回帰熱とは? わかりやすく解説

かいき‐ねつ〔クワイキ‐〕【回帰熱】


回帰熱

疫 学
回帰熱(relapsing fever)は、齧歯類小動物鳥類等を保菌動物とし、野生ダニ(オルニソドロス属ダニ)やシラミによって媒介される細菌スピロヘータ感染症である。アメリカ大陸アフリカ中東欧州一部患者発生報告されている。本邦では、少なくともここ数十年、患者報告されていない


世界における近年の事例
流行地域での感染事例米国グランドキャニオンを含むロッキー山脈古くから回帰熱の流行地域として知られている。Paul ら1)はグランドキャニオン国立公園訪れた観光客10,000名について疫学調査行い流行地域内での保菌動物接触する機会比例して患者発生する傾向があることを報告している。殊にネズミ駆除が完全でない宿泊施設内での感染疑われる例が15例中7例をしめた。主な病原体はBorrelia hermsii と推測された。
また、1999年米国テキサス州において、野外キャンプ中での感染疑われた例が報告されている2)。この学童キャンプ中に洞窟探検をしており、この洞窟内で採取したダニからは回帰熱病原体Borrelia turicatae が分離されている。
流行地域からの輸入事例西アフリカからオランダへ帰国した女性2名が回帰熱の診断受けた3)。
1例はガボンで、もう1例はセネガルでの感染疑われた。いずれも病原体検出されており、感染種はBorrelia crocidurae と同定された。同様の事例はColebunders ら4)によっても報告されている。
本邦では、保菌節足動物若しくは感染した哺乳動物野鼠など)は見つかっていないことから、国内での感染機会極めて低いと考えられる。しかし、流行地域での野外活動不衛生な環境での生活により感染する輸入例には、十分な警戒が必要である。

臨床症状
菌血症による発熱期、および感染持続しているものの菌血症起こしていない状態(無熱期)を数回繰り返すいわゆる回帰熱が臨床上の特徴である。致死率は、治療行わない場合病原体種類健康状態等によっても異なるが、数~30%といわれている。
発熱期]感染後5 ~10 日経て菌血症による頭痛筋肉痛関節痛羞明、咳などをともなう発熱悪寒みられる。このとき、髄膜炎点状出血紫斑結膜炎肝臓脾臓の腫大黄疸みられることもある。発熱期が3 ~7 日続いた後、一旦解熱し無熱期に移行する
[無熱期]無熱期では血中からは検出されない発汗倦怠感時に低血圧症や斑点状丘疹をみることもある。この後5 ~7 日してから、再び発熱期に入るとされている。
上記症状以外として、肝炎心筋炎脳出血脾臓破裂大葉性肺炎などがみられる場合もある。

病原体ボレリア

回帰熱病原体であるボレリアには少なくとも十数種類確認されている(表1)。これらのボレリアはいずれダニ媒介性或いはシラミ媒介性で、ダニ媒介性回帰熱の場合媒介ダニ分布地域患者発生地域はほぼ一致する。他のボレリア感染症としてライム病があるが、病原体種類は回帰熱ボレリアとは異なる。

回帰熱

1. 回帰熱ボレリア種類媒介動物、及びその分布地

病原体診断

病原体分離病原体ボレリア分離培養にはBSK 培地用いられ発熱期の血液から病原体分離が可能である。分離培地国立感染症研究所常備している。
形態確認発熱期の血中に、暗視野顕微鏡下で病原体観察できるアクリジンオレンジ染色ギムザ染色病原体染色される


治療・予防
回帰熱には抗菌薬による治療が有効である5)。ダニ媒介性回帰熱の場合にはテトラサイクリン用いられるシラミ媒介性回帰熱の場合は、テトラサイクリンエリスロマイシン併用若しくはドキシサイクリンが有効とされている。小児の場合エリスロマイシン推奨されている。治療にともないJarisch‐Herxheimer 反応みられることもある。
予防には、媒介ダニシラミとの接触をさけることが重要である。保菌ダニ生息する地域では、ダニ生息する洞窟廃屋などにはなるべく近寄らないこと、また特に渡航中、近くで回帰熱発生情報得た場合には、シラミダニ刺咬に注意することが極めて重要である。
予防目的としたワクチン開発されていない

