ミーム ミームの進化

ミーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/09 08:14 UTC 版)

ミームの進化

ミームの進化について、ブロディの説明を以下に示す[2]

遺伝子と同じように、ミームは、ある程度正確な複製をし、またある程度の変異(コピーミス)を起こすので、進化をするのである。この両方がなければ進化は成り立たない。ミームの進化は遺伝子よりずっと速く進行する。

利己的遺伝子から見れば、私達が遺伝子の乗り物であるように、ミームの視点から見れば、心や文化は利己的ミームの自己複製のための乗り物である。ただし、これはミームが実際に視点を持っているという意味ではない。なぜわざわざミームの視点で考察するのかといえば、それが分かりやすいからである。例えばテレビという文化は、テレビに関するミームの自己複製に役立つから存在するのである。

ミロのヴィーナス

ミロのヴィーナスのように、人気のある芸術は、適応度の高いミームを持っている。ミームの進化は、どのミームが多くの心へ複製され、どのミームが消えていくかという過程によって進んでいく。よってミームの進化は、より多くの心へコピーされ、拡散されるミームが有利である。

それでは何がミームの拡散を助けるのか、という疑問を解くには、ミーム進化のほんの初期の段階について考えてみる必要がある。人類に言語が生まれるより以前、脳は遺伝子進化の力により、DNAを複製させるという目的で進化してきた。つまり脳の進化は、人が生き残り、DNAに共通部分の多い相手と結婚して子孫を増やすことができる方向へと進んでいった。このため脳は、動物が持つ、本能から来る基本的な四つの衝動によって動くように進化した。四つの衝動とは、闘うこと、逃げること、食べること、結婚相手を見つけることである。

意識を持つように人類が進化する以前に、人類は言語を使えるようになった。言葉を使ってコミュニケーションを発達させるようになると、コミュニケーションにより危険を避けたり食べ物を見つけたり、また結婚相手を見つけることができ、生存と子孫を残す可能性を上げることができた。したがってコミュニケーションは、危険、食べ物、生殖といった特定の情報をやりとりするように進化してきたのである。

現在でも、私たちは危険、食べ物、生殖を含んだミームに注意を払う傾向が強い。したがって、危険、食べ物、生殖を含んだミームは、他のミームより速く広まるのである。

ミームの起源

コミュニケーションによって人類の生存と子孫の繁栄を助けた基本的ミーム、すなわちミームの起源は、以下のようなものが考えられる。

危機
多くの人に恐れの感情を伝えられるミームは、仲間達にすばやく危険の警告ができるため、多くの人の生存を助けることができる。
使命
敵と戦う、食べ物を見つけるなどといった使命を集団のメンバーが持つことで、その集団は共通の目的に向かって、ともに働くことができ、生き残りやすくなる。
問題
食糧不足や結婚相手をめぐっての争いなどを解決すべき問題として認識するミーム。これにより、生存や生殖のチャンスが高まる。
危険
危険な場所、毒のある食べ物など、何かを危険と判断するミームによって生存を助け、子孫を増やせる。
好機
食べ物を手に入れたり結婚相手を見つけるといったチャンスにはすぐ行動を起こすことにより生き延び、多くの子孫を残せる。

これらミームの起源となった基本的ミームは、人類の生存と生殖に役立ってきたし、現在も私たちの身近にある。現在の私たちも、危険、食べ物、生殖とともに、これらの基本的ミームに関して頻繁にコミュニケーションをとっている。例えばテレビ番組、新聞、本などに含まれている。

ダイエット方法についての情報が広まりやすいのは、それが「食べ物」に関していて、医者という「権威」からの情報で、自分の「性的魅力」を高めてくれる「好機」だからである、と説明できる。

こうした基本的ミームを、意識を持つ以前の人類がやりとりしていたと想像できる。そして、さらに遺伝子進化の結果、人間の脳は意識を持つようになり、意識もまた、DNAを複製させるために機能した。そして、その意識という機能の上に、私達の様々な思考が可能になっている。しかしその意識はもともと、生存と生殖のために進化してきた脳を土台にして偶然生まれた。そのため、私たちの意識はこれら基本的ミームに注意を引きつけられる傾向がある。

