にせ花婿
『落窪物語』巻2 中納言の四の君の婿にと望まれた道頼は、自分の代わりに「面白の駒」のあだ名を持つ愚か者兵部少輔を、花婿として送りこむ。露顕の夜になって、はじめて中納言方は婿の正体を知る。
『音なし草紙』(御伽草子) 人妻が、夫の不在をよいことに、近所の男と密通する。ある若い男がこれを知り、密通の相手をよそおって人妻に近づく。
『源氏物語』「総角」「浮舟」 宇治の大君は、「妹・中の君を薫に与えよう」と考える。しかしあくまでも大君との結婚を望む薫は、「中の君を匂宮と結びつけよう」とたくらみ(*→〔結婚の策略〕1)、ひそかに匂宮を連れて宇治へ行く。匂宮は薫のふりをして、中の君の寝所に入る。匂宮はその後、浮舟と関係を結ぶ時も、薫の声色を使って浮舟をだます→〔声〕2の「浮舟」。
『平中物語』第28段 色好み平中の名をかたって、ある女のもとに通う男がいた。平中の家に出入りする女房が、この女に、「あの男は平中ではない。にせ者である」と告げ知らせる。にせ平中は、様子を察して走り逃げた。
『夜の寝覚』(五巻本)巻1 中納言は、太政大臣家の中の君を但馬守の娘と思いこんで、契りを結び、自らも中納言とは名のらず、かつて但馬守の娘に恋文を送った式部卿宮中将のようによそおう。
『アーサーの死』(マロリー)第1巻第2章 ユーサー・ペンドラゴン王が、ティンタージェル公の美貌の妻イグレインに横恋慕して言い寄る。イグレインがユーサー王の言葉に従わないので、王はティンタージェル公に戦争をしかけ、公は戦死する。その直後に、魔法使いマーリンの力を借りて、ユーサー王はティンタージェル公の姿になり、イグレインと同衾する。イグレインはその夜、アーサーを身ごもる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 アムピトリュオンが戦争から凱旋する前夜に、ゼウスがアムピトリュオンに変身して彼の妻アルクメネを訪れる。翌日、本物のアムピトリュオンが帰って来て、愛情を示さぬアルクメネにその理由を問い、ゼウスが彼女と交わったことを知る→〔双子〕6。
『セレンディッポの三人の王子』2章 ベカール国の皇帝が自分の魂を鹿に乗り移らせて丘を駆けている間に、大臣の魂が皇帝の身体に入り込む。大臣はにせ皇帝となって、妃と同衾する。しかし愛撫のしかたがいつもと違うので、妃は「にせものだ」と見破る。妃はにせ皇帝をあざむいて、彼の魂を鶏に乗り移らせる。その隙に、皇帝の魂は本来の自分の身体へ戻り、鶏の首をもいで暖炉に投げ捨てた〔*月曜日の宮殿で、バフラーム皇帝と乙女の語らいがすんだ後、語り部が皇帝に語る物語〕→〔曜日〕6。
『パノラマ島奇談』(江戸川乱歩) 人見広介は大富豪菰田になりすまし(*→〔蘇生〕4)、親類や大勢の使用人を欺く。しかし、「妻の千代子に見破られるかもしれない」と警戒し、千代子を遠ざける。1年ほどたったある夜、宴会の酒に酔いつぶれた広介は、介抱する千代子と、床をともにしてしまう。千代子は、ある瞬間、ハッと広介から身を引いて、身体をかたくしたまま、身動きをしなくなった。広介は千代子をパノラマ島の楽園(*→〔島〕5)へ連れて行き、「お前を愛している」と言いつつ、絞殺する。
『色好みの宮』(三島由紀夫) 地方へ映画ロケに行った一行が、美男の大部屋俳優・辰二を宮様に仕立てて、滞在する旅館の娘・花枝に一夜の伽(とぎ)をさせる。数ヵ月して真相がばれ、旅館の主人は怒ったが、辰二は花枝に結婚を申し込んで、2人は夫婦になった。結婚後、花枝と辰二は何度も、「あのとき私は、あなたがにせものの宮様だということを、ちゃんと知っていたんだから」「ウソを云え」と言い合った。
『禁色』(三島由紀夫)第22章「誘惑者」 穂高恭子は、醜貌の老作家檜俊輔を裏切った3人の女のうちの1人だった。俊輔は美青年南悠一を恭子に紹介し、ある夜、恭子は酩酊状態で悠一に身をまかせる。行為後、闇の中で目覚めた恭子は悠一の手を求めてさぐり、冷たい乾いた腕に触れて叫ぶ。横に寝ていたのは俊輔だった→〔同性愛〕1。
『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)第3幕 近衛青年隊のクリスチャンはロクサーヌに恋を訴えるが、あまりの話下手ゆえ愛想をつかされる。ロクサーヌの立つバルコニーの下に、クリスチャンの同僚シラノが隠れ、クリスチャンの声色を使って見事な口説き文句を連ねる。ロクサーヌは陶然とし、クリスチャンとの結婚を承知する。
『ニーベルンゲンの歌』第10歌章 グンテル王はプリュンヒルトと結婚するが、力の強いプリュンヒルトは、初夜の床でグンテル王を厳しく拒む。彼女は紐でグンテル王を縛り上げて壁に吊るし、寄せつけない。翌晩、ジーフリト(ジークフリート)がグンテル王のふりをしてベッドに上がり、プリュンヒルトと格闘しておさえつけ、彼女の抵抗がやんだところでグンテル王と入れ替わる。
『露団々(つゆだんだん)』(幸田露伴) 米国の大富豪「ぶんせいむ」が1人娘「るびな」の花婿を募集し、世界中から求婚者が殺到する。中国人「田亢龍」は、日本人「吟蜩子」を替え玉にして他の求婚者たちと競わせ、自らは労せずして「るびな」の花婿になろうとたくらむ。「吟蜩子」は見事に花婿の第1候補となるが、もともと結婚の意志のない彼は、姿をくらましてしまう〔*実は「ぶんせいむ」にとっては、その方が好都合だった→〔婿選び〕1〕。「ぶんせいむ」は「吟蜩子」を気に入り、彼を連れて世界漫遊の旅に出る。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第5歌の注 フランチェスカは城主ジャンチオット・マラテスタに嫁したが、彼女が見合いの席で会ったのは、ジャンチオットではなく彼の弟パオロだった。ジャンチオットは醜男だったので、破談になることを恐れ、美男の弟パオロを身代わりに立てたのである。ジャンチオットとの結婚後、フランチェスカはパオロと相愛の仲になった。ジャンチオットは剣で2人を刺し殺した。
*花嫁が、見合いの時の娘と違う→〔にせ花嫁〕5の『男はつらいよ』(山田洋次)第23作「翔んでる寅次郎」。
*動物・植物が夫に化ける→〔糸〕2aの『袋草紙』「雑談」・〔狸〕1の『お若伊之助』(落語)・〔蛇婿〕1aの『肥前国風土記』松浦の郡褶振の峰。
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