同名の人
★1a.同名異人。
『宇治拾遺物語』巻14-7 北面の武士の詰所に「六」と呼ばれる雑仕女(ぞうしめ)がおり、殿上人たちのお気に入りだった。雨の日、殿上人たちが「退屈しのぎに『六』を呼ぼう」と言って、使いをやる。ところが、やって来たのは、「刑部録(ぎょうぶのさかん)」という白髪まじりの役人だった。使いの者が、「六」と「録」を間違えたのだった。
『源氏物語』「帚木」 空蝉が、女房の「中将の君」はどこへ行ったのか、とお付きの人々に問う。近衛中将である光源氏が、「中将をお呼びになったのでやって来ました」と言って、空蝉の寝所へ入りこむ。
『歴史』(ヘロドトス)巻3-30・64・65 カンビュセス王が、「スメルディスが玉座に座る」との夢を見た。王は、「弟スメルディスが自分を殺して王位につくのではないか?」と疑い、弟を殺す。しかし後にカンビュセスは、別人のスメルディスに王位を奪われた。
*同じ呼び名のため人違いされる→〔取り違え夫婦〕の『堤中納言物語』「思はぬ方にとまりする少将」。
『ふたりのベロニカ』(キェシロフスキ) ポーランドの小さな村とフランスのパリに、瓜二つの娘がいた。2人ともベロニカという名前だったが、双子ではなく、互いの存在を知らなかった。ポーランドのベロニカは心臓病で急死し、その時パリのベロニカは、突然の悲しみと喪失感に襲われる。その後、パリのベロニカは、かつてポーランド旅行をした時に撮った写真の中に、自分とそっくりの娘が写っているのを見つけて驚く。パリのベロニカは「私は1人ではない。もう1人の自分が、私を導き見守っているのだ」と確信する。
『黒いオルフェ』(カミュ) カーニバル前日のリオ・デ・ジャネイロ。市電の運転手オルフェは婚約者ミラと一緒に、役所へ婚姻届を出しに行く。オルフェの名前を聞いた係員は、「じゃ、花嫁さんはユリディスだね」と言う。オルフェもミラもギリシア神話など知らないので、怪訝な顔をする(*『変身物語』(オヴィディウス)巻10に、オルフェ=オルフェウスとユリディス=エウリュディケの物語がある→〔毒蛇〕1)。その日、ユリディスという娘が従姉を訪ねてリオへやって来る。オルフェとユリディスは、たちまち恋におちる→〔踊り〕6。
★1d.「アドルフ」というファースト・ネームを持つ三人の男。
『アドルフに告ぐ』(手塚治虫) 昭和初期、神戸の街に住む少年アドルフ・カウフマンは、ドイツ人と日本人のハーフだった。彼には同い年の親友、ユダヤ人のアドルフ・カミルがいた。やがてカウフマンは、ドイツへ渡ってアドルフ・ヒットラーの側近となり、ユダヤ人を迫害する。一方、カミルは、ヒットラーの出生に関わる機密文書(*→〔出生〕6)を知り、これを世界に公表しようとする。カウフマンは機密文書の奪還と焼却の使命をおび、終戦間近の日本へ潜入する。しかしカウフマンが文書を手に入れた時、すでにヒットラーは自殺していた〔*後、カミルが決闘でカウフマンを撃ち殺し、物語は終わる〕。
★2.同名の人と動物。
『男はつらいよ』(山田洋次)第19作「寅次郎と殿様」 帝釈天の境内をウロウロしている犬に、源公が「トラ」という名をつけ、「とらや」でその犬を飼うことになる。久しぶりに寅次郎が帰って来るが、おばちゃんが「トラ。ご飯だよ」と呼んだり、博が「トラ! 何だ、また庭で糞して!」と叱ったりするのを聞いて、寅次郎は怒る。「俺と同じ名前を犬につけて、ぶったたいたり、けっとばしたりしてたんだろう」と言い捨てて、寅次郎は出て行ってしまう。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第28巻125ページ 夫が寝言で「ナオミちゃん」と言う。妻が問い詰めると、夫は「おちつけ。昨日つけた飼い猫の名じゃないか」と言う。妻は隣人のサザエに「主人が命名したのよ。あたしゃどうも釈然としないんだ」と相談する。サザエは「奥さん、疑わしきは罰せずよ」と言う。
『マハーバーラタ』第7巻「ドローナの巻」 パーンダヴァ軍は、敵将ドローナの戦意を喪失させるため、彼の息子アシュヴァッターマンと同じ名前の象を殺し、「アシュヴァッターマンを討ち取った」と叫ぶ。これを聞いたドローナは、呆然として生きる気力をなくし、武器を捨て瞑想に入って、たやすく討たれてしまった。