媒介動物
回帰熱ボレリアは、自然環境生息するダニ若しくはシラミに咬着されることによって媒介伝播される
オルニソドロス属ダニアフリカ大陸アメリカ大陸欧州中近東一部自然環境中にいだされるダニで、一般家庭内生息するダニとは異なる。吸血時間1 時間以内といわれ、咬着・脱落後気がつくことが多いであろう本邦では、オルニソドロス属ダニもしくはこれに近縁ヒメダニとして、クチビルカズキダニ、サワイカズキダニが見出されるが、限られた地域でのみ見出されていること、また、クチビルカズキダニはカリオス属とする証拠提出されていることから、これら軟ダニ介したボレリア感染可能性は低いと考えられる
シラミヒト寄生性シラミ媒介すると言われているが、詳細について不明である。一般的にシラミヒトから吸血することから、吸血されたヒトが回帰熱ボレリア保有していないかぎり次の感染が起こる可能性極めて低いと考えられる本邦ではシラミ刺咬症が多発しているが回帰熱は報告されていないことから、輸入例を除き国内でのシラミ刺咬による回帰熱は今のところ心配ないと考えられる

感染症法における取り扱い2003年11月施行感染症法改正に伴い更新
回帰熱は4類感染症定められており、診断した医師直ち最寄り保健所届け出る報告のための基準以下の通りとなっている。
診断した医師の判断により、症状所見から当該疾患疑われ、かつ、以下のいずれか方法によって病原体診断なされたもの。
 ・病原体検出
  例、発熱期の血液からの分離培養
    暗視野顕微鏡下鏡検での病原体確認など
 ・病原体抗原検出
  例、スメアの観察蛍光抗体法)など


参考文献
1)Paul WS et al: Outbreak of Tickborne relapsing fever at the north rim of the Grand Canyon: evidence for effectiveness of preventive measures. Am J Trop Med Hyg. 66, 71-75, 2002.
2)Davis H et al.: Tickborne relapsing fever caused by Borrelia turicatae. Pediatr Infect Dis J.21,703-705, 2002.
3)Van Dam AP et al: Tick-Borne Relapsing Fever Imported from West Africa:Diagnosis by Quantitative Buffy Coat Analysis and In Vitro Culture of Borrelia crocidurae. J Clin Microbiol.37, 2027-2030,1999.
4)Colebunders R et al.: Imported relapsing fever in European tourists.Scand J Infect Dis.25, 533-536, 1993.
5)Long SS et al ed. Principles and Practice of Pediatric Infectious Diseases.Churchill Livingstone, 1067-1069.

国立感染症研究所細菌第一部 川端

  


回帰熱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/24 15:40 UTC 版)

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回帰熱(かいきねつ、relapsing fever)は、シラミまたはダニによって媒介される[1]スピロヘータの一種ボレリア Borrelia を病原体とする感染症の一種。発熱期と無熱期を数回繰り返すことからこの名がつけられた。

疫学

日本では、少なくとも統計が残っている1950年以降は患者は報告されていなかったが、2010年ウズベキスタンから帰国後に回帰熱に罹患した症例が、奈良県奈良市で初めて報告された[2]。その後、2012年にも北アフリカアルジェリア民主人民共和国に在住する在外日本人人男性が罹患した[3]

2013年に国立感染症研究所で、ライム病疑い患者血清の後ろ向き疫学調査を実施し、このうち発症後の有熱期に採血された2検体から B. miyamotoi DNAを検出した[4]Borrelia miyamotoi による回帰熱は、唯一硬ダニと呼ばれるマダニ科マダニ属 Ixodes により媒介される。本Borreliaによる感染は2011年にロシア連邦で初めて報告され、その後も北ヨーロッパ北アメリカで感染報告が相次いでいる。「古くて新しい感染症」として、注目を浴びている疾患である。

マダニ媒介による感染症である、ライム病と共感染していることがある。2013年ライム病感染患者血清の遡及調査により、日本でも2例のB.miyamotoi による回帰熱感染が確認された[5][6]

臨床像

シラミ媒介性回帰熱[1]

ボレリアが病原体。

流行地域は限定的で、中央アフリカおよび東アフリカの山間部、南アメリカアンデス山脈のみ。
  • 難民キャンプや紛争地域で大流行を起こす傾向がある。
  • シラミは、発熱期の患者(ヒトが宿主)を吸血することにより、感染する。
  • 押し潰されたシラミから放出された病原体は、皮膚の擦過傷から侵入し、感染が成立する。病原体を保有しているだけのシラミは、感染を伝播しない。
ダニ媒介性回帰熱[1]
アメリカ合衆国グランドキャニオンを含むロッキー山脈[7])、アフリカ・アジア・ヨーロッパで流行。
  • ダニは、媒介動物であるネズミ目(齧歯目)から病原体に感染する。
  • ヒトへの感染は、ダニに咬まれた際にダニの唾液中、または排泄物中の病原体が、皮膚から速やかに侵入することにより成立する。従って、齧歯類が多数生息する山小屋での宿泊は、感染因子を高める。

