八木治郎ショー』を皮切りに、3月にはNET系『奈良和モーニングショー』が、4月にはフジテレビ系の『小川宏ショー』『3時のあなた』が各々レギュラーでのカラー放送を開始、関西テレビ・フジテレビ系の『ハイ!土曜日です』もカラー化された。
  • 年末には、TBS系列『ベルトクイズQ&Q』がカラー放送となったのを契機に、翌年にかけて、民放の平日の正午の時間帯の帯番組のカラー放送化が進む様になる。
  • また、大都市を除く地方のNHKや民放のローカルニュース、ローカル番組のカラー放送開始や、スタジオカラーカメラ、カラー中継車の導入が、この年から相次ぐ様になる
  • これに伴い、全国ニュース番組内での地方局取材によるモノクロフィルムの割合が(系列によっては大幅に)減り始める。
  • 4月になると、既存の番組に於いて、毎回全国各地域に於いて収録の全国ネット番組では、NHK総合『ふるさとの歌まつり』が4月9日から、TBS系『TWWAプロレス中継』が4月22日から(但し、同年9月30日放送分はモノクロ)、各々毎回カラー放送になった。又、TBS系『家族そろって歌合戦』は4月5日から、各地域の収録時点で、カラー中継車を所有している制作局の回に於いて同放送を開始している。
  • NHK教育テレビでは、4月の新年度から小学校全学年の理科教室のカラー化が完了、他にも『大きくなる子』『うたいましょうききましょう』『おとぎのへや』という幼稚園・小学生向けの番組もカラー化された。
  • 上記を除いては、以下の主なレギュラー番組が年内に毎回カラー放送となる(年内開始番組・特別番組等を除く)
  • 10月現在の在京民放キー局の1日平均のカラー放送時間及び全放送時間に対する比率(NHK年鑑'71 5ページに記載)
  • 日本テレビ:約14時間 約79% [2]
  • TBS:約11時間20分 約57% [2]
  • フジテレビ:約11時間30分 約62% [2]
  • NET:約10時間 約57% [2]
  • 東京12チャンネル:約8時間10分 約51% [2]


音声多重のステレオ実験放送が開始。
  • 8月9日、NHKが総合テレビのクラシック音楽番組『NHKコンサートホール』にて、東京地区のみ、日本初の音声多重ステレオ放送の実験放送を開始。同番組では、同月23日にも東京地区のみでステレオで放送した。


技術
  • NHKが、標準カラーカメラの約50倍の感度を持つ超高感度カラーカメラを導入。12月16日の総合テレビのニュースにて初使用。[3]


