租税
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/06 13:33 UTC 版)
租税の機能
政府は、国家の基盤的機能を維持するため、個人から生殺与奪の権利を取り上げ、社会的ジレンマや外部性(フリーライダー)を回避する施策を検討しなければならない。租税には、次の3つの機能・効果があるとされている。
- 公共サービスの費用調達機能 - 「市場の失敗」という言葉に象徴される市場経済のもとでは提供困難なサービス(軍事、裁判、警察、消防、公共事業など)の提供のための費用を調達するための機能[1]。
- 所得の再分配機能 - 自由(私的財産権の保護)と平等(生存権の保障)は、究極的には矛盾する考え方であるが、今日の多くの国では、いわゆる福祉国家の理念のもと、国家が一定程度私的財産に干渉することもやむを得ないことと考えられている。このような考え方に基づいて持てる者から持たざる者に富を再分配する機能[2]。
- 景気の調整機能 - 自由主義経済体制における特殊な調整機能。景気の循環は不可避のものとされるが、景気の過熱期には増税を行うことにより余剰資金を減らし投資の抑制を図る。逆に後退期には減税を行うことにより余剰資金を増やし投資の活性化を行う。これにより、ある程度景気を調節することが可能であるとされる。現代の租税制度は累進課税を採用している租税が国などの主要な財源を占めているため、所得の変動に応じた税率の変動により、景気が自動的に調整されるという効果を有する。この効果は「自動景気調整機能(ビルト・イン・スタビライザー)」と称される[3]。
一方、税金は経済全体を調整するための機能とみなす機能的財政論は、前述の公共サービスの費用調達機能に否定的である。この論によれば、租税は、財源確保の手段ではなく、物価調整の手段であり、政府が負債を増やすことで、貨幣供給量が増えて、インフレに向かい、政府が増税によって負債を返却したら、その分だけ貨幣が消え、貨幣供給量が減るから、デフレへと向かうとされる。そのほかに、炭素税のように、二酸化炭素の排出抑制の手段にもなり(ピグー税)所得再配分の手段としても重要である[4]。
また、表券主義によれば、租税の目的は政府が発行する通貨に対する需要を生み出すことであり、歳入を生み出すためではない。通貨の利用者たる国民が、通貨を手に入れようと、労働力、資源、生産物を政府に売却するように仕向けるためである[5]。政府が「お金」の価値を保証することと租税の制度を存続させることとは表裏一体で、日本においては、明治時代の紙幣・債権経済への移行期に地租改正を行い通貨による納税制度を取り入れている。政府が「お金」の価値を保証することは、近世社会以降において治安と並んで国家的機能の重要な働きの1つで、国内的なあらゆる取引における一定の価値および安全性を保証するものである。
租税の基本原則
租税制度に関する一般的な基本原則として、アダム・スミスの4原則やアドルフ・ワグナーの4大原則・9原則、マスグレイブの7条件などの租税原則が知られており、それらの理念は「公平・中立・簡素」の3点に集約できる[6]。それらはトレードオフの関係に立つ場合もあり同時に満たされるものではなく、公正で偏りのない税体系を実現することは必ずしも容易ではない。種々の税目を適切に組み合わせて制度設計を行う必要がある[7]。
アダム・スミスの 4原則 |
|
---|---|
ワグナーの 4大原則・9原則 |
財政政策上の原則
国民経済上の原則
公正の原則
租税行政上の原則
|
マスグレイブの 7条件 |
|
租税法律主義
租税法律主義とは、租税は、民間の富を強制的に国家へ移転させるものなので、租税の賦課・徴収を行うには必ず法律の根拠を要する、とする原則。この原則が初めて出現したのは、13世紀イギリスのマグナ・カルタである。
近代以前は、君主や支配者が恣意的な租税運用を行うことが多かったが、近代に入ると市民階級が成長し、課税するには課税される側の同意が必要だという思想が一般的となり始めていた。あわせて、公権力の行使は法律の根拠に基づくべしとする法治主義も広がっていた。そこで、課税に関することは、国民=課税される側の代表からなる議会が制定した法律の根拠に基づくべしとする基本原則、すなわち租税法律主義が生まれた。現代では、ほとんどの民主国家で租税法律主義が憲法原理とされている。
租税が課される根拠
租税が課される根拠として、大きくは次の2つの考え方がある。
- 利益説 - ロック、ルソー、アダム・スミスが唱えた。国家契約説の視点から、租税は個人が受ける公共サービスに応じて支払う公共サービスの対価であるとする考え方。後述する応益税の理論的根拠といえる。
- 能力説 - ジョン・スチュアート・ミル、ワグナーが唱えた。租税は国家公共の利益を維持するための義務であり、人々は各人の能力に応じて租税を負担し、それによってその義務を果たすとする。「義務説」とも称される。後述する応能税の理論的根拠といえる。
注釈