病原体

回帰熱関連ボレリアのうち、少なくとも十数種が病原性を示すことが知られている[7]。一部の例外を除き、多くの種が軟ダニと呼ばれるヒメダニ科ヒメダニ属 Ornithodoros により媒介される。

  • Borrelia recurrentis :本種は現在知られる回帰熱関連ボレリアのうち、唯一シラミが媒介する。ダニ媒介性の回帰熱に比べ高い致命率(4〜40%)を持つ。
  • B. hermsii
  • B. turicatae
  • B. parkeri
  • B. mazzottii
  • B. venezulenis
  • B. duttonii
  • B. crocidurae
  • B. merionesi
  • B. microti
  • B. dipodilli
  • B. persica
  • B. caucasica
  • B. latyschewii
  • B. miyamotoi :1995年に北海道で発見された本種は、従来病原性不明であったが、2012年のロシアでの報告により新たに病原性が示唆された。また、この種は例外的に硬ダニと呼ばれるマダニ科マダニ属 Ixodes により媒介される[8]

症状

上述の通り、発熱期と無熱期を数回繰り返すことが最大の特徴である。

発熱期
敗血症によって発熱(〜40℃)し[7]頭痛筋肉痛関節痛黄疸、全身倦怠感、咳嗽、点状出血、紫斑を訴える。合併症として髄膜炎結膜炎肝炎脾臓破裂、心筋炎、大葉性肺炎などを併発することもある。発熱期は3〜7日程度続き、その後無熱期に移行する。
無熱期
解熱と共に血中の菌が検出されなくなる特徴がある[7]。この期間中の症状としては発汗倦怠感、時に低血圧症や斑点状丘疹をみることもある。5〜7日程度で再び発熱期に入る。
その他の症状
肝機能障害、心筋炎脳出血脾腫、大葉性肺炎などを併発することがある。
免疫不全を伴う患者では髄膜炎を併発することがある。
致死率と死因
致死率は治療を行わない場合で数〜30%程度とかなり高い。その際の死因としては不整脈を伴う心筋炎、脳出血、肝不全、解熱期の血圧低下、ショックなどが挙げられる。

治療

抗生物質による治療が有効で、状況によって薬剤を使い分ける。小児の場合はエリスロマイシンが推奨される。

予防

抗菌薬の予防投与を行う事がある[7]。感染予防を目的としたワクチンは、開発されていない[7]

脚注

  1. ^ a b c 回帰熱 MSDマニュアル プロフェッショナル版
  2. ^ The First Case of Imported Relapsing Fever in Japan. (Am J Trop Med Hyg. 2013 Jul 15.)
  3. ^ アルジェリアで回帰熱と診断された日本人男性の1例 IASR Vol. 34 p. 43-44: 2013年2月号
  4. ^ a b <速報>国内感染が確認された回帰熱の2例
  5. ^ Human Infections with Borrelia miyamotoi,Japan(Emerg Infect Dis 2014.8.1391-3)
  6. ^ 兼古稔、回帰熱の1例(国内感染第一例) 日本臨床救急医学会雑誌 2015年 18巻 1号 p.63-67, doi:10.11240/jsem.18.63
  7. ^ a b c d e f 回帰熱とは 国立感染症研究所
  8. ^ ロシアにおけるBorrelia miyamotoi 感染による回帰熱の流行 IASR Vol. 32 p. 370-371: 2011年12月号

参考文献

  • Plorde, JJ (1994), “Spirochetes”, in Ryan, KJ et al, Sherris Medical Microbiology, Stamford: Appleton & Lange, pp. 385-400, ISBN 0838585418 

関連項目


回帰熱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/30 18:42 UTC 版)

マダニ」の記事における「回帰熱」の解説

ヒメダニ属、マダニ属に媒介されるスピロヘータ科の回帰熱ボレリアによって引き起こされる感染症発熱期と無熱期を数回繰り返すことから、この名がつけられた。1950年以降日本での国内感染報告されていなかったが、2013年国立感染症研究所ライム病疑われ患者血清800検体後ろ向き疫学検討行ったところ、回帰熱ボレリア一種であるB.miyamotoiのDNA確認された。

※この「回帰熱」の解説は、「マダニ」の解説の一部です。
「回帰熱」を含む「マダニ」の記事については、「マダニ」の概要を参照ください。

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