4ストロークエンジン
クランクシャフトが2回転する間に、吸入、圧縮、膨張、排気の4つのストロークでサイクルを完了するエンジン。4ストロークサイクルエンジンの略称。1ストロークとはピストンが上死点から下死点へ、または下死点から上死点へ運動する幾何学的な行程をいい、実際に吸排気バルブが開いている期間とは異なる。2ストロークエンジンに比べて、同一排気量では出力は劣るものの、燃費、排気性能が優れているために自動車エンジンのほとんどがこのタイプである。
参照 オットーサイクル、2ストロークエンジン4ストローク機関
(4ストロークエンジン から転送)
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4ストローク機関(フォーストロークきかん、英語: Four-stroke cycle engine)とは、容積型内燃機関の1種で、エンジンの動作周期の間に4つの工程を経る、4ストローク/1サイクルエンジンのことである。4サイクル機関や4工程機関、略して4ストとも呼ばれる。
- 1 4ストローク機関とは
- 2 4ストローク機関の概要
4ストロークエンジン
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「ガスエンジン」の記事における「4ストロークエンジン」の解説
大気ガスエンジンはオットーの4ストロークエンジンに置き換えられた。 4ストロークエンジンへの切り替えは迅速に進み、最後の大気エンジンは1877年に製造された。液体燃料エンジンはすぐにディーゼル(1898年頃)とガソリン(1900年頃)が登場した。
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4ストロークエンジン
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4ストロークエンジンでは、用途上、振動問題を相当に度外視できる農業用トラクターなどの動力として、エンジンのモジュラー化などの見地から3気筒ガソリンエンジン・ディーゼルエンジンが用いられる事例があったものの、一般の自動車用としては長く廃れていた。 乗用車用エンジンとしての一般へのリバイバルは、1976年にダイハツ工業(以下ダイハツ)が同社の小型乗用車「シャレード」用として、バランスシャフトを装備した1,000ccのSOHCエンジン(CB型エンジン)を開発し、実用水準に到達させてからである。ダイハツはシャレード用に、ガソリンエンジンの設計をベースにした1,000cc3気筒ディーゼルエンジン(ターボモデルも存在)も開発(CL型エンジン)し、市販した。 その後、1978年にスズキが軽自動車用550ccエンジン(4代目フロンテに先行搭載)として、バランサーを持たない低コストな直列3気筒4ストロークエンジン(F5A型エンジン)を開発、市販開始した。この程度の小排気量であれば、より大きなクラスの自動車に比べて4ストローク3気筒の欠点である振動が問題になりにくく、バランスシャフトを省いても、従前の軽自動車の主流レイアウトである直列2気筒4ストロークエンジン(1970年代前半から、360度クランクでの一次振動を低減するため、やはりバランスシャフト装備が一般化しつつあった)よりはまだスムース、かつ簡略であると判断されたからである。 以後、既存の2気筒エンジンに1気筒を追加、もしくは既存の4気筒エンジンから1気筒を減らすという低コスト開発手法で、廉価型の小型車用エンジンとして市場投入する手法が1980年代に常道化、日本の軽自動車や1,000cc-1,200cc級小型車、ヨーロッパ製小型車の700cc-1,000cc級最廉価グレードのエンジンとして用いられるようになった。 これ以後、三菱・3G83型エンジン(660cc)のようなバランサー付軽自動車用直列3気筒もなかったわけではないが、廉価車向けエンジンという割り切りから、コストダウンとバランスシャフトを駆動する出力ロス低減のためにバランサーの装備自体が廃れ、直列3気筒見直しのきっかけを作ったダイハツや三菱自動車工業、スズキなどもバランサーレスの3気筒1,000ccエンジン(例・前者がEJ型エンジン、および1KR-FE型エンジン等、中者が3A90型エンジン等、後者がK10B/10C型エンジン等)を作るようになっている。 日産・HR12型エンジン(1,200cc)もバランサーレスの直列3気筒ではあるが、クランクシャフト両端の延長上に設けたアンバランスマスにより、偶力振動を低減している。前述のコストダウン目的に加え、エンジンマウントの改良や、エンジン自体の振動抑制努力が、バランサーレス4ストローク3気筒普及の背景にあると言える。 2010年代以降は、直列3気筒に自動アイドリングストップ機構を与えて停車時にエンジン自体を止めてしまうことや、本来ディーゼルエンジン搭載車用に開発されたペンデュラム式のエンジンマウントを用いてアイドリング時にエンジンの不快な振動を目立たなくすることで、低回転でのアイドリング中における不整振動問題をほぼ根本解消する手法が急速に広まりつつあり、小排気量車での直列3気筒採用を更に拡大させるとともに、排気量も1,500㏄程度までに拡大してきている。また昨今は直噴やデュアルインジェクター等の採用によりノッキング問題が緩和されたこともあり、熱効率の面で不利となる自然吸気の直列4気筒を過給機付きの直列3気筒に置き換える事例、または排気量はそのままに自然吸気の直列4気筒を直噴・デュアルインジェクター化して自然吸気の直列3気筒に置き換える事例も決して少なくない。
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4ストローク・エンジン
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「ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール」の記事における「4ストローク・エンジン」の解説
フランスの技術者アルフォンス・ボー・ドゥ・ロシャス(Alphonse Beau de Rochas)が1862年に提唱した(ボー・ドゥ・ロシャス・サイクルや4ストローク・サイクルと呼ばれる)点火前に燃料と空気の混合気を圧縮させる考え方(フランス特許 #52,593、1862年1月16日)を元に、1863年には初期の段階のキャブレターを備えた初の4ストローク・エンジンを発明した。燃料には水の電気分解で発生させた水素ガスを利用した。同年、このガスエンジンを使い、ルノワールには2号目となる水素自動車を製作。1.5 hpを出力し、パリ市内~ジョアンヴィル=ル=ポン(fr:Joinville-le-Pont)間の往復18kmを3時間かけて走行した。 ニコラス・オットーが新たに4ストローク・サイクルの内燃機関技術を開発した。オットーのエンジンに比べて、ルノワールのエンジンはガスやオイルの消費量も多く、その動作が荒かった。そのため、以降のエンジンはルノワールのデザインを使わなくなった。オットーのエンジンは、技術的にはルノアールのものを下地にしているが、ガスではなく液体燃料(つまりガソリン)を使っていた。当時はガソリンは廃棄物とみなされていた。オットーは自身の研究が認められず、気落ちしていた時期にルノワールのエンジンの展示を見て勇気付けられ、自身の研究の方向が間違っていないことを確信し、研究に邁進するようになった。
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