二人夫
★1a.二人の男が一人の女を愛し、女はどちらを選ぶこともできず自死する。
『草枕』(夏目漱石)2 昔、長者の娘・長良の乙女は、ささだ男とささべ男に懸想され、どちらになびこうか思い煩ったあげく、「秋づけば尾花が上に置く露の、消ぬべくも我は、思ほゆるかも」と詠んで淵川へ身を投げた〔*茶店の婆さんが「余」にこの話をして、「長良の乙女と那美さんとは、身の成り行きがよく似ている」と言う。しかし那美さんは、長良の乙女とはまったく違っていた〕→〔二人夫〕7c。
『万葉集』巻9 1813~1815歌 茅渟壮士(ちぬをとこ)・菟原壮士(うなひをとこ)の2人が、葦屋(あしのや)の菟原娘子(うなひをとめ)に求婚して争った。菟原娘子は「いやしい私のために2人が争うのは堪えられない」と母に語り、自ら命を絶った。2人の男もそのあとを追った。
『万葉集』巻16 3808~3809歌 2人の男が桜児に求婚して、激しく争った。桜児は、「1人の女の身で2人の男に連れそうことはできない。私が死んで、2人の争いをやめさせるしかない」と言い、林の中に入って縊死した。
★1b.二人の男が一人の女を愛し、女はどちらを選ぶこともできず自死しようとするが、死にきれない。
『源氏物語』「浮舟」 薫は浮舟を宇治の山荘に住まわせ、隠し妻とする。匂宮がこれを知り、山荘に入り込んで浮舟と関係を持つ。薫も匂宮も、それぞれ浮舟を京へ移そうと準備をする。薫と匂宮の衝突が避けられない状況になり、浮舟は思い悩んで宇治川への入水を決意する。しかし彼女は死にきれず、横川の僧都に救われる。
『こころ』(夏目漱石) 大学生の「先生」とその親友Kは、ともに下宿先のお嬢さんに恋をする。「先生」はお嬢さんと婚約し(*→〔仮病〕2)、それを知ったKは自殺する。「先生」はお嬢さんと結婚するが、2人の間に子供はできず、10余年後に「先生」も自殺する〔*Kは「先生」の隣の部屋で剃刀自殺し、血まみれの死体を「先生」に見せる。「先生」は妻(=お嬢さん)に血の色を見せぬよう、妻の知らない間にこっそりこの世からいなくなろう、と考える〕。
『テス』(ハーディ) 田舎娘テスは、名家の道楽息子アレックに処女を奪われ私生児を産む。後、テスは牧師の息子エンジェルと結婚するが、彼女が過去を告白すると、潔癖なエンジェルは南米へ去る。テスはアレックと再会し、その愛人となる。そこへエンジェルが戻って来たので、ついにテスはアレックを殺す。
『白痴』(ドストエフスキー) 癲癇の持病を持つムイシュキン公爵と商人の息子ロゴージンとが、美貌のナスターシャを愛する。彼女の心は2人の間を揺れ動いた末に、ムイシュキンとの結婚を意志する。ところが結婚式当日、ナスターシャはロゴージンに「私をどこかへ連れて行って」と請い、行方をくらます。翌日の夕刻、ロゴージンは自邸の寝室にムイシュキンを呼び、その日の未明に刺し殺したナスターシャの死体を示す。ロゴージンとムイシュキンは死体のそばで夜を明かす。
『源氏物語』「浮舟」 浮舟の乳母子(めのとご)右近の姉は、常陸国で男を2人持っていた。姉が新しい男の方に心を寄せたので、もとからの男が妬み、新しい男を殺した。男は常陸国から追放され、姉も国守の館を追われた。
★6.二人の男が一人の女を愛し、一方の男が女への恋をあきらめて身を引く。
『カサブランカ』(カーチス) 反ナチ抵抗運動の指導者ラズロと妻イルザは、ゲシュタポに追われるヨーロッパを逃れてアメリカへ渡ろうと、中継地点・北アフリカのカサブランカへやって来る。街の酒場兼賭博場を経営するリックは、一時期イルザと恋人同士だったことがあり、2人は思いがけぬ再会をする。彼らは今も互いを愛しているが、リックはイルザへの恋をあきらめ、ラズロとイルザが飛行機で出発できるようにはからってやる。
『巴里のアメリカ人』(ミネリ) アメリカ青年ジェリーは画家をこころざし、パリに住んでいる。ピアニストのアダムや歌手のアンリなどの友人もできた。ジェリーはパリ娘リズに一目ぼれするが、彼女はアンリの婚約者だった。アンリは少女時代のリズの命の恩人であり、リズはアンリと結婚してアメリカへ渡るはずになっていた。しかしリズの心はジェリーに傾き、2人が別れを惜しんで語り合う様子を、物陰からアンリが見ていた。アンリはいさぎよく身を引き、ジェリーとリズはしっかり抱き合った。
『巴里の屋根の下』(クレール) アルベールは街角でシャンソンを歌い、集まった人たちに歌唱指導し楽譜を売って、生活している。彼は田舎娘ポーラと知り合い、アパートで一緒に暮らす。ところがアルベールは泥棒の嫌疑をかけられ、2週間ほど留置場に入れられる。疑いが晴れて出所して来ると、親友ルイが、ポーラと恋仲になっていた。アルベールはルイと格闘するが結局身を引き、翌日からまた街角に立ってシャンソンを歌う。
★7a.一人の男との関係が終わった後に、別の男に愛される。後の男が帝や関白の子などで、最初の男よりもはるかに身分が高く、女が幸福な生活に入る。
