男性差別 男性差別の概要

男性差別

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/26 05:28 UTC 版)

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概要

マスキュリストワレン・ファレルによれば、性差別は男性から女性への一方向的なものではなく、双方向的なものである。ファレルは「どちらの性も抑圧されてきた」[1]としたうえで、女性にとって不利益となる抑圧を女性差別と呼び、男性にとって不利益となる抑圧を男性差別と呼んでいる。

どのような事例が「男性差別」と呼べるのかということについては、後述するように様々な立場から議論が行われている。

理論的検討

ある制度や慣習が男性差別と言えるのかどうか、という点については様々な立場からの議論がある。

マスキュリズムにおける議論

ワレン・ファレルは、男性が一方的に女性を支配しているという想定に反論し、実際には男性支配と女性支配が組み合わさっていると主張する。ファレルは女性差別の存在を否定しているわけではなく、男性差別も同時に存在していると論じている。しかしファレルの著書『男性権力の神話』には差別や権力に関する理論的な考察が不十分であり[2]、「なぜそれが男性差別であると言えるのか理論上の説得的な根拠が提示されないまま、次々と、女性差別を助長するような事例の紹介がされる」と批判されている[3]

ジェンダー論における議論

一見すると「女性優遇」と思われるような状況についても、「それらがなぜ、何のために行われ、どのような働きをしているのかといった社会的文脈の中に位置づけて」考える必要がある[4]

たとえば女性専用車両は「女性たちに何かプラスをもたらしているわけではなく、せいぜい痴漢被害というマイナスを少しでも埋め合わせてゼロに戻そうとする補償的措置にすぎない」[5]ため、女性を「優遇」しているとは言えないとされる[6]。また映画館のレディース・デイは、男女間の賃金格差という社会的文脈[7]を考慮すれば「男性差別」とは言いきれず、「雇用や労働をめぐる男女平等が達成されれば、このようなサービスはおのずと消滅していく」だろうとされている[8][9]

このほか、女性の方が男性よりも社会福祉や公的扶助を利用しやすい、という傾向がある。しかしこの裏側には、女性が男性よりも社会保険の利用から排除されやすい、という傾向が存在する[10]性別役割分業を前提とした近代家族モデルのもとで、男性は賃労働に就くことを期待されるのに対し、女性は家庭での再生産労働を期待される。この結果、労働報酬から保険料を拠出するような保険制度(雇用保険、医療保険、年金など)は男性と結びつき、公的扶助による生活保障は女性と結びつくことになる[11]。さらに公的扶助の受給には社会的スティグマをともなう[12]ため、「保険と扶助のあいだには、序列が存在している」とされる[13]

アファーマティブ・アクションに関する法学的な議論

女性差別撤廃条約の第四条において、「男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置」は差別ではないと規定されている。また「母性を保護することを目的とする特別措置」も差別ではないとされている。ただしアファーマティブ・アクションはあくまでも一時的・暫定的なものであるため、「機会および待遇の平等」が実現されたときには廃止されなければならないとされている[14]アファーマティブ・アクションの法的根拠として、憲法十四条一項、男女共同参画社会基本法二条・八条、男女雇用機会均等法八条などがある[15]

アファーマティブ・アクションは格差是正のための暫定的なものである、というかぎりにおいて正当化されている。しかし具体的な制度設計のあり方によっては、逆差別やスティグマ化などの問題を引き起こしうる[16]。差別是正措置にはさまざまな種類があり[17]、実施方法も多様であるため、社会状況に応じた適切な運用が必要だとされている[18]

アファーマティブ・アクションは女性の社会参画を促すものである。就労や政治参画における男女格差は、単に女性が不利益を被るだけでなく、男性にも権利侵害や不利益をもたらす[19]。それゆえ女性の社会参画を促す政策は、男性の権利侵害や不利益を解消する側面もあるとされている。

哲学的差別論における議論

近年は、何が不正な差別であるか、という問いをめぐる哲学的議論が展開されている[20]。たとえばデボラ・ヘルマンによれば、人々の間に区別を付けることが、その一方のグループに属する人々を価値の劣ったものとして貶めることになる場合、その区別は不正な差別である。このとき、何が不正な差別になるのかは社会的文脈によって決まる[21]。ヘルマンはこれを性別に関する差別について当てはめて議論をおこなっている[22]

つまり男女間で区別を設けることが必ずしも「男性差別」であるとはかぎらない。とはいえこれまで議論されてきたように、「男性差別」でないとしてもまったく問題がないとはかぎらない。また、「不当である」ということと「差別である」ということは異なる概念である。それゆえ事例を検討するときには、背景にある社会的文脈を考慮しながら、具体的にどのような点に問題があるのか、ということに注目する必要がある。

