兵役
『シェルブールの雨傘』(ドゥミ) 1957年、雨傘店の娘・17歳のジュヌヴィエーヴは、20歳の青年ギイと恋仲だったが、彼は2年間の兵役でアルジェリア戦線へ行かねばならない。出発前夜、2人は一夜を共にして、ジュヌヴィエーヴは妊娠する。翌年、宝石商カサールが、ジュヌヴィエーヴの妊娠を承知で求婚し、彼女はこれに応じる。ギイは帰還し、幼なじみの女性と結婚する。1963年、ギイとジュヌヴィエーヴは、ガソリンスタンドの主人と客として、思いがけぬ再会をする。2人は互いの近況を述べ合っただけで、別れる。
『ひまわり』(デ・シーカ) 第2次大戦下のイタリア。アントニオは召集されてロシア戦線に赴き、行方不明になる。終戦後、妻ジョヴァンナは夫の消息を知ろうとロシアへ旅するが、アントニオはロシア娘と結婚しており、子供までいた。ジョヴァンナはうちひしがれてイタリアへ帰る。数年後、アントニオがジョヴァンナを訪ねて来て「もう1度やりなおそう」と言う。しかしすでにジョヴァンナは、他の男との間に赤ん坊をもうけていた。ミラノの駅。モスクワ行きの汽車に乗るアントニオを、ジョヴァンナは泣いて見送る。
*兵役から帰ったら、妻が他の男と結婚していた→〔帰還〕3の『夫が多すぎて』(モーム)。
『第七天国』(ボーザージ) パリの7階建てアパートの最上階に、貧しい若夫婦チコとディアンが住み、彼らはそこを「第七天国」と呼んでいた。第1次大戦が始まり、チコは召集される。4年後、留守を守るディアンのもとに、チコの戦死の報が届く。しかしチコは生きていた。チコは戦傷で盲目になりつつも、手探りでアパートの階段を上って来る。ディアンは「私があなたの目になるわ」と言い、2人は抱き合う。
★3a.兵役を免除される。
『仮面の告白』(三島由紀夫)第3章 昭和20年(1945)2月。ひよわな体格で第二乙種だった「私」にも、召集令状が来た。ちょうどその時、「私」は風邪をひいていた。入隊検査で軍医は、「私」の気管支のゼイゼイいう音を、肺病の兆候のラッセルと間違えた。「私」は「微熱がある。血痰も出る」と嘘を言い、血沈を測ると風邪の熱のため高い値が出た。「私」は「肺浸潤」と診断され、即日帰郷を命ぜられた。
『裸の大将』(堀川弘通) 山下清が20歳を越えた頃、日本は太平洋戦争に突入していた。彼は身体をこわして兵役を逃れようと考える。夜、彼は腹を出して寝て下痢しようとするが、うまくいかない。絶食して病気になろうとしても、空腹に堪え切れず、うどんを食べてしまう。さいわい、徴兵検査の時、面接官からの問いに十分に答えることができなかったので不合格になり、彼は兵隊に行かずにすんだ。
『へたも絵のうち』(熊谷守一)「絵を志す」 「私(熊谷守一)」は本郷の共立美術学館に通っている時に徴兵検査を受けて、丙種だった。身体は丈夫だったが、歯がひどく悪くて6~7本も抜けていたからである。今から見れば、丙種になったのは幸いだった。岐阜の中学の同級生で甲種だった者は、4年後に起きた日露戦争で、ほとんど戦死したのである。「私」も歯が抜けていなかったら、赤い夕日の満洲のどこかで果てていたことだろう。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13-12 天文学者メトンは、兵役を逃れるために狂気をよそおい、ついには自分の家に放火した。それで執政官たちも彼の兵役を免除した。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章 オデュッセウスはトロイアへの出征をいやがり、狂気を装った。しかしパラメデスが、オデュッセウスの息子テレマコスを奪い、殺すかのごとく剣を抜いて見せたので、オデュッセウスは偽りの狂気であると白状し、軍に従った〔*類似の状況で鎌足は、盲目のふりをし続け、息子を見殺しにした→〔盲目〕7の『入鹿』(幸若舞)〕。
*兵役を逃れるために、自らの身体を傷つける→〔自傷行為〕1。