- ^ 給付付き税額控除と並んで近年注目されるベーシックインカムについては、就労可能な個人の労働意欲(就労インセンティブ)を損ないかねないという見方がある一方、それが労働市場に与える影響に関して現在様々な見解がある。ボランティアなど社会的活動への報酬として位置づけるという意見、稼得所得による給付額の逓減が無いことにより労働供給へのマイナス効果は小さいという意見、税制全体として給付の財源を賄うため累進課税の負担が増えると間接的に労働供給の阻害要因になるという意見など。(佐藤、p.93)
- ^ 森信2010では、給付付き税額控除をその政策目的によって勤労税額控除、児童税額控除、消費税逆進性対策税額控除の3種に分類している。ただし、森信「給付付き税額控除の4類型と日本型児童税額控除の提案」(『国際税制研究』第20号、納税協会、2008年、pp.24-34)では、現金給付の代わりに社会保険料の控除を行うオランダ型の社会保険料負担軽減税額控除も1類型に加えて4分類としている(白石浩介「給付つき税額控除による所得保障」『会計検査研究第』42号、会計検査院、2010年、p.1)。
- ^ ドイツとカナダの児童手当は税額控除を伴わない給付のみの制度であるが、ドイツの児童手当は所得税法で規定されており児童控除との選択制、カナダでは税務当局である歳入庁が執行している(鎌倉、pp.6, 9)。
- ^ 1986年の参議院地方行政委員会において自治省(当時)は、過度な減税による将来世代への負債転嫁や他地域住民への税負担の転嫁(国費による自治体財政への補填費用)を抑制するために各自治体が標準的な税収を確保することが必要との見解を示している(深澤、p.51)。
- ^ 現代中国の税制については中華人民共和国#税制という投資環境を参考にせよ。
- ^ ただし、歴史的な論争が今も残る。詳しくは地代論争を見よ。
- ^ 地代は永久不変ではなく市場メカニズムによって動くものであることに注意。[注 6]
- ^ 原文はドル。
出典
- ^ 『「税と社会貢献」入門 税の役割とあり方を考える』p6-7 伏見俊行・馬欣欣共著 ぎょうせい 平成26年6月1日第1刷
- ^ 『「税と社会貢献」入門 税の役割とあり方を考える』p7 伏見俊行・馬欣欣共著 ぎょうせい 平成26年6月1日第1刷
- ^ 『「税と社会貢献」入門 税の役割とあり方を考える』p8 伏見俊行・馬欣欣共著 ぎょうせい 平成26年6月1日第1刷
- ^ 中野剛志『奇跡の経済教室』KKベストセラーズ、2019年、pp.151-154
- ^ L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』東洋経済新報社2019年、pp.128-129
- ^ a b c d 税制調査会『わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択-』2000年(1-2-2. 税制の基本原則)。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 税制調査会『わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択-』2000年(1-2-1. 租税の種類と税体系)。
- ^ 税制調査会『わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択-』2000年((資料2)租税原則)より引
- ^ Revenue Statistics 2016 (Report). OECD. 2016. p. 35. doi:10.1787/rev_stats-2016-4-en-fr。
- ^ 森信茂樹「グローバル経済下での租税政策 ─消費課税の新展開─」『フィナンシャル・レビュー』 2011年1号(通巻102号)、財務省財務総合政策研究所、p.11。
- ^ 『「税と社会貢献」入門 税の役割とあり方を考える』p12 伏見俊行・馬欣欣共著 ぎょうせい 平成26年6月1日第1刷
- ^ 森信2011、p.13。
- ^ a b 『「税と社会貢献」入門 税の役割とあり方を考える』p13 伏見俊行・馬欣欣共著 ぎょうせい 平成26年6月1日第1刷
- ^ 佐藤主光「所得税・給付つき税額控除の経済学 ─「多元的負の所得税」の構築─」『フィナンシャル・レビュー』2011年1号(通巻102号)、財務省財務総合政策研究所、p.74。
- ^ 鎌倉治子「諸外国の給付付き税額控除の概要(調査と情報 -Issue Brief- 678号)」国立国会図書館、2010年、表紙, pp.1-2。
- ^ 鎌倉、pp.1-11。佐藤、pp.73, 74。森信茂樹「給付付き税額控除の具体的設計」『税経通信』922号、税務経理協会、2010、pp.38-40。
- ^ 鎌倉、pp.2, 3。
- ^ 鎌倉、pp.2-6, 9。
- ^ 鎌倉、pp.2, 8。
- ^ Revenue Statistics (Report). OECD. doi:10.1787/19963726。
- ^ 日本財政転換の指針pp192スウェーデン型地方税制との違い(井手英策)岩波新書 ISBN 978-4-00-431403-5
- ^ 日本財政転換の指針pp193スウェーデン型地方税制との違い(井手英策)岩波新書 ISBN 978-4-00-431403-5