『岩屋の草子』(御伽草子) 対の屋の姫君ははじめ四位少将に愛されるが、姫君水死の噂を聞いて少将は出家する。姫君は海士夫婦に養われ、やがて関白の息子二位中将に見出されてその妻となる→〔継子殺し〕2。
『しぐれ』(御伽草子) 故三条中納言の姫君は清水寺で左大臣の息子中将さねあきらと出会い、契りを結ぶ。しかし中将は右大臣家の婿になり、姫君を忘れてしまう。姫君は、乳母の娘の縁者・丹後の内侍のもとに身を寄せ、やがて帝に見出され、承香殿の女御となって皇子・皇女を産む。
『忍音物語』(御伽草子) 嵯峨に母尼と住む故中務宮の姫君は四位少将に見そめられ、若君も誕生する。後、彼女は帝に愛され、承香殿の女御となって東宮を産む。
『とりかへばや物語』 権大納言家の姫君は男装していたが、宰相中将に女であることを見破られ、懐妊する。それを機に姫君は宇治に隠れて男児を産み、本来の女姿に戻って京に還る。姫君は尚侍(ないしのかみ)となって帝に愛され、東宮を産み、中宮となる。年月を経て帝は譲位し、東宮が即位、中宮(=姫君)は国母となる。
*女が貧しさゆえ夫と別れ、京に出て宮仕えし、身分の高い男と再婚する→〔再会(夫婦)〕4の『大和物語』148段。
*殺された夫の仇を討つために、第2の夫を持つ→〔仇討ち〕5aの『ニーベルンゲンの歌』。
『平家物語』巻1「二代后」 右大臣藤原公能の娘・多子は、第76代・近衛天皇に入内し、后となった。久寿2年(1155)に近衛天皇は崩御し、多子は内裏を出て近衛河原の御所に移り住んだ。永暦元年(1160)、第78代・二条天皇(=近衛天皇の甥)が、「天下第一の美人」と評判の多子を后に望み、強引に再入内させる。清涼殿に上った多子は、近衛天皇の時代を偲んで、「思ひきや憂き身ながらに巡り来て同じ雲井の月を見むとは」と詠歌した。
『草枕』(夏目漱石)4 那美さんが「余」に、長良の乙女の話(*→〔二人夫〕1a)をして、「淵川へ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」と言う。「余」が「あなたならどうしますか」と問うと、那美さんは「ささだ男もささべ男も、男妾にするばかりですわ」と答えた。「両方ともですか」「ええ」「えらいな」「えらかあない、当たり前ですわ」。
『クレオパトラ』(マンキーウィッツ) エジプトの女王クレオパトラは、ローマの武将シーザーと結婚し、男児をもうける。しかしシーザーは、皇帝になろうとしたために暗殺される。3年後、かつてシーザーの右腕であったアントニーが、クレオパトラと結婚する。やがてアントニーは、ローマと敵対することになる。アントニーはローマ軍との戦いに敗れ、自殺する。クレオパトラはアントニーの死を見取った後、毒蛇の牙を胸に当てる。
『乱れ雲』(成瀬巳喜男) 由美子の夫が、商事会社の青年社員・三船史郎の運転する車にはねられて死んだ。事故は不可抗力で、史郎は無罪になった。由美子は史郎を憎むが、何度か顔を合わせるうち、憎しみは愛へ変わった。史郎はパキスタンのラホールへ転勤を命ぜられ、由美子は彼について行く決心をする。しかし出発の直前、2人は自動車事故を目撃する。瀕死の夫にすがって泣く妻の姿は、かつての由美子自身を思い出させた。由美子は、史郎と別れねばならないことを悟った。
*夫の死後、夫を殺した男と一緒に旅をする→〔宿〕9の『沓掛時次郎』(長谷川伸)。
*夫の死後、夫を殺した男と駆け落ちする→〔名付け〕6cの『大菩薩峠』(中里介山)。
『三原色』(三島由紀夫) 計一は25歳の美青年、妻の亮子は19歳の美女である。計一は、友人である19歳の美少年俊二を招き、俊二は亮子と関係を持つ。それを知った計一は俊二に「僕たちは兄弟になれた」と言って喜び、計一と俊二は抱き合って接吻する。亮子は「私が余計者なのだ」と思い、去ろうとするが、俊二が「僕たちは三原色だ。1人でも欠ければ、世界中の色は減ってしまう」と言って引き止める。彼らは、「3人でいつまでも仲良く暮らそう」と誓う。
『遠野物語』(柳田国男)99 土淵村の助役北川清の弟に、福二という人がいる。夏の初めの月夜に便所に起きたが、便所は遠く、渚の道を歩いて行った。先年の大海嘯(つなみ)で死んだ福二の妻と、同じく海嘯で死んだ里の男が、近づいて来る。妻は「今はこの人と夫婦になっている」と、福二に言う。その男は、妻が結婚以前に心を通わせていた男だった。福二は彼ら2人の後を追うが、「死者なのだ」と気づき、追うのをやめて帰って来た。
*現世の妻と来世の妻→〔二人妻〕7bの『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』。
*夜の夫と昼の夫→〔夜〕3b。
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