ゴム ゴムの概要

ゴム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/03 05:08 UTC 版)

天然ゴムの原料となるラテックスの採取

概念

今日のオランダ語で gom、英語で gum、フランス語で gomme、ドイツ語で Gummiなどと一群の欧州言語で表記される物質は、古代中世には、アルコールには不溶だが、水を含ませると著しく膨潤してゲル状になり、種類によってはさらに水を加えると粘質のコロイド溶液となる植物由来の物質を指しており、主として多糖類から構成されている。逆に、水には不溶だがアルコールには溶ける植物由来の無定形の樹脂はレジンと呼ばれる。こうしたゴムの代表がアラビアゴムであり、また似たものにトラガカントゴムやグアーガムがある。近代の発酵工業によって新たに登場した類似物質として、キサンタンガムが知られる。これらは食品の粘度を調整したり(増粘多糖類)、接着剤、あるいは水彩絵具の基質として用いられてきた。これらは弾性ゴムが一般的となってからは水溶性ゴムと呼ばれている。

一方、16世紀になってヨーロッパ人が中南米の文化や自然産物と接触するようになってから、彼らが古くから知っていたゴム(ガム)に似ているが、それらにはない新しい性質を持った植物由来の物質が知られるようになり、また導入され、古くから知られていたゴム(ガム)と同じ範疇の物質としてゴム(ガム)と呼ばれた。これらは植物体に含まれる乳液(ラテックス)を採取し、凝固させることによって得られるものであった。その中のひとつはチクルの幹から得られ、人間の体温程度の温度で軟化するもので、噛む嗜好品として用いられていた。このゴム(ガム)に関しては、チューインガムを参照されたい。

以下、弾性ゴムについて詳述する。

歴史

天然ゴム

天然ゴムはクリストファー・コロンブスによって1490年代にヨーロッパ社会に伝えられた[1]。1493年、カリブ海の島に立ち寄ったコロンブスは大きく弾むゴムボールを見て非常に驚いたと伝えられている[2]。コロンブスによってゴムはヨーロッパに伝えられたものの不思議な物質として珍重されたがその後200年間は特に実用化されなかった[2]

1736年、フランスのシャルル=マリー・ド・ラ・コンダミーヌが南米を訪れた際、原住民がゴムの樹液から防水布やゴム靴などをつくっている様子を本国に報告したことからゴムの実用化が進められるようになった[2]

パラゴムノキの幹から採取されるラテックスを凝固させたものは高い弾性限界と弾性率の低さを併せ持ち、後世ヨーロッパで産業用の新素材として近代工業に欠かせない素材として受容され、発展することとなった。そのため、パラゴムノキ以外の植物からの同様の性質のゴムが探索され、また同様の性質を持つ高分子化合物の化学合成も模索されることとなった。この一群のゴムを弾性ゴムと呼び、イギリスの科学者ジョゼフ・プリーストリー鉛筆の字をこすって (: rub) 消すのに適することを報告したこと(消しゴムの発祥)から、英語ではこするものを意味するラバー (rubber) とも呼ばれることとなった[2]

また、天然のゴム類似物質としてガタパーチャ(グッタペルカ)が知られるようになった。

19世紀末、グッドイヤーによる加硫の発見によってゴム工業は大規模な工場生産へと変化した[3]。さらに1888年のダンロップによるニューマチックタイヤの特許取得によりゴム素材は自動車用タイヤに用いられるようになり自動車工業の勃興にもつながった[3]

合成ゴム

天然ゴムの代替品(合成ゴム)の研究が始まったのは20世紀初頭である[3]1913年には、アメリカのアールとカイラズが合成ゴムを発明[4]。第一次世界大戦中にはドイツにメチルゴム合成工場ができ月180トン生産していた[3]

しかし、合成ゴムの本格的研究が始まったのは1930年代になってからである[3]。天然ゴムの主成分はイソプレンの重合体であるが、イソプレン (CH=C(CH3)−CH=CH2) のように2つの二重結合が1つの単結合を挟んだ構造を持つジエン化合物の重合体からゴム様物質が得られると予測されており、1930年にはアメリカでイソプレン分子におけるメチル基塩素原子で置換したクロロプレン (CH2=CCl−CH=CH2) の付加重合により、クロロプレンゴム (CR) が開発された。1934年にはスチレン・ブタジエンゴム(SBR)の商業生産が始まった[3]

日本におけるゴム製造の始まり

日本における近代的ゴム工業は、明治19年(1886年)に「土谷護謨製造所(のち三田土ゴム)」によって加硫ゴムの生産に成功したことに始まる[5]。創業者の土谷秀立(1849-1919、松前藩家老勘定奉行・田崎忠純の子で土谷駒太郎の養子) は、松前藩が収入源としていた沈没船引き上げや海産物採取などを通して輸入品のゴム製潜水服を知り、明治維新後上京し、実の兄弟である田崎忠篤、忠恕、長国とともに東京市浅草区神吉町(現東京都台東区東上野5丁目15番地)で海産物採取と潜水用ゴム衣の修繕を生業とした[6][7]

