再入内
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 15:41 UTC 版)
永暦元年(1160年)正月、二条天皇の強い要請により多子は再び天皇の後宮に入った(『帝王編年記』によれば正月26日)。21歳であった。皇后であった女性がのちに別の天皇と再縁したのは、史上多子只一人である。(皇后となる前に別の天皇の妃であったのは、伊香色謎命がいる。)多子は二条天皇の寵愛深かったが、この再入内は多子の望みではなかった。『平家物語』「二代后」の巻では近衛天皇が崩御したとき出家しなかったことを嘆き、「思ひきやうき身ながらにめぐりきて おなじ雲井の月を見むとは(憂き身の上ながら、また再び宮中に戻ってきて昔ながらの月を眺めようとは……)」と歌を詠んだとされる。ただ多子が入内したのは、平治の乱が終結した直後という異常な状況下であり、二条の後見である美福門院や側近の藤原経宗・藤原惟方がこの件に関与しなかったとは考えにくいことから、父・後白河に対する牽制(自分が鳥羽・近衛両帝の後継者たることの主張)を目的とした政略結婚とする見方もある。
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