二次的衝動

四つの基本的衝動を持ったところで脳の進化は止まらなかった。四つの基本的衝動を満たすために、さらに二次的衝動を持つように脳は進化した。以下にあげる本能的な二次的衝動を持っているかどうかは、個人差がある可能性がある。

属する
集団に属したいという衝動。進化論的には、集団でいた方が安全だという事や、経済的理由、異性が多くいるという理由がある。
自己の区別
自分は特別である、目立っている、重要な存在であると思いたい衝動で、人にそう思わせるミームは生き残りやすい。人は何か新しいこと、重要なことをしたいという衝動により、食べ物が見つけやすくなったり、異性から目立つ存在になることができた。
いたわり
他人の幸福を気遣おうとする衝動。人類はDNAのほとんどの部分を共有しているため、他者を気遣う衝動が進化した。したがって、他者をいたわるミームは心に入りやすい。
承認
他人に認められたいという衝動。あるいは自分自身が賛成できることをしたいという衝動。こうした衝動を利用するミームは、認められない場合に感じる罪や恥といった感情も引き起こす。
権力への追従
権力とうまくやっていこうとする衝動。権力と上手くやっていくことで、DNAが生き残り、複製されるために、脳はこの衝動を持つように進化した。

こうした衝動は強い感情が伴う。衝動が行わせようとする事をすれば気分が良くなり、しなければ悪くなる。人によって、同じ衝動に対して同じ感情を持つかどうかはよくわからない。しかし重要な点は、私たちは強い感情に繋がる二次的衝動を持っており、強い感情を引き起こすミームは、それだけ私たちの注意を引く。つまり心に入りやすく、ミーム進化において有利である。そして文化の一部となるのである。

適応度の高いミーム

遺伝子の複製されやすさを適応度という。例えば、ある遺伝子が次世代にたくさん複製されているほど、その遺伝子は適応度が高いということである。同様に、あるミームの適応度が高いほど、そのミームは多く複製される。

私達の脳の持つ本能的な傾向とは別に、性質上、適応度の高いミームがある。以下のミームは「このミームを広めよ」という考えが変化したものであるために適応度が高い。

伝統
過去に行われたこと、信じられていたことを、継続させるミーム。伝統のよし悪しや重要性とは関係なく、自動的に長く生き延びる。
伝道
あるミームを他の人々に広めることが重要だというミーム。例えば、宗教の布教活動や、企業の宣伝などがある。伝えられる内容が正しいか間違っているか、良いことか悪いことかとはほとんど関係なしに、広まることができる。

さらに、人々の心から追い出しづらいミームも適応度が高い。次の二つである。

信念
それ自身を盲目的に信じることを要求するようなミーム。どんな議論に突き当たっても心から追い出されない。伝道と結びつくと、どんな内容でも拡散できるマインド・ウイルスとなる。
懐疑
心に侵入しようとするミームを疑うミーム。懐疑は信念の裏返しであり、あるミームが心へ入り込まないようにする。

伝言ゲームのように、ミームが人から人へ伝わる時には、変形が起きてしまうことがある。このため、ミームによっては複製されるのが困難となる。一方性質上、変形されにくいミームがあり、適応度が高い。この点において、以下の二つは適応度が高い。

知っていることかどうか
人々がよく知っていることほど速く広まる。例えば、有名な映画の続編情報は、あまり知られていない映画の場合より広まりやすい。また変わった言葉は、よく知られている言葉に言い直されることによって、適応度が高くなる。その言い直しによって内容がもともとの意味と変わることもありうる。
意味が通じるかどうか
意味の通じるミームは、意味が通じないミームよりも速く広まる。そのために、正しいが難しい説明よりも、意味の通じる分かりやすい説明の方が広まりやすい。しかし、意味が通じる話が正しい話だという訳ではない。「正しいが難しい説明」から「意味の通じやすい間違った説明」に進化することも考えられる。

あるミームが適応度が高く「広まりやすい」ことと、それが良いことか悪いことか、真実か間違っているかということは関係ない。したがって、ミームの進化は私たち人類にとって良い方向へ進化していくとはかぎらない。

性に関するミーム

『クピドから身を守る少女』(ウィリアム・アドルフ・ブグロー、1880年)

人類の遺伝子は性をめぐって進化してきた。なぜなら、結婚相手を見つけられない宿主の遺伝子は後世に残らないからである。そのため宿主が結婚相手を見つけ、子孫を増やすことができる方向へ遺伝子は進化してきた。そうした遺伝子進化の結果、強い性の衝動と様々な脳の傾向が生まれた。

性をめぐって進化してきた脳の傾向にミーム進化は導かれ、文化はミーム進化の結果である。つまり性の衝動が文化を形成する力となっている。例えば、流行の服など性的魅力を高めたい人をターゲットにした産業もあれば、権力やビジネスなどの階層構造といった性の衝動が原動力になっているとは気づきにくいものもある。

利己的遺伝子の考え方から推測すると、性をめぐった遺伝子の進化は以下のようであったと考えられる。動物が性交渉によって子孫を作るようになった時から始まった進化は、結婚相手を見つけられた動物のみがDNAを複製することによって進んでいく。最初の頃の生物は、男性と女性の区別がつかなかったかもしれないが、性別の判別ができた方が子孫を残すのに効率的である。男性と女性の区別がつくことができるように進化すると、性的魅力のある生物の方が結婚相手を見つけやすくなる。こうして、進化が進むほど生物は性的魅力を高めていく。

DNAの視点に立てば、DNAは宿主に結婚を通じてできるだけ多くの子孫を増やしてもらう必要があった。そのため男性のDNAは、できるだけたくさんの女性と性交渉をする方が有利であった。一人の女性とだけ関係を持つDNAは進化の上で不利である。つまり、男性の脳はできるだけたくさんの女性と関係を持とうとする衝動を受け継いでいる。

性的魅力を高める進化の結果、雄のクジャクの羽は美しく進化した。

一方、女性は一年に一度ぐらいしか子供を産めない。つまり、DNAの複製を作るチャンスが限られており、それに比べて求愛は多く、よいDNAを持つ男性を選ぶように進化した。よいDNAとは、例えば健康な体、あるいは自分と共通部分を持つDNAといった点である。クジャクの雄が羽を美しく進化させたのは、雌が異性を選ぶ側であり、雄が選ばれる側だったからだと考えられる。

女性が男性を選ぶ二つ目の基準は、子供達を育てる父親の役割をちゃんとしてくれるかどうかである。有史以前は、男らしい男性を生物学的父親にし、子供の育児に向いた男性を「主夫」として迎えるのが理想的であった(この場合、父親は二人になる)。

男性は女性を惹きつけるために、進化が二つの方向へ分かれた。一つはより強く、よりハンサムになるように進化する方向である。もう一つは主夫タイプの男性であり、良い夫、良い父親となっていく方向である。後者の男性は、男を騙す女性と騙さない女性を見分けられるように進化したとブロディは言う。

また男性は、権力を熱望するように進化していった。なぜなら、階層構造の中で、できるだけ上の地位にいれば、より多くの魅力的な女性と結ばれ、子供達により多くのものを与えられるからである。そのため、男性が地位に対して持つ一般的な感覚は優位や支配といったものである。一方で、女性は地位というものには魅力や人気といったものを重視する感覚を持っている。

嘘の進化

うそ」をつくというのも、生殖のチャンスを増やすことができる戦略である。よって、遺伝子は進化によって、嘘をつく衝動を持つようになった。この衝動は、嘘をつき、相手を騙し、操作するといったことを人に行わせる。男性の場合、嘘の一つに婚外交渉があるが、これは多くの女性を妊娠させ、DNAの複製をより多く作ることができる。

一方、女性の婚外交渉は、あまりDNAの複製を増やすことには繋がらない。夫よりも良い遺伝子を持つ男性と婚外交渉の関係を持てば、幾分か子供の生存確率を上げることにはなるが、夫に婚外交渉が知られた場合、子供達が父親を失ってしまうリスクがある。

よって、女性より男性の方が嘘をつく衝動はずっと大きい。

なお、ここで説明している男女の傾向は、あくまでも一般的な傾向であって、個人個人に焦点を当てた場合、必ずしも当てはまるとは限らない。また、衝動があることと、それに従うかどうかは別である。

進化により嘘をついて子供を作る戦略が遺伝子にあっても、現代では避妊ができるので、浮気をする人達の間には子供ができないことが多い。これは、有史以前の遺伝子進化と現代の意識的な考えにはギャップがあるためである。今日の道徳や価値観とは関係なく、人間には異性と不正な関係を持とうとする無意識的な傾向がある。なぜなら、それがDNAを複製させることができたからである。

嘘のかけひきは進化していき、よりうまく騙せるように、またより見抜けるようになっていく。鳥の求愛ダンスは、嘘のかけひきが進化した結果である。この長時間にわたるダンスで、雌は雄が本当に未婚かどうかを確かめることができる。なぜなら、家族のいる雄は、いつまでも家族から離れていられないからである。

男性は、男らしい男、階層構造で優位に立つ男の「ふり」をするのは難しい。他の男がそれをさせないからである。よって、よい夫のふりをする方が成功しやすい(進化の過程での話である)。一方、女性はそれを見抜けた方が、また疑い深く進化した方が子供の生存確率を上げる。

DNA伝達の多様な戦略

進化が進むにつれ、異性と結ばれるために、ライバル達と争わない戦略も現れた。これは、皆と同じ戦略で相手を探せば負けてしまう人もいるからである。男性の多くが三十歳以下の女性を好む一方、三十歳以上の女性を好む男性もいる。あるいは、自分と似たような特徴の顔の人(似たDNAを持つ人)に惹きつけられる人が多い一方、そうでない人もいる。

また、女性の中には、相手を選ばず、疑わずたくさんの男性と交渉を持つことで子孫を残す戦略を持った人もいる。これらはDNAを拡散させるために遺伝子が進化した結果である。

しきたりと偽善

前述のように、人類は意識を持つよりも先に言語を獲得していた。言語でミームをやりとりできると、「性のしきたり」のミームが生まれた。男性は妻を他の男にとられないように、女性は夫が他の女の所へ行かないようにするミームである。また、祖父母にとっては孫がちゃんと育てられるようにするミームが大事になる。こうした「性のしきたり」のミームは、人を自分の性的衝動のまま行動させないようにし、ある人達と性的関係を持つことを禁じる。

利己的遺伝子にとって自己複製を増やす効果的な戦略は、しきたりを広めた上での偽善行為である。不貞行為をしてはならないという「性のしきたり」のミームを広めれば、自分の結婚相手を他の人に奪われないようにできる。そうした上で、自分は不貞を働くという偽善行為をすれば、ライバルを減らした上で自分のDNAを多く複製できる。

これは人間の、「偽善」の進化論的説明であるが、日本語で言う「偽善」では少し意味が違ってしまう。要するに、称賛されるような道徳的なことを公言しておきながら、そのルールを無視する人間の行動についての説明である。こうした行動は性に関することで多い。

感情を引き起こすもの

以下、遺伝子の進化の結果として、男性と女性は、どのようなことに感情を引き起こされるかを見ていく。前半三つは男性、後半は女性である。

権力
男性は、権力を得ようとする傾向がある。これは陣地の拡大も含み、土地だけでなく、市場拡大といった概念的陣地も含む。この傾向が進化により生まれたのは、権力を得ることで多くの女性と関係をもてたからである。一方、女性が男性を惹きつけたのは、若さ、健康な体といった、子供を産む能力である。そのため、男性ほどには権力を求める傾向が発達しなかった。
優位
階層構造はビジネスや政府、宗教など様々な組織で見られる。こうした組織的階層構造において、男性は優位に立とうという衝動を持つ。自分が優位に立つほど、多くの女性と関係を持つことができた太古の世界での遺伝子進化によるものである。現代の社会において、階層構造が子孫を増やすことに直結していなくとも、その中で男性が抱く感情や行動は、子孫を増やせる階層構造の場合と同じである。
好機
男性はDNAの複製を作れる好機を逃さないようにするように進化した。男性は性に限らず好機を逃さないで行動する傾向がある。例えば企業が「今だけ安く買える」と宣伝することで、男性はその好機を逃すまいとする。
安全
女性は安全を求める傾向がある。有史以前、安全を求める衝動は子供が生き残る可能性を上げたからである。男性にも安全を求める傾向はあるが、階層構造で優位に立つためならば危険を冒すという傾向もある。
責任
女性は、自分との関係を本当に大事にしている、責任感の強い男性に惹かれる。子孫が生き延びるために、男性に父親としての役目をちゃんととってもらう必要があった。
投資
女性は、花をプレゼントしてくれるような、自分へ投資してくれる男性に関心がある。有史以前、自分との関係に責任感を持ち、食べ物などを投資してくれる男性と結婚すれば、子孫の生存確率が上がったからである。

