四国八十八箇所 いろいろな巡礼手段

四国八十八箇所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/01 04:24 UTC 版)

いろいろな巡礼手段

道しるべ
車遍路は浦戸大橋を通るが、歩きはフェリーに乗る
巡礼者(4番大日寺)

徒歩

伝統的には、四国遍路は「徒遍路」「歩き遍路」と呼ばれる「歩き」で、1日30km歩いても約40日を要する。一時期は峠道や山道などの旧来の遍路道である旧遍路道も廃れ、幹線道路を歩くところが多くなっていたが、寺院や自治体や地元の人たち、へんろみち保存協力会などの尽力によって、昔ながらの姿を留めている旧遍路道の復元作業が各地で進展し、道しるべの設置や道の修繕が行われた。国や自治体では、遍路道とは別に、四国八十八箇所やその他の史跡や自然を辿る道を「四国のみち」として各種整備している。「四国のみち」と旧来の遍路道は一体となっているわけではないが、重複部分は、「四国のみち」として案内板や登山道の整備などがなされている。

遍路の中には先を急ぐあまり夜間も歩行する者がいるが、街灯のない遍路道も多く、遍路道しるべを見逃して、遭難事故が発生している。歩き遍路は朝早くに出て、夕方までには宿に着くのが基本である。歩き遍路のルートを解説した書籍も何点か販売されている。

  • 渡し船
江戸期の巡礼では河川や湾口の通行に渡し船を使うことがあり、吉野川浦戸湾(32番から33番の間)、浦ノ内湾(35番から36番の間)、四万十川(37番から38番の間)などにあった。巡礼者が渡し船を使うと、たいていは渡し賃が無料であったと伝えられている。現在では浦戸湾の種崎・長浜間の渡し船(県営フェリー)が残るのみである[38]

公共交通機関の利用

体力や身体的な理由などで全てを徒歩で巡礼するのは無理だが、できる限り歩きつつ公共交通機関を利用する巡礼者もいる。2006年から四国運輸局では、公共交通を利用した四国遍路のためのガイドリーフレットを作成、配布している[39]。ただし、公共交通機関が無い区間や、電車やバスの本数が少なく不便な地域も多い。

バスによる団体巡礼

昭和40年代からの四国内の道路事情の改善もあり、大型観光バスによるお四国巡りの団体巡礼が企画催行されている。何泊もしながら1回で回り切る本格的なもの、一国参りといって1つの県内を回るもの、原則日帰りで、1回で10か寺程度ずつお参りし、何回かのツアーに参加して結願となる手軽なものなど、さまざまである。地元の会社が主催する四国発着の団体巡礼もあるが、大手ツアー会社が主催する関西や中国地方からの団体巡礼も多く、近年では関東などからの団体巡礼も増えている。団体巡礼では本堂や大師堂での読経は先達(後述)や僧侶が先導してくれ、納経帳に判を貰うのは添乗員が代行してやってくれる。このようなツアー会社やバス会社主催の団体巡礼以外にも、札所や寺院、各地の参拝団(講)が主催する団体巡礼もある。小規模な団体や大型バスが通行できない札所への参拝は、マイクロバスやジャンボタクシー等も利用される。

自動車・オートバイでの巡礼

マイカーやレンタカーなどの自動車、オートバイを利用して巡礼する人も多い。自分の休日を利用して少しずつ計画的に回る人もいる。今では車道の整備が進み、ほとんどの札所で境内に隣接した駐車場まで行けるようになり、太龍寺と雲辺寺ではロープウェイを、八栗寺ではケーブルカーを利用することができ、境内まで徒歩が必要な区間が長いところは、約20分かかる焼山寺と横峰寺、約30分かかる岩屋寺くらいになった。そして、高速道路を利用すれば、四国の主要都市から全ての札所へ日帰りが可能である。ただし、境内が広く山の斜面にあるため弥谷寺のように本堂までの高低差が大きい所も少なくない。

自転車での巡礼

自転車を趣味とする人や、歩きでは時間的・体力的に無理でも自分の力で巡礼をしたいという人が自転車を利用している(いわゆる「チャリンコ遍路」)。山間部の登りは押して上がることも多いが、おおむね10日から14日で結願できる。

自転車としては、変速ギアを装備し長距離走行に向いた車種[注釈 25]が多いが、シティサイクル(ママチャリ)や電動アシスト自転車、折りたたみ自転車等も使用されている。ただし、ビーチクルーザーは浜辺を走行するための車種である関係上、遍路への使用には向かない。また、リカンベントは視野が悪いため、山道での走行は非常に危険となるので、同じく遍路には向かない車種である。 関連書籍も発売されている[40]


