酒
『古事記』上巻 スサノヲは、幾度も醸造した高醇度の酒を8つの酒船に満たして、ヤマタノヲロチを待ちうけた。8つの頭を持つヤマタノヲロチは、8つの酒船の酒を飲んで、その場に眠りこんだ。スサノヲは十拳剱(とつかつるぎ)で、ヤマタノヲロチの体をばらばらにした〔*『日本書紀』巻1・第8段一書第3では、毒酒をヲロチに飲ませて眠らせた、と記す〕。
*酒にクシナダヒメの姿を映して、ヤマタノヲロチをあざむく→〔八人・八体〕2bの『源平盛衰記』巻44「三種の宝剣の事」・〔水鏡〕2bの『太平記』巻25「伊勢より宝剣を奉る事」。
『捜神記』巻11-8(通巻270話) 漢の武帝が東方に旅した時、身の丈(たけ)数丈の、牛に似た怪物が立ちふさがった。東方朔の教えで酒を数十斛注ぐと、怪物は消えた。これは昔の罪人たちの憂いから生まれた「患」という怪物で、憂いは酒によって消すことができるのだった。
*「禍(わざはひ)」という怪物→〔名前〕8の『椿説弓張月』続篇巻之6第44回。
*塩をまいて怪物を退治する→〔塩〕6の『鉄腕アトム』(手塚治虫)「ゲルニカの巻」。
*酒かすを用いて津波を退ける→〔波〕6の『津波の神さま』(松谷みよ子『日本の伝説』)。
★1b.酒宴の席で敵を倒す。
『源氏物語』「若菜」下 朱雀院五十賀の試楽の夜、47歳の光源氏は酔ったふりをして柏木に視線を向ける。源氏は「我が老いの酔い泣きを汝が笑うのも今しばらくの事。老いは誰も逃れられぬもの」と諷して、柏木と女三の宮の密通行為を暗にとがめ、酒を勧める。柏木はいたたまれず退席し、病床に臥して2ヵ月後に死ぬ→〔恋文〕1。
『日本書紀』巻7〔第12代〕景行天皇27年(A.D.97)12月 16歳のヤマトタケルが熊襲を討ちに行く。熊襲の首長・川上梟帥(かはかみたける)が、親族を集め酒宴を催す。女装したヤマトタケルを、川上梟帥は隣りに侍らせて戯れる。ヤマトタケルは衣に隠した剣を抜き、酔った川上梟帥を刺し殺す〔*『古事記』中巻では、熊襲建兄弟2人を殺した、と記す〕。
『小さい悪魔がパンきれのつぐないをした話』(トルストイ) 悪魔がパンきれを盗んで百姓を怒らせ、悪の道に引き入れようとする。しかし百姓は「腹をへらしたやつが取ったんだろう」と、あっさりあきらめ、怒ることなく耕作に励む。そこで悪魔は、麦をつぶして酒を醸すことを百姓に教える。百姓は酒を造ると、仲間を集めて酒盛りを始める。酒を飲むうちに、彼らは狐のように狡猾になり、狼のように怒りっぽくなり、ついには豚のようにごろごろ転がる。こうして悪魔は、百姓を堕落させることができた。
★1d.酒が国を亡ぼす。
『戦国策』第23「魏(2)」332 夏(か)の時代。儀狄(ぎてき)という人が酒を造り、たいへん美味だった。儀狄は酒を禹(う)に献じた。禹は酒を賞味した後に儀狄をうとんじ、美酒を断って、「後世、必ず酒をもってその国を亡ぼす者あらん」と言った。
★2a.水が酒に変わる。
強清水(こわしみず)の伝説 孝行息子が、老父に飲ませる酒を買う金がないので、峠の清水を竹筒に入れて帰る。老父がそれを飲んで「諸白(もろはく)の酒だ」と喜ぶ。息子が飲んでみると、ただの水である。以来、この清水は「親は諸白、子は清水」と歌われ、後には「強清水」という字を当てるようになった(山梨県東八代郡中道町右左口)。
『十訓抄』第6-18 美濃国の男が薪取りのため山に入り、石の中から水のごとく流れ出る酒を発見する。男は毎日これをくんで酒好きの老父を養う。帝がこれを知り、男は美濃国をたまわり、年号も「養老」に改まる〔*養老の滝の伝説の原話。養老町では、男の名を「源丞内」と伝える〕。
『パンタグリュエル物語』第五之書(ラブレー)第44章 パンタグリュエルとパニュルジュ一行は、さまざまな島巡りをした後、徳利明神の神託の島に上陸する。そこの寺院の不思議な泉の水は、酒だと念じて飲めば、酒の味がするのだった。
