ミーム ミームへの感染

ミーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/09 08:14 UTC 版)

ミームへの感染

リチャード・ブロディによると、私達の心に特定のミームが入り込み、考えの一部になる感染ルートは、以下の三つがある[2]。ミームをコンピューターのソフトウェアに喩えて、ミームで心がプログラムされると言えるが、三つの感染ルートを通して、私たちの心は知らず知らずのうちにミームが侵入し、プログラムされている。

なおブロディの意図は、以下の手法などを使った不道徳的な行為や犯罪行為の助長ではなく、私達がいかにプログラムされているかを明らかにすることである。

条件づけ(反復)

ミームとの接触を繰り返させること。例えば、子供達に教育する時、何度も同じ文章を読ませる。英語の文章ならば、単語や文法の識別ミームがプログラムされてくる。算数の問題を何度も解かせることも一例である。このように、反復によりプログラムすることを「条件づけ」という。

また、ある価値観を何度も子供達に説けば、そのミームで子供達の心はプログラミングされ、子供達の価値観の一部となる。宗教への信仰も反復による条件付けでプログラムが可能である。宗教の説話を繰り返し聞くことで、偶然が奇跡に思えたり、人間の性質が罪に思えたりするようになる。つまり反復を通じて、新しい識別ミームで現実を見るようになるのである。

学校で子供達に、繰り返し国歌斉唱をさせて愛国心を育む。こうした反復の過程において、必ずしもその考えが正しいかどうかといった論理的な議論を通す必要はない。ただあるミームへの接触が繰り返されることで、そのミームが心のプログラムになるのである。

条件付けは、関連づけミームを植え付けることも可能である。コマーシャルでは、「ブランド名」と「いい気分」とを関連づけるよう、反復により私たちをプログラムする。犬にベルの音を聞かせると同時に餌を与えることを繰り返し、ベルの音を聞くだけで犬が唾液を出すようになったパブロフの犬の実験のように、私たちはファストフード店のロゴマークを見たときに食欲がかき立てられるようにプログラムされる。

反復作業を通じて戦略ミームを作り出すために、賞罰などによって、快ないし不快による強化を伴うこともあり、それをオペラント条件づけという。ある行為をして、そのことにより報酬が得られれば、その行為をするようにプログラムされる。オペラント条件づけは子供達の教育にも用いられ、何か良いことをした時にほめることを繰り返せば、子供達がある行動をとるように条件づけることになる。

このようにオペラント条件づけは、特定の行為に対し報酬を得ることを繰り返すことで、私たちを特定のミームでプログラムする。私たちは報酬に注目しやすいが、プログラムされるミームが有益かどうかを見落としていることがある。

認知的不協和(矛盾の解決)

認知的不協和 (cognitive dissonance) とは、心に矛盾、対立するミームを抱えた状態のことであり、これは第三のミームを作り出すことで、対立していたミームを双方とも存続させることに繋がる。

例えば、喫煙を好む人が、「タバコで癌になる」と耳にする。「喫煙をしたい」というミームと「喫煙をしてはいけない」というミームは対立する。そこで、「タバコで癌になるのは嘘だ」というミームを心に作り出す。それが正しいかどうかは別として、新しいミームは心のプログラムとして本人を動かすことになる。

あるいは、相手に特定のミームでプログラムするために、当のミームを解決手段として必要とさせるような問題や状況を故意に作り出せば、相手の心に認知的不協和を生み、プログラムすることができる。例えば、部活動での後輩いじめによって、かえって後輩は上級生への強い絆を感じるようになる。いじめから逃れるために、「先輩への忠誠」というミームが作られたのである。宗教の精神鍛錬では、信者に精神的な重圧をかけ、忠誠を誓うまでその重圧から逃れられないといった方法により、信者は忠誠を誓うことが価値あることのように思うようになる。

このように、権力を持つ人が相手を服従させるために認知的不協和を利用することもある。これらは権力者が、相手に服従を価値のあるものと思い込ませるために、相手を痛めつけたうえで、相手が服従すると共に解放感を与えているのである。

