身代わり
『源平盛衰記』巻19「文覚発心の事」 遠藤武者盛遠が、人妻の袈裟御前に横恋慕する。袈裟は、夫を殺すように盛遠に言い、その夜、夫の身代わりに床に臥して殺される。
『今昔物語集』巻29-28 乞食が女を使って男を屋敷へ誘い入れ、寝入ったところを天井から鉾で刺し殺し、財物を奪う。近衛中将某が、同様にして殺されそうになるが、女が鉾を自分の胸に当て、中将の身代わりとなって死んでいく。中将は無事屋敷を脱出する。
『修禅寺物語』(岡本綺堂) 面作師(おもてつくりし)夜叉王の娘かつらは、望み叶って将軍源頼家の側女(そばめ)となる。北条幕府の兵が、修禅寺の御座所にある頼家を夜討ちするので、かつらは父夜叉王の作った頼家似顔の面をつけて身代わりとなり、頼家を救おうとする。しかし頼家は討たれ、かつらも斬り死にする。
*→〔子殺し〕7の『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家の場」・『リゴレット』(ヴェルディ)。
*→〔船〕8の『古事記』中巻・『椿説弓張月』続編巻之1第31回。
*父の身代わりに娘が死ぬ→〔父と娘〕5の『敵討義女英(かたきうちぎじょのはなぶさ)』(南杣笑楚満人)。
*処刑される父の身代わりに、子供たちが死のうとする→〔親孝行〕3の『最後の一句』(森鴎外)。
『アイヴァンホー』(スコット)第26章 アイヴァンホーの父セドリックがトルキストーン城に捕らえられる。道化師ウォンバが、主人セドリックを救い出すために、隠者の頭巾と衣をまとい托鉢僧となって城内に入る。ウォンバはセドリックと衣服を取り替え、セドリックを托鉢僧として城外に出し、自らは死を覚悟してセドリックの身代わりをつとめる〔*しかしロクスリーたちが城を攻撃し、ウォンバも無事救出される〕。
『王子と乞食』(トウェイン)14 エドワード王子がギリシャ語の授業を受ける時、間違えると、王子の身代わりに鞭打童(フィッピングボーイ)ハムフレイが、鞭打たれる定めであった。
『義経記』巻5~6 佐藤忠信は、義経の鎧と太刀を身につけて吉野山の法師らと戦う。その場は無事脱出するが、都に潜伏した彼は、愛人の密告により落命する。
『史記』「項羽本紀」第7 紀信が、敗戦した劉邦の身代わりとなり、「城中食尽きて漢王降る」といつわって項羽の陣におもむく。その隙に劉邦は脱出し、紀信は項羽に焼き殺される。
『太平記』巻7「吉野の城軍の事」 吉野落城の時、村上義光は大塔宮護良親王の身代わりとなって切腹する。
『太平記』巻26「上山討死の事」 上山六郎左衛門は、高師直が鎧を少しも惜しまず与えた度量に感じ入り、師直の身代わりとなって討死にする。
『椿説弓張月』後篇巻之2第18回~巻之3第22回 鬼ケ島(男の島)の東の七郎三郎(鬼夜叉)は、鎮西八郎為朝の臣下となって大島へ渡る。大軍が大島を攻め、鬼夜叉は館に火をかけ中に飛び入って、為朝の身代わりに死ぬ。
『平治物語』中「義朝奥波賀に落ち着く事」 佐渡式部大夫重成は、主君源義朝を脱出させるため自ら「左馬頭義朝」と名のって戦い、最後は顔の皮をけずり捨てて腹を切る。
*後鳥羽院の身代わりに、後京極摂政良経が死ぬ→〔運命〕3bの『愚管抄』巻6。
★3a.病者の身代わりに、その肉親や弟子などが死のうとする。しかし、神の恵みなどによって死なずにすむ。
『アルケスティス』(エウリピデス) 病気の夫アドメトスの身代わりに、妻アルケスティスが冥府へおもむくことを承知する。しかしヘラクレスが死神と格闘してこれを追い返し、アルケスティスを夫のもとへ戻す。
『哀れなハインリヒ』(ハルトマン) 騎士ハインリヒが癩病になり、これを治すために、処女の心臓の血が必要であった。8歳の少女が、自らの身を犠牲にすることを申し出るが、医師が彼女の身体にメスを入れようとした時、利己主義を恥じたハインリヒは手術を中止させる。心を入れかえたハインリヒは、神の恵みによって治癒した。
『書経』「金縢」第34(周書第3) 周の武王(=文王の子)が病いに臥した時、弟の周公旦は祖霊を祭る壇を作り、「我をもって武王の身代わりとせよ」と祈願した。翌日武王は平癒し、周公の身も無事であった〔*『史記』「魯周公世家」第3に同話。『源氏物語』「賢木」で、光源氏が「文王の子、武王の弟」とうたうのは、自らを周公旦、兄朱雀帝を武王、亡父桐壺院を文王になぞらえてのことである〕。
