夫
★1a.働かぬ夫。
『ヴィヨンの妻』(太宰治) 「私」の夫・大谷は男爵家の次男で詩人だ。「私」との間に4歳の男児がいる。夫はほとんど家に落ち着かず、放蕩無頼の生活を続けている。行きつけの小料理屋・椿屋の借金を踏み倒した上に、店から5千円を盗んだ。「私」は、夫の借金返済のために椿屋で働く。店での呼び名は「椿屋のさっちゃん」だ。夫は2日に1度くらいの割で飲みにやって来て、お勘定は「私」に払わせる。
『厩火事』(落語) 姉さん女房が髪結いをして働き、年下の夫が昼間から家で酒を飲んでブラブラ遊んでいる。ある時、女房が仕事で遅くなったのを夫が怒り、喧嘩になる。女房は「もう別れたい」と仲人に相談に行き、仲人の入れ知恵で、夫の愛情を試すことにする→〔夫〕8。
『鎌腹』(狂言) 太郎は方々を遊び歩き泊まり歩いてばかりで、屋根の漏りの修繕まで妻にさせる。妻が「山で木を切って来い」と命じても太郎が行かないので、妻は怒って棒を振り上げ「お前を打ち殺して私も死のう」と言って太郎を追う→〔切腹〕4。
『天才バカボン』(赤塚不二夫)「天シャイバカボン」 バカボンのパパは、しっかり者の妻に甘えて、定職につかず、いつも息子バカボンといっしょに遊んでいる。パパは妻を母親と混同し、「ねえママ、わしもおよめさんほしいのだ」と言ったことさえあった〔*妻は怒ることもなく、「ばかね。なにいってんの」と言うだけだった〕。
『夫婦(めおと)善哉』(織田作之助) 道楽者の若旦那・維康(これやす)柳吉は妻も子もある身であるが、芸者蝶子と駆け落ちして所帯を持つ。30歳過ぎの柳吉は、20歳の蝶子を「おばはん」と呼び、「小遣い足らんぜ」と請求する。蝶子は懸命に働いて2人の生活を支える。しかし少し金がたまると柳吉が遊興に使ってしまう。それでも2人は別れることなく、仲良く「めおとぜんざい」を食べに行ったりもする。
*働かぬ男が、妻や愛人を道連れに無理心中する→〔心中〕7a。
★1b.夫になることさえ面倒がる怠け者。
『オブローモフ』(ゴンチャロフ) 地主のオブローモフは領地からの収入に頼り、食べて寝るだけの怠惰な日々を送っていた。彼は美女オリガと知り合い、「結婚して、自分の生活を変えよう」と思うが、領地の整理や新居の用意など、結婚に際してのいろいろな手続きが面倒で、すべきことを1日延ばしにして、結局何もしない。オリガはオブローモフに見切りをつけ、彼と別れる。その後オブローモフは、親切な未亡人の世話を受け、もとの安楽な生活に戻る。彼は美食と運動不足のため、30代の若さで脳溢血の発作を起こし、就寝中に死ぬ。
★1c.まぬけな夫。
『脳味噌ちょっぴり』(イギリスの昔話) 脳味噌の足りないまぬけ男が母親に死なれ、「これからは誰がおれの面倒を見てくれるんだ?」と嘆く。近所の娘が「あたしが、あんたの面倒を見てあげよう。『まぬけは良い亭主になる』って世間でいうから」と言って、まぬけ男と結婚する。山に住む賢女が「はじめは足がなく、やがて2本足、最後は4本足は何だね?」という謎を出して、2人の知恵を試す。まぬけ男が困っていると、娘が耳元で「おたまじゃくしよ」とささやく。
*「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足」というのは、よく知られた謎である→〔見立て〕4aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章。
★2.自慢の夫。
『ニーベルンゲンの歌』第14歌章 グンテル王の妃プリュンヒルトと、ジーフリト(ジークフリート)の妻クリエムヒルトが、互いの夫の自慢を始め、口論になる。クリエムヒルトは怒り、「プリュンヒルトの初夜の床に最初に入ったのは、グンテル王でなくジーフリトだ(*→〔にせ花婿〕2)」と、暴露する〔*プリュンヒルトは「名誉が失われた」と夫グンテル王に訴え、臣下ハゲネがジーフリト暗殺を発議する〕。
★3.夫さがし。
『天稚彦草子』(御伽草子) 長者の末娘が天稚彦(=天稚御子)の妻になる。ある時、夫・天稚彦は天へ昇り、そのまま帰って来ない。妻は一夜ひさご(*→〔瓢箪〕5)を植え、つるを伝わって天に到る。妻は、「ゆふづつ(=宵の明星)」・「箒星」・「すばる星」と出会い、「玉の輿に乗る人」に教えられて、天稚彦の御殿へたどり着き、夫と再会する→〔難題〕2b。
『黄金のろば』(アプレイウス)第4~6巻 プシュケが約束を破って夫エロス(クピード)の姿を見たため、エロスは怒って飛び去る。プシュケは夫を捜し求め、国々を巡歴して、エロスの母女神ヴェヌスの館に到る→〔難題〕2b。
*→〔忘却〕2gの『ほんとうのおよめさん』(グリム)KHM186。