*馬に「仲綱」という名前をつける→〔仕返し〕1の『平家物語』巻4「競」。
★3.同名の人と都市。
『八岐の園』(ボルヘス) ドイツ帝国のスパイ兪存(ユソン)博士は、正体を知られて追われる。兪存は、英国砲兵隊陣地のある都市名をベルリンに知らせるために、中国学者アルバートを訪れて射殺し、その直後に逮捕される。兪存によるアルバート殺害の新聞記事を見たベルリン軍部は、アルベール(=アルバート)市が爆撃目標であることを知る。
*人の名前と思ったら、土地の名前だった→〔最期の言葉〕2の『砂の器』(松本清張)。
*国の名前と思ったら、人の名前だった→〔予言〕3の『史記』「秦始皇本紀」第6。
★4a.同じ名前の人がいれば、死すべき人の代わりに冥府へ送ることができる。
『今鏡』「藤波の下」第6「ますみの影」 左少弁能忠は若死にした。少将入道有家の子で同じ能忠という名の人が病気になり、公尹法印が祈祷したが、「その折に、同名のため取り替えられたのだ」と世人は言った。有家の子の能忠はまだ存命である。
『捜神記』巻15-3(通巻361話) 南陽の文合という男が病死し、冥府の役人が彼を泰山へ連れて行く。上司が帳簿を調べて、「某郡の文合を連れて来るはずだったのに、別人を連れて来た。すぐ帰してやれ」と命ずる。文合は、死後2晩して蘇生した。
『二人小町』(芥川龍之介) 黄泉の使いが小野小町を訪れる。小野小町は、「私は深草少将の胤を宿しているから」と嘘をつき、同じ「小町」という名を持つ玉造小町を、代わりに冥土へ連れて行くように請う。しかし玉造小町は色仕掛けで黄泉の使いを丸めこみ、結局、小野小町も玉造小町も生き延びる。数十年後、老乞食となった2人の小町は死を願うが、黄泉の使いは2人を見捨てて去る。
*→〔二者択一〕9の『マタイによる福音書』第27章の、「囚人のバラバ・イエス」と「メシアと呼ばれるイエス」の物語は、2人とも「イエス」という名前を持つので、一方を他方の身代わりに殺すことができる、ということかもしれない。
*→〔死神〕2の『広異記』17「冥土への身代わり」・『日本霊異記』中-25。
*→〔入れ替わり〕3aの『転校生』(大林宣彦)の場合も、「斉藤一夫」「斉藤一美」という類似した名前を持つ2人だったから、身体と心の入れ替わりが可能だったのであろう。
『捜神記』巻10-12(通巻262話) 病気の徐隗を冥府の使いが迎えに来る。甥の泰が命請いすると、冥府の使いは「県内に、徐隗と同姓同名の者がいるか?」と問う。泰は「張隗という者がいる。名は『隗』で同じだが、姓が『張』で、『徐』とは異なる」と答える。冥府の使いは「では、その者を連れて行く」と言って去る。徐隗の病気は治った。
『録異記』(五代蜀・杜光庭)「異姓」 姓は王、名は恵進という僧が、福感寺にいた。ある朝、僧が自分の寺を出て資福院という寺を訪ねると、門前に大男がおり、僧を捉えて「お前の姓は何だ?」と問う。僧は「王です」と答える。大男は「王か。名は同じだが、姓が違う」と言い捨てて去った。その晩、福感寺で、王恵進と同名異姓の僧が死んだ。
『ちよ』(川端康成) 「私」の郷里の山本千代松氏が死に、彼の遺言で「私」に50円が送られて来た。「私」はその金で伊豆を旅し、踊子の「ちよ」に恋心を抱いた。千代松氏の娘である女学生も「ちよ」という名前で、「私」は彼女のことも気にかかった。東京で「私」は新しい恋をするが、その娘の名前も「ちよ」だった。千代松氏の霊魂に、じっと見つめられているようだ。各家にそれぞれ怨霊がついているとしたら、「私」の家には「ちよ」という人の霊がついているに違いない。
★6.同じ名前の二万の仏。
『法華経』「序品」第1 はるかな昔、日月燈明如来(にちがつとうみょうにょらい)という仏がいて、人々に正法を説いた。日月燈明如来の入滅後、また新たな仏が現れ、その仏の名も日月燈明といった。その次に現れた仏も、日月燈明だった。こうして次々に2万の仏が出現したが、すべて日月燈明という名だった。2万の仏のうちの最後の日月燈明は、妙光菩薩に『法華経』を説いた。妙光菩薩の後身が、世尊(=釈迦如来)である。
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