『ヨハネによる福音書』第2章 カナの婚礼に招かれたイエスは、酒がなくなったと聞いて、6つの大がめに水をいっぱいに入れさせ、それらをぶどう酒に変えた〔*この物語は他の福音書には見られない〕。
★2b.酒が水に変わる。
『酉陽雑俎』続集巻1-880 2人の鬼が李和子を冥府へ連れて行こうとするので、李和子は鬼たちを酒楼へ招き、酒を飲ませる。酒楼にいる人々には、鬼の姿が見えない。無人の席に酒を置き、1人でしゃっべている李和子を、皆は「狂人だ」と思う。鬼たちが去った後、酒は水のような味に変わっており、冷たくて歯にしみた→〔紙銭〕1。
★2c.酒に水をまぜて売る。
『往生要集』(源信)巻上・大文第1「厭離穢土」 酒に水をまぜて売った者は、死後、叫喚地獄の別処・火末虫(かまつちゅう)に堕ち、4百4病にかかって苦しむ。虫が身体から出て、皮・肉・骨・髄を破って飲み食うのである。
『日本霊異記』下-26 田中真人広虫女は、酒に水を加え量をふやして売り、利益をあげるなど、さまざまな欲深い行ないを重ねた。その罪ゆえに彼女は宝亀7年(776)7月20日に死に、閻羅王の王宮に召された→〔牛〕3c。
★2d.水に酒をまぜて売る。
『沙石集』巻6-11 酒を売る尼公がいたが、いつも酒に水を入れて薄めていた。酒好きの説経師・能説坊が、法事の席で「酒に水を入れるのはたいへんな罪だ」と弁じ、尼公に反省を求める。尼公は心を入れ替え、水に酒を入れて能説坊に勧めた。
★3.酒の起源。
『詩語法』(スノリ)第6章 巨人の娘グンロズが、岩山で蜜酒を管理する。オーディンが彼女のもとに3夜いて、蜜酒を3口だけ飲む許しを得る。オーディンは多量の酒を3口ですべて飲みこみ、鷲に変じて逃げ去る。少量の蜜酒が人間界にこぼれ、それを飲むと詩人になれる。
『ジャータカ』第512話 ヒマラヤに1本の木があり、人の背の高さで3つに分かれ、そこの穴に雨水がたまる。熟した木の実や稲が水に落ち、太陽で暖められて酒が生じる。鳥獣が酒を飲んで酔うさまを見て、林務官スラと苦行者ヴァルナも、飲んでみる。酒は、発見者の名前からスラーまたはヴァルニーと呼ばれる。
『曽我物語』巻2「酒の事」 漢の明帝の代、せきそという男がいた。家の園にある3本の桑に水鳥が降りて遊ぶので、見ると木のうろに美酒があった。せきそはこれを帝に献上した。桑の木3本より出たゆえ、酒を「みき」と言う。
*雀が酒を作り出した→〔踊り〕3cの雀躍(高木敏雄『日本伝説集』第22)。
酒と生殖の起源の神話 神が少年少女を創造し、2人を大峡谷の底の洞穴に置いた。2人が無邪気すぎて、子供ができる見込みがなかったので、神は、情欲をかきたてる米の酒イリの造り方を、2人に教えた。こうして世界に、人間が増えていったのである(中部インド、ムンダ族)。
『試し酒』(落語) 近江屋の下男久造が大酒飲みだというので、某大家の主人が、5升飲めるかどうか久造を試す。久造は「少し考えたい」と言って外へ出、戻って来て見事に5升飲む。主人が感心し、「それにしても先程どこへ行ったのか?」と問うと、久造は「自信がなかったから、酒屋で試しに5升飲んで来た」と答えた。
*大酒飲みの神→〔無尽蔵〕2bの『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第46~47章。
『星の神話・伝説』(野尻抱影)Ⅳ「冬の星座」アルゴ座 宋の時代、奇妙な老人が都に現れ、酒屋へ入り込んでガブガブと酒を飲み、いくら飲んでも酔うことがなかった。仁宗皇帝が老人を宮殿に召して酒を賜ると、たちまち7斗をたいらげて、どこへともなく立ち去った。翌日、天文官が「昨夜、南極老人星(アルゴ座のカノープス)が、いつもの位置から消えました」と言上する。仁宗皇帝は「では、あの老人がそれであったか。めでたい、めでたい」と喜んだ→〔星〕5b。
*北斗七星の化身の和尚たちが、大酒を飲む→〔北斗七星〕2aの『星の神話・伝説』(野尻抱影)Ⅰ「春の星座」大ぐま座。
★6.千日の酒。
