血のメーデー事件とは?

血のメーデー事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/24 21:16 UTC 版)

血のメーデー事件(ちのメーデーじけん)は、1952年昭和27年)5月1日(木曜日)に東京皇居外苑で発生した、デモ隊警察部隊とが衝突した騒乱事件である。事件は一部の左翼団体暴力革命準備の実践の一環として行ったものと見られている[1]。戦後の学生運動で初の死者を出した。


  1. ^ a b c 第13回国会本会議において木村篤太郎法務総裁より事件の概況、被害状況、その後の取締り及び背後関係に関する陳述がなされている(第13回国会 本会議 第38号”. 衆議院 (1952年5月6日). 2009年5月25日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 警視庁史編さん委員会 1978
  3. ^ なお、国の拒否回答を不服とした提訴に対し使用容認判決が出されており、許可申請があれば拒否出来なかった政府は控訴していた。控訴審では、裁判中に使用予定日である5月1日を経過したことから、原告の訴えの利益は失われたとして、原告敗訴の判決がなされた。
  4. ^ 警察の拳銃発砲によるものであるが、これはデモ隊の襲撃によって自己または他人の生命、身体に対する急迫不正の侵害に対する防衛のためなされたものと認められた(第13回国会本会議における木村篤太郎法務総裁説明)。
  5. ^ 第13回国会本会議 警察予備隊担当国務大臣大橋武夫答弁。
  6. ^ 第13回国会会議録 衆議院本会議 第52号(昭和27年6月10日)など。
  7. ^ 色川大吉『カチューシャの青春 昭和自分史』(小学館、2005年)。


「血のメーデー事件」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「血のメーデー事件」の関連用語

血のメーデー事件のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



血のメーデー事件のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの血のメーデー事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS