1966年のテレビ_(日本)とは? わかりやすく解説

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1966年のテレビ (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/18 20:57 UTC 版)

1966年のテレビ(1966ねんのテレビ)では、1966年昭和41年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

カラー放送の動き

この年から、全面カラー化に向けて放送業界の動きが活発になっていき、カラーテレビの普及に弾みがかかるようになる。

  • カラー放送の全国整備が完成(奄美群島を除く)。

電電公社テレビネット回線のカラー対応の高規格化整備が奄美地域を除く全国に於いて3月20日に完了し、これにより、全国のカラーテレビジョン放送のネット中継網が完成[1][2]。これを受け、国内の数多くの地方局で、カラー放送が相次いで開始された。NHKでは同日に、一部の離島を除き、総合及び教育テレビのカラー放送が全国で視聴できるようになり[3]地方の民放局でもカラー放送未実施の局が、相次いでそれを開始した(「#既成局のカラー放送開始」の項を参照)。

10月、NHK総合テレビ日本テレビにおいてニュースのカラー放送が始まる。NHKでは国内だけでなく海外でもカラーフィルムを使った報道取材を開始した(但し、モノクロフィルムによる取材はそのままモノクロ映像で放送)。

  • TBSがカラー放送に本腰を入れ始める

いままでカラー放送に積極的でなかったTBSがこの年からそれを増加、7月から『土曜ロードショー』、『兼高かおる世界の旅』、『ウルトラマン』のカラーフィルムによる番組や、9月には、大きさ・重量共に今までのスタジオカラーカメラの約3分の1で、カラー撮影の色彩性能も非常に優れた、フィリップス社製の最新型プランビコン式カラーカメラ(型番:PC-60)を日本初導入、10月放送のカラー特別番組『トッポ・ジージョ・イン・ジャパン』を皮切りに、スタジオカラーカメラによる番組制作を本格的に開始する(後述)。


日本テレビ系列のNNN、フジテレビ系列のFNNの発足

民放ネットワークが、TBSキー局とするJNNに続き、この年の4月に日本テレビ系・NNN、10月にフジテレビ系・FNNがそれぞれ発足した。


テレビ番組


NHK、ラジオ中国、TBSが、従来よりも高画質のハイバンド仕様の放送用2インチVTRを日本で初導入

翌年には、東京の他のキー局・大阪の準キー局を始め、地方のテレビ局でも導入が開始。これは後に、同VTRを使った番組制作・編集等に於いて、後の全面カラー化を促進する為の大きな土台の1つとなり、後に1インチVTRやデジタルVTR(D2-VTRD3-VTR等)に代わるまで、テレビ局の収録・編集・送出用VTRの要となった。


視聴率

TBSがこの年の年間視聴率で、ゴールデンタイム(19〜22時)において首位となる(1963年から4年連続)。また、NHKはこの年の年間視聴率で、全日帯(6〜24時)において首位となる(こちらも1963年から4年連続)。


番組関係のできごと

1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
  • 1日 - 日本テレビ系で、6月30日より3日間にわたり日本武道館で行われたザ・ビートルズ日本公演のこの日の昼の部の模様を中継録画した特別番組を21時から1時間にわたりカラー放送。視聴率56.5%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録[5]
  • 2日:TBS系、カラー劇映画『土曜ロードショー』スタート[6]。この頃から、TBS系列に於いてカラー番組が少しずつ増加していく。
  • 4日 - フジテレビ系月曜19時30分枠で、日本初のカラー特撮ドラマ『マグマ大使』(手塚治虫原作、ピー・プロダクション制作)放送開始(全52回、 - 1967年6月26日)。
  • 10日:TBS系『兼高かおる世界の旅』、この日から翌月28日まで「夏休みカラープレゼント」と題して、カラーでの制作・放送を行う(#0311「南へのいざない」〜#0318「秋への序曲」)。これ以降、同番組が全面カラー化となる翌年4月2日放送分までは、一部の回にてカラー制作・放送を実施。
  • 17日 - TBS系「タケダアワー」枠で、円谷プロ制作のカラー特撮ドラマウルトラマン』放送開始(全39話、- 1967年4月9日)[注 2][6]
8月
9月
  • 22日 - NHK総合、報道番組『海外取材番組』が、この日放送の『カナダ』(第1回「無限の大地」)から全面カラー化。海外報道取材番組の全面カラー化のはしりとなる。[22]
  • 29日 - TBS系の視聴者参加型音楽番組『10人抜きのど自慢』が、4年の幕を降ろす[注 7]
10月
11月
12月