男性差別に対する活動

男性差別撤廃を目指す思想や運動をマスキュリズムといい、ワレン・ファレル久米泰介といった研究者が考察を行っている。また、男性解放を目指すメンズリブという運動もある。

男性差別に対する国際的な動きも存在する。例えば国際男性デー(International Men's Day)は、1999年以来、毎年11月19日をその記念日として定め、男性や少年の健康、ジェンダー関係の改善、男女平等の促進、正しい男性のロールモデルの形成、コミュニティ・家族・結婚・育児への男性の貢献などに焦点をあて、男性差別と少年差別を強調しながら世界各国で活動している[23]。なお、2018年現在、この記念日は日本では未開催だが、日本国外では60カ国以上で開催されている[23]




  1. ^ 『男性権力の神話 《男性差別》の可視化と撤廃のための学問』p.34
  2. ^ 「ファレルは権力を,「自身の人生をコントロールする」[Farrell, W 1993=2014:46]能力と定義している。これは社会学の領域では,かなり特殊な権力の定義だと考えられる。より マクロな観点の権力論はありうるにしても,M.ウェーバー以降,権力は「他者の行為を,その抵抗を排しても自己の意図する方向に制御しうる能力」[長谷川他 2007:79-80]という定義が基本となってきた。ファレルの権力の定義は,他者抜きのものであり,これでは男性自身が感じる男性として生きる上での「生きづらさ」を記述することは可能でも,差別や支配を論じることはできない。」(田中 2016: 59)
  3. ^ 書評と紹介 ワレン・ファレル著/久米泰介訳『男性権力の神話 : 《男性差別》の可視化と撤廃のための学問』”. 田中 俊之. 2018年10月5日閲覧。
  4. ^ 加藤秀一(2017)『はじめてのジェンダー論』有斐閣.p.165 太字は原文。ただし傍点は省略。
  5. ^ 加藤秀一(2017)『はじめてのジェンダー論』有斐閣.p.166
  6. ^ 「女性専用車両が痴漢対策として理想的な方法だというわけではありません。本来は痴漢という犯罪自体を撲滅することが望ましいに決まっているのですが、それが実現するのはいつのことになるのか――そもそも可能かどうかさえ――わからないので、さしあたりの対症療法がとられたということです」(加藤 2017 p.165)
  7. ^ 「国税庁『平静27年分民間給与実態統計調査』によれば、2015年の1年間を通じて勤務した給与所得者の平均給与は420万円ですが、性別ごとに見ると男性の521万円に対して女性は276万円であり、半分程度の給与しか得られていないことがわかります。また、給与階級別の人口割合の分布を見ると、年収300万円以下の低所得層は男性では23.1%なのに対し、女性では64%とおよそ3分の2に及んでいます。反対に高所得層について見ると、男性の28.2%が年収600万円を超えているのに対し、女性は5.6%しかいないことから、男女間に厳然たる賃金格差があることは明らかでしょう」(加藤 2017: 170)。
  8. ^ 加藤秀一(2017)『はじめてのジェンダー論』有斐閣.p.169
  9. ^ ただしレディース・デイに対しては「男性差別」とは異なる観点からの批判がある。 「映画館はべつに収入の低い女性に対する福祉事業として割引サービスを行なっているわけではありません。それに、収入の低い人に対する割引というなら、映画好きの貧乏学生は男性であっても割引を受けるに値すると言うべきでしょう。さらに、他人の性別を判定するという作業そのものに伴う問題もあります。外見的に女性に見えない人はどのように扱われるのでしょうか。性別が記載された身分証明書が必要なのでしょうか。戸籍上は男性であるトランス女性が十分には女性としてパスできていない場合、割引を受けられるのでしょうか。」(加藤 2017 p.168-169)
  10. ^ 「女性の場合には、そもそも雇用保険や年金の対象にならない、社会保険の利用から排除された低賃金の働き方の人が大半を占めているため、男性と比べて福祉や公的扶助の利用が認められやすいのである」(丸山里美,2013,『女性ホームレスとして生きる――貧困と排除の社会学』世界思想社,p.43-44)
  11. ^ 丸山里美,2013,『女性ホームレスとして生きる――貧困と排除の社会学』世界思想社,p.43
  12. ^ 「その [公的扶助:引用者注] 利用はスティグマをともなうものであり、利用に際して必要な資力調査は、女性本人の財産や収入だけではなく、収入をもたらしてくれる可能性のある男性関係にまで及び、生活の細部にわたって監視や管理が入り込むことになる」(丸山里美,2013,『女性ホームレスとして生きる─貧困と排除の社会学』世界思想社,p.44)
  13. ^ 丸山里美,2013,『女性ホームレスとして生きる─貧困と排除の社会学』世界思想社,p.43
  14. ^ 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約”. 外務省. 2018年10月5日閲覧。
  15. ^ (辻村みよ子,2011『ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法』岩波書店.p.186-195)
