ビー‐イー‐ピー‐エス【BEPS】
BEPS
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/24 08:40 UTC 版)
| 課税 |
|---|
| 財政政策のありさまのひとつ |
BEPS(英: Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)は、多国籍企業が各国の税制や国際課税ルールの相違・不整合を利用して、課税所得を人為的に減少させ、または経済活動の実態が乏しい低税率国・無税国へ利益を移転させる問題である[1][2]。
OECDは、BEPSの代表的な形態として、利子やロイヤルティなどの損金算入可能な支払いによる課税ベースの浸食と、経済活動がほとんど行われていない低税率国または無税国への利益移転を挙げている[2]。OECDによれば、一部のBEPSスキームは違法であるが、多くは違法ではなく、既存の制度や国際課税ルールの間にある隙間や不整合を利用するものである[2]。
BEPSに国際的に対処する取組として、経済協力開発機構(OECD)とG20は、2013年に15項目からなる「BEPS行動計画」を策定し、2015年に最終報告書を公表した[3][4]。
概念
税源浸食
税源浸食(英語: base erosionまたは英語: tax base erosion)は、利子、ロイヤルティその他の費用を損金に算入することや、複数国の税制上の取扱いの相違を利用することなどにより、ある国で課税対象となる所得が減少することをいう[2]。
例えば、多国籍企業グループが高税率国の構成会社に多額の負債を負わせ、低税率国の関連会社に利子を支払わせる場合、高税率国では支払利子の損金算入により課税所得が減少する。OECDは、資金の移動可能性と代替可能性により、企業グループが各構成会社の負債額を調整し、税務上有利な結果を生じさせる可能性があると説明している[5]。
利益移転
利益移転(英語: profit shifting)は、所得を生み出した経済活動の所在地とは異なる低税率国または無税国へ利益を移転させることをいう[2]。税源浸食と利益移転は同一の取引で生じる場合があり、高税率国で控除される利子やロイヤルティが低税率国の関連会社の収益として計上される取引では、支払国における税源浸食と受取国への利益移転が同時に生じる。
OECDが2013年に公表した報告書は、既存の国際課税ルールによって、実質的な事業活動よりも、法的な仕組み、無形資産の権利、企業グループ内で配分されたリスクなどに多くの利益を帰属させる余地が生じているとした[6]。
主な形態
利子その他の金融支払い
企業グループ内の借入れや保証などを利用して、高税率国の構成会社に支払利子を発生させ、課税所得を減少させる場合がある。BEPS行動4は、企業の純支払利子の控除額を、利子、税、減価償却費および償却費を控除する前の所得など、当該企業の経済活動を示す指標と関連付ける方式を勧告した[5]。
ハイブリッド・ミスマッチ
ハイブリッド・ミスマッチは、金融商品、事業体または支払いに対する複数国の税務上の取扱いの相違を利用するものである。一つの費用が複数国で控除される「二重控除」や、一方の国では支払いが控除される一方、他方の国では対応する所得が課税されない「控除・不算入」などがある[7]。
外国子会社の利用
軽課税国などに設立された外国子会社に所得を留保することにより、親会社所在地国における課税を回避または繰り延べる場合がある。BEPS行動3は、このような行為に対処するため、適切な外国子会社合算税制の設計に関する勧告を示した[1][8]。
無形資産と移転価格
特許権、商標権、ノウハウその他の無形資産は、所在地や価値の特定が困難であり、企業グループ内で低税率国の構成会社へ移転される場合がある。BEPS行動8から10は、無形資産、企業グループ内におけるリスクや資本の配分、その他の高リスク取引に関する移転価格税制上の利益配分を、実際の価値創造と一致させるための措置を扱った[1][9]。
租税条約の濫用
租税条約の特典を受けることを主な目的として第三国の法人などを介在させる条約漁りは、租税条約の濫用の一形態とされる。BEPS行動6は、条約漁りなどを防止するため、OECDモデル租税条約の改定および国内法上の措置を勧告した[1][10]。
恒久的施設認定の回避
外国企業に対する事業所得課税では、一般に、その国に恒久的施設(PE)が存在することが課税の前提となる。企業が契約締結方法を変更したり、一体的な事業活動を複数の小規模な活動に分割したりして、恒久的施設の認定を人為的に回避する場合がある。BEPS行動7は、このような行為に対処するため、OECDモデル租税条約の恒久的施設の定義を修正する措置を示した[1][11]。
背景
企業活動の国際化、デジタル化および無形資産の重要性の増大に対し、各国の税制や従来の国際課税ルールが十分に対応できず、多国籍企業の経済活動の実態と課税される利益の所在地との間にずれが生じることが問題となった[6][4]。
国税庁によれば、OECDは、多国籍企業がこうしたずれを利用して課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行う問題に対処するため、2012年にBEPSプロジェクトを開始した[1]。OECDは2013年2月に『税源浸食と利益移転への対応』を公表し、同年7月には15項目からなるBEPS行動計画を公表した[6][3]。
2015年10月には15の行動に関する最終報告書が公表され、G20財務大臣・中央銀行総裁会議および同年11月のG20サミットへ提出された[1][4]。最終報告書は、国際課税ルールの整合性、経済活動の実体と課税の一致、透明性の向上および紛争解決などを扱った[4]。
BEPS行動計画
国税庁は、15項目のBEPS行動計画を次のように整理している[1]。
| 行動 | 内容 |
|---|---|
| 行動1 | 電子経済の課税上の課題への対処 |
| 行動2 | ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化 |
| 行動3 | 外国子会社合算税制の強化 |
| 行動4 | 利子控除制限ルール |
| 行動5 | 有害税制への対抗 |
| 行動6 | 租税条約の濫用防止 |
| 行動7 | 恒久的施設認定の人為的回避の防止 |
| 行動8 | 無形資産に係る移転価格税制と価値創造の一致 |
| 行動9 | リスクおよび資本に係る移転価格税制と価値創造の一致 |
| 行動10 | その他の高リスク取引に係る移転価格税制と価値創造の一致 |
| 行動11 | BEPSの規模および経済的効果の分析方法の策定 |
| 行動12 | 租税回避スキームの義務的開示制度 |
| 行動13 | 移転価格文書化および国別報告 |
| 行動14 | 相互協議の効果的実施 |
| 行動15 | 二国間租税条約を修正するための多数国間協定の策定 |
15の行動のうち、行動5の有害税制、行動6の租税条約の濫用防止、行動13の国別報告、行動14の紛争解決については、参加国・地域が実施を約束し、相互審査を受ける「ミニマム・スタンダード」とされた[12]。
影響
OECDは、BEPSによる世界の法人税収の逸失額を年間1,000億ドルから2,400億ドルと推計しており、これは世界の法人税収の4パーセントから10パーセントに相当するとしている[2]。
OECDは、国境を越えて活動する企業がBEPSを利用することで、国内だけで活動する企業に対して競争上の優位を得る可能性があり、税制の公平性と健全性が損なわれると説明している。また、大企業が法人税を回避していると認識されることにより、他の納税者による自発的な法令遵守が損なわれる可能性を指摘している[2]。
