識別力
識別力
『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ラービア・アダヴィーヤ」 聖女ラービアが山に入り、野生の山羊や羚羊が彼女の周囲に集まった。そこへ聖者ハサンが姿を現すと、動物たちは皆、彼を恐れて逃げ出した。その日ハサンは、油の煮汁を食べていたのだ。ラービアはハサンに言った。「あなたは彼らの油を食べたのです。あなたを怖がらぬはずがありません」。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第8話 バラモンの3兄弟が、プラセーナジット王に拝謁する。王はバラモンの長兄に白米の飯を勧めるが、長兄は「飯の中に死体を焼く煙の悪臭があるので、食べられない」と言う。王が調べさせると、その飯は火葬場近くの畑に生じた米を炊いたものだった。次に王はバラモンの次兄に美しい遊女を送るが、次兄は「女の身体から山羊の臭いがする」と言う。王が調べさせると、彼女は幼少の頃に山羊の乳で育てられたことがわかった。
『龍樹菩薩伝』 ナーガールジュナ(龍樹菩薩)と親友3人が、隠身術を身につけたいと願う。師が4人に青薬を1丸ずつ与え、「これを砕いて水に溶かし、瞼に塗れば、汝らの身体は隠れる」と教える。ナーガールジュナは薬を砕きつつその香気をかぎ、原料の種類と分量を識(し)る。彼は師のもとへ戻り、「いただいた薬は、70種のものがまじっています」と指摘し、その分量の多少も正しく言い当てた。
★2.触覚。
『春琴抄』(谷崎潤一郎) 冷え性の春琴のために、彼女の両足を、佐助は自分の懐に抱いて温(ぬく)めた。ある夜、佐助は齲歯(むしば)を病んで右頬が脹れ上がり、歯痛が堪え難かったので、火(ほ)照った頬を、春琴の冷たい蹠(あしのうら)へ当てた。すると、忽(たちま)ち春琴は佐助の頬を蹴り、「胸で温めよとは云うたが、顔で温めよとは云わなんだ。忠義らしく装いながら、主人の体をもって歯を冷やすとは、大それた横着者かな」と怒った。
*愛撫のしかたが違うので、夫ではないと気づく→〔にせ花婿〕1c。
★3.聴覚。
『大菩薩峠』(中里介山)第27巻「鈴慕の巻」 盲目のおしゃべり坊主・弁信は、異常に発達した聴官を有していた。冬の夜、甲府の有野村の田舎家にいる弁信は、耳をすまして、「誰やら尺八を吹いておりますね。あれは鈴慕の曲でございます」と、ひとりごとを言う。それが、百里離れた信濃の白骨温泉から聞こえる音色であることも、彼にはわかった〔*その時刻、白骨では、盲目の机龍之助が尺八を吹いていた〕。
*足音を聞いて、人数・性別・風体を聞き分ける盲人→〔足音〕1の『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1-5「不思議のあし音」。
*人の言葉を聞いて、その意中を察知する盲人→〔心〕5bの盤珪禅師の故事。
『英草紙』第3篇「豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話」 元弘3年(1333)夏、豊原兼秋が隠岐の後醍醐帝の身の上を思いつつ笙を吹くと、いつにない妙音が出た。その音色から、「これは近々帝の御運が開けるのであろう」と兼秋は悟った。
『ピグマリオン』(ショー) 夏の夜。教会の柱廊玄関に、大勢が雨宿りする。花売り娘イライザの下品な発音を、言語学者ヒギンズが音声記号で手帳に書き込む。彼は、人々の発する言葉から、各人の出身地を言い当てて皆を驚かせる。居合わせた1人の紳士(ピッカリング大佐)については、「チェルトナム出身、中学はハロウ、大学はケンブリッジ、インドにいた」と、すべて適中させた〔*ヒギンズとピッカリングは協力して、イライザの言葉遣いを矯正し、彼女を上流社会のパーティに出す。『マイ・フェア・レディ』の原作〕。
『法華経』「法師功徳品」第19 『法華経』を読誦・書写・解説する善男子・善女人は千2百の耳の功徳を得る。3千大千世界の、下は阿鼻地獄から上は有頂に至るまで、その内外に響きわたる象・馬・車・鐘・人・天・龍・火・水・風・仏など、あらゆるものの声を、清浄な耳で聞き、識別するであろう。
★4a.味覚。
『大鏡』「昔物語」 源公忠は鷹狩りに熱中し、久世の雉と交野の雉の味わいの違いが区別できた。ある人が両方の雉を混ぜて料理し、公忠の味覚を試したところ、少しも間違えずに「これは久世の雉、これは交野の雉」と味わい分けた。