『嘘』(太宰治) 昭和20年(1945)の正月。新婚の百姓・圭吾に召集令状が来た。彼は青森の部隊の営門で姿をくらまし、嫁の入れ知恵で、家の馬小屋の屋根裏に隠れる。2人の媒酌人である男が、警察署長と一緒に圭吾の家を訪れるが、嫁は「もし夫が帰って来たら、必ずお知らせします」などと平然と嘘を言う。警察署長が馬小屋の圭吾を見つけた時でさえ、嫁は「いつ戻ったのだべ」と、空とぼけていた。
『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ) 1938年3月。オーストリアの退役海軍大佐トラップは、新妻マリアとのハネムーン旅行から帰った。亡き妻との間に生れた7人の子供たちが2人を迎え、一家の新しい生活が始まる。しかしその時、ナチス・ドイツの侵攻によって、オーストリアはドイツに併合されていた。トラップ大佐には、「北ドイツの海軍基地で軍務につけ」との召集令状が届く。大佐は「一家全員スイスへ亡命しよう」と決意する。国境は封鎖されたので、一家は徒歩で山を越え、スイスへ入る。
『笹まくら』(丸谷才一) 浜田庄吉は、20歳の昭和15年(1940)から5年間、徴兵を忌避して地方に潜伏した。彼は名前を変え、年齢を偽り、ラジオ修理の渡り職人や縁日の砂絵師として暮らした。終戦後、彼は東京の私立大学の事務員になる。浜田が45歳の時、彼の庶務課長への昇進を同僚がねたみ、右翼の小雑誌に「浜田は徴兵忌避者」との記事を書かせた。その結果、浜田は、富山県高岡の付属高校へ左遷されることになった。
『拝啓天皇陛下様』(野村芳太郎) 孤児として辛い生活をしてきた山田正助にとって、きちんと3度の食事にありつける軍隊は、天国のような所だった。南京が陥落し「戦争が終わる」との噂が流れ、兵たちは「もうすぐ除隊だ」と喜ぶ。しかし山田正助は、習い覚えたカタカナと僅かな漢字を用い、「軍隊に留まりたい」と願う手紙を、天皇に出そうとする。それを見た戦友が、「陛下に直訴などしたら監獄行きだ」と制止する〔*彼は戦場で生き残るが、戦後、酔ってトラックにはねられ死んでしまう〕。
★3e.有力者の子弟が兵役を免除され、その代わりに、別の人物が不当に徴兵されることがあった。
『遠い接近』(松本清張) 太平洋戦争当時。山尾信治は自営業で仕事に追われ、町内の軍事教練に参加しなかった。役場の兵事係長・河島はこれを問題視し、山尾が第二乙種で、すでに32歳であるにもかかわらず、彼に召集令状を送った。山尾は衛生兵として朝鮮半島へ出征し、残された家族は生活に窮する。家族は親戚を頼って広島へ疎開し、原爆をうけて全員死んだ。戦後復員した山尾は、河島を捜し出して殺した。
『フィガロの結婚』(モーツァルト) アルマヴィーヴァ伯爵の小姓ケルビーノは、多感な美少年である。彼は庭師の娘を愛人にしているが、伯爵夫人を慕い、侍女スザンナを口説いたりもする。伯爵は怒って、ケルビーノに「わしの連隊の士官となって、軍務につけ」と命じる。伯爵の従僕フィガロが「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」の歌を歌って、気落ちするケルビーノをからかいつつ励ます〔*ケルビーノは逃げたり隠れたりして、軍隊へ行かないまま物語は終わる〕。
『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「大リーグボール養成ギプス」 星一徹は巨人軍に入団し、天才的3塁手として活躍を期待されるが、徴兵されてしまい、公式戦に出ることはなかった。彼は兵役で肩をこわし、復員後は、肩の故障を補うために、ビーンボールまがいの魔送球をあみ出す。しかし僚友の川上哲治が「魔送球は邪道だ」と言い、一徹に「いさぎよく巨人軍を去りたまえ」と勧告する。
『我等の生涯の最良の年』(ワイラー) 第2次大戦が終わり、戦地からアメリカへ帰る軍用機に、3人の男が乗り合わせる。彼らは皆、生涯の最良の年月を、戦争のために奪われたのだった。3人のうちの1人、水兵のホーマーは爆撃を受けて、両手とも鉤(かぎ)状の義手になっていた。ホーマーは恋人ウィルマとの結婚をためらうが、ウィルマの彼への愛は変わらず、2人は家族や仲間たちに祝福されて、結婚式を挙げた。