オペラント条件づけにおいては、報酬をたくさん与えるより、たまにしか与えないことで、かえって効果が上がる場合がある。それは認知的不協和によって、報酬がより価値あるものに思えるようになるからである。例えば学校の成績評価において、たまにしか良い評価を与えないことで、生徒がよりがんばるようになるといった方法である。

認知的不協和の手法はセールスマンによっても使われる。強引な押し売りは、相手に精神的な居心地の悪さを感じさせる。客はセールスマンの相手をしたくないが、セールスマンは強引に商品を売ろうとする。この認知的不協和を解消するために、客は「セールスマンを追い返す」か「商品を買う」かを選ぶのである。

トロイの木馬(どさくさ)

これは、コンピューターウイルスのトロイの木馬にたとえたもので、関心をひきやすいミームをおとりとして利用し、本命のミームを、相手に気づかれないように送り込むこと。コンピューターウイルスのトロイの木馬は、安全なソフトウェアに見せかけてコンピューターに入り込む。同じように、有害なミームでも有益なミームに見せかけることができれば、私たちの心へ侵入できる。

魅力的なミームと一束にする方法
ティラミス。食べ物のミームは人の注意を引くことができる。
まず、性や食べ物、安全など、私たちの注意を引くミームと他のミームを関連づけて一緒に心へ送り込む方法がある。例えば、あるミームを受け入れると自分の性的魅力が高まったり、美味しい食事が食べられたりすると思わせる。
もっともらしいミームと並べる方法
トロイの木馬は、疑わしい考えを、もっともらしい考えと並べる方法もある。例えば、次のようなものである。
「私たちは、日本をよりよい国にしたい」
「そのために、私たちはよりよい政治を望む」
「そのために、日本にはXが必要である」
Xが疑わしいものである場合、その前に受け入れやすいミームを並べることで、最後のXが受け入れられやすくなる。つまり、受け入れやすいミームを疑わしいミームと束にして心へ侵入させる方法である。このように文章を一束にする方法は、神経言語プログラミング(NLP)の「埋め込み」という技法である。
アンカリング
大統領候補者同士の討論(1976年)
これに関連して、NLPのもう一つの技法にアンカリング(係留)」がある。これは、画像や音などによる感覚を、関係のない考えと結びつけることである。例えば熱狂的な感覚や高揚感を、訴えたい考えと結びつける。あるいは暗い気分や悲壮感を否定したい考えや人物と結びつける。
例えば選挙の候補者同士の討論において、社会の暗い展望を話すときに相手側に身振りをすることで、相手の候補者と暗い気分が投票者の心の中で結びつくのである。
質問を使う
セールスマンは、「埋め込み」の技法を使うために、質問を利用する。店内で歩いている客に店員が「何かお探しですか」といった質問をすることで、具体的に何かの商品を買うミームを客の心につくる。また、相手に「何々だと思いませんか」等と質問し、「私もそう思います」といわせることで、相手の心に特定のミームを作ったり、強化することもある。例えば、「この車を乗った男性は女性を惹きつけると思いませんか」、「家族でのドライブにぴったりだと思いませんか」といった質問をして、「そう思います」と言わせる。

セールスマンが説得の最後に「商品を買う」ミームを客の心に作るための「締めくくり」は、三つの種類がある。

直接的な方法
「このシャツは本当にお似合いですので、お買いあげになってはいかがですか」
埋め込み型
「モデルさんがこの店に来て、「このシャツは必須アイテムだ」と言っていました」
もう買うことに決めてしまったとして話を進める。
「シャツは包装しますか?」、「お支払い方法は、いかがなされますか?」