  16. ^ 「例えば、女性の医師を増やす必要があるからといって、国家試験の女性受験者だけ合格基準点を自動的に引き下げたりするなら、「女性は能力もないのに医師になれる」というマイナスの評価を生み出しかねません。これは適用を誤った例で、合憲性・合法性の観点からも問題があり、女性に対して劣性の烙印(スティグマ)を与えるものでもあるため、女性からも到底賛同を得ることはできないでしょう。大学教員等も同じことで、女性であることを理由に、自動的・優先的に採用することなどは、妥当な方法ではありません。(……)少なくとも、候補者の能力が採用水準を満たしている場合に限り、個別事情や必要性・緊急性・暫定性等を勘案して一定の措置をとること、さらに、それについてのコンセンサスを前提的に得ておくことが必要です。ポジティヴ・アクションの方法は多様ですので、目的に応じた措置を有効・適切に活用しなければなりません」(辻村みよ子,2011『ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法』岩波書店.p.26)
  17. ^ アファーマティブ・アクションの措置には「1.(逆差別が問題となりうるような)厳格な格差是正措置」「2.(性別を考慮に入れるなどの)中庸な格差是正措置」「3.(格差是正のための両立支援・環境整備など)一般的な施策を含めた緩やかな支援策」という三つの区別ができる(辻村 2011: 81)。日本の企業等で奨励されている3つめの措置についてはほとんど法的問題はないが、1つめの措置などについては、諸外国で違憲判決が出ている場合もある(辻村 2013: 37)
  18. ^ (辻村みよ子,2011『ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法』岩波書店.)
  19. ^ 「このような状況は、女性にとって不利益をもたらすだけでなく、男性にとっても、権利侵害や不利益を引き起こしています。過労死や自殺を強いられるほどの「会社人間」化の圧力や、育児の喜びを得ることができない長時間労働など、それはすでに明らかでしょう(辻村 2011: 3)」
  20. ^ 堀田義太郎「差別論のためのノート」”. www.arsvi.com. 2018年9月22日閲覧。
  21. ^ デボラ・ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか』池田喬・堀田義太郎訳.p.39
  22. ^ デボラ・ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか』池田喬・堀田義太郎訳.p.62-70
  23. ^ a b International Men's Day
  24. ^ 選抜徴兵登録制度の公式ウェブサイト
  25. ^ 『少年への性的虐待—男性被害者の心的外傷と精神分析治療』(リチャード・B・ガートナー、1999年の書物の翻訳、2005年) 68・69ページ ISBN 4-86182-013-8
  26. ^ 8-Year-Old Charged For Sexual Conduct With Sitter” (英語). CBSニュース. Canadian Childrens Rights Council (2005年7月28日). 2012年8月26日閲覧。
  27. ^ Series13 Episode2。内容としては「17歳男性の為のクルマを司会者3人がそれぞれ選べ」というものだが、保険料がネックになっていた。「ペニスを切り落とせ」はそこで登場したセリフである。Zeisel, Hans 1985 Say it with figure Harper & Row:169ff.
  28. ^ 尹載善『韓国の軍隊―徴兵制は社会に何をもたらしているか』中公新書、2004年。ISBN 978-4121017628
  29. ^ チュチュンヨン『韓国徴兵、オレの912日』講談社、2006年。ISBN 978-4062810241
  30. ^ 『韓国の男子学生「大学には男性差別がある」46.3%』 2006年08月13日付配信 朝鮮日報
  31. ^ a b c 「韓国男性を差別する法律の中身とは?」
  32. ^ “大韓航空、男性差別是正勧告を拒否”. SBS. (2010年1月18日). http://news.sbs.co.kr/sports/section_sports/sports_read.jsp?news_id=N1000694716 
  33. ^ 民法第731条
  34. ^ “民法の一部を改正する法律(成年年齢関係)について”. 法務省. http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00218.html 2020年1月27日閲覧。 
  35. ^ 国連自由権規約委員会の最終見解2008年10月10日
  36. ^ 保健師助産師看護師法第3条
  37. ^ 女性差別撤廃条約日本政府報告書第3回審議 社団法人自由人権協会
  38. ^ 夫に冷たい、遺族年金 - 和田雅彦、All About、2006年3月24日。
  39. ^ 遺族年金、受給資格の男女差「違憲」 大阪地裁が初判断 日本経済新聞 2013年11月25日
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  59. ^ 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 - e-Gov法令検索
  60. ^ 教育基本法 - e-Gov法令検索


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