わざくらべ
『歌行燈』(泉鏡花) 若き能楽師恩地喜多八が叔父とともに伊勢を訪れた時、古市の按摩で宗山と名乗る謡の名人がいると聞き、叔父に内緒で宗山と芸くらべをする。喜多八は絶妙な拍子を打って宗山の謡の呼吸を崩し、声を出せなくなった宗山に侮蔑の言葉を浴びせる。宗山は憤って縊死する。
『今昔物語集』巻24-5 絵師川成と飛騨の工(たくみ)は、互いに腕前を競う仲だった。飛騨の工は、新築の堂に絵師川成を招いたが、その堂は四面の戸が閉じたり開いたりして、どうしても中に入れないように造ってあった。絵師川成は困惑し、飛騨の工は大笑いした。その仕返しに絵師川成は、自家の襖に本物そっくりの腐乱死体を描き、それを飛騨の工に見せておびえさせた。
石見国布引山(高木敏雄『日本伝説集』第21) 布引山の女神が「私は1日1夜に布を織って山を巻こう」と言い、飛騨の匠(たくみ)が「自分は1日1夜に寺を建てよう」と言って、互いのわざを競う。飛騨の匠は、夜明け近くなっても寺が出来上がらず、気を揉んで山の方を眺める。すると、早くも布が織れたらしく、山は一面に白くなっていた。飛騨の匠は「もう駄目だ」と思い、勝負を諦めた。実は、白い布と見えたのは月の光だった(石見国布引)。
*月の光を、白い封筒に見間違える→〔月〕5の『懶惰の歌留多』(太宰治)。
*月の光を、雪や霜に見間違える→〔見間違い〕6の『なめとこ山の熊』(宮沢賢治)。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 機織り上手の娘アラクネが「女神ミネルヴァ(=アテナ)様も私とわざを競われたらよいのだ」と言い、怒ったミネルヴァとアラクネとの間に機織り競技が行なわれる。アラクネはミネルヴァに劣らぬ美しい織物を織るので、ミネルヴァは梭でアラクネの額を打つ。アラクネは縊死し、蜘蛛に化す〔*この神話にもとづく『荒絹』(志賀直哉)では、機織り競技はなく、山の女神が、機織り娘荒絹と牧童阿陀仁の恋に嫉妬して、荒絹を蜘蛛のごとき姿に変えた、とする〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章 予言者カルカスが、野生の無花果(いちじく)の木を見て「実がいくつあるか」と問い、予言者モプソスが「1万と1メディムノス」と正しく答えた。次にモプソスが、孕んでいる1頭の牝豚を見て「腹の中に何匹子豚がいるか」と尋ねたが、カルカスは無言だった。モプソスは「10匹の子豚がおり、そのうちの1匹は雄で、明日生まれるだろう」と言い、そのとおり実現したので、カルカスは気落ちして死んだ。
『今昔物語集』巻1-9 大勢の外道と舎利弗とが、王の前で術くらべをする。外道たちは、大樹・洪水・大山・青龍・大牛・大夜叉を現じて舎利弗を攻撃するが、舎利弗は、風・大象・力士・金翅鳥・獅子・毘沙門を出し、ことごとく打ち勝つ。こうして、仏法の優れていることが広く認められた。
『西遊記』百回本第45回 虎の精の化身である虎力大仙と三蔵法師が、雨乞いの術くらべをする。虎力大仙の呪文に応じて、風が吹き雲が湧いたので、孫悟空が空中に飛び、風・雲の神や雨を司る龍王に、「妖怪に協力するな」と命ずる。虎力大仙の雨乞いは失敗し、次いで三蔵法師が経を念ずると、悟空の合図で龍王が大雨を降らせた。
『用明天王職人鑑』初段 敏達天皇の時、仏道を尊ぶ花人親王と外道を奉ずる山彦王子が争い、それぞれの経巻に火をつけると、仏典が焼け、外道の書は焼けなかった。しかし花人親王の祈りに応じて、焼け残りの巻軸から7千余巻の経文が浮かび、釈迦如来の姿が現れて、如来の肉髻から発する光が外道の書を灰燼となした。
*→〔雨乞い〕1の『列王紀』上・第18章・〔杖〕3の『出エジプト記』第7章。
★3.変身くらべ。二者が互いにさまざまなものに変身しつつ闘う。
『西遊記』百回本第61回 牛魔王が、こうのとり・黄鷹・白鶴・じゃこうじか・大豹・大熊と次々に変身し、それに対抗して孫悟空も、海東青(鷲の1種)・烏鳳・丹鳳・虎・獅子・大象と姿を変えて、激しく闘う。天神たちが皆悟空に味方して牛魔王を取り囲み、牛魔王は逃げ場を失って降参する。
『泥棒の名人とその大先生』(グリム)KHM68 泥棒の大先生のもとで魔法を習った弟子が馬になり、彼の父親がその馬を百ダーレルで大先生に売る。馬は雀になって逃げ出すが、大先生も雀になって追い、戦う。負けた大先生は水に入って魚になり、弟子も魚になってまた戦う。大先生が雄鶏になると弟子は狐になり、雄鶏の頭をかみきってしまう。
おさん狐の伝説 「おさん狐」と呼ばれる狐が美しい娘に化け、野道を歩く能役者の前に現れる。能役者は相手が狐だと気づいて、鬼の面をつける。すると、おさん狐も鬼に化ける。能役者が翁の面をつけると、おさん狐も老人になる。能役者は次々に面を付け替え、おさん狐もそれに合わせて変身するが、とうとう降参して、「化け方を教えてほしい」と頼む(広島市中区江波周辺)。
★5.けちくらべ。
『しわい屋』(落語) けちな男が住む家へ、ある夜、もう1人のけちが、けちくらべに訪れる。主のけちは、明かりを節約して真っ暗な中に、裸で座っている。頭上には、天井からたくあん石が細引きで吊るしてあり、「いつ石が落ちて来るかと、ハラハラして汗をかいているので寒くない。だから着物もいらない」と言う。客のけちは、「とてもかなわない」と降参して帰る。
*「天上から吊るしたたくあん石」は、ダモクレスの剣の故事を連想させる。ダモクレスは、僭主ディオニュシオス王をうらやんでいた。ある時、王はダモクレスを宴会に招き、王の席に座らせた。その頭上には、刃を下に向けた剣が、1本の毛で吊るされていたので、ダモクレスは王の地位の危険であることを悟った。
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