『芋虫』(江戸川乱歩) 須永中尉は戦地で砲弾を受けて四肢を失い、頭部と胴体だけの肉塊と化す。彼は耳も聞こえず口もきけず、眼だけが見える。須永の妻・30歳の時子は、芋虫のごとき形状の夫を情欲の対象として、異様な快楽にふける。ある夜、時子は興奮して須永の両眼を傷つけ、つぶしてしまう。時子は困惑して上官の家へ相談に行く。その間に須永は胴体をうねらせて家から這い出し、草むらの古井戸へ身を投げる。
『ジョニーは戦場へ行った』(トランボ) 第1次大戦に従軍した青年ジョーは、砲弾を受けて四肢を失う。胴体と頭部は残ったが、目も耳も鼻も口もなくなってしまった。陸軍病院は彼を貴重な研究材料と見なして、延命措置を施す。絶望したジョーは、頭を枕に打ちつけてモールス信号とし、「外に出たい。僕をカーニバルの見世物にしろ。それがだめなら殺してくれ」と訴える。軍は彼の訴えを無視し、生かし続ける。
*戦争で身体の大部分を失った男が、サイボーグになる→〔ロボット〕6の『使いきった男』(ポオ)。
『西部戦線異状なし』(レマルク) 第1次世界大戦が始まる。ドイツのある町の高校生だった「僕(パウル)」は、カントレック先生の勧めで、クラスメイトたちと一緒に出征を志願してしまう。戦場は、学校で習った「精神」も「思想」も「自由」も、一切通用しない所だった。仲間は次々に戦死し、同じクラスの7人のうち、残っているのは「僕」だけになる。その「僕」も、1918年10月に、ついに戦死する。その日は大きな戦闘がなく、司令部への報告は、「西部戦線異状なし。報告すべき件なし」というものだった。
『私は貝になりたい』(橋本忍) 太平洋戦争末期、理髪店を営む清水豊松の所にも赤紙が来て、彼は一兵卒として召集された。豊松は、重傷の米兵捕虜を銃剣で殺すように、上官から命令される。しかし豊松は米兵の右腕を突くのが精一杯で、しかもその時すでに、米兵は衰弱して死んでいた。それでも豊松は、戦後、戦犯として逮捕され、絞首刑になった。彼は遺書を残した。「もし生まれ変わるとしたら、もう人間なんていやだ。私は、深い海の底の貝になりたい」。
*貝が動物に転生し、さらに人間に転生する→〔貝〕2aの『沙石集』巻2-8。
『ひめゆりの塔』(今井正) 昭和20年(1945)春、米軍は沖縄に上陸しようとしていた。高等女学校や女子師範学校の学生たちが、野戦病院の看護婦として動員される。激しい砲撃と爆撃で、兵も女学生たちも次々に倒れる。米軍は「戦うのをやめて出て来なさい。危害はくわえません。食べ物もあります」と、降伏を呼びかける。たまりかねて壕から走り出ようとする女学生を、軍医が後ろから撃つ。壕は、戦車の砲撃で破壊される。かろうじて生き残り、壕から出て来た女学生と教師を、米軍は容赦なく射殺する。
『遥拝隊長』(井伏鱒二) 陸軍中尉岡崎悠一は、マレー戦線でトラックから落ちて頭を打ち、狂人となって故郷笹山に帰って来た。終戦後も、悠一の頭の中では戦争が続いていた。彼は村人たちに号令をかけ、訓辞を垂れ、東方(=皇居の方向)遥拝を命じる。ある時、悠一は墓の供え物の饅頭をもらい、「恩賜のお菓子を頂戴した」と言って感泣した。
★10.召集令状。
『赤紙きたる』(藤子不二雄A) 昭和46年(1971)。平和な日本に暮らす小池青年に、出頭場所と日時を指定した召集令状が届いた。友人も会社の同僚も、「誰かのイタズラだろう」と笑う。指定された時刻が何事もなく過ぎ、小池青年は安堵して映画を見に行く。隣席の女が小池青年の手を握るので、小池青年も喜んで握り返す。女は悲鳴をあげ、警官たちが来て小池青年をパトカーへ押し込む。パトカーの向かう先は、警察署ではなかった。
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