『千一夜物語』「女ぺてん師ダリラの物語」マルドリュス版第456夜 「水銀のアリ」が、「女ぺてん師ダリラ」の所から40羽の鳩を奪う。抗議に来たダリラに、アリは焼いた鳩を食べさせる。ダリラは肉の味を見て「うちの鳩にはジャコウ入りの穀類を食わせていたから、肉にもその味と香りが残っているはず。これは、私の鳩ではない」と見破る。
★4b.聞き酒。
『味』(ダール) 主人が出すワインの産地と年代を、客が言い当てるかどうか、賭けが行なわれる。主人は、取って置きのワインを書斎から持って来て、レッテルを見せないようにして客のグラスにワインをそそぐ。客はワインを味わった後に、産地と年代をピタリと言い当てる。その時メイドが来て客に眼鏡を渡し、「お忘れ物です。ご主人様の書斎にありました」と言う。客は前もって主人の書斎へ行き、レッテルを見ていたのだった。
『七賢人物語』「七賢人の物語が始まる」 7人の賢人が、ディオクレティアーヌス王子に7年間ほどこした教育の成果を試そうと、王子の眠るベッドの脚下に、木蔦の葉を1枚ずつ置く。王子は目覚めると驚いて天井を見上げ、「部屋の天井が下がったか、床が高くなったか、どちらかだ」と言う。
『絵本百物語』第36「小豆洗」 越後の国の某寺に、たいそう利発な小僧がおり、特に物の数をよく知ることができた。和尚が1合の小豆を計って豆粒の数を尋ねると、小僧はその数を答えた。1升の小豆を計って尋ねても、すぐまた数を答えた。実際に数えてみると、1粒も間違っていなかった→〔うちまき〕4b。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 リトゥパルナ王は、森の中でシクンシの樹を一目見て、「この樹の幹を2本合わせて葉が5千万枚、木の実は2095ある」と言った。御者ヴァーフカ(=実はナラ王)が樹を伐り倒して数えると、リトゥパルナ王の言うとおりだった。
*無花果(いちじく)の木の実の数が、1万と1メディムノス→〔わざくらべ〕1cの『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章。
*計算によって、多くの物の数を知る物語もある→〔さいころ〕3の『賽の目』(狂言)。
『手紙 三』(宮沢賢治) あらゆるものの分割の終局たる分子の大きさは、水素が0、00000016粍(ミリ)、砂糖の一種が0、00000055粍なので、私共は分子の形や構造はもちろん、その存在さえも見得ない。しかるに。このような、あるいはさらに小さな物を、誤らず明らかに見た人は、昔から少なくない。この人たちは、自分の心を修めたのだ。
『荘子』「養生主篇」第3 料理の名手庖丁(ほうてい)は、眼でなく精神で牛に相対した。牛本来の体のしくみにしたがい、皮と肉、肉と骨との間の大きな隙間を識別して、そこに牛刀を入れた。広い空洞に薄い刃を入れるのだから、刃先を動かすにもゆとりがあった。彼の牛刀は19年使っていても、まったく刃こぼれがなかった。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「春の雪解」 花魁(おいらん)の誰袖(たがそで)が、出養生で入谷の寮に来ており、盲目の按摩・徳寿をひいきにする。しかし徳寿は、誰袖の所へ行くと、何かが傍に黙って坐っているような気がして身体がぞっとするので、行くのをいやがる。半七がこのことを小耳にはさんで、誰袖の身辺を調べる。誰袖は恋敵の娘を殺し、死体を寮の床下に埋めていた。
『ボルヘス怪奇譚集』「取り乱して」 猟師が獲物を追い出すため、森に火をつける。突然、1人の道教徒が岩から出現して、火の中を歩く。猟師は「どうやって岩の中へ入ったのか。どうして火の中を歩けるのか」と不思議がる。道教徒は「岩とは何か。火とは何か」と、反問する。道教徒は完璧な無為に到達しており、ものごとに何の違いも認めなかった(アンリ・ミショー『アジアの一野蛮人』)。
『名人伝』(中島敦) 弓術の奥義をきわめた名人・紀昌は弓を捨て、名声のただ中に、しだいに年老いて行った。晩年の彼は、「すでに、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる」と述懐した→〔弓〕1b。
「識別力」の例文・使い方・用例・文例
識別力と同じ種類の言葉
- 識別力のページへのリンク