番組関係のできごと

この年からはカラー放送の割合が半分を超える為、特記が無い限り、原則カラー放送。

1月
2月
  • 4日 - TBS系、今まで『東芝日曜劇場』で単発シリーズドラマとして放送してきた『時間ですよ』が、この日から連続ドラマ番組として放送開始( - 8月26日、全30回。脚本:向田邦子 ほか、演出:久世光彦、出演:森光子堺正章悠木千帆(後の樹木希林) ほか)。後にシリーズ化され、高視聴率を維持し続けた[4]。尚、この第1シリーズはモノクロ放送だったが、1971年7月21日開始の第2シリーズからはカラー放送となっている。
  • 11日 - NHK総合がこの日、初の国産衛星「おおすみ」打ち上げの特別番組を4部構成で放送。第1部は『初の国産衛星めざして』[21]、第2部は『成るか初の国産衛星』[22]、第3部は『成功した国産衛星』で同成功の記者会見の模様を[23]、第4部は『成功した日本の人工衛星』[24]とそれぞれ題し放送。第1・2部は東京のNHKスタジオと鹿児島県内之浦・鹿島電波研・沖縄・NASA(ワシントン)を、第3部は内之浦と東京NHKスタジオをそれぞれ結んで放送。尚、番組は第1部がカラー放送、他は全てモノクロ放送だった。[4][25]
  • 1618日 - NHK総合、朝の生活情報番組こんにちは奥さん』で、3日間に渡り「母と子の性教育を考える」を放送。[4]
  • 1620日 - NHK総合、『海外取材番組』で「EXPO '70への道」を5日間に渡って放送。[4]
  • 26日 - NHK総合、『海外取材番組』で「世界と安全保障」が放送開始( - 4月2日、全6回)。[4]
3月
4月
  • 1日
  • 2日 - TBS系で、平岩弓枝脚本のテレビドラマありがとう』の第1シリーズが放送開始( - 10月22日。水前寺清子主演)[4]1975年まで全4シリーズが制作された。
  • 4日
  • 5日 - フジテレビ系で、独身の芸能人がお見合いをするトーク番組ラブラブショー』が放送開始( - 1979年9月30日)。これがきっかけで、関口宏西田佐知子が結婚したのを始め、実際に結婚した芸能人カップルもいた(番組の項目を参照)。
  • 6日 - NHKが番組改定。総合・教育合わせてのカラー放送の時間が1日平均13時間53分となる(前年度末よりも2時間10分増)。[4][36]
  • 8日
    • NHK総合で『日本史探訪』が放送開始[4][39]。歴史番組を定時放送するのはNHK・民放を通じて初となった[40]
    • NHK教育、幼児向け工作番組できるかな』が放送開始[41]。初年度は「これは…です」というタイトルで放映され(「…」の部分には、最終的に作るものの輪郭が切り抜きスーパーで表示された)、ゴーくん(原口剛)を中心とした5人のお兄さん・お姉さんが共同で絵や工作をする番組だった[42][43]。翌年度からリニューアルされ、出演者が「ノッポさん」こと高見映(後の高見のっぽ)とゴン太くんのペアになる。初代ゴン太くんは1973年度まで活躍(毎回作る物に合わせて名前が変わっている)、1974年度から2代目のゴン太くんが登場して番組のスタイルが定着し、1990年3月9日まで放送される長寿番組となった。
  • 12日 - NHK総合(ラジオ第1同時放送)、日曜12時台に放送されていた視聴者参加番組『のど自慢素人演芸会』が、内容・演出を歌中心などに改めて再出発し、NHKのど自慢』に改題して放送開始[4][44]。当初はモノクロ放送だったが、翌1971年4月から随時カラー放送となり、同年10月10日からは毎回カラー放送となる。以後、NHKの日曜昼の定番看板番組として定着、50年以上続く長寿番組となり、2025年8月現在も継続中。
  • 29日 - NHK総合、1970年代に予想されるさまざまな問題を世界的な視野で取り上げる、マンスリー番組『70年代われらの世界』が放送開始( - 1975年11月27日)。この日の第1回は「若ものたちの道」を放送。[4][45][46]
5月
  • 1日 - NHK総合、ベトナム戦争で米がカンボジアに介入したことを受け(カンボジア作戦)、レギュラー番組『現代の映像』をこの日はお休みし、特別番組『アメリカのカンボジア介入』を放送(モノクロ)。[4][47][48]
  • 12日 - 瀬戸内海広島県愛媛県間で、旅客船を乗っ取った「瀬戸内シージャック事件」が発生。民放の広島テレビ放送中国放送を中心に各社特別番組を編成。[4]
  • 13日 - NHK総合、関東ローカルの報道番組『カメラリポート』(モノクロ放送)[注 3]で、 車の排気ガスによる鉛公害を告発した「牛込柳町交差点」を放送。[4][50]
  • 27日 - NHK総合『70年代われらの世界』、この日の第2回では、公害問題を扱った『地球管理計画』を放送。ストックホルム(工場公害)・ニューヨーク(ごみ処理)・ロンドン(テムズ河の水質汚染)・富士市 (田子の浦のヘドロ)を結び、海外衛星中継を含んだ4元中継を行った。[4][51][52]
  • 31日 - 日本テレビ系、『NNNドキュメント'70』にて、「安保自動延長の周辺」シリーズが放送開始。[4]
6月
7月
8月
9月
  • 1日 - NHK総合、防災の日特集として、大地震の実験シミュレーションで巨大都市のぜい弱性を警告した特別番組『マグニチュード7.9』放送。[4][56]
  • 13日 - 日本万国博覧会(大阪万博)閉会式をNHK総合・民放各局で生中継。[4]
    • 民放では、全国テレビ79局を結び、関連特別番組『さよなら日本万国博』を放送。[4]
  • 15日 - NHK総合、敬老の日特集で番組『老人パワーは挑戦する』を放送。[4][57]
  • 26日 - NHK総合、『こんにちは奥さん』にて、公正取引委員会の依頼で実態調査を行った、全国地域婦人団体連絡協議会の報告による「カラーテレビと二重価格」を放送。[4]
10月
11月
12月