その他テレビに関する話題

朝日放送(後の朝日放送グループホールディングス[注 12]2代目社屋(ABCセンター)稼働開始(6月1日)
山梨放送社屋(山梨文化会館)稼働開始(10月21日)

既成局のカラー放送開始

視聴率

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

  1. 第17回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)74.0%
  2. プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×エデル・ジョフレ」(フジテレビ、5月31日)63.7%
  3. ザ・ビートルズ日本公演(日本テレビ、7月1日)56.5%
  4. 連続テレビ小説 おはなはん(NHK総合、9月19日)56.4%
  5. ニュース(NHK総合、12月31日 21:00-21:05)55.9%
  6. プロボクシング・世界フライ級王座決定戦「ホラシオ・アカバロ×高山勝義」(フジテレビ、3月1日)50.7%
  7. てなもんや三度笠(TBS、10月2日)49.4%
  8. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)47.9%
  9. スタジオ102(NHK総合、2月5日 7:30-8:00)47.4%
  10. ニュース(NHK総合、2月5日 8:00-8:15)46.7%
  11. ニュース(NHK総合、4月26日 7:00-7:15)46.2%
  12. スター千一夜王貞治・小八重恭子」(フジテレビ、12月2日)45.9%
  13. 統一スト現場中継(NHK総合、4月26日 7:15-7:35)45.5%
  14. ザ・ガードマン(TBS、9月23日)44.7%
  15. カメラリポート(NHK総合、6月28日)44.4%
  16. そっくりショー(日本テレビ、2月8日)43.9%
  17. 氷点(NETテレビ、4月17日)42.7%
  18. 三菱ダイヤモンドアワープロレスリング(日本テレビ、5月13日)41.9%

テレビ番組

テレビドラマ

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
NETテレビ

映画番組

子供向けドラマ

日本テレビ
TBS
フジテレビ
NETテレビ

特撮番組

テレビアニメ

バラエティ番組

演芸番組

クイズ番組

音楽番組

トーク番組

報道・情報・ワイドショー番組

芸能番組

  • 芸能百選(カラー)(NHK総合)[64]

教養・ドキュメンタリー番組

料理番組

  • ママの日曜献立(カラー)(日本テレビ)[41]

特別番組

既存番組のカラー化

  • 選抜高等学校野球大会(NHK総合) - この年(3月26日の開会式より)からカラー化[8]
  • きょうの料理(NHK総合) - 東京(放送センター)制作分については4月4日から(大阪制作分については翌年1月から)[69]
  • 自然のアルバム(NHK総合)- 1966年度の放送(4月10日〜翌年4月2日)は、全51回の内12回がカラー放送[注 19][70]
  • NHK競馬中継(NHK総合) - 4月17日(この日は「皐月賞」の中継)より[8][14]
  • 兼高かおる世界の旅(TBS) - 7月10日8月28日(「夏休みカラープレゼント」)、9月4日(第15次取材ハイライト)、10月2日(「インディ500マイルレース」)がカラーで放送される。
  • 海外取材番組(NHK総合) - 4月21、28日の2回シリーズ「隣邦韓国」がカラー[15]。そして9月22日(「カナダ」第1回「無限の大地」)からは毎回カラー[22]
  • NHK(夜)7時のニュース(NHK総合) - 10月25日から(スタジオとカラーフィルムによる報道取材のみ)[27]
  • NHK特派員だより(NHK総合) - 11月27日から随時[71][72](翌年7月2日から毎回カラー放送[73]
  • NHK特派員報告(NHK総合) - 12月20日から(一部回を除く)[71][74]

カラーフィルムによる報道取材開始

  • 10月25日:NHK放送センター(関東圏。カラーでの放送は当初夜7時のニュースのみ。)[27]
  • 10月29日:日本テレビ(カラーでのニュース放送は当初『NNNワイドニュース』のみ)