BEPSは各国に影響を及ぼすが、OECDは、多国籍企業からの法人税収への依存度が高い開発途上国では、その影響が相対的に大きいとしている[2]。
国際的な実施
BEPS包摂的枠組み
2016年、G20の要請を受けて「OECD/G20 BEPS包摂的枠組み」が設立された。包摂的枠組みでは、OECD加盟国以外を含む参加国・地域が対等な立場で、BEPS対抗措置の実施状況の監視、ミニマム・スタンダードの相互審査および国際課税ルールの策定に参加している[13]。OECDによれば、140を超える国・地域が包摂的枠組みに参加し、15の行動を実施している[2]。
BEPS防止措置実施条約
行動15に基づき、既存の多数の二国間租税条約へBEPS対抗措置を同時かつ効率的に反映させるため、「税源侵食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」が2016年に採択された[14]。
同条約は、各締約国が適用対象として選択した既存の租税条約について、条約の濫用防止、恒久的施設認定の回避防止、相互協議手続などに関する規定を反映させるものである。日本については2019年1月1日に発効した[15]。日本の政府資料では一般に「税源浸食」と表記されるが、同条約の正式名称では「税源侵食」が用いられている[1][15]。
経済のデジタル化への対応
経済のデジタル化に伴う課税上の課題について、BEPS包摂的枠組みは2021年10月に「二つの柱」による解決策へ合意した。第1の柱は、一定の大規模かつ高収益の多国籍企業について、物理的拠点の有無だけに依存せず、市場国へ利益の一部に対する課税権を配分するものである。第2の柱は、一定規模以上の多国籍企業について、各国・地域ごとに最低税率による課税を確保するものである[16]。
第2の柱を構成するグローバル・ミニマム課税では、原則として多国籍企業に対し、国・地域ごとに15パーセント以上の課税を確保する。財務省は、この制度について、各国の法人税率引下げ競争に歯止めをかけ、企業間の公平な競争環境を整備することを目的とするものと説明している[17][出典無効] 。
関連項目
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “BEPSプロジェクト”. 国税庁. 2026年8月6日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Base erosion and profit shifting (BEPS)” (英語). Organisation for Economic Co-operation and Development. 2026年8月6日閲覧。
- 1 2 OECD (2013年7月19日). Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264202719-en.
- 1 2 3 4 “BEPS行動計画に関する最終報告書の公表についての財務大臣談話”. 財務省 (2015年10月5日). 2026年8月6日閲覧。
- 1 2 OECD (2015年10月5日). Limiting Base Erosion Involving Interest Deductions and Other Financial Payments, Action 4 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241176-en.
- 1 2 3 OECD (2013年2月12日). Addressing Base Erosion and Profit Shifting (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264192744-en.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Neutralising the Effects of Hybrid Mismatch Arrangements, Action 2 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241138-en.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Designing Effective Controlled Foreign Company Rules, Action 3 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241152-en.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Aligning Transfer Pricing Outcomes with Value Creation, Actions 8-10 - 2015 Final Reports (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241244-en.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Preventing the Granting of Treaty Benefits in Inappropriate Circumstances, Action 6 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241695-en.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Preventing the Artificial Avoidance of Permanent Establishment Status, Action 7 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241220-en.
- ↑ OECD (2025). Recognising Progress and Reducing Burdens in the BEPS Minimum Standards (PDF) (Report) (英語). OECD. 2026年8月6日閲覧.
- ↑ OECD (2021). Developing Countries and the OECD/G20 Inclusive Framework on BEPS (PDF) (Report) (英語). OECD. 2026年8月6日閲覧.
- ↑ OECD (2015年10月5日). Developing a Multilateral Instrument to Modify Bilateral Tax Treaties, Action 15 - 2015 Final Report (Report) (英語). OECD Publishing. doi:10.1787/9789264241688-en.
- 1 2 “No.2891 BEPS防止措置実施条約の概要”. 国税庁. 2026年8月6日閲覧。
- ↑ “Statement on a Two-Pillar Solution to Address the Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy” (英語). OECD (2021年10月8日). 2026年8月6日閲覧。
- ↑ “グローバル・ミニマム課税に係る国際合意を踏まえた措置”. 財務省 (2026年1月23日). 2026年8月6日閲覧。
- BEPSのページへのリンク