【催涙剤】(さいるいざい)
Riot control agent.
化学兵器の一種。
主として擲弾発射器で射出する擲弾、または人の手で投げる手榴弾として運用される。
日本ではガス状にした「催涙ガス」が最も有名だが、液体や粉末の状態になっているものもある。
人体の粘膜に作用して刺激を生じ、咳・くしゃみ・涙・嘔吐などの症状を引き起こして行動を阻害する。
致死量に達しなければ短期間で自然に快復し、また、ガスマスクなどの防護策が極めて有効。
皮膚からは吸収されず、粘膜を露出していなければほとんど効果は発揮されない。
こうした特性から「非殺傷」兵器として、主として法執行機関で広く使われている。
暴動や非合法デモ、ハイジャック・立て籠もり事案などで容疑者を拘束するために用いる事が多い。
また、軍事特殊部隊でも拘束・人質救出任務に使用される。
訓練においても化学兵器による攻撃を疑似体験する目的で用いられる。
殺傷性が低いため法規制が緩く、民間人も護身・防犯用品として購入する事が可能。
身体組織へのダメージや後遺症を残しにくく、非常に安全な兵器として評価されている。
ただし、完全な意味での非致死性ではなく、一定の安全性が常に保証されるわけではない。
単発で人間の致死量に至る事はまずないが、制圧射撃などで大量散布された場合に命の保証はない。
免疫系や呼吸器系に障害・疾病を抱えた患者には永続的・致死的な影響を与える事がある。
弾体の激突、刺激による転倒、パニックの誘発などで死に至る事がないとも言い切れない。
日本での使用例
日本では、警視庁・道府県警察が催涙弾と専用の擲弾発射器を保有し、群衆警備用の装備として使用している。
ただし、公式には催涙弾は「催涙ガス筒」、擲弾発射器は「ガス筒発射器」と称されている。
設計上も運用実態でも明白に銃砲であるが、暗黙に「武器ではない」という主張が為されている。
『銃』『弾』と呼ぶと法律上「武器」「銃砲」として定義され、使用上の規制が発生するため。
例えば、警察官職務執行法第七条における武器の使用制限に引っかかる事案が多く想定される。
また、銃砲刀剣類所持等取締法においてどう取り扱うべきなのか今ひとつ判然としない点もある。
その運用には極めて厳しい制限が課せられており、持ち出しの時点で各機関の最高責任者の許可を要する。
発射の際には相手に対して事前に警告し、かつ現場指揮官による発射命令を要する事と定められている。
なお、『銃砲』の側はともかく、催涙剤そのものはほとんど法規制がない。
スプレー缶に催涙剤を詰めただけの「催涙スプレー」であれば個人でも購入できる。
催涙剤
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/11 21:58 UTC 版)

催涙剤(さいるいざい)は、非致死性のガス化学兵器である[1]。一般には催涙ガス(英: tear gas)とも呼ばれるが、気体(ガス)ではない。催涙剤を詰めた弾丸を催涙弾と呼ぶ。
概要

皮膚や粘膜に付着した場合、不快な刺激や痛みを与え、咳・クシャミ・落涙・嘔吐などの症状を発現させる[2]。効果時間は数分から数十分とされ、時間経過による拡散や自然分解、あるいは涙や洗眼、中和剤の使用などで除去すれば一般的には傷跡、後遺症を残すことがないとされる[3]。また、即効性があり、比較的低濃度でも効果を発揮するが、致死量が高いため、主に暴動の規制・鎮圧や化学兵器防護の訓練に使われている[3]。
1925年のジュネーヴ議定書(窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガスおよび細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書)においては、戦争における毒ガス使用の禁止が宣言された。1997年に発効した化学兵器禁止条約では、1条において暴動鎮圧剤を戦争における戦闘行為で用いることが禁止されているが、2条9項において「国内の暴動の鎮圧を含む法の執行のための目的」の使用は、明示的に条約の対象から除外されている[4]。
歴史的には第一次世界大戦中の1914年にフランス軍が使用を開始している[5](一説には臭化キシリル(Xylyl bromide))[6]。次いでドイツ軍でも開発の上、使用されることになった[6]。
ベトナム戦争ではアメリカ軍がクロロベンジリデンマロノニトリルを壕内に投入して、内部にひそむ戦闘員を外部に出させた。非致死剤とはいえ1m2に10g以上あれば致死効果があり、遅延型アレルギーなどの後遺症も残す可能性が指摘されている。
なお催涙剤は軍隊や警察用以外に護身・防犯用途として市販されており、日本でも催涙スプレーとして個人で購入することができる。ただし、正当な理由なく隠匿して所持していた場合には、危害を加えうる器具の隠匿所持として、軽犯罪法違反に問われる場合もある[7]。
アメリカではフッ化スルフリルを使った住宅燻煙の際、内部に人が残っていないことを確認する目的で催涙効果を持つクロルピクリンを使用する。
散布方法は手榴弾型を投擲するか、擲弾発射器用のグレネード弾として投射する。2018年にはイスラエル警察が催涙弾を搭載したドローンを導入し、同年3月30日にガザ地区で行われたデモ隊との衝突で初使用されている[8]。
警察の特殊部隊や軍隊では催涙剤が充満した環境でも適切に行動する必要があるため、効果を減じたガスを屋内に充満させ素早くマスクを装着する訓練などを行っている。
主な催涙ガス
カッコ内のアルファベットはアメリカ軍の略号
- 催吐剤
- アダムサイト(DM)
- くしゃみ剤
- ジフェニルシアノアルシン(DC)
- ジフェニルクロロアルシン(DA)
- 催涙剤
- ブロモベンジルシアニド(CA)[9]
- クロロアセトフェノン(CN)[9]:旧日本軍においては「みどり剤」として呼称して保有[1]。
- クロロベンジリデンマロノニトリル(CS)[9]
- ジベンゾ-1,4-オキサゼピン(CR)
脚注
出典
- ^ a b 遺棄化学兵器の安全な廃棄技術に向けて 日本学術会議 平成13年7月23日
- ^ 国立医薬品食品衛生研究所 催涙剤
- ^ a b 緊急災害医療支援学/無傷害化学剤,自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之
- ^ 化学兵器禁止条約
- ^ Gerard J. Fitzgerald (2008年). “Chemical Warfare and Medical Response During World War I”. Am J Public Health. 2008 April; 98(4): 611–625.. 2016年2月28日閲覧。
- ^ a b Michael Duffy (August 22, 2009). “Weapons of War - Poison Gas”. firstworldwar.com. 2010年8月26日閲覧。
- ^ “催涙スプレー規制“野放し”「護身用品」難しく 業者は自主規制”. 産経新聞 (2015年5月8日). 2017年5月16日閲覧。
- ^ “ガザ大規模衝突で15人死亡、1400人負傷 デモに住民数万人”. AFP (2018年3月31日). 2018年3月30日閲覧。
- ^ a b c アンソニー・トゥ(Anthony T. Tu)「化学兵器の毒作用と治療」『日本救急医学会雑誌』第8巻第3号、日本救急医学会、1997年、91-102頁、2016年2月28日閲覧。
参考文献
- アンソニー・トゥ、井上尚英『化学・生物兵器概論』(じほう、2001年)
- アンソニー・トゥ『中毒学概論』(じほう、1999年)
- 『改訂版 症例で学ぶ中毒事故とその対策』(じほう)
- 内藤裕史『中毒百科 改訂第2版』(南江堂、2001年)
- 『化学』Vol,52 No,11(1997):特集「化学兵器」(化学同人)
関連項目
外部リンク
- 催涙剤のページへのリンク