その他テレビに関する話題

静岡放送新社屋稼働開始
(5月5日)

開局

*はこの開局により、今まで民放テレビが1局しか視聴できなかったのが2局になった地域。

周年

番組

開局・放送開始

記念回

視聴率

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

報道

  1. ニュース(NHK総合、4月3日 7:00-8:12)46.2%
  2. スタジオ102(NHK総合、4月1日)44.6%
  3. ニュース(NHK総合、7月6日 7:00-7:20)43.1%
  4. 特番・よど号の乗客帰る(NHK総合、4月3日 19:30-21:30)43.0%
  5. 7時のニュース(NHK総合、4月3日)40.9%
  6. カメラリポート(NHK総合、4月1日)40.8%
  7. 特番・帰ってきたよど号(NHK総合、4月5日)40.2%
  8. ニュース(NHK総合、4月3日 8:30-8:45)39.6%
  9. JNNフラッシュニュース(TBS、12月5日)39.6%
  10. 第25回原爆慰霊平和祈念式典(NHK総合、8月6日)37.9%

スポーツ

  1. プロボクシング世界フェザー級タイトルマッチ「西城正三×ゴトフリー・スチーブンス」(日本テレビ、2月8日)46.3%
  2. プロボクシング「小林弘×西城正三」(日本テレビ、12月3日)45.3%
  3. 世界フェザー級タイトルマッチ「ジョニー・ファメション×ファイティング原田」(フジテレビ、1月16日)41.6%
  4. サンデーワールドボクシング(日本テレビ、7月5日)38.6%

バラエティ・歌番組

  1. 第21回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)77.0%
  2. 8時だョ!全員集合(TBS、12月26日)45.7%

テレビドラマ

  1. 連続テレビ小説 信子とおばあちゃん(NHK総合、4月3日)46.8%
  2. 連続テレビ小説 (NHK総合、7月7日・12月18日)42.1%
  3. ザ・ガードマン(TBS、9月18日)39.9%
  4. サインはV(TBS、5月24日)39.3%
  5. 時間ですよ(TBS、8月19日)36.2%

テレビ番組

この年からは、新番組のほとんどがカラーの為、モノクロの場合のみそれを記す。

テレビドラマ

NHK

日本テレビ

TBS

フジテレビ

NET

東京12チャンネル

子供向けドラマ

NHK

日本テレビ

TBS

フジテレビ

NET

東京12チャンネル

テレビアニメ

特撮番組

報道・情報番組

バラエティ番組

演芸番組

クイズ番組

音楽番組

スポーツ番組

旅・紀行番組

教養・ドキュメンタリー番組

特別番組

  • 21世紀への挑戦 ―ボールディング教授にきく―(NHK総合、東京・大阪は2か国語放送)[78]
  • 公開座談会「情報と日常生活」(NHK総合、東京・大阪は2か国語放送)[79]

