スメルディス
スメルディス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/01 14:41 UTC 版)
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スメルディス(ガウマータ?) 𐎲𐎼𐎮𐎡𐎹 |
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ペルシアの諸王の王 | |
在位 | 紀元前522年 |
別号 | 大王 パールサ王 バビロン王 エジプトのファラオ 諸邦の王 |
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死去 | 紀元前522年 |
子女 | パルミュス |
王朝 | アケメネス朝 |
父親 | キュロス2世 |
母親 | カッサンダネ |
宗教 | イラン宗教(ゾロアスター教?) |
スメルディス(古代ペルシア語: 𐎲𐎼𐎮𐎡𐎹 Bardiya バルディヤ、ペルシア語: بردیا Bardia バルディア、古代ギリシア語: Σμέρδις Smérdis ズメルディスまたは古代ギリシア語: Τανυοξάρκης Tanuoxárkēs タニュオクサルケース、? - 紀元前522年または紀元前525年)は、アケメネス朝ペルシア帝国の建国者キュロス2世の息子で、カンビュセス2世の弟。帝位についていた可能性があり、その生涯には議論がある。
ヘロドトスの『歴史』が伝えるところによると、紀元前525年のエジプト遠征を前にしたカンビュセス2世は、夢のお告げで弟のスメルディスに帝位を奪われるのではないかと疑念を抱き、密かに殺させたという。ところが秘密裏であったことが仇となり、カンビュセスがエジプトにいる間に、ペルシア本国ではマギで大神官のガウマータ(古代ペルシア語: 𐎥𐎢𐎶𐎠𐎫 Gaumāta、古代ギリシア語: Σφενδαδάτης Sphendadátēs スペンダダテース)がスメルディスに成りすまし(ヘロドトスはスメルディスとガウマータが似ていたと述べている)、ペルシアの帝位を簒奪したという。のちスメルディスの娘パルミュスは、ガウマータを倒したダレイオス1世の妻となった。
以上がヘロドトスの記述であるが、近年の研究ではカンビュセス2世の次の帝王は偽スメルディスのガウマータではなくスメルディス本人であった、つまり簒奪者は正当な帝位継承権を持っておりガウマータとされたスメルディスではなく、それを倒したダレイオス本人であったとする説が有力になっている。この場合、ヘロドトスは簒奪者ダレイオスが捏造したプロパガンダの偽史をそのまま後世に伝えたことになる。
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