『曽我物語』巻7「三井寺大師の事」 三井寺の僧智興が重病になる。弟子の証空が師の身代わりとしてわが身に病気を負い、死ぬ覚悟をきめる。ところが不動尊が証空の志をあわれみ紅の涙を流し「汝は師に代わる。我は汝に代わらん」と言って病いをその身に引き受ける〔*『今昔物語集』巻19-24が原話。他に『発心集』巻6-1〕。
『最後の一葉』(O・ヘンリー) 肺炎のジョンジーは、「壁の蔦の最後の一葉が落ちたら自分も死ぬのだ」と思う。激しい風雨で最後の一葉が落ちた夜、画家のベールマン老人が本物そっくりの蔦の葉を壁に描く。翌朝、壁にはりつく一葉を見たジョンジーは、生きる気力を取り戻す。しかし冷たい風雨にさらされて絵を描いたベールマン老人は、急性肺炎で死ぬ。
『ユング自伝』10「幻像」 「私(ユング)」は重病で危篤に陥り、宇宙の高みから地球を見下ろす、との幻像を見た。すると地球から、主治医H博士が昇って来て、「私」が地球に引き返さねばならぬことを告げた。「私」は、H博士が身代わりに死ぬのではないか、と思った。「私」が回復してベッドの端に腰掛けることを許された日、H博士は病床に臥し、まもなく敗血症で死んだ。
*病気のお嬢様の身代わりに、乳母が死ぬ→〔桜〕2bの『乳母ざくら』(小泉八雲『怪談』)。
『死神の谷』(ラング) 女が、「死んでしまった恋人を生き返らせてほしい」と、死神に請う。死神は「別の命を持って来たら、恋人を返してやる」と約束する。女は、老人や乞食に「あなたの命を下さい」と頼んでまわるが、皆から断られる。火事で燃える家があったので、そこから赤ん坊を助け出し、死神に渡そうとするが、結局思いとどまる。女はすべてをあきらめ、恋人の後を追って自分も死ぬことを願う。
『幽明録』19「寿命の譲渡」 王子猷・子敬の兄弟は、特別に仲が良かった。弟の子敬が重病で危篤におちいった時、兄の子猷が「自分の才気は弟に及ばぬゆえ、余生を弟に与え、身代わりに死にたい」と僧に請うた。僧は「兄弟ともに寿命が尽きているので、身代わりにはなれぬ」と言う。果たして、弟の子敬が死ぬと、すぐに兄の子猷も死んだ。
★4a.仏・菩薩などが、殺されるはずの人間に代わって刃や矢を受け、人間の命を救う。
『景清』(幸若舞) 斬首されたはずの景清が牢内に生きているというので、頼朝が畠山重忠に首実検を命ずる。重忠は「これは千手観音の御頭」と言う。東山清水寺では、観音像の首が切れ、血が流れていた〔*『出世景清』(近松門左衛門)5段目は小異がある〕。
『今昔物語集』巻16-5 丹波の郡司が、観音像を作ってくれた京の仏師を、郎等に命じて射殺させる。後日、「その仏師が健在である」との報告を受けた郡司は、驚き恐れて観音を拝し、像の胸に矢が立ち血が流れているのを見る〔*同・巻17-40には、普賢菩薩が矢を受けた説話がある〕。
『椿説弓張月』後篇巻之6第29~30回 13歳の少年朝稚(ともわか)が父為朝を尋ねる旅の途中(*→〔道しるべ〕7)、従者時員(ときかず)が、盗賊・蜘手の渦丸に刀で突き殺された。朝稚は渦丸を殺して時員の敵(かたき)を討ったが、後に時員は無事な姿で朝稚の前に現れる。旅の道しるべの幣(ぬさ)が時員の身代わりになったのであり、幣の真中(ただなか)を刃で刺し通したあとがあった。
『平家物語』(延慶本)巻12-35「肥後守貞能預観音利生事」 肥後守貞能は、朝夕礼拝していた等身の千手観音像を清水に預けおき、鎌倉へ召されて刑場に臨む。しかし2度まで刀が折れる奇瑞があり、貞能は赦免される。彼が切られようとした同日同時刻に、清水の観音像の首が落ちた。
★4b.仏・菩薩などが、傷や苦を受ける人間の身代わりになる。
『太平記』巻24「壬生地蔵の事」 敵に追われた香勾高遠は壬生の地蔵堂に逃げこみ、身代わりに1人の法師が捕えられる。翌日、法師は牢の中から姿を消し、地蔵堂の本尊を見ると、鞭の跡があり、縄がかかっていた。
『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之5 女護が島へ渡った浅之進(志道軒)は、女郎ならぬ男郎となって大勢の女客の相手をする。遠からず痩せ衰えて死すべきところ、浅草の観音(*→〔申し子〕1)が木の松茸と変じて、浅之進の身代わりになったので、彼は無事であった。
*地蔵菩薩や阿弥陀如来が、人間の身代わりに火傷を負う→〔火傷(やけど)〕3の『さんせう太夫』(説経)・『沙石集』巻2-3。