ゴム衣やゴムホースはすべて輸入品であったため兄弟でゴムの研究を始め、明治16年にゴムのりを作ることに成功した[6]。当初はアメリカから輸入したパラゴム(天然ゴム)を細かく切って揮発油に浸して膨潤させ、硫黄革やリサージなどを加えて長時間練ることでゴムのりを作り、それを皿に移して乾かし、綿棒でのばしてゴムシートにしていた[6][8]

その後、独自の熱加硫方法を考案し、明治19年に土谷が土谷護謨製造所を創立、明治23年頃には田崎(長国)が東京職工学校手島精一教授の米国視察に同行し、原動機によるゴム練りや蒸気による加熱、型の使用についての知見を得た[9]。明治25年には土谷ゴムを改組して、土谷と田崎三兄弟を意味する「三田土護謨製造合名会社」に改称、東京市本所区中ノ郷業平橋(現東京都墨田区業平橋)にロールを保有する本格的工場を稼働させた[6]。防水ゴム布のほか、ホースやエボナイトなどの工業製品、ゴム玩具やゴム靴も製造し、日清戦争日露戦争が始まると軍需品も製造し発展した[9]

明治33年には、明治護謨製造所(現明治ゴム化成)が設立された[9]

原料となるゴムの栽培は、1875年(明治8年)頃から原産地の南米からインドシンガポールで試植されはじめ、その後マレー半島などで栽培されるようになった[10]。日本では、1897(明治30)年以降に台湾への移植が試みられ、1902(明治35)年には、マレーにおけるゴム園の経営に初めて日本人が進出し、1903(明治36)年にマレー半島スレンバン付近に笠田直吉と中川菊蔵がゴム園を買収したのが、日本人の南方でのゴム栽培の嚆矢であるとされている[10]

その後も南方在住の日本人商人や日本からの企業などが乗り出し、米国の自動車産業の急成長により1910年(明治43年)頃にゴム相場が急騰すると、日本人によるゴム栽培事業は本格化した[10]。これ以前よりマレー連邦政府は国籍を問わずゴム植付助成金の貸付など栽培支援をしており、またジョホール王(ms:Sultan Johor)が日本人のゴム栽培業者に対して特に好意的であったことも進出に拍車をかけた[10]三菱財閥系の三五公司を筆頭に、三井、藤田、古河、森村などの財閥企業が進出し、1911年にはマレーでの日本人経営のゴム園は79を数えたが、第一次大戦後ゴム価格が急落し、その多くが撤退した[10]


  1. ^ a b c 伊藤眞義『図解入門よくわかる最新ゴムの基本と仕組み』秀和システム、2009年。ISBN 978-4-7980-2425-7 
  2. ^ a b c d 化学はじめて物語”. 日本化学工業協会. 2020年2月10日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 前田守一「配合設計 (1) 原料ゴムの種類と性質」『日本ゴム協会誌』第51巻第8号、632-640頁。 
  4. ^ 下川耿史『環境史年表 明治・大正編(1868-1926)』p.391 河出書房新社 2003年11月30日刊 全国書誌番号:20522067
  5. ^ 我国ゴム工業誕生の地発祥の地コレクション、2006年7月
  6. ^ a b c d 三田土護護製造株式会社の話西岡正光、日本ゴム協会誌ひすてれしす、第69巻第1号(1996)
  7. ^ 土谷秀立(つちやひでたつ)谷中・桜木・上野公園路地裏徹底ツアー
  8. ^ 創刊70周年特別企画 ゴム産業の変遷60年 1992~2005ゴムタイム、2016年10月24日
  9. ^ a b c 配合師 第1報山田均、日本ゴム協会誌、第84巻 第11号(2011)
  10. ^ a b c d e 戦前日本企業の東南アジアへの事業進出の歴史と戦略- ゴム栽培、農業栽培、水産業の進出を中心として丹野勲 神奈川大学 国際経営論集 No.51 2015-03-31
  11. ^ 高弾性 大辞林
  12. ^ 高弾性 大辞泉
  13. ^ a b 日本ゴム協会 編『ゴム技術入門』丸善、2004年。ISBN 4-621-07393-1 
  14. ^ a b c カシオ EX-word XD-SF6200収録 ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版 『老化(ゴムの)』
  15. ^ a b カシオ EX-word XD-SF6200収録 百科事典マイペディア 電子辞書版 『老化(化学)』
  16. ^ 長岡技術科学大学化学系の天然ゴム研究
  17. ^ 1. 1 はじめに”. 東京材料. 2020年6月24日閲覧。
  18. ^ a b c d 渡辺訓江, 近藤肇「ゴムの工業的合成法」『日本ゴム協会誌』第90巻第4号、2017年、210-214頁、doi:10.2324/gomu.90.210  アーカイブページ
  19. ^ International Standards of Quality and Packing for Natural Rubber Grade というマニュアルによる格付け[18]
  20. ^ TOCOMにTSR上場、日本が発信する天然ゴムの国際指標”. 2019年10月23日閲覧。
  21. ^ a b TOCOM、TSR(技術的格付ゴム)上場へ”. 株式会社ポスティコーポレーション. 2019年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月23日閲覧。
  22. ^ a b 第10条1号 : 業務規程”. 株式会社東京商品取引所. 2019年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月23日閲覧。


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