『捜神記』巻19-8(通巻447話) 狄希のもとで「千日の酒」を1杯飲んだ玄石は、眠りこみ、死んだと見なされて埋葬される。3年後、狄希が「酔いの覚める頃だ」と玄石の家を見舞い、塚の中から玄石が掘り出される。
★7.アルコール依存症。
『失われた週末』(ワイルダー) 30代半ばの無名小説家ドンはアルコール依存症で、執筆不能の状態に陥っている。彼は酒代を得るために、盗みまでする。依存症治療の病院に収容され、そこから脱走するものの、自室に帰れば蝙蝠や鼠の幻覚が現れる。拳銃で自殺しようとするドンを、恋人へレンが懸命に励ます。ドンは心を入れ替え、グラスの酒の中に吸いかけのタバコを棄てて、小説に取り組む決意を示す。
『酒とバラの日々』(エドワーズ) 広告代理店の社員ジョーは、得意先の社長秘書キアステンを口説いて結婚し、女児が生まれる。ジョーは大酒飲みであり、その影響でキアステンも酒好きになる。酒の上の失敗が重なってジョーは馘首され、キアステンは昼間から酒を飲んでアパートを火事にする。ジョーは病院に入って、ようやく酒と縁を切る。キアステンは、夫や子供との生活よりも酒を選び、別居する。
『スタア誕生』(キューカー) 前座歌手エスターは、大スターのノーマンに見出されて映画女優となり、たちまちトップ・スターの座につく。2人は愛し合い結婚するが、エスターの成功とは裏腹に、ノーマンは長年の酒浸りによるアルコール依存症で、演技も荒れ、撮影所との契約を打ち切られる。エスターは女優をやめてノーマンに尽くそうと思うが、それを知ったノーマンは、エスターの足手まといになるまいと、入水自殺する。
★8.酔っぱらい。
『親子酒』(落語) 親父も息子も大酒飲みで、毎晩酔っぱらって帰って来る。親父は酔眼朦朧の状態で息子を見て、「お前のような、顔が3つも4つもある化け物には、この家は譲れんぞ」と叱る。息子は「こんな、ぐるぐる回る家なんか、いらない」と言い返す。
『血槍富士』(内田吐夢) 若侍・酒匂小十郎は、ほがらかで優しい性格だが、酒乱の気味があるので酒を慎んでいる。しかし旅の途次、人々が貧しい中で必死に生きる有様に接し(*→〔身売り〕3)、小十郎は侍稼業がいやになり、下僕を連れて居酒屋へ行く。そこへ酔った5人の侍が入って来て、小十郎にからむ。斬り合いになり、小十郎も下僕も殺される。小十郎の槍持ち権八が駆けつけ、長い槍を振り回して5人を倒し、主人の仇を討つ。
『法句経物語』第146偈 7日間の酒祭りが終り、8日目の朝、仕事始めの太鼓が鳴って、男たちは仕事場に出かけた。妻たちは「自分たちも酒を楽しもう」と園林に集まり、仏の「酒を飲んで放逸に流れるなかれ」との戒めを破って、飲酒し、酔ってふらふら歩き廻った。彼女たちは酒を飲んだことを隠そうと、家へ帰ってから病気のふりをする。しかし夫らは仮病を見破り、妻たちをさんざんに打ちこらしめた。
★11.密造酒。
『税務署長の冒険』(宮沢賢治) ユグチュユモトの村に酒を密造している者がいるらしいので、税務署長が椎蕈(しいたけ)買いの商人に変装して、村へ潜入する。税務署長は、山の中に密造工場を発見するが、捕らわれてしまう。密造グループは、名誉村長・小学校長・村会議員をはじめとする20人ほどで、村ぐるみの犯罪だった。税務署長は数日間監禁された後、警察に救出された。密造グループはみな捕縛された。
*葡萄をしぼって酒を密造する→〔葡萄〕1の『葡萄水』(宮沢賢治)。
『タケとサケ』(現代民話) 税務署の役人が、密造酒の摘発をしようと村へやって来て、「婆さん、酒はないか」と問う。婆さんが「山の炭焼き小屋にござんす」と言うので、役人は婆さんについて、えっちらおっちら山へ登る。婆さんが「ここでござんす」と指さしたのは、竹の林だった。婆さんは耳が遠いふりをして、役人を山へ連れ出したのだ。その間に村人は、密造酒をすべて隠してしまった。
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