★5.二重の身代わり。AとBが出会うかわりに、Aの身代わりとBの身代わりが、お互い相手を本物のBでありAであると思って出会う。
『愛と偶然とのたわむれ』(マリヴォー) シルヴィアは、求婚者ドラントの人柄を見定めるため、侍女と服装を交換してドラントに会う。一方ドラントも同様の計画を持ち、従僕と入れかわってやって来る。侍女姿のシルヴィアと従僕姿のドラントは、お互い相手を身分低い者と思いながらも心ひかれる。それぞれの主人役を演ずる侍女と従僕も好意を抱き合う。
『大経師昔暦』「大経師内」 大経師以春が下女の玉を口説くが、玉は手代の茂兵衛を慕っている。以春の妻おさんが玉の部屋に寝て、夜這いに来る夫をこらしめようとする。ところがその夜、部屋にしのんで来たのは茂兵衛であった。暗闇の中、おさんは男を夫以春と思い、茂兵衛は女をおさんと思って、肌を合わせる。
★6.Aの身代わりにBがなり、さらにBの身代わりにCがなる。
『花子』(狂言) 男が「座禅をするから」と言って妻をだまし、太郎冠者に座禅衾をかぶせ身代わりにして、愛人・花子のもとへ出かける。妻はこれを知って太郎冠者とすりかわり、座禅衾をかぶって夫を待つ。帰宅した夫は、花子との一夜の情事を太郎冠者(実は妻)に語り聞かせる。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「吉祥院本堂裏手墓地の場」~「火の見櫓の場」 和尚吉三は、義兄弟のお坊吉三・お嬢吉三がお尋ね者として追われているので、彼らを逃がすために、実の弟妹である十三郎・おとせを身代わりにする。和尚吉三は十三郎・おとせを殺し(*→〔兄妹婚〕3)、2人の首を「お坊吉三とお嬢吉三」と偽って、役人に差し出す〔*しかし、にせ首だと見破られる〕。
『義経千本桜』3段目「すし屋」 いがみの権太は、自分の妻と子を「若葉内侍と若君六代」と偽って、梶原景時に引き渡す→〔嘘〕4。
★8.友人の身代わりになる。
『三宝絵詞』中-18 大安寺の僧・栄好は、童に命じて毎日食事を寺外に住む母に届けさせた。ところが、ある日栄好は急死する。栄好の親友・勤操が自分の食事を分けて、これまで通り栄好の母に届けるよう、童に言う。栄好の母は、息子からと信じて食事を受け、翌年まで栄好の死を知らずにすごす。
『昼顔』(ケッセル) 外科医ピエールの妻セヴリーヌは、昼間は娼婦「昼顔」として二重生活をする。夫の友人ユッソンがその秘密を知ったので、セヴリーヌは口封じのために、愛人マルセルにユッソン殺害を依頼する。しかし何も知らぬ夫ピエールが、ユッソンを助けようとして代わりに刺され、半身不随の廃人となってしまう。
『三国志演義』第91回 諸葛孔明は、49人の人頭の代わりに、饅頭を瀘水の神に供えた→〔生贄〕。
『史記』「刺客列伝」第26 晋の予譲は、主君・智伯の敵(かたき)趙襄子をつけねらった。しかし橋の下に潜んでいるところを捕らえられ、暗殺は成功しなかった。予譲は趙襄子に請うてその衣服を得、剣を抜いて3度跳躍し、衣服を斬った。予譲は「これで泉下の智伯に報告できる」と言い、自ら剣に伏して死んだ〔*予譲が剣で衣服を刺すと血が流れ、まもなく趙襄子は病死した、という伝説もある〕。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之46第177回 管領・扇谷定正は関八州の連合軍を率いて、安房の里見家に攻め寄せる。しかし八犬士らの活躍によって大敗し、定正は主従わずか2騎になって逃げる。追い詰められた定正は、首の代わりに頭髻を切って、里見の兵に渡す。
*敵(かたき)の首を討たずに髻をもらう→〔逃走〕4の『ひとごろし』(山本周五郎)。
*若君が家来の身代わりに罪を負う→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6-10・〔追放〕1aの『今昔物語集』巻19-9。
*死すべき人の身代わりに、同名の人・同年齢の人などを冥府へ連れて行く→〔死神〕2・〔同名の人〕4a・bに記事。
*身代わりの花嫁→〔姉妹〕2aの『創世記』第29章・〔処女〕3の『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16~18章。
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