注釈

  1. ^ 行政機関などは「四国八十八箇所」を使用するが、霊場会は「四国八十八ヶ所」を公式に使用している。
  2. ^ 1996年に78件が選ばれ今回36件が追加選定され114件になった。
  3. ^ 本来は「徒遍路(かちへんろ)」と云う。
  4. ^ 下左の4番大日寺のように以前は墨書が版木の札所があったが、現在は全て手書きの墨書になっている。
  5. ^ 現代日本の暦では申年は閏年に当たる。
  6. ^ 杖杉庵縁起によると衛門三郎が弘法大師に出会えたのは天長8年10月20日とされているが、衛門三郎伝説の初見とされる石手寺刻版(1567年)で「天長八年辛亥載」と記されている通り、天長8年(831年)は申年ではない。また、天長8年に閏月はなく、831年はユリウス暦及び太陰太陽暦では閏年に当たらない。
  7. ^ 新型コロナウイルスの感染が拡大した際およびそれ以降、感染予防のために手水舎を廃止してアルコール消毒に切り替えた札所もある。
  8. ^ 「四国の辺地を通る僧が知らぬ所に来て、馬に打ちならさるはなし」で、四国を廻っている三人の僧が宿を所望した山中の家で次々と馬に変えられ最後の者が逃げ出した話。1200年頃。
  9. ^ 「我らが修業せし様は忍褥袈裟をば肩に掛け を負ひ衣はいつとなくしほたれて四国の辺地をぞ常に踏む」1180年
  10. ^ 影響を受けた寺を札所番号で表示すると、1,2,5,6,7,9,11,13,14,15,16,17,18,19,21,22,44,47,55,59,61,62,63,65,67,70,71,72(慶長の兵火),74,76,77,80,82,83,85,86,87,88[9]
  11. ^ 「辺」は正しくは「鳥にしんにょう」
  12. ^ 44番大宝寺をスタートし、68番琴弾と69番観音寺が逆転しているが、それ以外は現在と全く同じ順番で巡拝し43番明石寺で終了している。
  13. ^ 澄禅の巡拝順を札所番号で表すと、17-16-15-14-13-11-12-18-19〜59-62-61-60-63-64-65-66-67-69-68-70〜88-10〜1の順である。
  14. ^ 澄禅の日記では『世間流布ノ日記』との表現であるが、初版は現存していない『辺路札所ノ日記』のこととされる。
  15. ^ その中に「札所八十八ヶ所 道488里…など」内容が一致している。
  16. ^ その後の改訂版では『四國徧禮道指南』と名称を変えているが、これは、寂本の意見もあり従来使われていた辺路ではなく、広くゆきわたりあまねくとの意味で「徧」を、単なる道ではなくて人として生きる道という意味を含む「禮」を使用して、人の道を求める修行者の意味を込めている。なお以下、一般的な『四国遍路道指南』 と表記する。
  17. ^ 24番から39番および番外札所月山
  18. ^ 高知県では明治5年2月の布達で遍路入国禁止[11]
  19. ^ 高知県では明治9年4月の布達により解除
  20. ^ 同書によると、現在のような四国霊場会は存在しなかったが、1910年頃に小林正盛という人物が組織化を模索した形跡があるとされる。
  21. ^ 阿弥陀如来、観音菩薩、不動明王、薬師如来、地蔵菩薩
  22. ^ 一か山 の「か」は王偏に「果」
  23. ^ 光明寺
  24. ^ 大瀧寺は「四国八十八ヶ所総奥ノ院」と、仙龍寺は「四國總奥之院」と、與田寺は「四國八十八ヶ所奥院」と各寺の入口の寺名の石板に表記されている。
  25. ^ ロードバイククロスバイクマウンテンバイクシクロクロスランドナーなど。
  26. ^ ケガや病気また故郷を追われた者など顔を晒したくない者でも受け入れたことに由来する。
  27. ^ 布団も基本的にはない。
  28. ^ 小屋やガレージなどを一時的に利用してもよいとする霊場を含む。
  29. ^ 三角寺本堂の前に掲示されている由緒書きに「…殊に四国霊場中當山を伊予の関所として尊信おかざるは偏に御本尊威徳力の如からしむ處と謂うべし。」とある。
  30. ^ 門脇画伯が4年間に亘り自ら各霊場を巡って制作したもので、昭和41年から44年まで4回に渡って東京三越本店で発表されたものである。
  31. ^ 第3弾では、鈴井貴之、大泉同じくTEAM NACS安田顕森崎博之が一部参加。
  32. ^ 本企画の前に、「試験に出るどうでしょうシリーズ」という、全国各地に直接赴いて社会科の勉強をする企画があり、その企画の最終日に行われる試験で受験者(第1弾では大泉、第2弾では安田、第3弾では鈴井・安田)が合格点を取れなかった際に、大泉が全責任を取って巡礼を命じられている。
  33. ^ ほとんどの寺院で先述の巡拝の手順を踏襲していないことが多く、夜間にも巡礼を続行することや短期間で制覇しなければならないという制約などから、寺院や山門を背景に撮影したことで「巡礼」と見なしている。

出典

  1. ^ 『四国遍路道指南 真念』の巻末より。
  2. ^ 『四国八十八ヶ所を歩く旅』(山と渓谷社、2008年)は1,108キロメートル、へんろみち保存協力会『四国遠路ひとり歩き同行二人 地図編』第9版(2010年)1頁では1116キロメートルと記述している。
  3. ^ a b c “逆打ち遍路に脚光 ツァーの予約好調”. 徳島新聞. (2016年1月31日). https://www.topics.or.jp/localNews/news/2016/01/2016_14542170556781.html 2016年2月3日閲覧。 
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  10. ^ 『四國徧禮道指南』全訳注:稲田道彦・著
  11. ^ 『高知県史』 近代史料編、1974年、94頁。全国書誌番号:73000996 
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  17. ^ 高知県 編『高知県史要 : 附・高知沿革略志、元禄大定目』高知県、1924年、468頁。NDLJP:978760/297 
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  23. ^ 平田卓也、砂本文彦「廃仏毀釈による寺院の転用について : 高知藩内の四国霊場を事例として」『日本建築学会計画系論文集』第78巻第692号、日本建築学会、2013年10月、2217,2221、ISSN 13404210 
  24. ^ 高知県 編『高知県史要 : 附・高知沿革略志、元禄大定目』高知県、1924年、302頁。NDLJP:978760/302 
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