★4.夫の真の姿。
『黄金のろば』(アプレイウス)第4~6巻 プシュケの夫は夜にだけやって来て、けっして姿を見せない。彼女の姉たちが「お前の夫は大蛇だ」と言うので、プシュケは不安になり、暗闇に眠る夫を明かりで照らす。彼女がそこに見出したのは大蛇などではなく、美しい青年だった。それは愛の神エロス(クピード)であった→〔夫〕3。
*夫は小さな蛇だった→〔箱〕2の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月。
『変身物語』(オヴィディウス)巻3 セメレは、自分のもとに来る男が本当にユピテル(ゼウス)である確証を得たいと思い、「あなたが正妃ユノー(ヘラ)と抱擁し合う時と同じ神々しい姿を示して、私を抱いてほしい」と願う。しかし、電光と雷鳴をともなって現れたユピテルの姿に接して、セメレは焼け死んだ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第4章では、セメレは恐怖の余り死ぬ〕。
★5a.夫の弱点・秘密を、妻や愛人が敵に教える。敵にあたるのが、妻のもとの夫・あるいは新しい夫、というばあいもある。
『士師記』第16章 サムソンの愛人デリラは、ペリシテ人から莫大な褒美とひきかえにサムソンの力の秘密を探り出すよう依頼される。サムソンはデリラの問いに、3度、嘘を教えるが、彼女の追求に堪えきれず、4度目に、「髪を剃り落とされたら私の力は去り、弱くなる」と打ち明ける。デリラはそのことをペリシテ人に告げる。
『俵藤太物語』(御伽草子) 平将門に寵愛される女房・小宰相は、俵藤太秀郷とも関係を持つ。小宰相は秀郷に、将門の秘密を教える。将門は常に6人の影武者とともにおり、どれが本物か見分けがつかない。ただし太陽や灯火に向かう時、本物にだけ影ができ、他の6人には影がない。また、将門は全身が黄金(こがね)でできているが、耳の傍のこめかみだけが肉身である。小宰相の教えに従い、秀郷は将門のこめかみを弓で射て殺した。
『ニーベルンゲンの歌』第15~16歌章 ジーフリト(ジークフリート)暗殺をたくらむハゲネが、ジーフリトの妃クリエムヒルトに、「戦場でジーフリト殿を守護するには、どうしたらよいか?」と問う。クリエムヒルトは「背中に1ヵ所だけ急所があります(*→〔葉〕1b)。そこを守って下さい」と教える→〔目印〕7〔*『ニーベルンゲンの歌』では、妻は夫の身を守るために急所を教えるが、*→〔忘却〕2cの『ニーベルングの指環』(ワーグナー)では、妻は夫の死を望んで急所を教える〕。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) バタの妻は、彼女の髪が機縁となってファラオの愛人になる。彼女は、夫バタの心臓が杉(あるいは松)の谷の、杉の花の上に置いてあることを、ファラオに告げる。ファラオは杉の谷に兵士を送りこみ、杉を切り倒す。バタは死ぬ→〔魂〕1b。
『補江総白猿伝』(唐代伝奇) 身の丈6尺ほどの白猿が大勢の美女を山奥へさらい、自らの妻妾としていた。将軍・欧陽コツが、さらわれた妻を捜し求めて、白猿の住処(すみか)にたどり着く。女たちが「白猿は、麻を中に隠して強くした絹で縛れば、動けない。全身が鉄のように堅いけれども、臍下数寸の所は刃物を通す」と教える。欧陽コツは白猿を殺し、多くの宝物と美女たちを携えて帰還する。
*妻が、第2の夫の秘密の寝所を、第1の夫に教える→〔仇討ち〕1aの『あきみち』(御伽草子)。
『くもりのないお天道さまは隠れているものを明るみへ出す』(グリム)KHM115 仕立屋が、道で出会ったユダヤ人を金欲しさに殺す。時が過ぎて、仕立屋は結婚し子供も2人できるが、ある朝ふと妻に過去の殺人を語ってしまい、口止めをする。妻は名づけ親の女に内緒話としてこのことを語り、3日もたたぬうちに町中の人の知るところとなる。仕立屋は処刑される。
『証言』(松本清張) 石野課長は、愛人千恵子との生活が公けになれば出世の妨げになると考え、愛人宅近くですれ違った杉山のアリバイを否定し(*→〔アリバイ〕3)、そのため杉山は死刑を求刑される。しかし千恵子はそのことを若い恋人に語り、恋人は友人に語って、やがて石野は偽証罪で告訴される。
『ジェーン・エア』(C.ブロンテ) ジェーンは、ロチェスターの養女の家庭教師として彼の屋敷に住みこみ、やがてロチェスターから求婚される。屋敷内には謎の女が出没し、笑ったり徘徊したり火を放ったりするので、ジェーンはおびえる。ジェーンとロチェスターの結婚式の当日に、謎の女はロチェスターの妻で、精神病のために、屋敷内の一室に15年間幽閉されていたことが明らかになる。
『ゼロの焦点』(松本清張) 禎子は、東京の広告代理店勤務の鵜原憲一と、見合い結婚した。しかし鵜原は結婚後1ヵ月もたたないうちに、金沢へ出張して消息を絶った。禎子は夫を捜して金沢へ行き、鵜原には金沢に内縁の妻田沼久子がいたことを知った〔*鵜原は禎子との結婚を機に、田沼久子との関係を清算するつもりだったが、彼は室田佐知子によって殺された〕→〔一人二役〕1a。
『明暗』(夏目漱石) 津田由雄は、清子と相思相愛のつもりでいた。ところが清子は突然津田と別れ、関という男に嫁いでしまう。津田はその後お延と結婚するが、「なぜ清子は自分のもとを去ったのか?」と、こだわり続ける。津田が痔の手術で入院中、彼の旧友小林がお延のもとを訪れて、「津田には秘密がある」と、ほのめかす。お延は「夫には女がいるのだろうか?」と考え、夫の秘密を知ろうとする〔*作者漱石死去のため、『明暗』は未完である〕。
『唇のねじれた男』(ドイル) 郊外に住むセントクレアは、毎朝ロンドンに出勤し、変装して乞食となっていた。まともに働くよりも乞食になって物乞いする方が、はるかに多くの収入になるのだった。セントクレアの妻は、夫がいくつかの会社に関係する仕事をしているものと信じていた。
『婚姻』(黒岩涙香) 英国西部ウエルスに住む秋場園子は、美青年・年川松雄と駆け落ちして倫敦(ロンドン)に住む。松雄は「代言(=弁護士)を開業する」と言いつつ、実は毎朝家を出ては、跛足眇目(びっこめっかち)の醜い姿になって乞食をしていた。それを知った園子は、気絶して死んでしまった。
『孟子』巻8「離婁章句」下 妻妾を持つ男が、外出するといつも酒や肉をたらふく食べて帰り、「富貴の人と会食して来た」と言っていた。不審に思った妻が、ある日夫の跡をつけると、夫は墓場へ行き、墓参の人々に供え物の残りをねだって食べていた。
『九時から五時までの男』(エリン) 50歳のキースラー氏は、妻から見ると、穏やかだが少し頼りない夫だった。彼は毎朝9時に事務所へ出勤し、秘密の仕事にとりかかる。街へ出て、高額の保険が掛けられた建物に放火し、依頼主から報酬を受け取る。これが日々の仕事なのだ。夕方5時になれば、キースラー氏は退社して、妻の待つ家へ帰るのである。
★7.夫の生還。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「深川三角屋敷」 お袖は、父四谷左門・姉お岩・夫佐藤与茂七の仇を討つために、やむなく直助と夫婦の契りを結び、彼の助力を得ようとする。ところが、そこへ死んだはずの夫与茂七が訪れ、お袖は絶望して死を選ぶ→〔衣服〕5。
★8.夫の愛情を試す。
『厩火事』(落語) 髪結いをして働く女房が、昼間から酒を飲んで遊んでいる夫の愛情を試そうと、わざと転んで、夫が大事にしている瀬戸物茶碗を割る。夫が「怪我はないか?」と聞くので、女房は「瀬戸物よりも私の身体を心配してくれるんだねえ」と喜ぶ。夫は「お前に怪我されると、明日から遊んでて酒を飲むことができない」と言う〔*→〔火事〕3の『論語』巻5「郷党」第10の故事をふまえた話〕。
『番町皿屋敷』(岡本綺堂) 旗本青山播磨と腰元お菊は相愛の仲だったが、お菊は、「播磨に縁談がある」と聞いて不安になり、家宝の皿を1枚わざと割って、播磨の愛情を試す。播磨は、お菊が粗相して割ったと思い許すが、実は播磨の心を試すために故意に割ったと知り、お菊を手打ちにする→〔宝〕3a。
★9.天国の神を、夫とする。
『尼僧物語』(ジンネマン) ヨーロッパの尼僧たちがアフリカのコンゴに派遣され、布教と医療活動に従事する。彼女たちの夫は人間界の男でなく、天国の神である。現地の人には、そのことがなかなか理解できない。1人の男が、赴任したばかりのシスター・ルークに、「あなたにも夫がいるのか?」と問う。シスター・ルークは「私の夫は天国にいます」と答える。男は、夫は死んだのだと誤解し、「お気の毒に」と言う。
★10.夫たるべき条件。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第6話 マダナスンダリーは、夫の頭を兄の身体に、兄の頭を夫の身体につけてしまった(*→〔頭〕5b)。この2人について、屍鬼が「どちらが彼女の夫なのか?」と、トリヴィクラマセーナ王に問う。王は「夫の頭がついている方が彼女の夫だ」と答える。「頭は身体のうちで最も重要なもので、自己の認識は頭に依存するのであるから」→〔背中〕3a。
*夜の夫と昼の夫→〔夜〕3b。
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