ここで論じたのは一般的な傾向であるが、男性が求めるものを女性が求めたり、女性が求めるものを男性が求めるケースもありうる。それは進化の偶然性や子孫を残すために生まれる様々な戦略が、時に男性と女性の傾向をかき回すからである。

私たちの脳の傾向は認識できるものであり、従わずに乗り越えることも可能である。

「危険」に関するミーム

恐怖におびえる子供

人間の脳は「危険」に注意を払う傾向がある。私たちが本能的に注意を引かれるミームであるために、現代の社会において危険に関するミームはたくさん広まっている。

なぜ人は「危険」に注意を払うのか。脳が進化する過程で、危険を察知する能力を向上させれば、それだけ生き延びて、子供の数を増やすことができたからである。遺伝子が進化する過程で、安全を好む遺伝子が自然に選択され(自然淘汰)、人間や動物は、安全に暮らしたいという衝動が強くなっていった。安全に暮らしたいという衝動には、「恐れ」という感情が伴う。

本能的に逃げ出したくなるような「恐れ」という感情だけでなく、とどまって危険とたたかう「怒り」という感情もある。また、不特定の危険を察知する「不安」もある。こうした感情が混ざり、神経質、心配、疑念、戦慄などと呼ぶ。このように私達は危険に関して多くの言葉を持っている。

私達は危険にたくさん注意を払うので、危険に関する産業も大きくなる。例えばホラー映画は、多くの観客を引き寄せ、保険会社は利益を上げる。

ある事柄に関する恐怖は人類普遍のものか。そうではない。ある人は人前で話すことが苦手だが、ある人はすすんで話したがる。これは個人の中でも変化するため、恐怖を乗り越えることは可能である。現代人が人前で話すといった、肉体的には危険がないことでも極端な恐怖の反応を示してしまうのは、脳の持つ傾向である。肉体的な危険に対応するように進化した脳は、現代の文化的な社会に適応するようには進化していないのである。

現代社会において、危険なものは原始時代よりもずっと少ない。しかし恐怖を引き起こすミームは、現実には危険でなくても心に侵入しやすい。

危険に関連して、以下四つの節では利他主義、ギャンブル、迷信、都市伝説に関するミームについて説明する。

利他主義に関するミーム

人間は、自分の遺伝子の安全だけを大事にするように進化してきたのではない。遺伝子は血縁者と共通部分を持っているので、人は血縁者を助けるように進化した。つまり、私達は利他主義と呼ばれる行動をとる。以下に、利他主義に関するもので、感情を引き起こすミームを紹介する。

ナミビア共和国の子供たち。
子供を助ける
遺伝子の複製を増やすためには、自分の子供や親類の子供が生存するように助けることが必要である。そのため、一般的に脳は子供を助けようとする傾向を持つ。
同類の人
似た遺伝子を持った人達が、互いに助け合えば、その集団は生き残ることができる。また、似た遺伝子を持った人達が集団をつくって暮らすことで、よそ者の遺伝子が混ざらないようにすることができる。
人種差別
自分たちとは異なる遺伝子を持つ人達を排除しようとする傾向で、よそ者の遺伝子が混ざらないようにする。アメリカでは19世紀まで、多くの人に人種差別が受け入れられてきた。
エリート主義
自分達は優れている、特権があるといったエリート意識を持った人達は、遺伝子を次世代に伝えやすい。例えば食べ物が不足した時、自分たちが優先的に食べ物を得られれば、生き残ることができるからである。

これら利他主義に関する四つのミームは、私たちに強い感情を引き起こし、注意を引く。マインド・ウイルスが心に侵入する時に、これらのミームは利用されやすい。例えば、人種差別のミームは広まりやすいのである。

ギャンブルに関するミーム

ギャンブルにおいて、人々の行動にはある傾向が見られる。これは、有史以前にはうまく機能した本能的な脳の働きである。しかし現代のギャンブルでは、そうした脳の傾向が利用されてしまい、カジノが儲けるのである。