- ^ a b c 深澤映司「地方税の標準税率と地方自治体の課税自主権」『レファレンス』735号、2012年、pp.48-49。
- ^ 深澤、pp.42-44, 48。
- ^ 深澤、p.50
- ^ a b c 林正寿「間接税」小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)、精選版日本国語大辞典:コトバンク
- ^ 「直接税」精選版日本国語大辞典:コトバンク
- ^ 石川県租税教育推進協議会ホームページ『税の種類とあらまし』2014年3月29日閲覧。
- ^ a b c “国民負担率”. 野村証券. 2020年6月28日閲覧。
- ^ 関東信越税理士会埼玉県浦和支部「知って納得!はじめての税金 身の回りの税金 申告納税方式と賦課課税方式」2017年2月6日閲覧
- ^ 財務省「主要国の給与に係る源泉徴収制度の概要」、2020年8月8日閲覧。
- ^ 山本守之『租税法の基礎理論』改訂版125 - 131ページ
- ^ 雨宮健「古代ギリシャと古代中国の貨幣経済と経済思想」金融研究 31(2), 2012-04,日本銀行金融研究所,p20
- ^ 古川堅治 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ),平凡社世界大百科事典 第2版,コトバンク
- ^ 前田安正「漢字コラム21「税」 身ぐるみはがして取る?」2016.10.25公益財団法人日本漢字能力検定協会
- ^ レビ記27章30節など
- ^ a b 「十分の一税」小学館 日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典 第2版,百科事典マイペディア, 旺文社世界史事典 三訂版:コトバンク
- ^ a b 中里実「フランスにおける流通税の歴史」税大ジャーナル 11 2009. 6 ,p.6
- ^ a b c d e 諸富徹,p.21-23
- ^ a b 下村芳夫「現代における租税の意義について-租税法律主義の歴史的考察を中心として-」税務大学校論叢5号、p.6-9,1972-03-00,国税庁
- ^ 片上孝洋「「代表なければ課税なし」の再考」ソシオサイエンス Vol.17 2011 年3月 ,p143,早稲田大学リポジトリ
- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「トン税・ポンド税」
- ^ a b c d e f 諸富徹,p.15-16
- ^ a b c d e f 諸富徹,p.17-20
- ^ https://www.british-history.ac.uk/no-series/acts-ordinances-interregnum/pp85-100
- ^ Records of the Boards of Customs, Excise, and Customs and Excise, and HM Revenue and Customs,イギリス国立公文書館
- ^ a b 諸富徹,p.35-36
- ^ a b c d e f g h i j k 諸富徹,p.41-48
- ^ 木村元一「重商主義租税論の一体系-ジェームズ・ステュアートとの財政論その二」一橋論叢31巻4号、p297-300,1954-04
- ^ a b c d e 諸富徹,p.49-55
- ^ 大内兵衛・松川七郎 訳 『諸国民の富(四)』 岩波文庫,p116-118
- ^ 資料2)租税原則 内閣府税制調査会資料平成12年7月
- ^ a b c d e 下村芳夫「現代における租税の意義について-租税法律主義の歴史的考察を中心として-」税務大学校論叢5号、p.11-,131972-03-00,国税庁
- ^ 「アリステア・クックのアメリカ史(上)」p142-144 アリステア・クック著 鈴木健次・櫻井元雄訳 NHKブックス 1994年12月25日第1刷発行
- ^ 『イギリス帝国の歴史――アジアから考える』p60 秋田茂(中公新書, 2012年)
- ^ a b c d e f 下村芳夫「現代における租税の意義について-租税法律主義の歴史的考察を中心として-」税務大学校論叢5号、p.14-,171972-03-00,国税庁
- ^ 樋口陽一・吉田善明編『改定版 解説世界憲法集』三省堂
- ^ a b c d e f 下村芳夫「現代における租税の意義について-租税法律主義の歴史的考察を中心として-」税務大学校論叢5号、p.18-,311972-03-00,国税庁
- ^ a b c d ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「利益説」
- ^ 池田浩太郎「イギリス所得税の先駆的諸税について」一橋論叢35巻1号,p80.及び「イギリス所得税前史」成城大学経済研究 (7), p117, 1957-12
- ^ 板倉孝信「英国における所得税廃止論争 (1816年) の再検討:―麦芽税廃止論争との関連性を中心に―」年報政治学 67(2), 2016年,日本政治学会,p289
- ^ 「租税の基礎研究」p43 石川祐三著 時潮社 2010年3月25日第1版第1刷