映画番組

単発特別番組枠

既存番組のカラー化

年内開始番組を除く

ローカルニュースのカラー化

兼カラーフィルムによる報道取材開始
フィルム取材を除くスタジオの顔出しや写真・テロップ等のみカラー化。

全てNHKの地方局

参考文献

など

脚注

注釈

  1. ^ 日本テレビ系の『木曜スペシャル』とは無関係。なお厳密には、初期3回(1月15日まで)は正式タイトルがなかった。
  2. ^ 1972年12月までは参天製薬一社提供で、冠スポンサー名『サンテ』が着いていた。
  3. ^ 同番組は、翌1971年度(4月)からカラー放送となっている。[49]
  4. ^ ただし1978年は、フジテレビが結成した女子プロ野球チーム「ニューヤンキース」宣伝のため、ニューヤンキースの試合をメインにした単発枠『土曜グランドスペシャル』で放送された。
  5. ^ a b スタート当初の正式タイトルは、『六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい』だった。また、当初は日本国有鉄道(国鉄、後のJRグループ)の一社提供番組だった。
  6. ^ 発足時の加盟局は以下の12局。NET、毎日放送名古屋テレビ放送北海道テレビ放送九州朝日放送青森テレビテレビ岩手新潟総合テレビ岡山放送瀬戸内海放送テレビ熊本鹿児島テレビ放送。その後、新規のUHF局として開局した際に福島中央テレビ等が加盟した。
  7. ^ a b 但し、公開番組でカラー中継車が導入されていない地方局からの中継の場合はモノクロ放送。
  8. ^ 丹下健三による設計。
  9. ^ 1975年10月の東日本放送開局にともない日本テレビ系フルネット局となる。
  10. ^ 日付は局の公式発表による。この日は月曜日で、10月の改変編成の初日に当たる。ちなみに、9月末~10月初めの当時の朝日新聞朝刊テレビ欄番組表では、実際には、10月1日に全面カラー化している。(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  11. ^ NHK年鑑 '71で、146ページの『連続ドラマ(銀河ドラマ)』の放送表の同作品には大阪局制作の表示はなかったものの、352ページの大阪中央放送局・同管内局の活動報告の項目内の「テレビ・ラジオ番組」の「芸能」欄には同作品が大阪局の制作と明記されている。
  12. ^ NHK年鑑 '71で、146ページの『連続ドラマ(銀河ドラマ)』の放送表の同作品には名古屋局制作の表示はなかったものの、362ページの名古屋中央放送局・同管内局の活動報告の項目内の「テレビ・ラジオ番組」の「芸能」欄には同作品が名古屋局の制作と明記されている。
  13. ^ 1971年の第2シリーズからカラー放送。
  14. ^ 前2作の『おとぎマンガカレンダー』と『ものしり大学 あしたのカレンダー』は、横山隆一主催の「おとぎプロ」で製作された。
  15. ^ 各地の公開収録にて、カラー中継車が未導入の局の地域での収録回はモノクロ放送。
  16. ^ 10月3日からカラー放送。[35]
  17. ^ 放映された番組回の一部は、放送番組センターの放送ライブラリーにて閲覧できる。[77]
  18. ^ 朝日新聞 1970年10月4日 朝刊では、当時同時ネット局である東京12チャンネルはカラー(東京版 P.13 テレビ欄)であるのに対し、制作局である毎日放送はモノクロ(大阪版 P.13 テレビ欄)。1970年10月11日 朝刊では、毎日放送及び東京12チャンネル共にカラーである(東京版 P.13 大阪版 P.11 いずれもテレビ欄)(以上、朝日新聞クロスサーチにて閲覧)。他紙の大阪版では、朝日新聞と同様に毎日新聞も、10月4日付朝刊テレビ欄ではカラー印が付いていない一方、同日付サンケイ新聞と読売新聞ではカラーと表記されている。

出典

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  2. ^ a b c d e f g h i 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、5頁。 
  3. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、42, 209頁。 
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  8. ^ a b 朝日新聞 1970年1月1日 朝刊 P.8 1月1日のテレビ欄 記事「ANNニュース発足 NETなど12局を結ぶ」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  9. ^ a b c 1970年1月1日 朝日新聞 朝刊 P.8 1月1日のテレビ欄 及び同P.9 1月2日のテレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)、同日の読売新聞朝刊 P.57 元旦のテレビ欄 及び同P.58 1月2日のテレビ欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  10. ^ 1970年1月3日 朝日新聞東京版及び大阪版 共に朝刊P.9 テレビ・ラジオ欄 (朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
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  16. ^ 「視聴率抜群 『細うで繁盛記』」1970年7月22日付読売新聞朝刊テレビ欄
  17. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'70』日本放送出版協会、1970年、214~5頁。NDLJP:2525970/139 
  18. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'70』日本放送出版協会、1970年、166~7頁。NDLJP:2525970/111 
  19. ^ NHKクロニクル『メーデー事件東京地裁判決 ~東京地方裁判所から中継~』アナログ総合 1970年01月28日(水) 午前09:15 〜 午前10:30
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  122. ^ Nihon hōsō nenkan - Google Books
  123. ^ Nihon hōsō nenkan - Google Books

「1970年のテレビ (日本)」の例文・使い方・用例・文例

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