低賭金高配当(ローリスク・ハイリターン)
リスクが低く見返りが大きい行為をする傾向。当たったら大きいギャンブルは、実際にはオッズが非常に悪いにもかかわらず、人々を引きつける。
安い保険
ブラックジャック
リスクを下げるための僅かな努力をする傾向。寝るときに、猛獣に見つからないちょっとした工夫をするといった行為は生存率を上げる。しかしギャンブルでは、自分の賭けが外れた時のリスクを減らすために少しの保険をかけておくことは、ブラックジャック等で長期的に損になる。
傾向に従う
毎日同じ時間に鹿が水辺にいれば、その傾向から明日も来ると予測できる。一方、多くのギャンブルにおいて各プレイの記録は、それぞれが完全に独立しており、偶然の積み重ねであって、「勝ちが続いている」、「負けが続いている」といった傾向は、次の勝負の結果を左右しない。そうした場合にも人々はその「傾向」が重要な意味を持つと思って賭けてしまう。
傾向に逆らってプレイする
ある人々が、大勢の意見や行動に反した行動を取る本能を発達させたのは、食べ物や結婚相手を見つける時の競争相手を減らすことができたからである。しかしギャンブルの結果がランダムならば、傾向に逆らうのは無意味な戦略である。
負けている時はケチになり、勝っている時は気前がよくなる
食べ物などがたりない時は保存し、あまるほどあれば気前が良くなる脳の傾向は、ギャンブルの賭け方では上手くいかない。
直感で勝負する
たまに新しい、直感的な戦略を使ってみることで勝とうとする傾向は、有史以前は食べ物を見つけたりするのに有効であった。しかし現代のギャンブルでは、この傾向をカジノに利用され、負けてしまう。

こうした脳の傾向を利用するミームは、ギャンブルだけでなく、様々な文化の中に見られる。例えば、賽銭を投げる行為は、低リスクで大きな利益を得られるというミームである。

迷信のミーム

黒猫

危険への本能的な脳の反応は、迷信というミームを作り出す。黒猫が目の前を横切ると悪いことが起きる、13日の金曜日は不吉である、しゃっくりを100回すると死ぬ、を割ると不幸なことが起きる等のミームは、人々の「恐れ」の感情を利用して拡散していく。迷信のミームは感染した人の行動にも影響を及ぼす。

恐れに対応する「安い保険」のミームとして「霊柩車を見たら親指を隠さなくてはいけない」、「夜に口笛を吹いてはいけない」といった迷信も広まっている。つまり、危険を避けるためのちょっとした努力をしておこうという心理である。迷信のミームは、この「安い保険」に基づいているものが多い。人々のこうした心理を利用して、迷信のミームは心に入り込むことができる。

人によっては迷信を真実のように思い込み、迷信に基づいて行動する。しかしミーム学の観点からすれば、迷信が広まり生き残ってきたのは、それが適応度の高いミームだったからであり、真実だからではない。

都市伝説のミーム

都市伝説は、なぜ人々の間で広まり、いつまでもなくならないのか。それは都市伝説が生き残りと拡散にすぐれたミームを含んでいるからである。

都市伝説には恐ろしい話が多い。すなわち恐ろしい話であることは都市伝説として広まることができる一つの要素である。都市伝説に含まれる危険のミームが、私達の恐怖という感情を強く引き起こすのである。

さらに都市伝説を成功させるミームとして、誰かが珍しい出来事で多額のお金を得たといった「低リスク高配当」のミームや、ファーストフード店の食べ物についてといった「食べ物」に関するミーム、世の中の「危機」のミーム、あるいは何らかの「好機」に関するミームなど、人々を引きつけるミームが都市伝説には含まれている。

宗教に関するミーム

大公の聖母』(ラファエロ・サンティ、1504年)。聖母マリアと幼子イエスが描かれている。フィレンツェパラティーナ美術館所蔵

ミームの理論で考えた場合、宗教はミームの集まりである。そして強力なマインド・ウイルスである。

宗教はミーム進化により生まれたのだと仮定すると、宗教は適応度の高いミームを持っているはずである。それは進化の力によって、自然に生まれる。適応度の高い宗教ミームはどのようなミームなのかを、以下に述べる。