- ^ a b c d e f g h 諸富徹,p.88-99
- ^ 中田清「1891年プロイセン所得税と基準性原則」修道商学 48(1), 2007-09広島修道大学、p30
- ^ a b c d 諸富徹,p.74-77
- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典[犠牲説sacrifice theory」
- ^ 百科事典マイペディア「租税義務説」
- ^ a b 佐々木髙雄「納税の義務」日本大百科全書(ニッポニカ)
- ^ 東條隆進「日本における租税国家の形成と市民社会の問題」『早稲田社会科学総合研究』第12巻第1号、早稲田大学社会科学学会、2011年7月25日、 1頁
- ^ 「租税の基礎研究」p95 石川祐三著 時潮社 2010年3月25日第1版第1刷
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 諸富徹,p.106-121
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 諸富徹,p.122-135
- ^ 当時のトラストについては浦野倫平「アメリカにおける第1次・第2次M &Aブームの特色と投資銀行」同志社商学 48(1), 1996-06,同志社大学商学会,P175-179.も参照
- ^ 諸富徹『私たちはなぜ税金をおさめるのか―租税の経済思想史』新潮選書、2013年、p.134
- ^ “Population and Social Integration Section (PSIS)”, United Nations Social and Economic Commission for Asia and Pacific
- ^ Eugene C. Gerhart (1998). Quote it Completely!: World Reference Guide to More Than 5,500 Memorable Quotations from Law and Literature. W. S. Hein. p. 1045. ISBN 978-1-57588-400-4
- ^ 課税における古典的な自由主義の正しい見方の概観については www.irefeurope.orgを見よ。
- ^ 『Voice』1978年7月号 「二十一世紀をめざして」、「収益分配国家を目指して」『Voice』1984年12月号p308-314
- ^ [1] 日本アセアンセンタ
- ^ [2]
- ^ Li, Jinyan (1991). Taxation in the People's Republic of China. New York: Praeger. ISBN 0-275-93688-0
- ^ Frey, Bruno S.; Torgler, Benno (2007). “Tax morale and conditional cooperation”. Journal of Comparative Economies 35: 136-59. doi:10.1016/j.jce.2006.10.006. オリジナルの20 January 2013時点におけるアーカイブ。 2013年1月3日閲覧。.
- ^ Adam Smith. “2, part 2, Article I: Taxes upon the Rent of Houses”. The Wealth of Nations Book V.Chapter2
- ^ a b McCluskey, William J.; Franzsen, Riël C. D. (2005). Land Value Taxation: An Applied Analysis. Ashgate Publishing, Ltd.. p. 4. ISBN 0-7546-1490-5
- ^ “Archived copy”. 2015年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月29日閲覧。
- ^ Geoge, Henry (1879). Progress and Poverty: An Inquiry ito the Cause of Industrial Depressions and of Increase of Want with Increase of Wealth
- ^ Fullerton, Don (2008). Laffer curve (2 ed.). Palglave Macmillan 2011年7月5日閲覧. "The mid-range for this elasticity is around 0.4, with a revenue peak around 70 per cent."
- ^ Simkovic, Michael. “The knowledge Tax”. University of Chicago Law Review. SSRN 2551567.
租税と同じ種類の言葉
- >> 「租税」を含む用語の索引
- 租税のページへのリンク