こうした「締めくくり」の方法は、セールスだけでなく、宗教の勧誘にも使われる。

ミラーリング
ミラーリングは相手のしぐさを真似する。
セールスマンの「ミラーリング(写しだし、Mirroring)」という方法もまた、トロイの木馬の一つである。私たちは親密な関係を持った相手の方が、赤の他人よりも心を開いている。ミラーリングは、セールスマンが客との親密な関係を作り出すために、相手の動作を真似するのである。客が足を組めばセールスマンも足を組み、客が首を傾げれば、同じように首を傾げ、客が髪の毛を触れば、自分も髪の毛を触る。これにより、客はセールスマンに親しさを感じ、商品を買いやすくなるのである。
信用を得る
次の手法は、「騙す相手から信用を得ること」である。信用を得る方法には、純粋なふりをする、評判の良い団体の一員であると言う、利他主義を装う等、様々な方法がある。さらに「相手を信用しているふりをする」方法もある。これは、「あなたを信用しています」と相手に思わせ、そのお返しとして自分も信用してもらうという方法である。
たとえ話で言うと次のようなことである。「あなたに私のお金を預けます」と、相手を信用する。預けたお金を返してもらった後に「私にお金を預けてください」といい、今度はお金を預けてもらい、そのまま返さず持ち去る。このように、相手の信用を得ることで、相手をプログラムすることが可能になるのである。

これら三つの感染ルート(反復、認知的不協和、トロイの木馬)に使われている手法によって私たちは他者に操作される可能性もあるが、それから意識的に逃れることも可能である。


注釈

  1. ^ 複製における忠実度は突然変異率が高く、ラマルク的変異の傾向をもつとされる。
  2. ^ なおドーキンスの最後の発言は、原文では、"I'm not committed to memes as the explanation for human culture." である[16]

出典

  1. ^ 第2版,日本大百科全書(ニッポニカ),百科事典マイペディア,世界大百科事典内言及, デジタル大辞泉,世界大百科事典. “ミームとは”. コトバンク. 2021年1月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s リチャード・ブロディ、森 弘之訳『ミーム―心を操るウイルス』講談社、1998年。
  3. ^ スーザン・ブラックモア about memes Memetics UK 2010年11月15日閲覧。
  4. ^ a b 中島 2019, p. 「ミーム」.
  5. ^ a b c ドーキンス 2018, p. 528.
  6. ^ ドーキンス 2018, p. 330-331.
  7. ^ a b リチャード・ドーキンス、日高敏隆 訳、岸由二訳、羽田節子訳、垂水雄二訳『利己的な遺伝子』紀伊國屋書店、2006年。
  8. ^ Geoffrey M. Hodgson (2001) "Is Social Evolution Lamarckian or Darwinian?", in Laurent, John and Nightingale, John (eds) Darwinism and Evolutionary Economics (Cheltenham:Edward Elgar), pp. 87-118. 原文(一部相違あり)
  9. ^ Oxford English Dictionary 内、ミームの項目。
  10. ^ リチャード・ドーキンス、垂水雄二訳 『遺伝子の川』草思社、1995年
  11. ^ 佐倉統ほか『ミーム力とは?』数研出版、2001年。
  12. ^ a b 。河田雅圭『進化論の見方』紀伊國屋書店、1989年
  13. ^ Viruses of the Mind リチャード・ドーキンス、1991年
  14. ^ Balkin, J. M. (1998), Cultural software:a theory of ideology, New Haven, Conn:Yale University Press, ISBN 0-300-07288-0
  15. ^ Richard Dawkins and Jaron Lanier "Evolution:The discent of Darwin", Psychology Toda,Translated by Minato NAKAZAWA, 2001. Last Update on January 12, 2001 (FRI) 09:22 .”. 2011年7月7日閲覧。
  16. ^ Psychology Today”. 2011年7月8日閲覧。
  17. ^ このシンポジウムをまとめた論考が、以下の書。
    ロバート・アンジェ 編、佐倉統・巌谷薫・鈴木崇史・坪井りん 訳『ダーウィン文化論:科学としてのミーム』産業図書、東京、2004年(原著2000年)。 
  18. ^ スーザン・ブラックモア著、垂水雄二訳『ミーム・マシーンとしての私』草思社。序文より





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