伝統
伝統は、他のミームと一緒に自分を次の世代へ存続させるミームである。聖書の大切な取り扱いや古代神殿など、ほとんどの宗教に伝統がある。ただし宗教の持つ強力な伝統は、それが真理であるために、またよいことであるために受け継がれているのではない。宗教は伝統という戦略ミームが、その宗教の一部となっているために生き残るのである。
異端
ある宗教の教えに反する信仰を異端の教義として識別するミーム。この異端識別ミームは、異端の教えを排除しようとする。信者達がそれぞれ違った教義を好き勝手に信仰してしまえば、やがてその宗教は消滅してしまう。
布教
宗教が生き残るには、布教が教義の一部になっていなくてはならない。布教という戦略ミームを持った文化要素は、生き残るのに有利である。町中で布教活動をしていないならば、信者は自分の子供に布教しなければ宗教の存続は難しい。
意味をなす
イースター・バニーは復活祭のシンボル。この写真ではホワイトハウスからナンシー・レーガンと一緒に手をふっている(1981年
伝言ゲームで分かるように、意味の通じる考えは、そうでない考えよりも伝わりやすい。難しい問題に対して分かりやすい答えが用意された宗教は、人々に人気がある。ただし答えが正しい必要はない。イースター・バニーのように分かりやすいことが伝わりやすさになる。
反復
ある行為を繰り返したり、ある考えを繰り返し聞いていると親しみがわいてきて、その行為や考えを疑わなくなる。例えば日曜日に教会へ行くといった、ある行為や考えを何度も繰り返すことで、人は条件付けられてプログラムされる。

次に、人の感情を強く引き起こすミームを述べる。

安全
多くの宗教は人工的な恐怖を創りあげ、その上で安全な場所を用意し、そこに避難することは信仰によって可能になると教える。恐怖は例えば、神の怒りにふれる恐怖、地獄の恐怖、地域社会から追放される恐怖(ただしこれは人工的ではなく現実的)といったものである。恐怖により信仰が非常に強力なものになるのである。
危機
ある宗教は外敵が襲ってくる等といった危機ミームを利用することで、感情を引き起こす。多くのカルト宗教に危機ミームがみられるのは、「意味をなす」ことが難しいため、危機を積極的に吹聴して人々の心を捕らえるのである。
食べ物
家族の守護聖人を称えるセルビア正教会の祝いで食べるパン
復活祭のディナーなど、食べ物は宗教を魅力的なものにし、人々を惹きつける。ごちそうが食べられることで人を入信に誘い、断食は認知的不協和により信仰を強めるのである。
ほとんどの宗教は性に言及する。教会では結婚は一夫一妻のものに限るといったように、性に関する行動が信仰と関連づけられている仕組みは、宗教によって様々なものがある。
問題
多くの人が持つ、「問題を解決しようとする」傾向は非常に強い。太古の世界は、物理的な危険や利益から成り立っており、身の回りの世界を理解することが自分の生存を確保した。現代では、宗教に限らず人は意味のない事柄でも意味づけをし、解決すべき問題として捉えてしまう。それにより日々の生活の中で、気付いた問題を解決しようと熱中してしまうのである。例えば、お金を儲ける手段についてのことだったり、夫や妻の行動を変えさせる方法についてといったことである。
あるいは、どの宗教が真理か、という問題を解くためには、神は存在するか、神はどのような存在か、神はどのような姿かといった思考が際限なく続いてしまう。
ある宗教は、信者に問題解決のために人生を捧げさせ、神秘的な知識を得させようとする。
優位
宗教内に階層構造があると、権力を掴みたがる人にとって魅力的になる。特に男性が惹きつけられるが、進化論的に、権力を得ることと女性に近づくことが結びついているからである。
属する
ほとんどの人は、何らかの集団に属したがる傾向があり、それを利用して入信させることができる。孤独な人がこのミーム一つで宗教に入ることもある。
聖ソフィア大聖堂にある『最後の晩餐』(レオナルド・ダ・ビンチ)のレプリカ
ブロディは、宗教が悪いものであると言っているのではなく、信仰により「最後の晩餐」などの芸術が創られたり慈善団体の活動が行われたりしているとも述べている。
同時に、どの宗教も真理ではなく、人間の心が生み出したと言っている。つまり宗教とは、有史以前の世界で危険や生殖、権力、食べ物といったものに注意を払っていた脳が、現代でもほとんど進化できていないために、現代社会の中で危険や性、権力、食べ物など様々なことに意味づけをしているのである。