参考文献

など

脚注

注釈

  1. ^ このうち『あけてくれ!』は放送されなかったが、1967年12月24日に再放送で第28話として初放送された。
  2. ^ a b なお『ウルトラQ』終了翌週ならびに『ウルトラマン』開始前となる7月10日には緊急特別番組として『ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生』(モノクロ)が放送された(杉並公会堂で公開収録)。
  3. ^ NHK放映終了後もなお人気を誇り、その後もTBSやテレビ東京などで放送され、2000年代にはNHK教育でも放送された。
  4. ^ 同年3月9日から4月10日まで韓国各地にて取材したカラーフィルムからの構成。
  5. ^ 以後、前田武彦三波伸介五代目三遊亭圓楽桂歌丸春風亭昇太と交代。
  6. ^ 『笑点』の開始5分前に放送されているミニ番組『もう笑点』で、死去前日の2018年7月1日放送分まで出演した。なお、没後に生前の功績を称え「永世名誉司会」の称号を与えた。
  7. ^ 当初から参天製薬の一社提供で『(大学→サンテ)10人抜きのど自慢』だったが、この年の4月から松下電器産業(後のパナソニック)にスポンサーが交代し『ナショナル10人抜きのど自慢』となった。
  8. ^ 後の『日曜プライム』枠。
  9. ^ 日立グループが提供を参加するのは放送開始から6年半後の1973年4月から。
  10. ^ テレビアニメとしてはそれ以前に『もぐらのアバンチュール』『新しい動画 3つのはなし』『インスタントヒストリー』『おとぎマンガカレンダー』などが放映されている。
  11. ^ フジテレビ系は1971年より『ゆく年くる年』に参加。ちなみに当時、フジテレビの時報スポンサーはリズム時計工業CITIZENブランド)だった。
  12. ^ 2018年4月1日の放送持株会社制移行で朝日放送グループホールディングスとなり、テレビ放送事業は新たに設立された朝日放送テレビに承継された。
  13. ^ 同局ならびに山梨日日新聞社を中心とする山日YBSグループの本社ビル(設計は丹下健三)。
  14. ^ 移転は前日の10月20日に完了している[35]
  15. ^ 札幌地域のみでの開始。道内の全局カラー化の完成は、翌年の12月21日。
  16. ^ 札幌地域のみでの開始。道内の全局カラー化の完成は、1968年。
  17. ^ 秋田放送ホームーページの「会社概要 沿革」には、1966年9月開始と記され、具体的な日付は記されていない[43]。ここでは日付が具体的に出ている、「NHK年鑑'67」の33ページの記述によっている。
  18. ^ フィリップ社製のプランビコン式カラーカメラ使用(型番不明)[37]。RSKが加盟しているJNNキー局のTBSは、この5カ月半後の9月16日に、同じフィリップス社製の同式では当時最新型のカラーカメラ(型番:PC-60)を日本で初導入している[25][26]
  19. ^ 5月1日放送「南アルプスの雪どけ」、5月15日放送「ウミネコの生態」を始め計12回。