真実のミーム

あるミームが真実であるかどうかは、生き残るミームの基準にはあまりならない。一方、つじつまがあったり、意味をなすということは、ミームが生き残る一つの基準になりうる。しかし、意味をなすことと真実であることは、必ずしも対応していない。

例えば、星占いというミームは、誕生日に基づいて星座を一つ選ぶという分かりやすさによって、多くの人々へ広まっている。しかし量子力学のような科学的な理論は、星占いのようには分かりやすくない。そのため量子力学は星占いのようには広まらない。

つまり、真実であってもそれが世の中に広まりやすいとは限らず、真実でなくとも適応度の高いミームは広まっていくのである。

進化の方向

ミームはDNAの複製に貢献するためにも、私達の幸福のためにも進化しない。自らを複製させるのがうまいミームがより複製されていくだけである。ミーム進化がDNAの複製を助けるのではないということは、例えば2010年現在、日本の出生率は低下傾向にあり少子化が進んでいることからも分かる。

しかし人類が滅べば、ミームも滅んでしまうはずである。それなら、ミームは人類の生存を助けざるを得ないのではないか。しかし現代では、人の心ではなくコンピューターを土台にした情報がたくさん複製されていることに注意が必要である。人類が生き残れるとしても、コンピューター上のミームの自己複製に人々が多くの労力をそそぐようになる可能性がある。

いずれにせよ人々の心に満ちていくのは、適応度の高いミームであり、進化が自動的に私達を幸福にする方向に進む必要は全くない。例えば、私達を怒らせ、悩ますミームは広まりやすい。しかしミーム学を理解することで、意識的なミームの選択が可能になるのである。

進化心理学

人の心を進化論の観点から考察する学問はミーム学が最初ではない。脳は食べ物や危険、生殖に注意を払いやすいことや、集団に属したがるといった傾向をミーム学は進化論の観点から説明するが、これは進化心理学という学問に基づいている。進化心理学とは、心を進化論の観点から考察するものであり、ミーム学は進化心理学の理論を取り入れているのである。


注釈

  1. ^ 複製における忠実度は突然変異率が高く、ラマルク的変異の傾向をもつとされる。
  2. ^ なおドーキンスの最後の発言は、原文では、"I'm not committed to memes as the explanation for human culture." である[16]

出典

  1. ^ 第2版,日本大百科全書(ニッポニカ),百科事典マイペディア,世界大百科事典内言及, デジタル大辞泉,世界大百科事典. “ミームとは”. コトバンク. 2021年1月9日閲覧。
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  6. ^ ドーキンス 2018, p. 330-331.
  7. ^ a b リチャード・ドーキンス、日高敏隆 訳、岸由二訳、羽田節子訳、垂水雄二訳『利己的な遺伝子』紀伊國屋書店、2006年。
  8. ^ Geoffrey M. Hodgson (2001) "Is Social Evolution Lamarckian or Darwinian?", in Laurent, John and Nightingale, John (eds) Darwinism and Evolutionary Economics (Cheltenham:Edward Elgar), pp. 87-118. 原文(一部相違あり)
  9. ^ Oxford English Dictionary 内、ミームの項目。
  10. ^ リチャード・ドーキンス、垂水雄二訳 『遺伝子の川』草思社、1995年
  11. ^ 佐倉統ほか『ミーム力とは?』数研出版、2001年。
  12. ^ a b 。河田雅圭『進化論の見方』紀伊國屋書店、1989年
  13. ^ Viruses of the Mind リチャード・ドーキンス、1991年
  14. ^ Balkin, J. M. (1998), Cultural software:a theory of ideology, New Haven, Conn:Yale University Press, ISBN 0-300-07288-0
  15. ^ Richard Dawkins and Jaron Lanier "Evolution:The discent of Darwin", Psychology Toda,Translated by Minato NAKAZAWA, 2001. Last Update on January 12, 2001 (FRI) 09:22 .”. 2011年7月7日閲覧。
  16. ^ Psychology Today”. 2011年7月8日閲覧。
  17. ^ このシンポジウムをまとめた論考が、以下の書。
    ロバート・アンジェ 編、佐倉統・巌谷薫・鈴木崇史・坪井りん 訳『ダーウィン文化論:科学としてのミーム』産業図書、東京、2004年(原著2000年)。 
  18. ^ スーザン・ブラックモア著、垂水雄二訳『ミーム・マシーンとしての私』草思社。序文より





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