出典

  1. ^ a b 日本放送協会総合技術研究所『五十年史』(1981.03) 102ページ (渋沢社史データベース)(2023年6月29日閲覧)
  2. ^ 「NHK大河ドラマ大全 50作品徹底ガイド」(NHK出版、2011年)81頁。
  3. ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年、50頁。 
  4. ^ NHK朝の連続テレビ小説に玉川学園・玉川大学出身者が多数出演”. 玉川豆知識. 玉川学園. 2024年12月9日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 「放送史年表 -詳細版- 1966年」(NHK放送文化研究所)(2025年5月17日閲覧)
  6. ^ a b c d 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、337頁。 
  7. ^ 1966(昭和41)年1月2日 初の怪獣番組「ウルトラQ」スタート - 毎日.jp ニュースボックス、2012年3月1日閲覧[リンク切れ]
  8. ^ a b c d 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、103頁。 
  9. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、132頁。 
  10. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、120頁。 
  11. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、131頁。 
  12. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、145頁。 
  13. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、112頁。 
  14. ^ a b 朝日新聞 1966年4月17日 朝刊P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  15. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、92頁。 
  16. ^ 1966(昭和41)年5月4日 フジテレビで「銭形平次」が放送開始 - 毎日.jp ニュースボックス、2012年3月2日閲覧[リンク切れ]
  17. ^ 1966(昭和41)年5月15日 「笑点」スタート - 毎日.jp ニュースボックス、2011年11月23日閲覧[リンク切れ]
  18. ^ 林家木久扇、笑点放送55周年記念展「瞬きしていたら55周年」 サンケイスポーツ、2021年4月8日
  19. ^ 新宿高島屋で「笑点」55周年特別記念展、実際に使われた小道具など展示 お笑いナタリー、2021年2月24日
  20. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、23頁。 
  21. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、27頁。 
  22. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、92~4頁。 
  23. ^ “テレビ朝日:「日曜洋画劇場」を名称変更しリニューアル 洋画苦戦で大型ドラマなど投入へ”. まんたんウェブ (毎日新聞デジタル). (2013年3月6日). https://mantan-web.jp/article/20130306dog00m200021000c.html 
  24. ^ a b c d e f 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、33頁。 
  25. ^ a b c d 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、254頁。 
  26. ^ a b c d e 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、338頁。 
  27. ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、9,34頁。 
  28. ^ 日本テレビ50年史編集室(編集)『テレビ夢50年 番組編2 1961〜1970』2004年、22頁。 
  29. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、9頁。 
  30. ^ a b 日本放送協会総合技術研究所『五十年史』(1981.03) 95ページ (渋沢社史データベース)(2023年6月29日閲覧)
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  33. ^ a b 日本海テレビ放送 会社案内(日本海テレビホームページ)(2025年1月25日閲覧)
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  35. ^ 山梨放送10年史編集委員会 編『創業より山梨文化会館まで』株式会社山梨放送、1967年9月2日、120頁。NDLJP:2518083/132 
  36. ^ 東京放送『TBS50年史』東京放送、2002年1月、255頁。 
  37. ^ a b c 株式会社山陽放送『山陽放送二十五年史』株式会社山陽放送、1978年4月、年表 28頁。NDLJP:12275545/249 
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  39. ^ a b 九州朝日放送三十年史 160頁 九州朝日放送
  40. ^ 「青森放送二十五年史」245頁『第五章 ラ・テ兼営時代』から。
  41. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、25頁。 
  42. ^ IBC小史(IBC岩手放送)(2023年6月30日閲覧)
  43. ^ 会社概要 沿革(秋田放送)(2023年6月29日閲覧)
  44. ^ 福島テレビ社史編集委員会 編『福島テレビ20年史』福島テレビ株式会社、1983年12月25日、18~9頁。NDLJP:12276183/22,NDLJP:12276183/23 
  45. ^ 福島民友』1966年9月29日付朝刊、7面。
  46. ^ 『熊本放送50年史』p.56
  47. ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、41頁。 
  48. ^ 朝日新聞 1966年12月15日 名古屋版朝刊 P.9 テレビ欄 番組表 及び 記事「名古屋テレビ カラー放送開始記念」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  49. ^ 日本テレビ最後のハウス食品一社提供番組。
  50. ^ 7月16日に『日産スター劇場』で放送。 アメリカ合衆国ロケ作品。
  51. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、39頁。 
  52. ^ a b c d 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、466~7頁。NDLJP:11954641/249 
  53. ^ 日本初放映から38年後の2004年に、当時と同じTBSで日本オリジナルのリメイク版が放映された。
  54. ^ 1984年4月まで18年にわたり放送され、大川版終了後も、同じくフジテレビで北大路欣也主演で数回制作されている(これ以外にも、大川版終了から3年後の1987年には日本テレビで風間杜夫主演で制作された。また2004年にはテレビ朝日村上弘明主演で制作された)。
  55. ^ 朝日新聞 1966年6月6日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  56. ^ a b 朝日新聞 1966年4月10日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  57. ^ a b c d e 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、468~9頁。NDLJP:11954641/250 
  58. ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、470~1頁。NDLJP:11954641/251 
  59. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、146頁。 
  60. ^ 朝日新聞 1966年4月6日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  61. ^ 朝日新聞 1966年5月15日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  62. ^ 1966年10月28日 朝日新聞朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  63. ^ 1966年11月5日 朝日新聞朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  64. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、129頁。 
  65. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、111頁。 
  66. ^ a b c d e 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、110頁。 
  67. ^ 朝日新聞 1966年4月8日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  68. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、78, 127頁。 
  69. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、120頁。 
  70. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、119頁。 
  71. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、89-90頁。 
  72. ^ 朝日新聞 1966年11月27日 朝刊9ページ テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  73. ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、94頁。 
  74. ^ 朝日新聞 1966年12月20日 朝刊9ページ テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  75. ^ NHK nenkan - Google Books
  76. ^ NHK nenkan - Google Books



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